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次の週を迎え、私は土方さんと大鳥さんと一緒に、近場の街から民家を回ることになった。
馬車をあまり好かない土方さんは、専ら馬に乗って街へ移動しているらしい。
私が大鳥さんと城外へ出ると、門のところには先に待機して下さっていた土方さんと一緒に馬が二頭繋がれていた。


『今日はお忙しい中ありがとうございます、宜しくお願いします』

「ああ、それじゃあ行こうぜ」


思いの外大きい馬を見上げて、どうやって乗ればいいのかと思考する。
すると馬が私を見てヒヒンと鳴いたから、思わず身体をビクッとさせてしまった。
そんな私を見て土方さんは笑っているから、なんだか少し恥ずかしくなる。


「何ビビってんだよ、こいつは大人しい馬だから怖がる必要はねぇぜ」

「女の子からしたら馬に直接跨る機会もないから怖いよね。そもそも土方君が馬車は酔うとか言って乗れないのが問題じゃないかい?」

「別段酔うわけじゃねぇ。あんなちんたら走るもんに乗ってられるかって思ってるだけだ」

『ふふ』

「おい、何を笑ってやがる?」

『土方さんにも苦手なものがあるのかなって思ったら、少し親近感が湧いてしまっただけですよ』

「だから……別段苦手なわけでも乗れないわけでもねぇよ」


土方さんは苦笑いを溢しながらも、鐙に足を掛けると目の前の馬に慣れた様子で跨った。
そして私に手を出すから、思わず彼を見上げて目を瞬いた私がいる。


「ほら、来い。鐙に足を乗せてみろ」


最初こそ彼の物言いは少し怖くも感じられたけど、この人が優しい人だということはもう分かった。
だから彼を信じて鐙に足を乗せ、おずおずと手を差し出すと、そのまま力強く持ち上げられ、無事馬に跨ることが出来た。
でも……


『あの、この状態で行くんですか……?』

「ああ、慣れねぇか?」

『女の子がこんな……跨って座って良いものなのでしょうか……』

「横座りは危険だからこれでいいんだよ」

『でも、男の人とこんなに近くで……破廉恥ではないか心配です……』

「は?」


直感で、こんなに脚を広げて跨ることを、この身体がしてきていると思えなくて思わず恥ずかしさが込み上げる。
違和感が物凄い上、直ぐ真後ろに男の人がいるこの状況が、どうしても私を落ち着かない気分にさせるから、私はそわそわしながら胸元で手をきつく握った。
そしてそんな私達のやり取りを見ていただろう大鳥さんは、何故か一人で笑い出したから、直ぐ後ろからは土方さんの舌打ちが聞こえてくる始末。


「大鳥、笑ってんじゃねぇよ」

「だって彼女の言葉を聞いた時の土方君の間抜けな顔……あはははっ……」

「煩ぇって言ってんだろうが……!」

「セラちゃんが目の前にいるのに怒鳴ったら駄目じゃないか、彼女びっくりしているよ」

「ああ……悪い」

『大丈夫です。あの、ごめんなさい。ちょっと緊張してしまって……でも慣れるように頑張ります』

「いや……別段無理に慣れてもらわなくてもいいんだが、これで行って平気なんだな?」

『はい、宜しくお願いします』


先程は少し動揺してしまったけど、これ以上土方さんのお手を煩わせるわけにはいかない。
これも人生経験だと、この体勢や状況に慣れようと思った。
背中にあたる温かい体温が気になって緊張してしまうものの、まずは家族探しに集中しよう。
どうか私のことを知っている方に出会えますようにと、願うことしか出来なかった。


『良い天気。外の空気は久しぶりで、とても気持ち良いです』

「お前は一カ月近く城に閉じ籠りっぱなしだったからな。今日は家族探しもするが、街で色々見て気分転換すればいいさ」

『ありがとうございます。土方さんの統治されている街がどのような街並みなのかとても楽しみです』

「今日行くところはそこそこ栄えた都市だからな、欲しいもんあったら言ってくれ。買ってやるよ」

『ありがとうございます。でも特にないので大丈夫です。お気持ちだけいただいておきますね』

「お前はいつもそればっかだな」


私が寝たきりの時も、土方さんや大鳥さんには必要な物や欲しい物はないか、頻繁に尋ねて頂いていた。
特に欲しいものが浮かばなかった私が首を横に振ると、いつも困った様子で微笑んでくれていたことを思い出す。


「君は可憐なだけでなく、健気で可愛らしくて素敵な女性だよね。土方君、やっぱり彼女にお嫁さんになって貰った方がいいんじゃないのかい?」

「お前はその話しか出来ねぇのかよ」

『そうですよ、土方さんのお相手なんて恐れ多くて私には務まりません』

「そんなことないけどな。こうしてみても、二人はお似合いだと思うよ」


大鳥さんの言葉には少し気恥ずかしい気持ちになってしまうから、土方さんに背を向けた状態で良かったと思ってしまう。
それに自分のことすら忘れてしまっている私にとって、誰かと恋愛したり結婚したりする想像はとても出来なくて。
まずは一つでもいい、自分のことを知る手掛かりを見つけたいと思っていた。


