5

その日の夜、セラとは沢山話をした。
城の皆のことや学院での生活のこと。
文化祭で羊になったことや、僕達の出会いの馴れ初めなんかも。
勿論僕達の関係や、今回の事件のことについては触れることはしなかったけど、セラは途中驚いたり笑ったりしながらも僕の話を嬉しそうに聞いてくれる。
こうしてまた言葉を交わせることが、ただ純粋に嬉しいと思えた夜だった。

そしてその二日後、セラの体力が回復したこともあり、僕達は城に帰還することを決める。
馬車を用意してくれた土方さんと大鳥さんにお礼を告げて、これからこの城を出るところだった。


「じゃあな。また連絡する、時間を作ってお前に会いに行くよ。ちゃんと沢山食って、次会った時にも元気でいてくれよ」

「君がいなくなるのは寂しいけど、僕も会いに行くよ。お城の皆様にも宜しく伝えて貰えるかい?」

『はい。土方さんも大鳥さんも、本当に今まで沢山お世話になりました。お二人に助けて頂いたお陰で、私はまた家族の元に帰れます。本当にありがとうございました』


頭を深く下げてそう言った言葉に、土方さんと大鳥さんも寂しそうな微笑みを浮かべている。
セラも僅かに瞳を潤ませて、再び彼らを見つめていた。


「セラ、道中気をつけろよ。それとこの前言った件、ゆっくりでいいから考えてみて欲しい。必ず会いに行くから」


セラの髪を撫でそう言った土方さんの言葉に、セラの瞳は見て分かる程揺らめいている。
その理由が気になり思わず眉を顰めたけど、目の前の二人の会話を遮るような無粋な真似を出来る雰囲気ではなく、ただ見ていることしか出来ないでいた。


『はい、分かりました。真剣に考えますね』

「ああ。それとお前の身元が分かった日、近藤さんには手紙を出したよ」

『父に連絡して下さったのですか?』

「ああ、総司からも出しているはずだ。お前の無事を一刻も早く伝えたかったからな」

『お二人ともありがとう……』


一度僕にも視線が向けられ、その場で微笑みを返す。
恐らく今頃は城でセラを迎える準備に精を出しているだろうと、喜ぶ近藤さん達の顔を思い浮かべていた。


「それでお前に話した件も近藤さんにも一応知っておいて貰おうと思ってな、手紙に書かせて貰った」

『そうなんですね……、あの……』

「まあ近藤さんから詳しく聞いてくれ。とにかく今は身体のことを第一に考えてくれていいから」

『はい、色々とお気遣いありがとうございます。土方さんと大鳥さんもお身体には気をつけて、元気でいらして下さい。またお会い出来ること楽しみにしていますね』


セラが最後に綺麗な所作で礼をすると、二人は嬉しそうに微笑んで、僕達を送り出してくれる。
彼女は馬車の中、城が見えなくなるまでただ黙って窓の外を見つめていた。


「寂しい?」

『少し寂しいかな。でも総司と平助君がいてくれるから、自分のお城に戻れることが凄く嬉しいし、楽しみだよ』

「それなら良かったよ。城の皆も今頃首を長くして君の帰りを待ってると思うよ」

「なんか目に浮かぶよな。俺の予想だと多分セラはびっくりすると思う」

『え?そうなの?』

「平助の言いたいこと、なんとなく分かる気がするよ」


何せ城にはこの子のことが大好きな連中がわんさかいる。
加えて近藤さんや山南さん、山崎君だってセラのことは目に入れても痛くない程に可愛がってるから、盛大にセラの帰還を祝いそうだと微笑みを浮かべた。


「それにしても、すっげー荷物だな」


平助の言うことに同意して苦笑いをしたのは、馬車の中には土方さんからのプレゼントが山積みになっていたからだった。
ドレスに本、小物にお菓子。
一つの窓なんて、完全にプレゼントで塞がれている状態だ。


『こんなに頂いてしまって申し訳なくて……。帰ったらお父様に相談して何かお返しした方がいいかな?』

「いいんじゃない?別に。あの人が好きにやってることだし」

「でもセラが良い人達に保護されてて本当に良かったよな」

『うん、本当にそうだね。お二人には感謝しかないよ』

「まあ確かに大鳥さんはいい人だよね。親切だし優しいし、君のことを変な目で見てないし」

「なんかその言い方だと土方さんがセラのことを変な目で見てるみたいじゃん」

「見てるんじゃないの?こんなプレゼントまで寄越してさ、下心見え見えで僕は嫌いだな」

「お前本当、土方さんと仲悪いよな」


昨日と今日の朝だけで、僕と土方さんはくだらないことで何回か口論を繰り返している。
その様子を見ているセラもそのことは分かっているから、いまも困った様子で微笑みながら僕達の話を聞いていた。


