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近藤さんの部屋へと歩みを進めながらも、セラのことが気になって仕方がない。
余計なことを言ってあんなに泣かせてしまった上、あの子を放置したまま部屋を出なければいけないこの状況が辛かった。
よく考えれば今のセラは誰といても心細くて、この世界に一人でいる感覚に近いのかもしれない。
僕に会いに来てくれた時も、僕を見上げる瞳はどこか不安そうで、きっと誰と接していてもその気持ちは拭えないのだろうということも分かった。
だからこそ僕だけはあの子の気持ちに寄り添ってあげなければいけなかったのに、きっとまた傷付けた。
本当の君の人生を歩いて欲しいなんて……今のあの子に言うべき言葉じゃなかったのに。
「失礼します」
心ここに在らずのままノックをして中に入ると、そこには近藤さんと山南さんがいて、僕を見ると微笑んでくれる。
そして労いの言葉や感謝の言葉を述べてくれた後、ここに呼び出した本題について話し始めた。
「昨日総司からの手紙と、向こうの大公様からの手紙を読んだよ。セラの状況も一応は理解したつもりだ」
近藤さんは辛そうに顔を歪めるから、僕もどう言葉を掛けるべきか悩んでしまう。
土方さんがどの程度手紙に書いたのかは知らないけど、近藤さんの今の様子から判断すると、恐らく全てを知ったのだろうということが窺えた。
「セラは向こうで元気そうにしていたか?」
「はい。セラの部屋まで用意されていましたし、とても良い待遇をして下さっていたみたいですよ」
「そうか……。総司から見てセラの様子はどうだ?情けない話だが、俺は今日一日見ていてもあまりよく分からなくてなあ。このまま様子を見ていて本当に大丈夫なんだろうか」
「そうですね。一見いつも通りに見えますけど、多分無理はしていると思いますよ。恐らくその反動で急に眠ってしまったりするんじゃないですかね。でもそれ以外では、今のところ特に問題視するところはないと思います」
「そうですか。ちなみにお嬢様の情緒面は大丈夫そうでしょうか?例えば急に泣き出したり錯乱状態になったり、そのようなことはありませんか?」
たった今泣かせたばかりだけど、あれは僕のせいだから情緒不安な訳ではないだろうと心中で頷く。
「僕が見ている限りではないですね。あとは記憶が戻れば特に大きな問題もないように思えるんですけどね」
「だが……あの子が何をされたか分からんだろう。もし傷物にされていたのだとしたら、思い出させたくはないのだよ」
「そうですね……。ただこのままだと何も分からないままですよ。犯人が爆破で亡くなった三人の他にもいたのか、誰が何の目的で攫ったのか……何一つ分からないじゃないですか」
「では沖田君はお嬢様は記憶を取り戻すべきだとお考えですか?」
正直どちらが正解かなんて今の僕には判断できなかった。
もし本当に何か理由があって記憶が消えてしまったのだとしたら、思い出した時にあの子が傷付くことになる。
それは出来れば避けたいことだった。
それでもセラに話した通り、記憶を取り戻して今までのセラとして生きて欲しい気持ちは消えない。
そうすることで今のあの子が抱えている不安もなくなるだろうし、記憶を閉ざした明確な理由が分かれば僕も支えてあげられる。
自分にはそれが出来る筈だと信じたかった。
「僕個人の意見としては、記憶が戻るならその方がいいと思います。今までの記憶全てがないまま生きて行くのは、彼女自身も辛いと思いますしね」
近藤さんは黙り込み、山南さんも目の前の手紙に目を通しながら深い息を吐き出していた。
「山南君と総司がそう言うのであれば、そうなのだろうな」
「いえ、私も沖田君と同じで個人的な意見を述べただけですのでそれが正確かは分かりませんよ。ただいつ戻るか分からないということは、彼女が今より大人になった時に思い出す可能性もあるということになります。もしトラウマなどがあった場合、その方が危ういと思いませんか?」
