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外は寒さが増して、世界はクリスマスに向けて華やかになり始めている。
お城では大鳥さんがクリスマスの飾り付けを提案したことにより、大きなクリスマスツリーやリース、電灯の装飾が施されていた。
そして今日は知人探しはせず、ただ街へ買い物に行こうと土方さんと大鳥さんに誘われて、大きな都市へと出向くことに。
この街は一番初めに彼らと訪れた、皆が幸せそうにしている街だった。


『わあ、凄い!街全部がクリスマス……!』


クリスマスまではあと二週間ちょっと。
それなのにまるでクリスマス当日のように明るいこの街は、前回以上に活気に溢れていた。


「はは、喜んで貰えて良かったよ。ねえ、土方君」

「当たり前だ。その為に連れて来たんだからな」

『今日は何か買う予定の物があったのではないですか?』

「うん、勿論今日は沢山買うつもりだよ」

「お前の物をな」


にやりと微笑んだお二人に目を瞬いた時、私の手は土方さんに引かれ、まずはいかにも高級そうなフォーマルなお店に入ることに。
二人してああでもないこうでもないと私のドレスを選び始めてしまうから、私は首を横に振る。


『あの、お城のドレスでとっても満足してますから買って頂かなくて大丈夫ですよ』

「これからもっと寒くなるから、真冬用のドレスも必要だと思わないかい?」

『でもお城の中は温かいですし、私はあまり外には出ないので……』

「なあ、これなんかいいんじゃねぇか?」

「いいと思うよ。それにこのファーとか付けると……ほら、よく似合うね。可愛いよ」

『あの、本当にこれ以上はもう……』

「ならこの帽子も合うだろ。あとは手袋だな」

「手袋は今日つけて帰る分も必要だよね。このブローチも彼女に似合いそうだよ」


お二人に私の声は届いていないのか、ドレスは次々と顔に当てられ、帽子なんて頭の上に三つも乗っている。
お会計のテーブルには私用のドレスや小物が山積みになっていくから、「もう大丈夫です」と何度も声を掛けていた。


「ふふ、大公様にとても愛されていらっしゃるのですね。羨ましい限りですわ」

「でもこんなに愛らしいお嬢様ですもの。大公様が夢中になられるのも分かります」

『い、いえ……そのようなことではないんです』

「ですが、大公様が女性を連れていらっしゃるのは初めてですよ」

「もしかして近々ご結婚されるのですか?」

『ええ?いえ、まだそこまでは……』


そもそもお付き合いもしていないから、店員の方々からの言葉に思わず驚いてしっかりとした返答も出来なかった。
けれどふと横を見たら土方さんがお会計を始めていて、私は慌てて彼の服を引っ張った。


『土方さん、ありがたいのですがここまで沢山は困ります』

「なんでだよ。沢山あるに越したことねぇだろ?」

『ですが、もう十分過ぎる程良くして頂いているのにここまでして頂いたら、私はどうしたらいいか分からなくなってしまいます……』

「ははは、君は本当に可愛い人だね。気にしなくていいんだよ、これはお礼だからね」

『え?お礼?何のですか?』

「この前俺達にくれたじゃねぇか、刺繍入りの手袋を」

『…………』


確かにお二人の名前をそれぞれ手袋に刺繍してみたけれど、それは普段良くして頂いているお礼でお渡ししたつもりだった。


『違いますっ……、あの手袋が私からのお礼だったんです……!お礼のお礼なんていりません。しかも何十倍にもなっちゃってます……!』

「なるべく小さくまとめてくれ。嵩張ると持って帰れねぇからな」

『土方さんっ……』


土方さんの腕を引っ張ってみても、直ぐに躱され全然意味をなしていない。
店員さんも含め誰も私の話は聞いてくれないから、結局沢山の商品と一緒に店を出ることになった。


『買って頂き過ぎてしました……こんなに沢山は着れません』

「いいんだよ。お前はいつも街に行っても何も欲しがらないからな、今日ばかりは買わせて貰う」

『ですが……』

「ほら、これ巻いとけ。あと帽子も被っとけよ、寒いんだから」

「はい、これもね。手袋だよ」


子供が親のされるがままになっているように、土方さんにふわふわのマフラーを巻かれふわふわの帽子を被せて貰い、手には大鳥さんからふわふわの手袋を嵌めて貰う。
全身もこもこで温かいけど、そんな私を見て二人は吹き出していた。


