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道中、軽く自己紹介はしたものの、それ以降は誰も何も話さなかった。
ただ馬の蹄の音だけを聞き、行ったこともない城を目指すこの時間がやたら長く感じられた。

けれど不意に目の前の身体がぐらりと揺れて、思わず庇うように腕に抱く。
顔を覗き込めば街頭に照らされたセラの瞳は閉じられていたから、何事かと目を見開いた。


「セラ?どうしたの?セラっ……」

「大丈夫だ、寝てるだけだよ」

「……え?これ、寝てるんですか?」


声を掛けても揺さぶっても起きなくて、思わず土方さんにそう尋ねる。


「ああ。それも含めて、城で話すよ」

「そうだね。君達には話さなければならないことが沢山あるよ」

「ちなみにこのまま丸一日以上起きねぇ時もあるから、そのつもりでいてくれ」

「丸一日って……そんなに寝ちまうのか?」

「ああ。俺も最初街へ連れ出した時は何事かと思ったが、ちゃんと一日二日したらまた元気になってるからあまり心配すんじゃねぇぞ」


何一つ状況が分からない中で、思っていたよりこの子の状態は良くはないのかもしれないという不安が心中を渦巻く。
けれどその反面で、僕の上半身にかかる彼女の重みが愛しくて、支える腕に力を込めた。
きっとこうしてこの子を抱きしめることは、記憶が戻らない限り無理かもしれない。
だから今少しでも身体に刻みたいと、彼女の温もりを大切に感じていた。


それから暫くして城に着くも、聞いていた通りセラは目を覚ますことはなかった。
横抱きにしたまま彼女を運び、指定された部屋へと行くと、綺麗な一室はまるでずっと前からこの子が生活していたかのように可愛らしく装飾され、部屋の角にはクリスマスツリーまで飾られている。
ベッドサイドにセラが好きそうな本まで沢山並べられている様子から、この半年間、ここで大事にしてもらえていたことが窺えた。


「そこに寝かせてやってくれ」

「はい、分かりました」

「ああ、待て。コートとか脱がさないと駄目だろ」

「確かにそうですね」


取り敢えずベッドサイドに座らせて身体を支えていると、土方さんが慣れた手付きでコートやらブーツやらを脱がせていく。
側からみたら僕達は怪しい奴らかもしれないけれど、致し方ない状況だった。


「随分慣れているみたいですけど、まさかいつも土方さんが一人でこの子を脱がせてるわけじゃないですよね?」

「大鳥と一緒にやってるよ。慣れてるって言うんじゃねぇ」

「土方さんと大鳥さんには感謝してます、こうしてこの子を保護して頂いて。本当にありがとうございます」

「……なんだよ、急に礼なんざ言いやがって」

「お礼ついでに、一つ聞かせて下さい。この子に変なことはしてませんよね」

「してねぇよ、するわけねぇだろうが」

「分からないじゃない。こうやって脱がされても起きないんですから」

「俺達はいい加減なことは何一つしてねぇよ。だから変な言いがかりはよしてくれねぇか」


土方さんを見ていると、その言葉に嘘はないように思える。
街で見かけた時のあの表情だって、セラが好きだと言っているようなものだった。
あの時はセラの顔は見えなかったけど、セラが僕を見上げていた時と同じ表情でこの男を見つめていたんだとしたらそれは流石に辛過ぎる。
二人の関係を聞こうか迷ったけど、その言葉は喉元まで出かかったのにそのまま呑み込まれていった。


僕と平助が広いダイニングへと案内されると、テーブルには城で作られただろう料理や飲み物が並んでいる。
食欲もなければ呑む気にもなれないし、目の前にはよく知らない男二人。
ただセラの話だけ聞ければいいのに、彼らは僕達をそれなりにもてなしてくれているようだった。


「じゃあ食事をしながら話そうか」


大鳥さんの言葉を皮切りに、僕達は改めて軽い挨拶を交わす。
まずは僕達が彼女の素性や誘拐された経緯、この半年間の動向などを話すと、彼らも眉を顰めながらも口を挟まず聞いてくれた。


「そうか……。君達も大変だったみたいだね」

「話からすると、あの火傷は馬車の爆発によるものだったってことだろうな」

「うん、恐らくはそうだろうね」

「保護して頂いた時、セラは火傷してたんですか?」

「ああ。俺達はセラを川の下流域で見つけたんだんだが、その時はそこらじゅう切り傷と火傷だらけで、頭からも血を流してたぜ」

「服も焦げている場所があったんだ。でも全身ぐしょ濡れでね、最初見た時は正直もう駄目かと思ったよ」


予想していなくはなかった最悪の状況を聞き、思わず息を呑む。
半年経ったからこそ今のような姿だけど、少し前まであの愛らしい身体に多くの傷が付いていたと思えば、あの時助け出せなかった自分の不甲斐なさが改めて重くのし掛かった。


「城に連れて帰って直ぐ、医者を呼んで治療して貰ったよ。幸い頭や身体の傷はそこまで深くはなかったらしいが、喉がやられちまっててな。目覚めるまで四日掛かった挙句、気道熱傷で暫くは声も出せなかったぜ」