「確かにそうかもしれませんね。それに時間が掛かれば掛かる程、傷は癒え難くなるかもしれないじゃないですか。でも今であれば僕もいますし近藤さんや山南さんだってあの子の近くにいます。もしセラが何か辛いことを思い出したとしても、僕は寄り添って支える覚悟は出来ています」
「ですが近藤さんは、このままの方が良いとお考えなのですよね?」
口数の少ない近藤さんに視線を向けると、何度かゆっくりと瞬きを繰り返し、徐に口を開いた。
「勝手かもしれんが、俺はこれ以上セラに辛い思いをして欲しくないのだよ。あの子のことは、ここまで本当に大切に育ててきたつもりだ。だからな、俺としては暫く様子をみてセラの記憶が戻らないのであれば、大公様の申し出を受けた方が良いのではないかと思ったんだよ」
「土方さんの申し出って何です?」
「沖田君はご存知なかったのですね。てっきり知っているのかと思っておりまして、お話していなくて申し訳ありません。実は大公様がお嬢様を貰い受けたいと仰ってくださっているのですよ」
向こうを出発する前、真剣に考えて欲しいと言っていた土方さんの言葉を思い出す。
心臓が嫌な音を立てて意識が遠のくような感覚を覚えたけど、近藤さんの声が再び僕を現実へと引き戻した。
「彼のことは人づてだが聞いたことがある。今回の件に関しても言えることだが、信頼のおける申し分のない相手だ。傷物かもしれないと分かった上でこうしてセラを受け入れてくれる彼の申し出を断る理由が見当たらんのだよ。それに向こうで暮らせば、記憶がないことに悩むこともないだろう?その方がセラも余計なことを思い出さずに、穏やかに過ごせるのではないかと思ったんだよ」
「ちょっと待って下さい、まさか近藤さんは、あの状態のセラを土方さんに任せるおつもりなんですか?」
「婚姻を結べるのは十七になってからだが、婚約したのであればあの子が向こうで生活しても何の問題はないからな。幸い大公様もいつ来て貰っても構わないと仰って下さっているのだよ。心苦しいことではあるが、頻繁に顔が見れなかったとしても俺はセラに幸せでいて貰えたらそれでいい。俺の娘であることがあの子の命を脅かすのであれば、ここから離れて貰った方が安心なのだ」
「近藤さん、何もあなたの娘だからお嬢様が危険な目に遭われたわけではないでしょう?」
「だがあの子は何もしとらんではないか。誰かの恨みを買っているとしたら俺以外にいないだろう。それなのに、何故俺ではなくあの子ばかり……もう耐えられんのだよ……」
こんなにも弱々しい近藤さんを初めて目にしたから、彼がこの半年間どんな思いで過ごしてきたのかを考えれば辛くなる。
あの子が度々狙われる理由はいまだ分からないけど、それを自分のせいだと思い込んでいる近藤さんからしたら、セラをここから遠ざけたいと思ってしまうのは致し方ないことのようにも思えた。
「近藤さん、僕がセラを護れなかったばかりに申し訳ありませんでした」
「いやいや、総司のせいではないぞ?むしろあの子を見つけ出してくれて総司には感謝しかない」
「ですが僕が護れていれば、セラも近藤さんも辛い思いをしないで済んだ筈です」
「沖田君、君は爆弾を投げつけられたのですよ。幸い軽い怪我で済みましたが、下手したら命にかかわります。学院の中で剣も所持していない状況でしたし、お嬢様が舞台に上がらなかったのは誰もが予想していなかったことでした。君のせいではありませんよ」
「僕はそれでも助けたかったんです。どんな状況だってあの子を助けてあげたかった、それなのに……っ……」
僕は目の前にいながら何も出来なかった。
あの時の瞬間をいまだに鮮明に覚えている。
吹き飛ばされた身体の痛みも、直ぐに動けなかったもどかしさも、僕の名前を呼ぶあの子の声も。
「困りましたね……。お二人ともご自身を責め過ぎではないでしょうか?そのような顔をしていたら、お嬢様が悲しんでしまいますよ」
「しかし……」
「近藤さん、お嬢様はまだデビュタントも迎えておりません。今から親元を離れるのは些か早過ぎませんか?それに彼女の意志を確認する前から決めれられることではないと思いますよ」
「確かにそうなのだが、セラだって大公様が相手ならば嫌とは言わんだろう」
