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大きな窓から差し込む夕陽が、長い食卓を優しく照らしている。
今日はお父様が総司の正式な騎士叙任を祝うため、個人的に総司を招待したお食事会の日。
静かで落ち着いた雰囲気の中で、私たち三人は穏やかに食事を楽しんでいた。
『総司と一緒に食事をするのは久しぶりだね。嬉しいな』
私がそう言うと、総司は柔らかく微笑んだ。
「僕も嬉しいよ。騎士団の食堂より、こっちのほうがずっと静かで落ち着くしね」
『ふふ、確かに。騎士団の食堂はいつも賑やかだもんね』
「まあ、一つ言うならセラの手料理じゃないのが少し残念なんだけど」
『えー?もう、何言ってるの?自慢じゃないけど、私は料理なんて全く出来ないよ』
私が小さく頬をふくらませると、総司はくすくすと笑った。
「はは、冗談だよ。でも今夜は本当にいい日ですよ。こうして近藤さんやセラとゆっくり食事ができるなんて、思ってもみなかったですから」
総司がお父様の方を向いてそう言えば、お父様も朗らかに微笑み口を開いた。
「正式にアストリアの騎士になったのだ。こうしてお前を城に招くことも、自然なことだろうからな」
「そう言ってもらえると、嬉しいですね」
総司が穏やかに微笑むと、父は上機嫌宛らな態度でワインを口にした。
「しかし、先日の模擬戦は見事だったな。まさか総司が原田君や永倉君を相手に、あそこまで渡り合うとは」
「光栄です。でも、まだまだですよ。左之さんには最後の方までかわされてましたしね」
『でも、総司の剣は本当にすごかったよ』
「ああ。セラも随分熱心に見ていたな」
お父様の言葉に、私は少し恥ずかしくなりながらも頷いた。
『だって、私は総司の保護者代わりみたいなものですから……総司の成長が純粋に嬉しいんです』
その瞬間、何故か総司の動きがぴたりと止まる。
少し眉を顰めた総司が、じとっとした目で私を見ていた。
「僕、君に保護者になってもらった覚えはないけど?」
『別に深い意味はないよ?ただ、保護者みたいな気持ちで見守りたくなるっていう意味で言っただけだよ』
「確かに近藤さんはそうだよね、こうやって僕を気にかけて食事にも招待してくれるし、騎士団にも迎え入れてくれてさ。でも君はまた違うじゃない、年下の女の子に子供扱いされるの嫌だよ」
私だってそれなりに総司のことは気にしてるし、そもそも騎士団の入団を提案したのも私だ。
だから応援したい気持ちがたくさんあるんだよっていう意味で言ったつもりだったのに、私の言い方が下手でうまく伝わらなかったみたい。
総司の顔は少しだけ不貞腐れたものになってしまった。
「こらこら、喧嘩はいかん。楽しく食べようではないか」
「いえ、喧嘩ではないんですけどね。でもごめんね、言い過ぎたよ」
『ううん、私の方こそごめんなさい……』
「お、このスープも美味いぞ!たくさん食べなさい」
総司は再び微笑みを浮かべてお父様と楽しそうに食事していたけど、私は少し食欲がなくなってしまった。
でもお父様が朗らかに笑い、私達の間に割って入るように声をかけてくれたから、総司もまた微笑んでくれた。
「言いたいことを言い合えるのも大切なことだとも!お前達は随分と仲良くなったみたいだな」
その言葉に、私と総司は顔を見合わせる。
なんとなく気恥ずかしくなって、お互いに小さく微笑んだ。
「いい機会だから話しておこうと思うのだが、近いうちにセラの護衛を数名に絞るつもりでいる」
その言葉に驚いてお父様を見ると、お父様は静かに頷いた。
「今は騎士団の中から順番に護衛をつけているが、そろそろ固定の者たちを決めたいと考えているんだ。その中からいずれ専属騎士を選ぶつもりだよ」
「なるほど。そうなんですね」
総司は表情を崩さないまま、淡々と父の言葉を聞いていた。
その横顔を見つめながら、私はふと、以前の会話を思い出してしまう。
専属騎士のことは別にいいや、関係ないと言っていた総司の言葉が何度も私の頭に流れていた。
総司の実力なら、護衛の中に選ばれる可能性は高いとは思うけど。
総司は、それを望んでくれるのかな……。
『その護衛の中に、総司も入ってくれたら私は嬉しいな』
思わずそう呟いてしまった。
総司は少し目を丸くして、それからふっと笑う。
「どうだろうね。選んでもらえるかどうかは、近藤さんや団長が決めることだからさ」
『うん……』
総司は決して護衛役になりたいとは言ってくれなかった。
そのことがちくりと胸を刺し、私の心に影を落とした。
「まあ、焦る必要はない。総司は正式に騎士になったばかりだからな。これから経験を積んでいけばいいと思うぞ」
「そうですね。僕は今、自分にできることを精一杯こなしていきたいと思っていますよ」
その言葉に、私はまた胸が締めつけられるような気持ちになった。
どうしてこんなに複雑な気持ちになるのかは分からなかったけど、少し寂しい心情になったのは確か。
やっぱり総司の考えていることは私には分からないみたいだから、そっと彼から視線を逸らした。
「食事の後だが、セラ、このあと総司に城の中を案内してあげなさい」
『え……?』
「正式に騎士となった以上、これからは城の中に入る機会も増えるだろう。今のうちに、色々な場所を覚えておいたほうがいい」
『そうですよね、わかりました』
総司が私の隣で、満足そうに微笑むのが見えた。
「それは助かるな。じゃあ、よろしくね」
『うん』
微笑みながら頷いたけど、この後総司と二人きりになると思うと、少し気が重くなる私がいる。
総司は何も変わっていないはずなのに、私の中の何かが変わってしまったのか、ただぼんやりグラスの中のジュースを眺めているばかりだった。
「そう言えば総司はワインは飲めんのか?」
お父様の言葉に私が目を瞬くと、総司も同じように目をぱちぱちさせてから薄く微笑んだ。
「僕も十五歳になったので、一応は飲める歳にはなりましたよ。まだお酒自体、嗜んだことはないですけどね」
あれ?