「セラはその時からもう記憶がなかったのか?」

「うん、なかったよ。喋れないし何も分からないしで、取り敢えず紙に書いてもらってやり取りをしてたんだけどね。一カ月近くは、ほぼ寝たきりだったんじゃないかな。起きられるようになって話せるようになって、ようやくコミュニケーションが取れるようになったんだけど、なんだか……凄く良い子でね」

「起きてすぐに城で雇って下さいとか言い出すから、まずは身体を回復させることや知り合いを探すことを優先させろって言ったんだよ。だから仕事で街に行く時はあいつを連れて民家を回ってたんだが、手掛かりは掴めねぇままだった。だが当たり前だな、まさかそんな遠く離れた場所の令嬢だとは思いもしなかったよ」


大鳥さんは席を立つと、袋から何かを取り出し僕達の前に広げてみせた。
そしてそれは見たことのない街娘が着るような服だったから、思わず眉を顰めて彼の言葉を待った。


「これ、僕達があの子を見つけた時に彼女が身に付けていた服だよ。この服に見覚えはあるかい?」

「いえ、ないです。これはセラのものではないですよ」

「君達はさっき馬車の中に彼女の着ていたドレスがあったらしいって言ってたから、恐らく何か事情があってこれに着替えさせられたのかもしれないね」

「これのおかげで俺達もあいつも街娘なんだろうと思って、民家ばかりに足を運んじまったんだよ。だがあいつの所作なんかを見てると街娘にはどうも見えなくてな、ここ最近になって行方不明になったままの貴族令嬢がいないか聞き込みをし始めたんだが、連絡できないまま時間を掛けちまって悪かったよ」


二人の事情が今になって初めて分かり、最初にくってかかってしまったことを悔やむ僕がいる。
土方さんのことは好きになれそうにないけど、この人達に助けられたことはセラにとって不幸中の幸いだったに違いないと思わずにはいられなかった。


「いえ……、そもそも専属騎士である僕があの子を護りきれなかったのが事の発端なので、責任は全て僕にあります。それなのに先程はすみませんでした。そしてセラを救って頂きありがとうございます」


僕と一緒になって平助まで頭を下げると、土方さんは何故か苦笑いをしている。


「別段、そんな大袈裟に礼を言われる程のことはしてねぇよ」

「そうそう。土方君が勝手に世話を焼きたくて焼いてただけだからね」

「てめぇだってそうだろうが。しょっちゅうあいつの部屋に行きやがって」

「だって助けた子があんなに可愛いくて健気な子だったら、色々してあげたくなるのは当然だと思わないかい?君達がこの半年間、必死にセラちゃんを探してたのも理解できるよ」

「さっきお前の地図を見たが、それ全部回ってきたんだろ?この半年間、相当大変だったんじゃねぇのか?」


眉尻を下げて優しい笑みを浮かべた土方さんの言葉に、何故か少し込み上げてくるものがあって、それを笑顔で誤魔化す。
自分勝手な感情のせいで手放しで喜べない自分自身も嫌で、心中で歯噛みしてばかりだ。


「……まあ、大変でしたけどね。でもあの子が生きてて、こうして無事に見つかって良かったですよ」

「でも俺……複雑なんだ。あいつが全部忘れちまってること。さっき頭に怪我をしてたって言ってたけどさ、それが関係してるのか?」


平助の問いの答えが僕も気になり、二人に真っ直ぐ視線を向ける。
すると大鳥さんは先程よりも暗い顔をして、僕達へと言葉を続けた。


「医師には、頭を打ったことよりも心的外傷やストレスによって引き起こされる記憶障害だろうって言われたよ。直ぐ治る人もいればずっと治らない人もいるらしいから、気長に付き合っていくしかないみたいだね」

「セラが眠ったまま起きないのもそれに関係してるんですか?」

「うん。睡眠障害の他にも、疲労や脱力感が出る場合があるらしいよ。だから街に行った後は、大体今日みたいな感じで寝てしまうんだ」

「セラは自分でそのことも分かってるのか?」

「ああ、分かってるよ。だからそのうち治るだろうって俺達も敢えて軽く接してはいる。記憶も無理して思い出す必要はねぇって言ってきたしな」

「でも僕は一日も早くあの子に思い出して欲しいですけどね。あの子だってそれを望んでるんじゃないんですか?」

「まあ、そうだろうけどな。だが、思い出すことが必ずしも良いことだとは言いきれないんじゃねぇか?」

「なんでです?」


僅かな苛立ちから間髪入れずに聞き返す僕に、大鳥さんと土方さんは顔を見合わせ眉を顰める。
そして言い難そうにしながらも、僕達を見てその口を開いた。


「記憶障害は、自分の体験したことがストレスやトラウマになって引き起こされるものなんだよ。男性より女性に多いらしくてね、本人にとっての辛い経験を忘れることで自分を守っているらしいんだ」

「つまりセラにとって忘れたいくらい辛いことがあった……ってことなのか?」

「そればかりは分からねぇよ、何せ本人が何も覚えてないんだからな。だがもしそうだとしたら、何かが引き金おなって問題の出来事を再体験しているかのように感じちまう可能性もあるらしい」

