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ぼんやりとした意識の中、温かい場所に寝返りを打つ。
いつもより柔らかくて心地良くて、夢心地のまま目の前の温もりに頬を寄せた。
でも柔らかく身体が抱き締められた気がしてうっすら瞼を開けると、目の前にはグレーのふわふわの生地が広がっている。
きっとブランケットだろうと思って再びその生地に擦り寄りながら瞳を閉じた。
でも今度は髪を優しく撫でられたから、次はぱっちり目を開ける。
見上げると直ぐ近くで総司が微笑みながら私を見下ろしていて、一瞬にして思考が停止した。
「おはよ、よく眠れた?」
思えば昨日、総司のベッドの上に座った後からの記憶がない。
もしかしたらそのまま眠ってしまったのかもしれないと気付いたから、私は慌てて上体を起こして総司から距離を取ろうとその場で後ろに下がった。
でも勢いよく下がり過ぎたのか、手をつく筈のところにベッドのマットはなかったみたい。
身体がぐらりと揺れて、そのままベッドの下へ落ちると思った。
『ひあっ……』
「あっ」
でも落ちなかった代わりに伸ばされた総司の腕が身体を支えるように腰に回されている。
直ぐ目の前にある彼の瞳と視線がぶつかり目を見開くと、総司も同じように目を瞬いた後、苦笑いを浮かべていた。
「驚き過ぎだよ」
再びベッドの上に無事戻された身体は、今度はドキドキドキドキ心臓が無事ではなくなっている。
朝起きて直ぐにこんなに心臓を動かしていたら、私はもう死んでしまうかもしれない。
「大丈夫?」
『は、はい……』
「あはは、はいって。大丈夫じゃなさそうだね」
少しずつ心臓が落ち着いてきてようやく総司の方に視線を向けると、総司のナイトウェアはグレーのふわふわ生地だった。
『助けてくれてありがとう。あと私、昨日ここで寝ちゃったみたいで……ごめんなさい』
「別にいいよ。このベッドは広いし、君は寝相いいから二人でも余裕で眠れたよ」
『総司もここで寝たの?』
「うん」
さも当たり前のように頷く総司を目の前に、何とも言えない心情になる。
だって普通は一緒に寝たらまずいよね?
それともまさか一緒に寝たことがあるのかな……。
ううん、流石にそれは有り得ないと思うけど、総司に聞きたくても聞けないし。
そもそも一緒に寝たことを知ってしまえば、今凄く恥ずかしい。
どうしよう、なんて言えば……
「ぷっ……あははっ、さっきから凄い百面相してるね。何考えてるの?」
『別に何も……』
「ふーん?」
『あ、私部屋に戻るね。昨日はありがとう』
恥ずかしいからもう自分の部屋に戻ろうとしたけど、どうしてか腕を掴まれ阻止されてしまうから少し困る。
「そんな逃げるように行こうとしなくてもいいじゃない」
『でももう朝だし支度しないと』
「何の支度?」
『えっと……』
確かに私の予定ってどうなってるんだろう。
お父様には身体が回復するまでは学院に通っては駄目だと言われたし、家庭教師やその他の習い事も暫くはしなくていいと言われている。
『朝ごはんに行く支度とか?』
「でもまだ六時半だよ」
『あ、本当だ……』
朝ごはんが何時かは分からないけど、きっとまだ早そう。
理由がなくなってしまって思わず黙り込む私を見て、総司は優しく言ってくれた。
「昨日は話せなかったし、もう少しいなよ」
『うん……』
思えば総司を待っている間に、私が眠ってしまったから結局そんなに話は出来ていなかったことを思い出した。
そして無駄に沢山泣いて総司を困らせたことも思い出してしまったから、居た堪れなくなった。
けれど私の肩を押して半ば無理矢理ベッドに寝かせた総司は、私にふわりとコンフォーターを掛けてくれた。
「寒いんだからベッドから出てたら風邪引くよ」
『ありがとう……』
私の横に同じように寝転んだ総司は、片方で頬杖をしながら私を見下ろしている。
さすがにこの体勢のまま話すのは心臓がもたなそうだから思わず総司に少し背を向けてしまったけど、そんな私の髪を総司は優しく撫でてくれた。
「昨日はごめんね。僕のこと嫌いになった?」
当然総司の顔は見えなくて、ただ直ぐ後ろから総司の柔らかい声が聞こえてくる。
その距離の近さに、鼓動は中々鳴り止んでくれなかった。
『なってないよ。それに昨日は私の方がごめんなさい……。ちょっと疲れてただけで、別に総司は悪くないから……』
「でも沢山泣かせちゃったよね」
『ううん……』
「別に今の君を否定してないし、この前言ったことは本当だよ。話してても前と何も変わらないし、君は君のままだから。だから心配しないで」
また涙が出そうになって、今日だけは泣くもんかと唇を噛み締める。
それでも瞳は潤んでしまってるだろうから、顔が見られなくて良かったと安堵してしまう私がいる。
『ありがとう……』
今はまだ悲しい気持ちはあるけど、総司の心遣いは有り難いと思う。
でも信頼して頼りにすることと、ただ無闇に甘えることは違うから、これ以上この人に迷惑はかけたくないと考えていた。
「昨日さ、近藤さんと山南さんから話があって特別休暇を貰えたんだ」
『特別休暇?』
「そう。任務も暫くお休みになるから、セラの護衛に専念できるよ。お嬢様を支えてあげて下さいって言って貰えたから、君の行きたいところに連れてってあげられるし、話だって沢山できる。だから僕を頼ってよ」
いつものように、穏やかで優しい声だった。
今の私に向き合おうとしてくれる総司の気持ちも、私に真っ直ぐ伝わってきた。
だからこそ、簡単に甘えてしまうのが少し怖かった。
頼りたくなるのはきっと自然なことなのに、それだけではいけない気がしてしまった。
だって私は記憶をなくして、もう前の私とは違う。
そんな私が何もかもを総司に預けてしまったら、総司はがっかりしてしまうかもしれない。
今の私が総司の傍に長くいたら、また悲しい顔をさせてしまうかもしれないと思った。
避けたいわけじゃないし、本当は今すぐきちんと向き合いたい。
だけど今はしっかり胸を張っていられるように、
少しずつでも自分の力でしっかり歩いていけるように私自身が変わらなければならないと思った。
『ありがとう。何かあれば総司に相談するね、でも折角の休暇だもん。総司は総司でゆっくり過ごして欲しいよ』
「うん。でもさ」
『私、やっぱり部屋に戻るね。顔洗いたいし、まだ部屋の片付けとか終わってないから』
一応総司に微笑みを向けて、引き留めてくれようとしていた総司に気付かないふりをして足早に部屋へと戻った。
慣れない部屋は自分の部屋には思えなかったけど、今日から私はこの場所で生活する。
早く慣れる為に、引き出しを開けたりドレッサーを見たりしながら残りの朝の時間を過ごした。
昨日もしあのまま総司が部屋にいたら、私はきっと総司に甘えを漏らしていたかもしれないから、総司がお父様に呼ばれて良かったのかもしれない。
なるべく総司に悲しそうな顔をさせなくて済むように、私は私で頑張ろうと朝食に行く準備を整えた私がいた。
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