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はじめと千ちゃんが帰った後、伊庭君と平助君と他愛ない話をしていると、テーブルに千ちゃんのハンカチが置いたままになっていることに気付いた。
今ならまだ追いつくだろうと二人を追いかけた私は、二人の話し声が耳に入り思わず口元に弧を描いた。

でも二人は城の出入り口の前、立ち止まって何かを話している。
それが私のことだと気付いたから、角のところから先に足を踏み出すことが出来なくなってしまった。


「今までのこと、何も分からないのは寂しいわよね。沖田君も大変なんじゃない?」

「まあ……そうだね。今はまだあの子にどう接していくべきか手探りかな」

「沖田君から見てどう?やっぱり前までとは違う?」

「全然違うよ、前とは」

「やっぱりそうなのね……。今日も殆ど喋らなかったもの」

「昼間も部屋から出てきてくれなくてさ、本当は早く思い出すためにも積極的に誰かと話したり外に出たりして欲しいんだけどね」

「折角また会えたから、早く前までのセラちゃんに戻ってくれるといいわよね」


盗み聞きするつもりはなかったけど、つい聞いてしまった言葉に私はハンカチを握りしめる。
これ以上は聞きいてはいけない気がして、逃げるようにその場を後にした。
そして応接室に戻ると、伊庭君と平助君が息を切らした私を見てきょとんとした顔をしていた。


「あれ?ハンカチ、渡せなかったのか?」

『あ……うん。お城の中にはもういなかったから……』

「え?もういなかったのですか?随分早いですね」

『あの……今日はどうもありがとう。とっても楽しかったよ。私、部屋に戻っても大丈夫かな?』

「ええ、勿論そうして下さい。でも大丈夫ですか?顔色が優れないような気がするのですが」

『ううん、全然元気だよ』

「ならいいけどさ、無理しないでくれよ」

『うん、ありがとう。じゃあ二人とも、おやすみなさい』


二人に手を振り応接室を出ると、ようやく少しホッとする。
でも暫く廊下を歩いて行くと、平助君が私を追いかけて何か言いたそうな顔をして私を見つめていた。


『平助君、どうしたの?』

「あのさ、総司のことなんだけど」

『うん?』

「あいつ、セラのことすっげー気にしててさ。ほら、総司は専属騎士だろ?セラが攫われたのは自分のせいだってずっと言ってたし、セラを探すのだって本当に必死になってたんだ」

『うん……』

「それにセラと総司は俺から見てもすげー仲良かったと思うから、多分総司も今辛いと思うんだよ。勿論それはセラのせいじゃないし、記憶だって長い目でみていけばいいと思ってるけどさ。ただ総司のこと、セラも気に掛けてやって欲しいっていうか……上手く言えないけど仲良くやって貰えたらと思う」


平助君の言葉を聞いて、総司の言葉が頭の中に蘇る。
総司が今の私を見て全然違うと思う理由や、もどかしく思う気持ちは理解できるつもりだから、私は唇を噛み締めながらも頷いた。


『うん、分かったよ。総司とは仲良くするし、とっても頼りにしてるんだ。だから大丈夫だよ』

「良かった……。なんか今日、セラも総司もちょっと元気ないように見えたから心配してたんだ。上手くいってねーのかなって」

『ううん、そんなことないよ。あと教えてくれてありがとう。平助君は総司のこと、大好きなんだね』

「別に大好きとかじゃねーし。まあ、よく一緒にいるから気になっちまうっつーか……。ただ早く前みたいに戻れたらいいなって思ってさ」


にかっと元気な笑みを見せる平助君に「そうだね」と返して、笑顔を見せる。
嬉しそうに手を振る平助君と別れて、私は自室へと戻ると、そのままお風呂に向かった。


『やっと一人になれた……』


最低なことを口にしている自覚はあった。
でもここ数日は疲れてしまって、一人で自分を見つめ直す時間も欲しかった。
でも湯船のお湯には気付けばポタポタと涙が落ちて、また止まらなくなる。
以前の私とは全然違うと言った総司の言葉が頭から離れなくて、タイミング悪くあの場に行ってしまった自分自身を酷く恨んだ。

でも平助君からの言葉を聞けば、総司の気持ちも理解できる上、総司とはきちんと向き合っていかなければいけないと思う。
思い出す為にも積極的でいて欲しいと言った総司の言葉も相成り、明日からはもっと頑張らなければいけないという焦りも生まれた。

