3
その日、セラの無事を知っただろうはじめ君と千ちゃんが、伊庭君に連れられ学院帰りに城へとやってきた。
あまり調子良くは見えないセラにとってはかえって負担になるのではないかと危惧していたものの、僕の独断で断れる筈もなく。
夕方前、再び彼女の部屋をノックすることになった。
『総司?』
ドアを開け、僕を見上げるセラはいつものように微笑んでいる。
小首を傾げる様相はいつもの如く可愛いわけだけど、この子の今の心情を事細かに知りたい気分だった。
「勉強してるとこごめんね。実は伊庭君が、君の友達二人を連れて今学院から戻ってきたんだ。君のこと凄く心配してくれててさ、顔が見たいらしいんだけど今から出て来れる?」
『ここまでわざわざ来てくださったの?嬉しいな、勿論会いたいよ』
笑顔でそう言ったセラの言葉に安堵して、皆が待機する一階の来客室へと歩いて行く。
その途中、セラは僕に二人の名前を教えて欲しいと話し掛けてきた。
「男の方は斎藤はじめ君。君ははじめって呼んでたよ。幼い頃からの知り合いだったみたいで、入学前に一度城にも来たことあるかな。まあ、はじめ君は真面目な好青年って感じ」
セラは二人の情報を覚えようとしているらしい、真面目な面持ちで何回が頷きながら聞いていた。
「もう一人は鈴鹿千ちゃん。千ちゃんって呼んでたよ。彼女は学院に入ってから出来た友達で、君は彼女のことが大好きだったと思う。いつも二人で一緒にいたし、初めてできた女の子の友達みたいだよ」
『え?初めて?』
「君は近藤さんに大切に育てられてきたから、学院に入るまではあまり他の貴族の人達と敢えて関わって来なかったみたいなんだ。それで初めてってこと」
『そうなんだね。ありがとう、色々教えて貰えて助かるよ』
セラの役に立てるのなら本望だから、「どういたしまして」と微笑みを向ける。
来客室のドアを開けると伊庭君、平助に並んで半年ぶりに見るはじめ君と千ちゃんがいて、セラを見るなり二人とも瞳を潤ませていた。
「セラちゃん……!戻ってきてくれて本当に良かったわ!会いたかったのよ……」
千ちゃんはいつものようにセラに飛びつくと、彼女をぎゅっと抱きしめている。
女の子相手にやきもちは妬かなかったけど、見ていて若干羨ましく思ってしまった。
『ありがとう、千ちゃん……。私も会えて嬉しい、また仲良くしてね』
「勿論よ、セラちゃんがまた学院に来てくれるのを待ってるからね」
涙ぐみながら微笑んだセラは、今度ははじめ君に目を向ける。
それだけで瞳を揺らしたはじめ君は、耐えるように瞳を細め口を開いた。
「セラ、お前のことをずっと心配していた。無事でいてくれて良かった」
『はじめもありがとう。心配かけてごめんね、でも私はもう大丈夫だよ』
「ああ。戻ってきてくれると信じていた、また宜しく頼む」
『うん。はじめも千ちゃんもわざわざ私に会いにきてくれてありがとう。知ってるかもしれないけど、私まだ今までの記憶が戻ってない状態でね。色々分からないことも多くて迷惑掛けることもあるかもしれないけど、これからも友達でいてくれたら嬉しいよ』
セラの言葉に二つ返事で返答をした二人は、嬉しそうに微笑んでいる。
そして皆で腰掛けお茶をしながら、様々な思い出話に花を咲かせていた。
「でね、羊ウェイトレスのセラちゃんが死ぬほど可愛くて!」
「確かにあれはやばいと思った。客もめっちゃ押しかけてきてさ」
「しかも沖田君が勝手なことをし始めたので、本当にあの時は困りましたよ」
「仕方ないじゃない、変な客ばっかりだったんだから」
「あんたはあの後、学院に来ていないから知らぬのかもしれんが、あんたのせいであの後うちのクラスには沢山の苦情が来たのだが?」
「え?そうなの?」
「そうですよ。僕達が謝罪文書かされて大変だったんですからね」
「その時の暴走した沖田君、見てみたかったわ」
大人しく話を聞いているセラは、相槌を打ちながら終始笑顔で皆の顔を眺めている。
以前までの出来事を聞くことで少しでも思い出すきっかけになってくれればいいと思っていた。
「でも私許せないのよ、あの音楽会。絶対に最初から自分が出る気だったわよね」
「ああ、ドレスを来て俺達の前に現れた時は目を疑った。その前日の煽り言葉のようなものも気になっていた故、尚更な」
