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それから三週間、私はほぼベッドの中で過ごすことになった。
お医者様が頻繁に来ては治療をしてくださり、私の精神状態も気にかけてくださった。
土方さんと大鳥さんの話では、私は全身ずぶ濡れの状態で川の下流に倒れていたらしい。
全身には多数の切り傷と火傷もあり、最初は命すらない状態ではないかと疑った程だったと聞いた。
実際身体には切り傷と火傷の跡、頭には打っただろう外傷もあり、手当てをして頂く場所もとても多い。
けれど時間と共に身体は回復へと向かい、今日初めて普通の生活をしても構わないと先生から許可を頂いた。
「そろそろ声を出してみましょう。何か話せますか?」
先生にはずっと無理に話すことは禁止されていた。
だから紙に書くやり取りで過ごしてきた私だったけど、先生の言葉に頷いてみせる。
大鳥さんと先生が見守る中、恐る恐る口を開き、か細い声で話してみた。
『ありがとうございます……』
声が出た……。
自分の声がようやく分かり、喉に手を置いた私を目の前に、お二人も微笑んでくれる。
去っていく先生にお礼を告げて、私はベッドから出てみることにした。
「良かったね。今日から普通の生活を試してみようか」
『はい。ここまでお世話して頂き、大鳥さんと土方さんには感謝しかありません。本当にありがとうございます』
お礼の言葉と一緒にスカートを翻して会釈をすると、大鳥さんは目を瞬いてみせたものの、直ぐにまた微笑んでくれる。
そしてこのお城の侍女さんを呼ぶと、彼女達に私の世話をするよう頼んで下さった。
「今日は土方君が一週間ぶりに城に戻ってくるんだ。君が話せるようになったこと、とても驚くと思うよ。君は今のままでも可愛いけど、更に綺麗に着飾ってもっとびっくりさせてみないかい?」
大鳥さんの言葉に肯定の返事を返すと、侍女さんに連れられお風呂に入ったり身なりを整えたりと土方さんをお迎えする準備が始められる。
されるがままになっていると、数時間後には私自身も驚いてしまうくらい、髪もドレスも何もかもが素敵に変身していた。
「わあ……、君……凄い綺麗だね……」
『ありがとうございます……、侍女さん方が懸命に手を施して下さったからです』
私を見つめ驚いた様相をする大鳥さんの視線に、少しばかり恥ずかしい気持ちになる。
けれど明日からのことを考えれば再び不安が胸を渦巻いて、自分のこれからのことを真剣に決めていかなければならないと思っていた。
「君のような可憐な人、僕は初めて見たかもしれないよ」
『それは褒めてください過ぎです、大鳥さん……。ですがお気遣いありがとうございます』
「本心だよ。これはきっと土方君も驚くよ、彼の顔を見るのが楽しみだな」
土方さんにお会いするのは久しぶり。
忙しいだろう彼も、お城にいる間は私を気にかけて、よく部屋に顔を出してくれていた。
基本あまり笑わないし、無言で見下ろしていることが多かったけど、その視線からはただ心配してくれてるのだろうということは伝わってくる。
そんな彼にもようやく感謝の言葉を直接伝えられると、嬉しく思う私がいた。
そして夜になり土方さんが城に戻られると、私は大鳥さんと並んで彼のお出迎えをすることに。
少し緊張しながらも、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げると、背筋を伸ばしたまま挨拶をした。
『おかえりなさいませ、土方さん。土方さんのご厚意のお陰で無事回復することができました。この度は助けて頂き、本当にありがとうございました』
私を目の前に驚愕したような眼差しを向ける土方さんは、無言のまま口をあんぐりと開けている。
その様子を見て吹き出した大鳥さんを、土方さんは忌々しそうに睨んでいた。
「もう喋れるのか?」
『はい。お医者様から今日、許可を頂きました。もう普通に生活しても大丈夫だと言って頂けましたよ』
「良かったじゃねぇか。寝たきりの期間も長かったしな」
『はい。こうして元気になるまで保護して頂けたことに改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました』
大鳥さんにも先程お伝えしたけど、自分の声で言いたいと思っていたことを土方さんに伝えられてほっと息を吐き出す。
眉尻を下げた土方さんは僅かに微笑んで、「礼なんざいらねぇよ」と言って下さった。
