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セラのいなくなってしまってから、気付けば半年以上が経っていた。
季節もすっかり冬になり、服を買い足しながら彼女の捜索を続けていた。
一度訪れた街にも再び足を運び、有名な店には彼女を捜索している旨を記載した紙を貼って貰えるようお願いする。
西の名家を訪ねて情報を聞き出そうとしたけど、やはりあの子については何も情報は得られなかった。


「総司、山南さんからの手紙にいい加減一度戻って来いって書いてあるけど」


手紙に帰城するよう書かれていることはこれが初めてではなかった。
けれどどうにかあと少しとお願いをしながらもう半年以上。
資金の面から考えても、一度城に戻るべきだとは分かっていた。
けれどあの子を置いて城に戻ることなんて出来る筈もなく平助の声に何の返答もしないでいると、平助が言葉を続けた。


「なんかさ、城にちょっとした情報が入ってきたらしいぜ」

「情報?どんな?」

「行方不明のままになってる貴族のご令嬢はいないかって、他の家紋に尋ねてきた人がいたらしい。ただ又聞きで信憑性もないからまだ調査中って書いてあるけど」

「またそういうのか」


半年の間、セラについての誤情報ならいくつも入ってきた。
その度に僕達や騎士団は踊らされて、結局彼女は今も見つからないまま。
僕の精神的にもそろそろ限界が近いような気がしていた。


「平助、ここまでありがとう。君がいてくれて良かったよ。城には一人で戻って」

「何言ってんだよ、お前を置いて帰れるわけねーじゃん」

「僕はまだ探すよ。僕のせいであの子は攫われたんだからね」

「だから総司のせいじゃねーって。何度も言ってるだろ?」


確実に僕のせいだ。
あの時、目の前であの子が攫われていくのを見ていたのに、何も出来なかったんだから。
長年かけてようやく専属騎士になれたっていうのに、たった数ヶ月で彼女の身を危険に晒しただなんて本当に愚かしい。
あの子を護る為、必死に頑張っていた幼い頃の自分の努力すら裏切ってしまったと思う程、今の自分が許せなかった。


「手紙に書いてあるんだよ。藤堂君は沖田君を引っ張ってでも連れて帰って来てくださいって。だから俺だってお前を置いて帰れねーの。俺達を呼び戻すのには理由があるかもしんねーし、資金だって前回送って貰った分ももうそろそろ尽きちまうだろ?別にセラを諦めるわけじゃなくてさ、また出直せばいいじゃん」


多分僕はあの子との思い出が沢山詰まった城に戻ったら、それこそ耐えられなくなりそうで怖かったんだと思う。
それなら体力的にきつかったとしてもあの子を探し続けている方が、まだ希望を持てる気がしていた。
でも平助の言う通り、一度近藤さんに会う為にも戻るべきなのかもしれない。
僕と同じように苦しみと戦っているだろうあの人に、一度くらい寄り添うべきだろうとも考えていた。


「分かったよ、一度城に戻ることにするよ。でも最後に、最初の頃に行った街に寄っていきたいんだけど」

「じゃあそこ寄って、城に戻ることにしようぜ」


セラを攫った馬車が発見されたカイル街。
そこから少し離れているけど、ここ一体で一番栄えている大都市がある。
人が多いところの方が情報は得られるだろうし、二度目ではあるもののもう一度足を運ぶべきだと思った。

都市へと着くと僕の心境とは真逆の明るい街並みが広がり、様々な装飾が施されている店ばかり。
街の真ん中に立つ大きなクリスマスツリーを見て、もうそんな時期なのかとより悲しい気持ちになった。