前に話した時は総司は十四歳って言っていたはず。
いつのまにか誕生日が過ぎていたことに驚いて言葉を失っていると、お父様が周りに控えていた給仕に指示を出す。
給仕が慎重に総司のワイングラスに注ぎ、深い紅色の液体が揺らめく様子を、私はじっと見つめていた。
『総司、お誕生日過ぎてたんだね?』
ようやく驚きから抜け出し、小さく呟くと、総司はグラスを手にしながら私を見つめた。
「うん」
『どうして言ってくれなかったの?』
「え?だって特に言う必要もないかなって思って」
『でも……教えて貰えたらお祝いできたのに』
私が少し口を尖らせると、それまで黙っていたお父様が眉を下げて微笑んだ。
「ははは、それは言わずもがなだな。セラはそういうことを大事にするところがあるのだよ」
「そうなんですね。だったら言えばよかったかな」
総司は少し肩をすくめながら、くすっと微笑んだ。
「じゃあ、今からでも祝ってもらおうかな」
『え?』
「ほら、乾杯しようよ。セラもグラスを持って」
『でも……私はワインじゃなくて、ジュースだけど』
「いいんじゃない?気持ちの問題だから」
総司がいたずらっぽく微笑み、そっとグラスを差し出してきた。
私が戸惑っていると、お父様もグラスを持ち上げる。
「よし、それなら俺からも改めて言おう。総司、お前の誕生日と正式な騎士叙任を祝って、乾杯!」
お父様の大きな声に、私は慌てて自分のグラスを持ち上げる。
『そうだね。お誕生日と騎士就任おめでとう、総司』
「ありがとうございます。お二人に祝ってもらえるなんて、とても嬉しいですよ」
グラスが軽く触れ合い、澄んだ音を立てた。
総司はワインを一口だけ口に含み、ゆっくりと嗜んでいるから、私はじっとその様子を見つめていた。
『どう?初めてのワインはおいしい?』
「うん。思ったより苦いけど、喉が熱くなる感じが好きかな。とてもおいしいですよ」
「ああ、そうだろう。だが、ゆっくり味わうとまた違った良さが分かるようになると思うぞ」
お父様は満足そうに微笑みながら、再びワインを口にする。
「まあ、酒は嗜む程度が一番だ。騎士たるもの、酔いつぶれて剣を握れなくなるのはご法度だからな」
「それはそうですね。それに初めてのお酒もおいしいですけど」
総司はふっと私の方を見て、少し悪戯っぽく微笑んだ。
「僕の保護者であるお嬢様に祝ってもらえたことの方が、ずっと味わい深いかもしれませんね」
『……もう、そんなことばかり言って。お父様、お聞きになりました?総司はいつもこうやって私をからかって遊ぶんですよ』
照れ隠しに小さく肩をすくめると、お父様が豪快に笑った。
「ははは、総司もなかなか口がうまいな。セラ、お前も少しは言い返してやらないと、どんどんからかわれるぞ?」
『もう、お父様まで……。私はそんなにうまく言い返せません』
「じゃあ、僕が代わりに教えてあげようか?」
総司が軽く笑いながらそう言った時、お父様が微笑みながら口を挟んだ。
「総司はなかなかの策士のようだな。セラは社交の場に出ていないからまだ世間知らずのところがあるが、これからも面倒を見てやってくれ」
「僕で良ければ喜んで」
お父様が楽しげに微笑みながらグラスを傾ける。
その様子からお父様が総司を気に入っていることは一目瞭然だったから、私は嬉しく思った。
食後のひととき、夕陽がゆっくりと夜に溶けていく頃。
お父様がワインを楽しみながら談笑している横で、私はふと、そばにいる総司を見上げた。
『総司、グラスが空だよ?』
「ああ、そうだな。飲めるのであれば、もっと飲みなさい」
「いえ、僕はもう十分ですよ。酔ったら困りますしね」
『総司って酔うとどうなるの?』
「分からないよ。今日初めて飲んだしね」
『じゃあ、試してみたら?せっかくお父様もいらっしゃるし、少しくらい酔っても平気だよ』
「へえ?セラは、僕の醜態でも見たいの?」
総司がじとっとした目で私を見てくるけど、そんなつもりは毛頭なかったから慌てて首を横に振った。
『違うよ。なんとなく、総司がお酒を飲んだらどう変わるのかなって思っただけで……』
「セラ、いかんぞ。酒は自分のペースで飲むから楽しく飲めるものだ。決して無理強いしてはいかん」
『別に私は無理強いなんて……』
無理強いなんてするわけないのに、総司とお父様のせいで私が無理にお酒を勧める人みたいになっている。
思わず膨れて黙り込むと、そんな私を見て総司はくすくすと笑っていた。
それから暫くして、楽しかったお食事会はお開きになる。
総司は水の入ったグラスを置くと、私の方を向いて微笑んだ。
「じゃあ、セラ。お城の案内、よろしくね」
『うん』
総司の微笑みを見ながら、私はなんとなく落ち着かない気持ちになった。
このまま二人きりになっても会話が弾むかどうか少し心配に思いながら、私は部屋の扉をぼんやりと見つめていた。
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