『どうして仲悪くなっちゃったんだろうね?私が寝てる間に何かあった?』

「別に何も?強いて言うなら、何も知らないくせにお節介なこと言われて頭にきたくらいかな」

「確かにあの時が口論の一発目だったよな。お前も土方さんも、直ぐカッとなり過ぎなんだよ」

「でもあの人の方が僕よりずっと年上だよ?大人気ないと思うんだけど」

「土方さんも土方さんだし総司も総司だよな。まあ、馬が合わないんじゃねーの?」


平助が投げやりに話をまとめると、セラはくすくす笑っている。
再会したばかりの時より僕達に気を許してくれているのか、他愛ない話をしている時は、以前までと然程違いがないようにも感じられた。
でも僕にとって一番大切な記憶は、今のこの子には残されていない。
土方さんとしていた会話も気になるし、落ち着かない心情はなくなってはくれなかった。


その日は日没前に宿に立ち寄り、また次の日の早朝から城を目指して馬車を走らせる。
それから半日、他愛ない話をしながら馬車に揺られていると、ようやく見えてくる立派な城壁。
窓に貼り付いて眺めているセラは、子供みたいに目を輝かせているから、その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまった。


『わあ、あのお城が私の住んでいたところ?』

「そうだよ」

「俺達も半年以上ぶりだからめっちゃ懐かしいんだけど」

「本当にね。セラを連れて帰ることが出来て良かったよ」

『総司と平助君のお陰だよ、本当にありがとう』


笑顔でこちらを振り返った後、また城を見つめてその瞳を揺らしている。
そしてまた僕の方を見ると、今度は困った様子で眉尻を下げていた。


『どうしよう、緊張してきちゃった……』

「君の記憶のことは手紙に書いてあるから、皆分かってると思うし大丈夫だよ」

「それにセラがこうやって元気に生きててくれるだけで俺達は嬉しいからさ、何も心配する必要なし!」

『ふふ、ありがとう。えっと、お父様に山南さんに、山崎さん。あと同じ学院に通うのが伊庭君で、騎士団長が原田さん。あとは副団長の永倉さんと……』

「凄いじゃない、だいぶ覚えたね」

『うん。総司と平助君の似顔絵つきの紙でもうばっちり』

「ははっ、あの似顔絵はだいぶ当てになんねーけど。総司の書いた新八っつぁんなんてゴリラになってたじゃん」

『ふふ、あの絵のせいで永倉さんに会うのが余計に楽しみになっちゃった』

「僕的には凄い似てると思うんだけどな」


城の皆の話で盛り上がっていると、ついに城に到着して馬車が止まる。
久しぶりだから僕も少し緊張するのだろう、思わず姿勢を正して息を吸い込んだ。


「じゃあ行こうか」

『うん』


僕が先に出て、セラをエスコートして馬車から下ろす。
到着を聞きつけた近藤さんが駆けつけると、今にも泣きそうに顔を歪めた後、彼女をしっかり腕の中に抱き締めた。


「セラっ……、よく無事に戻ってきてくれたな……!」

『お父様……』

「お前の帰りをどれだけ待ち侘びたことか……、生きていてくれてありがとうな……」

『お父様……、ありがとうございます……。心配をおかけてしまってごめんなさい……』


近藤さんの想いが届いたのか、セラは抱き締められながらもその瞳を潤ませている。
近藤さんも目に涙を浮かべながらセラの顔を見つめると、慈しむように彼女の頭を撫でていた。


「お待ちしていましたよ」

「お帰りなさい、お嬢様」


山南さんと山崎君もその瞳を揺らしながらセラを見つめ、彼女も涙ながらに綺麗なカーテシーを見せる。


『ただいま戻りました。山南さん、山崎さん。私がいない間、お父様を支えて下さりありがとうございます。また今日から宜しくお願いいたします』


会えなかった半年と少しの間に、セラは以前より大人びて、より綺麗になった印象を受ける。
洗礼された所作で挨拶をする姿に見惚れながら、こうしてセラとまたここで生活出来ることに喜びを感じていた。


「総司、平助」


名前が呼ばれたとほぼ同時に、近藤さんの温かい腕が僕達を抱き寄せていた。


「お前達のお陰だ!よくぞセラを見つけ出してくれたな!本当にありがとう……!」

「ははっ、近藤さん。苦しいですよ」

「へへ、伊達に半年粘ったわけじゃなかっただろ?」

「ああ、セラを諦めずに探し続けてくれたことに感謝しているよ。私の命よりも大切な娘を、見つけ出してくれて本当に感謝してもしきれない。何か褒美を用意しなくてはならんな」

「褒美なんていらないですって、お気持ちだけで十分です」

「いや、いかん!いかんぞ!それでは俺の気が済まないのだ」

「てか近藤さん、俺達を抱き締め過ぎだって!」

「ん?ああ、悪かったな。つい感極まってしまってなあ」


もうセラよりも長い時間抱き締められていたような気がするけど、近藤さんは再び彼女を抱き締め、また僕達を抱き締め、暫く落ち着かなかった。
セラは涙を拭いながらも笑っていて、今この時は細かいことは気にせずこうしてまた同じ時を過ごせることが嬉しかった。