街に着き、大鳥さんに支えて貰いながら馬から降りる。
活気のある綺麗な街並みに目を輝かせ、思わず歓声をあげずにはいられなかった。


『わあ、凄い素敵な街……。ここを土方さんが統治さらていらっしゃるんですか?』

「まあ先代から受け継いだ街だけどな」

『街の人達に笑顔が多くて皆幸せそうですね、とても素敵な街に思えます』

「そう思って貰えたなら良かったね、土方君。まずは好きなところから見て貰って構わないよ」


店からの呼び込みの声や、嬉しそうに買い物している女の子達。
噴水の周りではしゃぐ子供達に、その近くで楽器を演奏するおじさま方。
少し意識して見れば見るほど色々な人達の笑顔に触れられて、思わず私も笑顔になる。
こんな街で生活できたらきっと幸せだろうなと、そう思わせてくれる場所だった。


『あ、あそこで釣りをしている方は凄い大きな魚を釣れて喜んでますね。向こうでは風船売りの人が子供達に手品を見せてて面白そう……』

「お前は……さっきから人ばっか見てるじゃねぇか」

『え?駄目ですか?』

「駄目ではねぇが、普通は店入ったりするもんだろ。宝石とか服とか、色々あるぜ」

『宝石や服は今用意して頂いているもので十分過ぎるくらいなので大丈夫です』


それよりも笑っている人の顔を見ると、私まで元気を貰えたような気持ちになる。
人の笑顔の偉大さを感じていると、何故か私の頭は土方さんにぐしゃぐしゃと撫でられていた。


「そういやお前、本が好きだったな。寝たきりだった時、よく読んでたろ」

『はい、大鳥さんに沢山用意して頂いて、とても楽しく読ませて頂きましたよ』

「熱中して読んでいたよね。僕が話し掛けても気付かない時もあってさ」

『ふふ、そう言えばそんなこともありました。つい夢中になってしまって』

「向こうにでかい本屋があるが、行ってみるか?」

『宜しいのですか?』

「ああ。読みたい本が見つかったら言ってくれ。最低三冊は見つけてくれよ」

『最低三冊?』


何故だろうと首を傾げて土方さんを見上げると、大鳥さんが「セラちゃんにプレゼントしたいんだって」なんてふざけて言うから、彼は土方さんに叩かれていた。


「分かったな、三冊くらいは選べるだろ」

『ありがとうございます、ではお言葉に甘えて選ばせて頂いても宜しいですか?』

「ああ」


土方さんは笑顔で頷いてくれるから、そのご厚意に甘えさせて頂くことにした。
連れて行って貰った本屋はとても大きく、新しい書物も沢山並んでいて、私の瞳はまた輝いてしまった。


『わあ……ロミオとジュリエット……』

「本のことは覚えてるのかい?」

『有名な書籍の名前は何故か覚えているみたいです。でも読んだことがあるのかまでは覚えていなくて』

「気になる本があるならどんどん買って貰って構わねぇぞ」

『いいえ、そんなに沢山は読めないと思うので三冊で十分です。どれにしようかな』


本を選びながらも、以前の私も本が大好きだったことは何となく分かる。
それは寝たきりの時、本を手にした瞬間ワクワクするような感情が湧き上がってきたからだった。
だから記憶がなくても、この身体が自然と覚えてくれているものもあるのかもしれないと少し勇気付けられる。
本にはそのくらいの力があるような気がしていた。


三冊の本を買って頂いた後、私達は店や民家に足を運び、私の知り合いはいないか出来る限り多くの人に確認をして回った。
土方さんもご同行されているからか、皆とても親身になって話を聞いてくれたけど、この街には私のことを知っている人いないらしい。
寂しい気持ちになりながらも、夕方には城に戻るため街を出ることになった。


「残念だったね。でも今日はまだ初日だ、そのうち何か手掛かりが見つかるよ」

『はい。こうして街に出れただけでも気分転換になりましたし、とても楽しかったです。ありがとうございました』

「じゃあ帰るか」


行きと同様、土方さんの車に乗せて頂いた私は、少し寂しい気持ちのまま離れていく街を見つめる。
けれど私の手の中には買って頂いた本があったから、それを楽しみにまた次の街巡りに期待しようと考えていた。

けれど今日は久しぶりに長いこと歩いて、少し疲れたかもしれない。
少しふらつく感覚と一緒に著しい睡魔が恐ってくる。
土方さんに手綱を握って頂いているこの状況で寝ては駄目だと思っていたのに、尋常じゃない眠気に私の身体は一度がくんと揺れてしまった。


「おい、平気か?」

『は、はい……ごめんなさい、急に眠くなっ……』

「別段寝たって構わねぇよ、ただ本はこっちに……」


土方さんが何か話している気がしたけれど、この睡魔は少し普通とは違って逆らえない。
気付いた時には、まるで気を失ったかのように意識が途絶えていた。

微睡の中、誰かが優しく私を呼んでくれる夢を見た。
私の頬を撫で耳を通りそのまま優しく髪を梳く。
その誰かの手がとても心地良くて幸せで、この夢から醒めたくないと思っていた。


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