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あれから一週間に一度、私は街で知人探しを行った。
けれど街の人々は口を揃えて「お見掛けしたことはありません」と言うばかりで、相変わらず何の情報も得られていなかった。
それに私は街に出ると体力を消耗してしまうらしく、帰り道の途中で事切れたように眠ってしまう。
けれど土方さんと大鳥さんはそんな私に文句の一つも言わずに気遣ってくれる優しい人達だった。


『気付いたら半年が経ってしまいました……』


私がここに来てからもう半年。
色々なことがあったけど、私は基本お城で本を読んだり庭を散歩したりとゆっくり過ごしているばかりだった。
今日は仕事を早めに切り上げたという土方さんを誘い、城内の芝生にシートを広げてお茶をしていたところ。
不意に私が呟くと、隣に座る土方さんが眉尻を下げて微笑んでいた。


「もうそんなに経つか、早いもんだな」

『はい……。土方さんと大鳥さんには沢山の街に連れて行って頂いてるのに、どうして私のことを知っている人はいないのでしょうか……。私には家族がいなかったのかなって、たまに考えるんです』

「一応大鳥には貴族の連中の中に行方不明のままになってる令嬢がいねぇか探らせてはいるよ。だがこのご時世、誘拐や残忍な事件も少なくはねぇからな。あまり公に聞き回ることはマナーを問われちまうらしく、慎重に進める必要があるそうだ。何かわかればいいんだが」

『ありがとうございます。でも私は街娘だったんだろうなって思いますけどね』

「そうか?」

『はい。だって木を見ると登りたくてうずうずしてくるんです』

「は?」

『あの木なんて特に。勿論このお城の中で木登りなんてしてませんよ、ちゃんと我慢しています。でもそう思うということは、多分ご令嬢ではなかったのかなって考えて……』


私が真剣に話しているのに、隣に座る土方さんが笑い出すから横目で彼を睨んでみる。
最初こそ遠慮ばかりしていた私も、毎日顔を合わせて他愛のないやり取りを重ねるうちに、今はこの人と過ごす時間が心地良くなっていた。


「別に好きに登ってくれたっていいぜ。なんなら今登って見せてくれよ」

『土方さんの前でそんなことは出来ません』

「俺は見てみてぇけどな」

『でも上手く登れなかったら格好悪いじゃないですか』

「心配するとこ、そこなのかよ」

『ふふ、当たり前です』


冬の始まりを告げるような冷たい空気が、着込み過ぎて少し火照った頬を撫でてくれるから心地良い。
森林の香りを感じられるこの場所は、今の私にとって一番落ち着く場所だった。


『お城の中にこんなに広い芝生があるなんて、凄い素敵ですよね。私ここが大好きなんです』

「俺はお前に誘われるまで、ここに足を運ぶことなんざなかったよ」

『そうなんですか?それは勿体ないですよ。庭師の方がこんなに綺麗に手入れして下さってるのに』

「ならまた来ようぜ、二人で」

『はい、そうですね』


再び吹いた風に目を細めていると、顔に流れた髪を土方さんの手が優しく耳に掛けてくれる。
思わず彼の方を見ると、土方さんも私を見つめているから、不意に心音が早くなった。
容姿端麗で、こんなに大きなお城を構えているこの人が、何故私を気に掛けてくれるのかはわからないけど、この半年間ずっと私の傍にいてくれた人。
この人が支えてくれたから、私は今幸せな毎日を過ごすことが出来ているのだと思えた。


「セラ」


名前を呼ばれてまた心音が早くなり、段々近付く距離にどうしたらいいのかわからなくなる。
頬に触れた手が温かくて、きっとこのまま受け入れるのことが自然な流れなのだろうと考えていた。
だって土方さんのことは好きだし、それがたとえ恋愛感情じゃなくても、こうして触れられるのは嫌じゃない。
私を見る彼の優しい眼差しは、右も左もわからない私の道標のようなものだった。

けれどいざ唇が触れそうになった時。
どうしてか咄嗟に、顔を下へとずらしてしまった。
まるでこの人ではないと身体が反応したようだったけど、その衝動は自分でもよくわからないものだった。


『あ、ごめ……なさい……。私まだ……わからないことが多過ぎて、不安で……』

「ああ、わかってるよ。俺の方こそ悪かった」

『そんな、土方さんが謝らないで下さい。私、土方さんのことは好きですし沢山感謝もしています。でも……私はまだ自分の年齢すらわからないから……』

「確かにお前は何歳なんだろうな。まあ見てくれからして十六か十七か……その程度だろうが」

『土方さんは今、二十四歳ですよね?』

「ああ。どのみち歳の差はありそうだけどな」


会話の流れが普通に戻ったことに安堵しながら、今のことについて考える。
記憶がないままだから受け入れられなかったのか、それとも他に理由があるのか。
今の私にはいくら考えてみても答えが出せなかった。


「お前がまだ色々不安に思ってることも、先の見通しが立てられないと感じてることも理解しているつもりだ」


真剣な面持ちで話す土方さんの横顔を眺めながら、その言葉の続きを待つ。
再び視線が重なり少し緊張していると、土方さんも少し緊張しているのだろうか。
いつになく揺らいだ瞳で私を見つめた。


「だがお前の身内が見つかったとしてもらそうでなかったとしても。お前の記憶が今後どうなっていったとしても、俺はお前が好きだよ」

『土方さん……』

「だから俺はお前に婚姻を申し込みたいと思ってる。勿論、今直ぐに返事をくれとは言わねぇよ。ただこれからは、俺とのことを真剣に考えてみて欲しい」


指先が絡められ、触れ合ったところがとても熱い。
土方さんからの真っ直ぐな言葉はあまりに私をドキドキさせるから、直ぐに言葉を返すことも出来なかった。
こんなに素敵な人が、ただの街娘で、しかも記憶すらない私を好きになってくれるなんてとても信じられなくて。
それでも今までの彼の言動からその気持ちは伝わってくるから、純粋に嬉しいとも思った。


『土方さんにそう言って頂けるのは夢を見ているみたいで……信じられません』

「そこは信じてくれよ」

『はい、ありがとうございます。でもこんな私が土方さんのこと、真剣に考えさせて頂いて本当に宜しいんですか?』

「ああ。お前は鈍そうだし、早めに伝えておかないと成就するまでに歳を食っちまいそうだからな」

『え?私、鈍くはないですけど……』

「どうだろうな」

『もし本当に鈍いとしたらきっと記憶がないからです。早く思い出せたらいいのにな』


そうすれば自分の気持ちもはっきりわかるかもしれない。
そもそも自分のことすらよくわかってない私に、恋愛感情が芽生えるのかどうかも怪しかった。
でも記憶がないからという理由で、全てを諦めることはしたくない。
もし記憶が戻らなかったとしても、私は生きていて、こうして感情もあるのだから、今はそれを大切にしたいと思った。


「お前に必要な記憶だったらそのうち思い出すよ。思い出さなかったら、お前にとって必要のないものだったと割り切ればいいんじゃねぇか?」

『ふふ、凄い前向きな考え方ですね』

「お前に悲しい顔はして欲しくねぇからな」


頭に乗った大きな手が、あやすように私を撫でてくれる。
前向きに考えることは私も好きだから、その言葉は私を勇気付けてくれるものだった。

でもこの青空の下、今も私を探し続けてくれている人はいるのかな?
忘れず私を思ってくれている人はいるのかな……。
もしいるなら、私はその人に会ってその人のことを思い出したい。
そう考えながら心の奥の心細さを、一人で抱き締めた私がいた。

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