「あの店、ここら辺じゃ一番でかいし、まずあそこで聞いてみる?」

「そうだね。丁度客も捌けたし、行こうか」


馬を降り、平助と入ったのはフォーマルな服飾のお店。
スーツからドレス、小物までありとあらゆるものが取り揃えてある印象だった。


「いらっしゃいませ」

「すみません。僕達人を探していまして、ご協力頂けますか?」

「はい?」

「似た子をどこかで見かけたりしたことはありません?」


三人の女性の店員達は、きょとんとした顔をしながらも僕達が広げた肖像画をまじまじと見つめる。
以前この街で同じように聞き込みをした時は、どの人も「お見掛けしたことありません」と言うばかりだったから、今回も期待はしていなかった。


「あら?こちらの方って……」

「先程いらっしゃった方に似てますよね?」

「私もあのお嬢様かと思ったわ」


三人の言葉に僕と平助は顔を見合わせ、思わずその身を乗り出す。


「この子を見たんですか!?」

「あ……でもどうかしら、肖像画なので正確には……」

「もう少し大人びていらっしゃったような気もしますしね」

「この肖像画は一年以上前のものなんです、だから何でも良いので教えて下さい……!」

「二時間程前かしら。こちらのお嬢様とそっくりな方が店に買い物にいらしたんです」

「え?一人でですか?」

「いえ、この街を統治していらっしゃる大公様と一緒にいらっしゃいました。もうとっても可憐なお嬢様で、大公様が彼女に沢山の贈り物をこちらで選ばれていましたよ」

「近々ご結婚されるのかしら、とてもお似合いだったわよね」


にこにこ話す店員の話を聞いて、僕も平助も肩を落とす。
平助も僕と同じことを考えたのだろう、小声で僕に話し掛けてきた。


「その話だとセラじゃねーよな」

「そうだね。普通に生活してるなら、城に何の連絡もない筈ないし」


そもそもたとえセラが生きていたとしても、攫われた身で何をされているのかも分からない。
街で買い物なんて出来る境遇ではないのはわかり切っていることなのに、少しでも期待した自分が馬鹿みたいだと唇を噛み締めた。


「ご協力ありがとうございます。それで、この紙をどこかに貼って頂くことはできますか?半年前から行方不明で、まだ見つかってないんですよ」

「あら……それはお気の毒ですわね……。こちらの角で宜しければ貼らせて頂きますよ」

「ありがとうございます。ご協力感謝致します」

「そちらのお嬢様、早く見つかると良いですね」


感じの良い店員さん達に会釈をして、僕は平助と店を出る。
少し期待してしまった分だけ気落ちして、街に流れる明るい音楽すら煩わしく感じていた。


「じゃあ次はもっと奥にも聞き込みに行こうか。民家も回りたいけどね」

「分かった。てかさ、あれ。あそこにいるのが、今話で聞いた大公様じゃね?」


平助の目線を追って後ろを向くと、少し先の噴水の前、綺麗な身形をした一人の男が目の前の女の子にマフラーを巻いてあげている。
その子は後ろ姿だったから顔は分からなかったけど、背格好は確かにセラと似ている気がした。


「あの大公様、めっちゃ美男子だな。あーあ、なんかいいよな。幸せそうで」


笑顔でその子を見下ろすその顔は、確かに幸せそうだ。
大切そうにその子を見つめ優しく頬を撫でる姿を見て、僕の胸は無性に苦しくなった。

もし僕があの時助け出せていたら、今頃あんな風にセラの隣で過ごせていたのだろうか。
そんなことを考えてしまえば、あの二人に少し前の僕とセラを重ねてしまう。
そして相手が僕でなければ、セラもあの女の子のように幸せな日々を暮らせていたのではないかと考えてしまった。
何故なら男の手には彼女の為に買っただろう沢山の贈り物の箱があって、彼女の手の中や、足元にも沢山のプレゼントがある。
綺麗に着飾った二人を見れば幸せの象徴のように思えて、羨ましい気持ちから目を離すことが出来なかった。


「総司、行こうぜ」


直ぐ先にいるあの子の顔を、念の為確かめようか迷った。
けれど似ていても似ていなくてもきっとこの胸は痛むだけだろうから、平助に呼ばれるまま再び二人に背を向けた時だった。


