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朝、セラの様子が少しばかり気にはなったものの、僕は引き止めることは出来なかった。
そして朝食の時間になり彼女の部屋をノックすると、セラはいつも通り微笑んでドアを開けてくれたけど。
その顔は少し無理をしているようにも見えなくはなかった。


「朝食行こうか」

『うん。今日は何が出てくるのかな、楽しみ』

「はは、前もよくそれ言ってたよね」

『そうなの?』

「うん。夜寝る時から次の日の朝食が楽しみって言ってたよ」

『そうなんだ。じゃあ食べるの大好きだったんだね』


笑顔でそう言ったセラと並び、ダイニングへと足を運ぶ。
近藤さんと山南さんが僕達を待っていてくれていたから、朝の挨拶をして席についた。


「今日も山崎君は朝練ですか?」

「ああ、一緒に朝食を摂ろうと言ってるのだが朝一の鍛錬が欠かせないみたいなのだ」

「相変わらず真面目な方ですね」

「僕も見習わないとかな」

「総司は十分真面目だとも!」

「そうですね。あの山崎君が、沖田君のことを真面目だと驚いているくらいですから」

「山崎君はいつも思いの外真面目ですねって言うんですよ。酷いと思いません?」


他愛のない話をしながら、ふと左横のセラに目線を向けるとぼんやりとお皿を眺めている。
でも僕の視線に気付くと愛らしく微笑んでくれるから、僕もつられて笑顔を返した。


「セラ、昨日はよく眠れたかね?」

『はい、とってもよく眠れました。お部屋も可愛いくて気に入りましたよ』

「それなら良かったです。今日から暫くは何の予定もありませんから、沖田君とのんびり過ごされて下さいね」

『あの……、一つお願いがあるのですが』

「ん?なんだね?」

『だいぶ睡眠時間が通常に戻ってきたんです。身体も元気なので、出来れば早めに復学したいなと思ってるんですけど、可能でしょうか?』


セラがそんなことを考えていることは初耳だったから、思わずフォークを持つ手が止まり彼女を見る。


「しかしまだ早過ぎるだろう。無理はいかんぞ」

『ですが勉強に遅れをとらないか心配なんです。それじゃなくても半年以上空いてしまってますから……』

「お嬢様は優秀ですから、直ぐ追いつけますよ。今はまずお身体を大事になさって下さい」

「そうだとも。今は身体のことを第一に考えなければいかんぞ」

『……はい、分かりました。わがままを言ってしまってごめんなさい』

「いや、なんでも言ってくれた方が俺としてはありがたい。いつでも相談してきなさい。俺や山南君に言い難いことがあれば、総司に相談するといい」

『はい、ありがとうございます』


聞き分けが良いのは前々からだけど、どうしてかセラの様子に引っ掛かりを感じなくはない。
いつもの自然な笑顔とは少し違う気がして、本当は元気がないのではないかと気に掛かった。
けれどそんなセラに近藤さんはいきなりあの話をし始めた。


「そう言えば昨日は言いそびれてしまったが、大公様に見初められたとは凄いではないか!彼がお前を是非貰い受けたいと言って下さっているぞ!」

「近藤さん……、朝からお嬢様にそのお話をなさるのですか?」

「ん?駄目だったか?」


ため息を吐き出す山南さんの様子を見ても近藤さんはその意味がよく分かってないようだったものの、僕も正直この話をした時のセラの反応が気になった。
だからこそセラを見れば、照れていたり嬉しそうにしていたり、何かしらの反応をするだろうと思っていたけど、セラは食べる手を止めたまま無表情で黙っていた。


「セラ?この話はしない方が良かったか?」

『あ、いえ。そのようなことはないですけど』

「ならば良かった。それでお前はどう考えているんだ?この話は勿論お前を知っているのだろう?」

『はい、以前大公様にもそうおっしゃって頂いたのですが、あの時はまだ自分の名前しか知らない状態だったので、今は考える余裕がないということをお伝えしました』

「確かにそうだな。だが今はまた状況が変わっただろう?彼への手紙にどう返事を出そうか決め兼ねているのだ。お前にその気があるのであれば、いずれということで返事を出すがどうだね?」