「そうですね。まさか王女ともあろう方が、あんな勝手な振る舞いをするとは思ってもいませんでした。僕は君の歌声が聞きたかったですよ」
『私……?』
「そうそう。セラはさ、音楽会で声楽のソロを担当する筈だったんだよ。だけど土壇場になって王女殿下が自分が歌うって言い出して、セラの役を奪っちまったんだぜ」
『そうなんだ。それで私、音楽会出なかったんだね』
「そうだよ。あんなことがなければ君が攫われることもなかったかもしれないんだ。本来舞台には伊庭君とはじめ君と君が上がる筈だったのに、王女殿下の乱入で君は一人で舞台裏にいなけれなならなかったからね」
「私思うのよ。もしかしたら犯人達はセラちゃんじゃなくて王女殿下を狙ったんじゃないかしら?あの学院は元々王女殿下がいらっしゃる場合は、その子が声楽担当になる筈でしょ?ドレスを着ていたから勘違いされたのかもしれないわ」
確かに千ちゃんの見解は強ち間違いではないのかもしれない。
もしあの王女の代わりにセラが攫われたのであれば、尚更腹立たしい。
音楽会のことも思い出すと苛立ちが募るけど、セラはやはり分からないのか静かに僕達の様子を窺っていた。
そしてその後も一時間程話をした後、二人には馬車の迎えが到着する。
まずははじめ君が帰り、次は千ちゃんが帰ることになった。
「セラちゃん、見送りはいいわよ。寒いから部屋にいてちょうだい?」
『でも折角来てくれたんだから、門まで送らせて?』
「セラはここにいて大丈夫だよ、僕が馬車まで一緒に行くから」
「そうよ。セラちゃんはまだ本調子じゃないと思うからゆっくり身体休めて」
セラは笑顔でお礼を告げて、もう一度千ちゃんと抱きしめ合って微笑みを向けている。
そして僕は千ちゃんを連れて、城門の横に止まる馬車の前まで彼女を見送ることにした。
「セラちゃん、本当に記憶がないのね」
城の出入り口のところで、千ちゃんは立ち止まり僕にそう話し掛けてくる。
僕が頷くと、少し寂しそうな表情で言葉を続けた。
「今までのこと、何も分からないのは寂しいわよね。沖田君も大変なんじゃない?」
「まあ……そうだね。今はまだあの子にどう接していくべきか手探りかな」
「沖田君から見てどう?やっぱり前までとは違う?」
他愛ない話をしている時や、話し方や仕草はあの子そのものだ。
でも僕からしたら以前の関係ごとなくなってしまったわけだから、違わないなんて思うことは出来なかった。
「全然違うよ、前とはね」
「やっぱりそうなのね……。今日も殆ど喋らなかったもの」
「昼間も部屋から出てきてくれなくてさ、本当は早く思い出すためにも積極的に誰かと話したり外に出たりして欲しいんだけどね」
「折角また会えたから、早く前までのセラちゃんに戻ってくれるといいわよね」
千ちゃんの言葉に同意はしたものの、僕自身今のあの子が悪いわけではないことは分かってる。
セラもセラなりに必死に頑張っていることは知っているからこそ、少しだとしても愚痴のようなことを溢してしまったことに罪悪感を覚えた。
「でもさ、さっきも応接室に行く前、君とはじめ君のことを聞いてきて一生懸命覚えてたんだ。この城に戻ってきた時もそうだよ。沢山知り合いがいるからそれを覚えるのは大変なのに、あの子は皆の名前を間違えることなくちゃんと覚えてる。多分セラなりに早く馴染もうと頑張ってるんだよね」
元々頑張り屋で真面目なあの子のことだ、きっと今の状況に一番辟易しているのはあの子自身だし、それを取り戻そうと必死になっているのだろう。
だから疲れて眠ってしまったり、一人で自分と向き合いたい時間もあるのかもしれないと気付いた。
昨日は自分の気持ちを押し付けるようなことを言ってしまったけど、セラにはセラのペースがある。
それに合わせてあげるのが僕の役目だと思うから、焦らなくていいよって伝えるべきだと思っていた。
「だから僕は焦らず見守ってあげたいと思うし、支えになりたいって思うよ。でも僕は男だから、あの子からしたらもしかしたら相談し難いことも出てくるかもしれない。そういう時は千ちゃんにもセラを支えて貰いたいと思ってるんだ」
「勿論よ。セラちゃんは私の大切なお友達だもの。だから何かあれば沖田君も私にちゃんと話してよ?」
「うん、ありがとう。頼りにしてるよ」
千ちゃんに薄く笑顔を返し、僕は再び歩みを進める。
彼女を送り、見上げた夜空には満天の星が輝いていた。
ページ:
トップページへ