その後、用意されたお夕食を一緒に頂くことになった私は、土方さんと大鳥さんと円卓のテーブルを囲み食事を摂る。
美味しいお料理に顔を綻ばせていると、そんな私をじっと見ているお二人の視線を感じ、思わず首を傾げた。
『あの、どうかされましたか?』
「いや……、でも本当に元気になって良かったよ。もう起きていても辛くはないかい?」
『はい、お陰様で体力もだいぶ回復したみたいです』
「なら良かったな。だが記憶は相変わらずなんだろ?」
『はい……、申し訳ありません』
「君が謝ることではないよ。先生も戻る戻らないは診断が難しいって言っていたし、ゆっくり君のペースで思い出していけばいいんじゃないかい?」
「ああ。そのうちひょっこり思い出すかもしれねぇしな。まあ気楽に構えてればいいよ」
先生の診断によれば、私は記憶障害で、意識的に自覚している日常の情報や、自分自身の過去についての記憶が失われている状態らしい。
その記憶が戻るまでには個人差があり、数時間で戻る人もいれば、数日間、さらに長い期間……稀にそのまま取り戻せない場合もあるという。
原因は明確ではないものの、その多くが心的外傷や過度のストレスによって引き起こされると先生に言われたこともあり、土方さんと大鳥さんは無理して思い出そうとしなくてもいいと優しい言葉をかけてくださっていた。
けれど私はこのまま、この人達に甘え続けるわけにはいかないと思っている。
ずっと記憶が戻らないことも視野に入れて、一人でも生活出来る力を身に付けていかなければならないと考えていた。
その為に必要なのはお金であり、そのお金を自分の力で作ること。
だからお二人が揃ったこの機会に、お話ししてみようと立ち上がった。
『土方さん、大鳥さん。折り入ってお願いがございます』
「どうしたんだよ、改まって」
『私をここで働かせて頂けないでしょうか?侍女でも、城の庭師でも……どの職務でも構いません。頑張って仕事も覚えます。どうか私を雇って頂けませんか?』
必死の思いで告げてみたものの、答えを聞くことが怖くもあった。
私自身、自分に何が出来るのかも分からないのに、こうして頼むことすらおこがましいという自覚があったからだ。
けれど恐る恐る顔を上げると、土方さんは少し困ったような表情でどうするべきが考えているのだろう。
何故かにこにこしている大鳥さんの横、言葉を探しているみたいだった。
「別段、働いて貰わなくたって構わねぇよ。城にはもう十分人も揃ってるしな。そもそも身体だってまだ本調子じゃねぇんだろ?取り敢えず今はまだのんびりしてろ」
『ですが戻らなかった場合のことを考えて、今出来ることをしておかないと不安なのです。ずっとここでお世話になるわけにもいかないですし……』
「そうだよね、君の気持ちは分かるつもりだよ。でもまずは君のご家族を探すことが先じゃないかな?」
『家族……?』
「君を探している人達がいるかもしれないよ。だから君の倒れていた場所の近辺から、街の民家をあたっていくのはどうだろうってさっき土方君とも話をしていたんだよ」
記憶がないせいか自分のことばかり考えてしまっていたけど、確かに私にも家族がいたのかもしれない。
家族がもし見つかるのであれば、ここでお厄介になることもなくなるから、もしかしたらその方がいいのかな?
でも名前しか分からない状態で、どのように家族を探していけばいいのだろうと不安にもなる。
「俺達は元々領地巡りをしているから、次からはお前もそこに連れて行く。それでお前のことを知る奴がいねぇかその都度確認していこうぜ。まあ……直ぐに見つかるかは分からねぇが、幸い倒れていた場所は俺達の領土の一角だからな。見つけられる可能性もなくはねぇだろ」
『ありがとうございます……。けれどお仕事のお邪魔になってしまいませんか?お二人には負担をかけてしまってばかりで申し訳なくて……』
「言っておくが、こっちはお前一人増えたところでなんも変わらねぇよ。お前を連れて歩くのもついでみたいなもんだ、だから気にする必要はねぇぞ」
「そうそう。それにいつも土方君と二人で退屈していたところに君が来てくれて、僕としては嬉しいんだよ。だから気にしないで僕達に出来ることはさせて欲しいと思ってるからね」
「悪かったな、俺と二人で退屈でよ」
「土方君だってそう思ってるんじゃないのかい?そもそも君が女の子にこんなに親切なところは初めて見たよ」
「親切も何も、このまま放置するわけにはいかねぇだろ。一度助けたら責任持って最後まで面倒みてやるのが筋ってもんだろうが」
「本当に素直じゃないね。まあ、そういうことにしておいてあげようか」