「それは分かりませんよ、何しろ今は記憶がありませんからね。万が一記憶が戻った時、お嬢様がどう思われるのかを考えれば急いで決めるのは些か危険でしょう。それに今彼女をここから出してしまうのは、あまりに沖田君が報われないと思います。努力を重ねて専属騎士に就任出来た直後にあのような事件が起こっただけでも十分不運ですが……半年以上街を巡って漸くお嬢様を見つけ出せたにも関わらず、お嬢様がこの城から出て行ってしまうなど、彼からしたら納得できないのではないですか?」
近藤さんの瞳が大きく揺れて、僕は思わず視線を逸らしてしまった。
山南さんの僕を気遣う言葉も僕には堪えられなくて、唇を噛み締めることしか出来ないでいた。
「確かに山南君の言う通りだな。すまなかった、総司。お前の気持ちを全く考えられていなかったよ」
「謝らないで下さい。僕はここで近藤さんに拾って頂けただけでとても感謝していますよ」
本当に心の底から感謝をしている。
だから僕は近藤さんの意向にはきっと、これから先も背くことは出来ないのだろう。
それに前回の時とは違って、この二人は僕とセラの関係を知らない。
だからこそ、こうした話まで僕にしてくれるのだろうと思った。
「うむ、そうだな。山南君の言う通り、今焦って決めるのは得策ではないかもしれん。大公様も待って下さるようだし、今後のことはセラの状態を見ながらあの子と話して決めていくことにしよう」
「ええ、それが良いと思いますよ。それで沖田君、君にお願いがあります」
「はい、何ですか?」
「君もこの半年、さぞ疲れたでしょうし、神経をすり減らしてきたことでしょう。近藤さんが君に特別給与と特別休暇を与えたいと仰っていましてね。お嬢様の護衛以外、任務は暫く入らない予定ですので、代わりにお嬢様の専属騎士として彼女を支えてあげて下さい。お嬢様は以前君に一番心を許しておられましたから、君ならば今のお嬢様の支えにもなってくれることでしょう」
近藤さんの計らいや山南さんからの言葉は僕を労わるかのように、ただ胸を温かくしてくれる。
まだ不安なことは山程あるけど、今は自分の出来ることをしようと彼らを真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「身に余る光栄です。セラの支えになれるよう、尽力させて頂きます」
微笑んでくれた二人に頭を下げて、僕は急ぎ足で部屋へと戻る。
ここ最近、気持ちの浮き沈みが激しくていまだ落ち着かない心情ではあるものの、土方さんと結婚だなんて冗談じゃない。
僕は僕の思いつく方法で、セラにとって一番の支えになろうと思わずにはいられなかった。
「ごめんね、遅くなって」
ドアを閉めてからそう声をかけても、セラの姿はソファーにはなかった。
部屋に戻ってしまった可能性を考えたものの、よく見ればベッドの上で横向きに眠っている彼女を見つける。
何故ここで寝ているのかは分からないものの、身体を揺らしても起きないところをみると、あの時のように急な睡魔に襲われて眠ってしまったのだと分かった。
「まあ、疲れてるよね」
記憶がないまま、あれだけの人と立て続けに話せば疲れもする。
それでも僕に会いに来てくれたのは、この前僕が言った言葉と関係あるのかもしれないと考えた。
以前と変わらないから大丈夫だと告げた時、セラはこうなって初めて涙を流したと言っていたけど。
今日の自分の振る舞いに不安を覚えて僕の元に来たのだとしたら、可哀想なことをしてしまったと胸が痛くなった。
身動ぎさえしないままカーディガンを抱いて眠っているセラは、目尻を涙で濡らしている。
その涙を拭って髪を撫でれば、この子を部屋へ運んであげようと思っていた自分の意志すら簡単に変わってしまった。
今夜だけは、この温もりを手放したくなくて、コンフォーターをかけたセラの隣に迷わず横になった。
記憶が戻らなくても、また僕たちの間に絆を結べるように。
セラへと続く糸をまた紡いでいけるようにと願う気持ちは抑えられない。
その願いごと後ろから小さい体を抱き寄せると、不眠に追われ続けた僕も、ようやく静かな眠りに落ちていけた気がした。
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