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夜、眠れなかった僕はセラの部屋へと足を運ぶ。
薄明かりの中、目を瞑っている彼女は寝かせた時のまま身動ぎもしないで眠っていた。
ベッドサイドにある丸椅子に腰掛けて、久しぶりに見ることの出来たその寝顔を見つめる。
そして専属騎士になってからの日々のことを、ふと思い出していた。


専属騎士就任後は予想以上に拘束時間は増え、その職務は楽ではなかった。
何より体力勝負だし、体調管理は怠れない。
責任も以前より大きくなり、彼女の護衛以外にも任務は与えられるから、重圧を感じることも度々あった。

けれどそんな僕にも癒しの時間はあって、それは何よりセラと過ごすこと。
一日頑張って、その日の終わりに交わす彼女との他愛ないやり取りや、触れ合える喜びが、僕にとって何よりも原動力になっていた。
だからセラがつい寝落ちしてしまった時なんかは、残念に思いながらもその寝顔を眺めて満足していたことを思い出す。
こうして頬に触れると温かくて、耳を澄ませば僅かに聞こえる寝息が、僕を安心させてくれるんだ。


「セラ、ごめんね」


セラは全てを忘れたくなるくらい辛い思いをしたんだろうか。
自分の殻に閉じこもってしまう程、この世界が嫌になってしまったのではないかと思えば、そこがどんな場所でも連れ出してあげたいと思った。

土方さんは新しい思い出を作ればいいと言っていたけど、それは以前までのセラを暗い場所に一人置き去りにしてしまうように感じてしまう。
たとえ今のこの子がそれを望んでいたとしても、その上に作られた幸せなんてまやかしのようにも感じられた。

でも僕はこの子に何をしてあげられるだろう。
僕のせいで辛い思いをしただろうセラに、どんな言葉を掛けてあげればいいのかも分からなかった。
だって僕にはこんなにも君との思い出があって、今だって触れたくて堪らないのに、君はもう僕のことを覚えてもいない。
一つ一つ、本当に大切に積み上げてきたつもりだったから、それを全てなかったことにするのは正直辛い以外の何物でもなかった。

それを隠して、セラに優しい言葉を言って、振り向いて貰うために必死になる……そんなことを今更したいわけでもなければ、その程度のことでこの子の傷を癒せるとも思えない。
僕はいつだって、自分の正直な気持ちだけでこの子に向き合っていたかった。
でもそれが出来ない今、僕には情けない程の不安がのし掛かっている。
君の身を案じているのに、それと同じくらい君が他に大切な人を見つけてしまうんじゃないかって不安で堪らないんだ。


セラの寝顔を見ていたら、不本意にも視界が歪み、敢えてその顔から視線を逸らす。
それでも悲しみは消え去ってはくれないから、顔を俯かせ思わず瞳を細めることしかできなかった。
けれどそんな僕の頬に、温かい肌の感触が触れて弾かれたように顔を上げる。
するといつの間に起きたのだろう、優しい瞳で僕を見つめたセラが寝ている体勢のまま、僕の右頬についた情けない涙の跡を拭ってくれていた。


「セラ……起きたの?」


一度は記憶が戻ったのではないかと期待した。
けれど黙ったまま頷く様子からそうではないと分かり、また落胆する自分が嫌で堪らない。


「今日は多分目を覚さないだろうって聞いてたから驚いたよ。身体は辛くない?」

『はい、大丈夫です』


すっかり敬語になってしまったセラは、ゆっくり上体を起こすとまた僕を見つめている。
名乗った方がいいのだろうと考えて、名前と専属騎士であることを告げると、初めてその顔に笑みが浮かんだ。


『改めて宜しくお願いします、沖田さん』


本当に覚えていないんだなと実感する。
まるで初めて言葉を交わしたあの日のように、僕達の間には見えない壁があるように感じられた。


「敬語なんていらないよ。名前も総司って呼んでくれてたから、またそう呼んで欲しいかな」

『宜しいんですか?』

「うん、勿論」

『ありがとう……。じゃあ……総司って呼ぶね』


僕の様子を窺いながらもまた微笑み、彼女らしく素直に頷いてくれる。
ようやく口調は以前までのようになってくれたから安堵するものの、やはり寂しさは紛れてはくれなった。