『……どうして笑うんですか?』

「いや、雪だるまみたいになっちまったと思ってな」

「でも凄く可愛いよ、温かそうだね」

『はい、とっても温かいです。あの……沢山買って頂いてありがとうございます。大切に着させていただきますね』


お二人を見上げ、彼らのご厚意にお礼を告げる。
すると土方さんも大鳥さんもとても優しく微笑んでくれるから、私の心は身体よりもっと温かくなる。


「じゃあ次は宝石売り場に行くか」

『宝石はいりません、絶対にいりません』

「なんでだよ。お前、いつもそれしか付けてねぇじゃねぇか」

『このペンダントはお気に入りなんです。私が何も分からなかった時からずっと一緒にいる子なので、とっても大切なんです』


宝石は一気に単価が上がってしまう。
それにこのペンダントは私に名前を教えてくれた大切なものだから、本心で外したくないと思っていた。


「じゃあペンダント以外を選んだらどうだい?」

「ああ、そうだな」

『あっ……実は私、宝石よりも欲しいものがあります……』


今まで欲しいものを聞かれても、答えたことは一度もなかった。
そこまで物欲はなかったし、これ以上施して貰うのは私自身心苦しかったからだ。
けれど土方さんの想いに応えていない今の状況で、宝石まで買って頂くわけにはいかない。
以前来た時に実はこっそり気になっていたお店があったから、それを指差してみることにした。


『あのお店、見てもいいですか?』


少し嬉しそうに頷いた土方さんは、私の手を引き私の指差した店へと入って行く。
けれど中に入った途端、彼は店内を見回し急に眉を顰めた。


「ただの菓子屋じゃねぇか」

『そうですよ?この前来た時に、いいなって思ってたんです』

「もっと実用性のあるものを欲しがってくれよ」

『実用性ありますよ?可愛いお菓子を食べると、気持ちが明るくなって元気が出ます』

「確かに可愛いお菓子がいっぱいあるね。見てよ、土方くん。リボン型のドーナツが売っているよ」

『わあ、この星型のキャンディー、可愛い過ぎませんか?見てるだけで幸せ』

「まあ、お前が喜んでくれるならいいけどな。ほら、欲しいもんカゴに入れろ

『わあ、ありがとうございます』


きっと記憶を失くす前の私も、こういう可愛いお菓子が大好きだった筈。
幸せ気分でお菓子を眺め、可愛いマシュマロとキャンディーをカゴに入れた。


「なんで二個しか選ばねぇんだよ」

『この二つが食べたかったんです』

「大丈夫だよ。僕が沢山選んだから」

『…………』


大鳥さんは甘いものが好きなのか、カゴいっぱいにお菓子を選んでいた。
そのお会計をしてお店の外に出ると、再び土方さんは欲しいものはないかと聞いてきてくれる。


『もう十分です、これ以上は荷台に乗りませんよ』

「確かにそうだな。だが乗らない分は店側に後で送って貰えばいいだけの話だ」


大公様ともなるとそんなことが出来るんだ。
思わず感心して頷いてしまったけど、そういう問題ではないと気付いた。


『土方さんのお気持ちは嬉しいですけど、本当にもう十分過ぎる程買って頂きました』

「なら本はどうだ?」

『本?』

「本ならいくらあってもいいだろ。確か何かの続きが気になるって言ってなかったか?」

『あ、一冊だけ……』

「じゃあ決まりだな」

『ありがとうございます、土方さん……』


微笑む土方さんに笑顔を返し、お言葉に甘えて本屋さんへと足を運ぶ。
そこでもお勧めの本や最新の人気の書物などを店員さんに尋ねた土方さんは、私に大量の本を買って下さった。
そしてそれは勿論、後からお城に送って頂くように頼んでいたけれど……


『また買って頂き過ぎてしまいました……。こんなに積み上げられてましたよ?』

「お前以外にも誰か読むだろ」

『読みますかね……?』


買って下さった殆どが私の好みに合わせたロマンス小説。
土方さんのお城には、若い女性の方がいらっしゃらない上、ほぼ男の人ばかりだからあまり手に取る人がいるとは思えなかった。


「いいんだよ。お前にクリスマスプレゼントが買いたかったんだから」


土方さんの言葉に大鳥さんも嬉しそうに頷いている。
今日街へ連れ出してくれた理由がわかり、お二人の優しさが嬉しくて瞳が潤んでしまった。


『ありがとうございます……、土方さん、大鳥さん』

「お金出してるのは土方君だから彼に言ってあげて」

『土方さん、ありがとうございます。全部大切にしますね』


とても嬉しいと思った。
けれど土方さんの気持ちを聞いてしまった今、その返事すら出来ていない状態でここまでして頂くのは胸が痛くもなった。
私はこの人の優しさに何を返せるのだろうと、最近そればかり考えてしまっていて。
土方さんの笑顔を見ると、胸がぎゅっと苦しくなるような気がしていた。