『お父様は……私が大公様のところに嫁いだら嬉しいですか……?』

「俺か?俺は勿論嬉しいぞ!彼は西部でも有名な大公様で」

「申し出を受けるかどうかを決めるのはお嬢様ですよ。ご自分の気持ちに正直に決められて下さいね」


近藤さんの言葉を遮るように発せられた山南さんの言葉にセラは大きな瞳を揺らしている。
あの流れだと近藤さんのごり押しで婚約が決まってしまいそうな可能性もなくはなかったから、山南さんの気遣いに心中で安堵してしまう僕がいた。


『私が決めていいのであれば、もう少し待って頂きたいです。私はまだ自分のことすらよく分かっていないので、他の方のことまで考える余裕はありません。土方さんにもそうお伝えしたところ、ゆっくり考えて貰って構わないと言って頂きました。何もわからないまま、いい加減な気持ちでお返事は出来ないので、心に余裕が出来たらきちんと考えようと思っています』


最も過ぎる返答に近藤さんは直ぐには言葉を返さず、大きく二回頷いている。


「分かった。では感謝の言葉だけ綴っておこう。セラからも大公様宛に手紙を出しても良いのだぞ?」

『私から……ですか?』

「ああ。ここでの生活がどうなのか、彼も気にしてくれていることだろう。俺も勿論返事は書かせてもらうが、セラからの手紙の方が喜ばれると思うのだ」


一度納得したように頷いたセラは微笑んで「そうします」と言う。
複雑な心境のまま口を挟むことは出来ずに、ただ黙って二人のやりとりを聞くしかなかった。


「それにしてもあまり食べとらんな、口に合わないのか?」

『いえ、とても美味しく頂いてますよ』

「ならば沢山食べなさい。食べ物粗末にしてはならんぞ、お前はよく食べる子だっただろう」

『はい、残さず食べます』

「近藤さん、この子はまだ本調子ではありませんから。食欲がない時だってあると思いますよ」

「だが食べることが健康に繋がるだろう?ほら、これも食べなさい」

『わあ、ありがとうございます』


近藤さんの面倒見が良いところも、悪気なく空気が読めないところも好きだけど、言われるがまま素直に食事を続けるセラが心配になってくる。
その様子は無理しているようにも見受けられたから、段々気が利じゃなくなり僕は彼女に声を掛けていた。


「セラ、無理しなくていいからね?」

「そうですよ、顔色が先程から優れないようですが……」

「おお、全て食べられたではないか!偉いぞ!」

『ご馳走様でした、とても美味しかっ……っ……』


口元を抑えたセラはいきなり立ち上がると、直ぐ近くのレストルームへと駆け込んでしまう。
その姿を唖然と見送りながらも、やはり無理をしていたのかと苦い気持ちになった。


「お嬢様……、大丈夫でしょうか?」

「まさか……セラは戻しに行ったのか?」

「多分そうだと思いますよ。途中から顔色悪かったですし」

「近藤さん、お嬢様は以前とは違うのですよ。あまり無理させない方が宜しいのでは?」

「しかしあの程度食べられなくてはなあ。それに食べ過ぎて吐いてしまったことなど今まで一度も……」


近藤さんはそう言いかけて、はっと何かに気づいてしまったかのような顔をする。
まさかとんでもないことを言い出すんじゃないかと咄嗟に止めようとしたけど、間に合わなかった。


「まさかつわりか!?やはり誘拐時に傷物にされてしまったのではないか!?」

「近藤さん!」


山南さんとほぼ同時に近藤さんを止めた。
けれどトイレの入り口で呆然と立ち尽くしていたセラには聞こえてしまったのだろう。
より青い顔をして、今にも泣き出しそうな表情を浮かべ僕達を見ていた。