『ありがとうございます。今日とっても楽しかったです』


その声を聞いて、身体中に言いようのない衝撃が走った。
僕があの子の声を聞き間違える筈がないと、僕の足は走り出していた。
様々な疑問が渦巻く中で、考えるより先に動いた身体は彼女の肩を引き振り向かせる。
僕を見上げてその瞳を綺麗に見開いたのは、想い焦がれて止まなかったあの日以来のセラだった。


「……セラ?セラなんだよね?」


情けなくも震えてしまった手で頬に触れると、半信半疑だったものが確信に変わる。
僕を見上げて頷く彼女はあの時のままで、堪らず目の前の小さな身体をきつく抱き締めていた。


「良かった……セラが生きていてくれて……」


聞きたいことは山ほどある。
何故ここにいるのか、あの後何があったのか、どうして連絡すらくれなかったのか。
君と話したいことが沢山あるよ。
でも今は会えたことに胸が一杯になり、言葉さえ上手く出てきてくれない。
ただこの子が生きて自分の手の届くところにいることが嬉しくて堪らなかった。


「総司……!セラだったのか!?」


平助の声に我に返り、一度落ち着く為にセラから身体を離す。
平助もセラを見るなり瞳を潤ませ、一度言葉を失っていた。


「セラ……良かった、無事だったんだな」


少しずつ冷静さを取り戻しセラを見るも、少し困ったような様相で僕達を交互に見上げている。
その違和感に眉を顰めた時、隣にいた男が彼女より先に話し掛けてきた。


「お前達、セラの身内か?」

「……あなたは誰なんです?まさかこの子を誘拐したのって」

「土方君、どうしたんだい?こちらの方々は?」


話の途中でもう一人男が現れて、僕達を見るなり首を傾げている。
邪気があるようには見えなかったけど、まずは話をする為、僕は肖像画を取り出し彼らに見せることにした。


「僕達は東にあるアストリア公国を統治している近藤家に仕えている者です。半年程前、公女様が攫われてからずっと彼女の捜索をしておりました」


肖像画を見て三人は目を見開き、互いに顔を見合わせている。
その様子にも再び違和感を覚えたものの、セラは少し震えた指先でその肖像画に触れていたから、もしかしたらこいつらに監禁まがいのことをされていた可能性もあると二人を睨み付けていた。


「あなた方はどうしてセラと一緒にいるんです?」

「僕達は彼女が倒れているところに偶然居合わせて、保護していたんだよ」

「……保護して下さっていたのはいつからですか?」

「ああ、確か半年くらい前だったか」

「そんな長い間、なんで何の連絡もくれなかったんですか!」


思わず目の前の大公の襟元を掴んでしまうと、平助が慌てて僕を止める。
後から来た方の男も少し怪訝そうな顔付きになり、一度場は静まり返った。


「何も知らなかったらそう思われてしまうのは仕方ないのかもしれないけどね。でも、一度こちらの話も聞いて貰えるかい?」

「どんな理由があったって、こちらに何の連絡も寄越さないのは無礼ですよね。この子にも連絡しないよう脅してたんじゃないんですか?」

「んなことするわけねぇだろうが」

「だったらどうして……!」

「セラは今、何も覚えてないんだよ。以前までのことはおろか、自分のこともな」


大公の言葉に目を見開き、視線をセラに移す。
すると眉を下げた彼女は申し訳なさそうに僕達を見上げているだけだった。


「は?……おい、嘘だろ?じゃあ俺のことも分からねーの?」

『ごめんなさい……』

「じゃあ総司は?総司のことは分かるよな?」

『ごめんなさい……、何も覚えていなくて……』


平助の問い掛けに対し、苦しそうに吐き出されたその言葉や表情からはとても嘘を言っているようには思えなくて、背中に嫌な汗が伝っていくのが分かる。
思わず彼女の肩にそっと触れたけれど、僕を見上げて迷わず微笑んでくれたあの頃のセラはもういなかった。