「そうするとどうなるんです……?」

「個人差があるらしいが、混乱したり大きな苦痛を感じたり……最悪の場合、自ら死を選ぶまで追い詰められちまうこともあるそうだ。まあ、医者は職業柄リスクばかり話すからあまり真に受けて考え過ぎても良くはねぇとは思うがな」

「ただね……」


大鳥さんは再び言い難そうに一度黙ると、視線を下にしたまま僕達に話し出す。


「これはあの子にも言っていないことなんだけど、僕達が彼女を見つけたあの日……服も着ていたし靴だって脱げていなかったんだ。それなのに、彼女は下の下着を身に付けていなかったんだよ」

「え……?」

「勿論僕達は見てないよ。城の侍女さん達に全て着替えは頼んだからね。それで彼女達が教えてくれたんだ、下に何も身に付けていなかったって。だから僕と土方君はそのことはとても彼女には言えなかったし、もしかしたらそうゆうことをされた後にあの場に捨てられたか川に落とされた可能性があるかもしれないと考えたんだ」


一番危惧していたことが現実になり、血の気が引いていくような感覚に陥った。
その後に吐き気と胸の痛みが身体を押し潰していくようで、僅かに指先が震えていることに気付いた。


「医者にその検査をして貰うか迷いはしたが、身内でもなんでもねぇ見知らぬ男達にそんなことされるのも嫌だろうから、その確認は取れてねぇよ。妊娠の心配は無さそうだから良かったが」

「妊娠って……、いや……そうだとしても……全然良くないですよ。そもそもまだそんなことをされたって確証はないんですよね?」

「ないよ。もしかしたら彼女にとって本当にトラウマになった出来事があるかも分からない。ただ身内や家族が近くにいない状態でもし何か辛いことを思い出してしまったら、彼女も余計に心細いだろうからね。だから今日君達に会えて、セラちゃんをご家族の元に返してあげれることになって良かったよ」

「俺からも近藤さんには手紙を出させて貰うが、お前達からも今話したことはちゃんと伝えてやって欲しい。俺達からは以上だ」


思わず黙り込んでしまった僕の肩には平助の手が置かれ、彼は僕を慰めるかのような目で見つめてくる。
あの子の身体は愚か、心すら酷く傷付けてしまったことを知り、少し前までの無邪気に笑うセラが消えてしまったようで目頭が熱くなるのを感じた。


「悪かったね。こんな話は聞きたくなかったと思うけど、あまり悲観的にはならないでくれるかい?」

「そうだって。もしかしたら直ぐに記憶が戻って、思い出してからもけろっとしてるかもしんねーじゃん」

「……うん、そうなんだけどね。でもずっと記憶が戻らない場合もあるんですよね?」

「戻らなくたって、今からまた関係を作ってけばいいじゃねぇか。あいつはあいつなんだから」

「土方さんは知り合ったばかりだから、そんなことが言えるんですよ。こっちはそう簡単には割り切れないんですって」

「だからってここでぐちぐち言ってたってしょうがねぇだろうが。今はてめぇの気持ちじゃなく、あいつのことを一番に考えてやれよ」

「あの子のことを真剣に考えてるから悩んでるんじゃないですか……!というか、ちょっと保護しただけの人にそこまで口出しされたくないんですけどね」

「ああ?」

「今日まではお世話になりましたけど、これからは僕達がセラを支えるんで余計な心配は不要です。今後はあの子にちょっかいかけるのやめて貰えます?」

「おい、総司っ……やめろって!」

「そんなに心配なんだったらなあ、そもそも攫われるようなことしてんじゃねぇよ!」

「土方君、大人気ないよ。喧嘩はやめてくれないかい?」


駄目だ。
もう完全に冷静ではいられなくて、このままだとまた余計なことを言いそうだと席を立つ。
土方さんも短気なのか苛立った様子で舌打ちすると、僕より先にダイニングから出て行ってしまった。


「何やってんだよ、総司……。土方さんを怒らせちまったじゃねぇか」

「ああ、大丈夫だよ。土方君は短気だからよく怒るけど、それが通常運転だと思ってくれていいからね」

「僕、大鳥さんは好きだけどあの人は嫌いだな」


思わず吐いた捨て台詞を聞いて大鳥さんは苦笑いをしていたけど、今無性にセラに会いたくて堪らない。
会って昔のように話して、沢山笑って、その温もりで僕を元気付けて欲しいのに。


「大鳥さん、今日はすみませんでした。あとセラのことを色々教えて頂きありがとうございます」

「お礼なんていらないよ。あ、今夜は泊まっていってくれるかい?部屋は彼女の隣に用意してあるよ、近くなら安心だろうと思ってね」

「ありがとうございます、お言葉に甘えてそうさせて頂きます」


微笑む大鳥さんに会釈をして、僕は一人ダイニングを出る。
見知らぬ場所はより僕を心細くさせるから、セラの笑顔を何度も頭に思い浮かべてしまう僕がいた。

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