「なんだと?」
お二人が今のようなちょっとした言い合いをすることは度々で、互いに信頼し合えているだろうやり取りは微笑ましくもあり羨ましくもあった。
二人をただ眺めていると、再び彼らの視線が向けられ、私は思わず唇を結んだ。
「話が逸れちまったが、来週辺りから早速街へ出てみようぜ」
『本当に宜しいのですか……?』
「ああ。仕事もようやく落ち着いてきたし、今なら時間も作り易いからな」
「僕達と一緒に君のご家族を探そう」
『本当に……ありがとうございます……。お二人には感謝してもしきれません』
お二人のお心遣いが嬉しくて、同時に申し訳なくて少し瞳が潤んでしまった。
けれど家族がいるなら会いたいし、早く本当の自分を取り戻したい。
その為にも出来ることからしていかなければならないから、お二人のご厚意に甘えさせて頂こうと彼らを見つめて微笑みを向けた。
「まあ、家族探しも気楽に考えればいいと思うよ。万が一家族が見つからない、記憶も戻らないってなったら、その時は永久就職すればいいんじゃないかい?」
『永久就職……ですか?』
「そう。土方さんのお嫁さん、とかね」
冗談でそう言ったのだろう大鳥さんの言葉に、土方さんはむせている。
ただの街娘である私が大公様のお嫁さんになるなんて無理に決まっているから、私も困ったように笑顔を作ることしか出来なかった。
「大鳥、てめぇしばくぞ」
「いいと思うんだけどね。土方君もセラちゃんと話している時はやたら楽しそうじゃないか」
「誰が楽しそうに話してるって?いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ」
「でも君、いつも女性と話す時凄い仏頂面じゃない。権力目当てで寄ってきやがって、とかぶつぶつよく文句言ってるよね」
「仕方ねぇだろうが。そもそも女と話すこと自体、あまり好きじゃねぇんだよ」
『そうだったのですね。それなのに私、お世話になってしまって申し訳ありません……』
「いや……、別段お前のことを言ってるわけじゃねぇからな」
土方さんがフォローしてくださると、その様子を見てまたくすくす笑っている大鳥さん。
その大鳥さんを見て舌打ちをしている土方さんだったけど、お二人の仲の良さが垣間見えて私の心まで少し温かくなる気がした。
「この人、女の子に関わると疲れるとか言って、城にも殆ど女性がいないんだ。侍女達も皆ご年配の方ばかりだっただろう?」
『確かにそうだったかもしれません』
「言い寄られるのが好きじゃないみたいでね。女の子を見ると睨み付けて寄せ付けないようにしてるから、このままだと完全に婚期を逃すだろうって僕も困っていたんだよ」
「ほっとけよ。てめぇには関係ねぇだろうが」
「でも大公なのに結婚もしないのは大問題だと思うよ。僕はずっとそのことだけが気掛かりだったんだ。でもそんな時にこんな可愛い女の子と出会えたなんて、これはもう運命じゃないかい?」
「……阿呆か。お前がおかしなこと言うからこいつも困ってるじゃねぇか」
『いえ……困ってるわけではなくて、私のような街娘が大公様のお嫁さんなんて恐れ多いので……』
「それなんだけどさ、君は本当に街娘なのかな?」
大鳥さんが何を言いたいのか分からなくて、彼の顔を見ながら首を傾げる。
「確かにな。お前の所作は街娘らしくねぇと俺も思っていたところだよ」
『街娘らしくない……ですか?』
「最初にそう思ったのは君のカーテシーを見た時かな。街娘には君のような綺麗な挨拶は出来ないと思うんだ」
「それに食事の作法なんか見ててもそうだが、日常の立ち振る舞いっていうのか?そういうのが街娘とは思い難くてな」
『ですが私は街娘の格好で倒れていたのですよね……?』
「ああ、確かにそうだったね……。もしどこかのご令嬢だったなら、あの格好で護衛をつけずに一人で出歩いたりはしないだろうから、やっぱり街娘なのかな」
「まあよく分からねぇが、来週あたりあの近辺の民家を回ってみればいいい。そしたら何か分かるかもしれねぇしな」
分からないことばかりの中で、一つ分かるのは首元のペンダントが教えてくれた私の名前だけ。
不安ばかりが募るけど、見つかる可能性があるのなら自分の家族を探したいと思った。
私のために行動してくれるこのお二方に何もお返しできないことが辛いけど、早く思い出して何か恩返しが出来る日がくればいいと願わずにはいられなかった。
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