「セラ……本当なの?本当に何も覚えてない?」

『はい、ごめんなさい……』

「いつから記憶がないの?」

『土方さんと大鳥さんに保護して頂いてからの記憶はあるんです。でもその前のことは何も覚えてません』

「でも名前は分かったんだよな?てことは少しくらいは覚えてるんじゃねーの?」

『それは私のペンダントに書いてあったから分かっただけで、私が覚えていたわけじゃないんです』

「じゃあ名前すら覚えてなかったってことなの?」

「近藤さんのことも覚えてないのか?」

「おい」


僕がセラに詰め寄って平助と質問を繰り返していると、大公が僕を睨んで声を掛けてくる。


「あんまり質問攻めにするんじゃねぇよ。何度もわからないって言ってんだろうが」

「……僕達は半年間探してようやく今会えたんですよ。状況を理解したいだけなのに、なんでそんな言われ方をされないとならないんです?」

「こいつの気持ちも考えてやれって言ってんだよ」

「考えてるからどうにかしたくて聞いてるんじゃないですか。あなたは自分に関係がないからそういうことが言えるんですよ」

「なんだと?」


ようやく会えたのに、記憶がないなんて簡単に信じられる筈がないし、信じたくもなかった。
たった半年保護しただけの男に分かったようなことを言われるのは我慢ならなくて睨み付けてしまえば、もう一人の男が間に入るように穏やかな口調で話し掛けてきた。


「取り敢えず、ここで話していても仕方ないよ。もうすぐ日も暮れるし、一度彼らには城に来て貰ってはどうだい?そこで詳しくお互いの話をすればいいよ」

「……まあ、そうだな。城まではここから一時間程度だ、時間はあるんだろ?」

「俺達は別に大丈夫だけど……、良いのか?」

「構わねぇよ。こいつの体力もそろそろ限界だろうからな」


本当に何も分からないのだろうセラは僕を見ることもなく、ただ静かにその男を見上げている。
その見たくもない光景から視線を逸らすことも出来ず、平助が連れてきてくれた馬の手綱を心ここに在らずで握った。


「じゃあ帰るとするか」


馬に跨ったその男は、さも当たり前のようにセラに手を差し出す。
その手が触れることを嫌だと思うのは当たり前で、気付いた時にはセラに声を掛けていた。


「セラ、おいで」


男に向かって伸ばしかけた彼女の手が止まり、揺らいだ瞳が僕を見つめる。
二、三歩馬を移動させ僕が上から手を差し出すと、困った様子で僕と土方さんを見比べていた。


「一緒に乗ろうよ」

「いいよ、向こうに乗ってこい」

『はい』


あんなに一緒にいたのに、今のセラからしたら僕は今会ったばかりの見知らぬ男なのだろうか。
そのことがとても信じられなくて、ただ黙ってセラを見つめることしかできなかった。
僕の手にそっと伸ばされた手を取り、優しく上に引き上げる。
彼女の身体が腕の中へと収まると無性に嬉しいのにその分悲しくもなって、手綱を持つ手に力が入った。


『宜しくお願いします』


不意に上を見るように振り返ったセラは、少し微笑んでそう声を掛けてくれる。
その愛らしい様子に僕も笑みを返したものの、やっぱり以前までのセラとは様子が違っていた。


「うん、じゃあ行こうか」


今、この子に顔を見られずに済む体勢で良かったと思ってしまう程に酷く情けない顔をしているかもしれない。
けれど半年以上探して探して……ようやく会えたというのにこの仕打ちは流石に堪えるものがあった。
勿論セラがこうして元気でいてくれるのは、何よりも嬉しいことには違いない。
でも行き場を無くしたこの想いはどこに沈んでいくのだろうと、唇を噛み締めることしか出来なかった。


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