「じゃあ次は何が欲しい?」

『もう欲しいものはないですよ、とっても満足してます』

「まだまだ金はあるぜ、何か言ってくれよ」

『これ以上買って頂いてしまったら、申し訳なさ過ぎて私きっとお城から脱走してしまいそうです……』

「セラちゃんに脱走されるのは困るよ。ねえ、土方君」

「そうだな」


苦笑いをした土方さんは、ようやく納得してくれたのかそれ以上欲しい物を尋ねてくることはなかった。
私達は足を休める為にお茶のできる店に入り、軽食を摂ることになった。


『わあ、このクレームブリュレラテとっても美味しい。甘いです……』


温かい店内の中、今はもこもこのマフラーや帽子、手袋も外して温かいラテに幸せ気分になる。
お食事も美味しいし、店内も綺麗で、ゆったりとした時間が流れていった。


「さっきの菓子といい、お前は甘い物が好きなんだな」

『はい、大好きですよ』

「ここ最近、女の子の間では薄桜館のゼリーが大人気みたいだよね。知ってるかい?」

『どうでしょう……?記憶を無くしてからは食べたことはないかもしれません』

「なら今度買ってきてやるよ」

『ふふ、ありがとうございます。楽しみにしてます』


先が見えない毎日の中、ちょっとした楽しみが私の心を支えてくれる。
自分の感情の動きが生きていることを実感させてくれるから、私にとって大切なことだった。


そらからしばらくして店を出ると、街を夕日が照らしている。
もうそろそろお城に帰らなくてはならない時間だ。


「そろそろ帰るか。お前がいつ寝ちまうか分からねぇからな」

「僕はここまで馬を運んでくるよ。このまま寝ないで少し待っててね」

『はい、ありがとうございます』


今日こそは起きていようと思っても、いつも勝手に眠りの世界に旅立ってしまうこの身体は自分でもどうにも出来ない。
そのうちひょっこり回復出来ることを願って、土方さんに微笑みを向けて頷いた。


「ほら、マフラー手に持ってないでちゃんと巻いとけよ」


出会った頃よりもずっと柔らかくなった土方さんの物腰が、なんだかくすぐったい。
私にマフラーを巻いてくれると、土方さんは穏やかに微笑み、私の頬をそっと親指でなぞった。
けれど瞬間、ふと胸の奥で知らない誰かの夢が蘇った。

顔も思い出せない、名前もわからない。
けれどどういうわけか、その人の夢だけは繰り返し見てしまう。

私を呼ぶ声は、あまりに優しくて甘くて、耳に触れるたび胸がきゅっと締めつけられる。
頬に触れる手も、あたたかくて、大切に包まれるようで。
目が覚めてもその余韻だけは、しばらく離れてくれなかった。

現実には存在しない人なのかもしれない。
ただの夢にすぎないのかもしれない。
それでも、気づけば私はその人のことばかり考えてしまう。

理由なんてきっとない。
そう思っていても、どうしようもなく懐かしくて、切なくて、胸の奥がじんわりあたたかくなる……そんな夢だった。


『ありがとうございます。今日、とっても楽しかったです』

「ああ、俺も楽しかったよ」


土方さんは自分の物なんて何一つ買ってないのに、そう言って微笑んでくれる。
その気持ちが嬉しいのに切なくもあって、ただ彼を見上げていた。
でも不意に肩が引かれて思わず後ろを向くと、背の高い一人の男の人がいる。
私を見るなりその瞳は大きく揺らぎ、私の顔を確かめるかのように彼の温かい手が頬を包んだ。


「……セラ?セラなんだよね?」


その人の手は少し震えていたから、私は彼を見上げたまま咄嗟に頷くことしか出来なかった。
すると彼の瞳が細められたと同時にきつく抱き締められて、私の耳には温かくて悲しそうな声が届いた。


「良かった……セラが生きていてくれて……」


驚きからお菓子の入ったプレゼントの箱がいくつも足元へ落ちてしまった。
それでも彼から与えられた熱は、小さくなってしまった私の世界を満たすように温かくて、きつく抱き締められた腕の中、ただ身を任せてしまった私がいた。

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