そして僕達が近藤さん達に連れられるまま城の広いダイニングルームへと足を運ぶと、騎士団の皆が盛大に出迎えてくれる。
色々なところでクラッカーが鳴り、物凄い量のご馳走に装飾まで施され、セラも目を見開いていた。


「お嬢様、おかえりなさい!」


沢山の声に包まれてセラは照れ臭そうにお礼を告げる。
近藤さんの「今夜は無礼講だ」という言葉を皮切りに、セラの帰還を祝って盛大な食事会が開催された。


「セラ、君が無事で良かったです」


セラの元には直ぐに伊庭君が走り寄ってきて、今にも泣き出しそうに顔を歪めている。
恐らく彼女に記憶がないことを聞いたのだろう伊庭君も、苦しそうな顔で見つめていたけど、セラは何かに気付いたかのように口元に笑みを作った。


『もしかして伊庭君?』

「え?分かるんですか?」

『総司と平助君にこの前教えて貰ったの。伊庭君の話も沢山聞いたよ。一緒に音楽会、出られなくてごめんね……?』


セラはよく話を覚えてくれていて、あまりに的を得たことを言うものだから、伊庭君は耐え切れなくなったように瞳から涙を溢してそれを隠すように横を向いた。


「すみません、情けないですね……。でも、本当にセラが帰ってきてくれて嬉しいです。あの時……君を残して舞台に上がったことをずっと後悔していましたから」

『私こそ心配掛けてごめんなさい。あと色々気にかけてくれてありがとう。でも私は元気だし、記憶もいつかきっと戻るって信じてるから、また仲良くして貰えたら嬉しいよ』

「勿論です。こちらこそ、これからも宜しくお願いしますね」

『怪我はもう大丈夫なのかな?』

「ええ、すっかり治って剣も元通り握れるようになりましたよ」

『良かった。これからまた、伊庭君のことを沢山教えてね』

「勿論ですよ。君の為ならいくらでも時間を作ります。なので記憶がなくても何も変わりませんよ」


以前は僕を中心に向けられていたセラの心が、今では平等に皆に分け与えられているから少し切なくもなる。
でも嬉しそうな伊庭君の顔を見れば許せてしまう僕もいて、二人のやり取りを微笑ましい気分で見守っていた。

その後近藤さん達を含め、皆で食事をしていると近藤さんがセラを見つめ優しく言葉を掛け始めた。


「セラ、無理はしないで疲れたら言いなさい。いつでも部屋で休めるように手配しているからな」

『はい。お気遣いありがとうございます、お父様』

「記憶は、やはりないのだな?」

『はい……、ごめんなさい』

「謝る必要はないぞ。記憶が戻らなくともいいではないか、こうしてまた皆で思い出を作っていけばいい。なあ、総司、平助」

「ええ、そうですね」

「そうそう!セラがこうして元気でらいられることが一番大事だからさ」

『ふふ、ありがとう』

「のんびり構えていきましょう。お嬢様がいてくださればこの城内は明るくなりますから」

「自分に出来ることがあれば何なりとお声がけ下さい、助太刀いたします」

『ありがとうございます。皆さんがいてくださって本当に心強いです』


微笑むセラや皆を見て、どこか僕だけ取り残されたような気持ちになる。
その理由が分かっているだけに周りに悟られないよう笑顔を作り、この場にいなければならない今の時間が辛くも感じられた。
僕は恐らく皆のように、記憶が戻らなくてもいいなんてことはこの子には言ってあげられないかもしれない。
そんな自分が嫌になるけど、こればかりは自分ではどうにもできなかった。

そしてそれから一時間、皆で楽しく食事をして、お開きの時間になる。
近藤さんに「おやすみなさい」と告げたセラを彼女の部屋へと案内すると、部屋の中を見回すなり僕のことを嬉しそうに見上げた。


『とっても可愛いお部屋、気に入ったよ』

「はは、お嬢様がお気に召したなら良かったですよ」

『案内してくれてありがとう』


本来であれば一緒にいられる時間も、記憶がない今は離れるより他はない。
目の前の頭に優しく手を置くと、自分の部屋に続く隣接ドアへと足を運んだ。


「じゃあゆっくり休むんだよ。僕は隣の部屋にいるから、何かあればいつでも声掛けてくれていいからね」

『うん、今日は色々とありがとう。総司もゆっくり休んでね、おやすみなさい』


ドアを閉めて静かな部屋に入ると、半年ぶりのせいかとても懐かしく感じられる。
それと同時にどうしても一緒に過ごした時間が思い出されてしまうから、敢えて考えないようにバスルームへと向かった。
熱い湯船に浸かり、どれくらい長くそうしていたのだろう。
渦巻く感情や後ろ向きなことを全て洗い流すように、身を沈めたままセラの笑顔を思い出していた。


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