『さっきは驚いて何も言えなかったけど、私を探してくれてどうもありがとう。半年以上経ったのに、忘れないでいてくれて……ありがとう』


潤んだ瞳でそう言った彼女はまるで以前までのセラのようで、抱き締めたい衝動に駆られる。
それを抑えこみただ笑顔だけ作ると、彼女もまた柔らかく微笑んでくれた。


「君を忘れるわけないでしょ。何のために専属騎士になったと思ってるのさ」

『でもね、色々街や民家を回って知り合いを探しても見つけられなかったから、私を探してくれてる人なんていないのかなって最近少し諦めてたの。だから総司と、あともう一人の方が来てくれて本当に嬉しかった』

「君はここよりずっと東の街で暮らしていたんだよ、だから見つからなくて当然かもね。あと、もう一人は平助って言うんだ。君は平助君って呼んでたから、次に話す時はそう呼んであげなよ。僕達は城の中でも一番君と年齢が近いから、敬語もいらないし気楽に接して貰えたら嬉しいかな」

『うん、こうやって話せるのは嬉しいからそうさせて貰うね。あの、私って何歳なのかな?総司は何歳なの?』

「君はこの前の七月で十六歳になったんだよ。僕はその二つ上。平助は君の一つ上かな」

『そうなんだ、良かった。思ってた通りの年齢だった。予想と全然違ってたらどうしようかと思ってたの』

「はは、確かに予想と大きく外れてたらちょっと焦るかもね」

『ふふ』


こうして話してみても、笑った様子も、その仕草だって間違いなくセラそのものだ。
それが嬉しくて切なくて、今の僕の心情は様々な想いのせいでぐちゃぐちゃになってしまっているけど、これだけは伝えたいと彼女を見つめた。


「セラ、ごめんね。君に危険な思いをさせて。専属騎士なのに君を護ることが出来なくて、本当に申し訳ないと思ってるよ。僕のせいで君が辛い思いをしてしまったこと、ずっと謝りたかったんだ」


こんな言葉一つでなかったことに出来るわけではないけど、ただ伝えたかった。
そんな僕を揺らいだ瞳で見つめたセラは、頭を横に振り少し悲しそうに僕を見つめてくる。


『総司が謝ることじゃないよ。記憶がないから今の私が何を言っても伝わらないかもしれないけど、記憶が戻っても絶対私は総司のせいなんて思わないからね』

「ありがとう。君はいつもそう言ってくれるけどさ、今回のは本当に僕の力不足が招いた結果なんだよ」

『ううん、違うよ。それに総司は私を探してちゃんと見つけてくれたよ。半年間も……本当に大変だったと思うのに、ずっと探し続けてくれて……本当に感謝しかないよ。だから総司はそんな風に思わないでね』


気を遣ってあげなければいけないのは僕の方なのに、逆に気を遣わせてしまい申し訳なさを感じる。
でも僕の為に一生懸命話してくれる彼女の様子はやっぱり愛らしくて、そんなところも変わらないなって思う。


「セラはセラのままだね」

『え?』

「記憶がなくても変わってないなって思ってさ。だから色々不安なこともあるかもしれないけど、心配しなくて大丈夫だよ」


嫌がられないか気がかりだったけど、触れたくて堪らなくてそっと彼女に手を伸ばす。
頬を撫で耳を通り髪を撫でると、あの頃の彼女と一緒にいられているような感覚になった。


『ありがとう……』


消え入りそうな声は少し震えていて、涙の粒が頬に落ちると慌てた様子で顔を俯かせる。
その涙を拭うため再び頬に触れると、余計に悲しそうに目が細められたから、そんなところも今までの彼女と何ら変わらなくて、胸が熱くなる僕がいた。


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