『つわりって何の話ですか?私、何かされたのですか……?』

「いや、違うよ。近藤さんが勘違いしただけだってば。ですよね、近藤さん」

「あ、ああ!そうだとも!俺はただ可能性の話をしただけで、必ずしもそうだとは思っとらんぞ」


近藤さんが余計なフォローを入れるから、山南さんが頭を抱えてしまっている。
セラの瞳も揺らいで、僕と山南さんを不安そうな顔で見上げていた。


『その可能性があるってこと……?』

「いや、ないよ。大丈夫だから、ね?」

「お嬢様、近藤さんは変な勘違いをされただけですよ。お嬢様が長いこと城を空けていらっしゃったので、今精神的に少し過敏になっておられるんです。気にしないで差し上げて下さい」

『分かり……ました……。あの、お食事中に粗相をしてしまい申し訳ありませんでした』

「いや、気にしなくていいぞ。俺も無理して食べさせてしまってすまなかった。次からはセラのペースで食べなさい」

『はい、お気遣いありがとうございます。ご馳走様でした。私、お部屋に戻りますね』


そう言って儚く微笑んだセラの様子が気掛かりで、山南さんと目で示し合わせてから彼女を追いかける。
セラの名前を呼べば、彼女は振り返ってまた笑ってくれるけど、今は無理して笑っているようにしか見えなくて。
セラの心情が気になって仕方ない僕がいた。

そして自分の部屋に入って行こうとするセラに続いて入ろうとしたけれど、彼女は困った様子で僕を見上げている。
そして申し訳なさそうに視線を彷徨わせると、僅かに微笑み小さい声で言った。


『あの、私今から勉強をしようと思ってるの。だから……』

「じゃあ一緒にしない?僕も君と同じところから習ってないから、二人でやった方が捗るよ」

『ありがとう。でも……』

「伊庭君は学院に行ってていないけど、平助はいるから声を掛けてもいいよ。呼んでこようか?」


少しでもセラの気が紛れればいいと思った。
以前学院で色々あった時も、僕達三人でこの子を元気付けたことを思い出したからだ。
でもセラはまた僅かに微笑んで、僕に向かって首を横に振る。
いつだって僕が誘えば嬉しそうに頷いてくれたのに、目の前の彼女はそうではなかった。


『ううん、大丈夫。今日は一人で勉強しようかな。部屋から出ないし、護衛も大丈夫だから総司は好きに過ごして?』

「邪魔はしないよ。静かにしてるから、僕が一緒じゃ駄目?」


セラが一人でいたいのはわかるよ。
わかるけど、僕は少しでも一緒にいたい。
そうすることでいずれまた僕との時間を居心地良く思って貰えたら嬉しいし、今のセラが何もわからないならまた最初から僕を知って欲しいと思っていた。


『……えっと、駄目じゃないよ。嬉しいよ。でも……朝食べ過ぎちゃったのかな。まだ気持ち悪くて……』

「平気?ごめん、僕が止めれば良かったよね」

『ううん、私がちゃんとお腹がいっぱいって言えば良かったんだけど、美味しくてつい』


「えへへ」と笑うセラだけど、まるで僕に心配かけまいと演じているみたいで、思わず言葉に詰まってしまう僕がいる。
そんな僕を見上げたセラは何故か瞳を揺らして一度黙ると、また愛らしく微笑んでみせた。


『だからね、今日は休み休みゆっくりやろうと思うから……一人で勉強するね』


完全に心に壁を作られてしまったように感じられた。
ここまで言って駄目なら今はしつこくも出来なくて、部屋のドアが閉まるのを黙って見つめることしか出来なかった。
ちょっとした口喧嘩をしたことは今までにあったけど、こうして一線を置かれてしまうことは出会ってから一度だってなかった。
だからこそ雁字搦めになったように暫くその場から動けずに、セラの寂しそうに伏せられた瞳が頭から離れなかった。


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