でも総司に悲しい顔はさせたくないのに、どうしたらそうできるのかわからない。
どうやって笑って、どうやって話せばいいのか……本当にわからないの。


『……ぅっ……』


今日も皆と話していて、記憶をなくす前の私のことを色々教えてもらったけど、やっぱり思い出すことはできなかった。
知らない誰かの話を静かに聞いているみたいで、私はただうなずくだけになってしまった。

何度聞いても記憶が戻る気はしなくて。
それよりも今の私がもう一度皆と出会い直して、他愛のない話をしながら、その人のことを改めて知っていけたらいいのに……そう願ってしまう。

けれど、そんな本音を言えるはずもなくて。
皆が望むのは「記憶を取り戻した私」だから、今の私が何を口にしても、結局は昔の自分と比べられてしまう気がしていた。

お風呂でひとしきり泣いた後、少しすっきりした気持ちでバスルームから出る。
今日はもう寝てしまおうと思った時、隣接されたドアから私を呼ぶ総司の声が聞こえた。


「セラ、少し話せる?」


返事をするのに躊躇ってしまったけど、今日の出来事を思い返して首を横に振る。
もう一度ちゃんと頑張ろうと、私は部屋のドアを開けて微笑んだ。


『うん、大丈夫だよ』


私を見つめた総司は、どうしてか少し何か言いたげな顔をしている。
けれど直ぐに微笑むと、「バルコニーで星を見ようよ」と声を掛けてくれた。


『前行ってた星空が綺麗に見えるところ?』

「うん、まだ行ってなかったなって思ってさ。凄く綺麗だよ」

『わあ、楽しみ。行ってみたいな』


本当はもう、一人でいたい。
昨晩のことがあってから、何か言われた拍子に泣いてしまいそうで、それがただ心配だった。
だからこそ今日は勉強を口実に総司の誘いを断ってしまったけど、私が頷かなければきっとまた総司に悲しい顔をさせてしまう。
その顔を見たくなかった私は、総司の誘いに快く頷いて、彼と一緒にバルコニーへと向かった。


『すごい、綺麗……』


バルコニーに着くと、星空が本当に綺麗に見えて感動する。
星との距離が近く感じて思わず手を伸ばしてしまったけど、総司はそんな私を見てくすりと笑っていた。


「さすがに手を伸ばしても届かないけどね」

『分かってるけど、伸ばしたくなったの』


以前の私も、総司とこうやって星を眺めたことがあるんだろうな。
前の私はどんな言葉で総司を笑顔にしてあげられたのだろうなんて、余計なことまで頭を巡らせてしまう。


「これ着て」


いつも優しい総司は、今夜も私の肩に温かいカーディガンをかけてくれる。
彼の優しさに何が返せるのか考えてしまえば、胸がまた苦しくなる気がした。


『ありがとう。あったかい……』


総司の香りはとても落ち着く。
でも彼が一生懸命私を気遣ってくれているのが分かるからこそ、申し訳なさも感じてしまった。
私に何かをしてくれた分だけ、私の記憶が戻らなかった時に彼を落胆させてしまうかもしれない。
そうならないように、せめて今の私は総司を困らせないように明るくいたいと思っていた。


「今日はどうだった?こんな時間まで話して疲れてない?」

『全然疲れてないよ。それに沢山話した方が記憶も早く戻るかもしれないし、皆の話が聞けて楽しかった』

「そう思って貰えたなら良かったよ。今日は少し元気ないみたいだったけど、もう大丈夫?」

『うん。今日は折角誘って貰ったのにごめんね。でも本当に気持ち悪くて、それで一人でいたかっただけなの。でもそれも治ったから、今は全然元気』

「そっか、無理はしないでね。もし身体辛くなかったら、明日あたり街にでも出掛けない?」

『いいの?行きたいな、明日楽しみにしてるね』

「僕もセラと出かけられるの楽しみにしてるよ」


気付けば総司に言った言葉は、全部嘘だった。
嘘なんてつきたくないのに、本音は言えなくて、総司を欺く言葉を並べただけだった。
総司は私の為にこうして時間を割いてくれてるのに、私はこの人の厚意すら踏みにじってただその場をやり過ごそうとしている。
それに気付いてしまったら、自分の最低さが許せなくなった。

それなのに総司は、私の言葉を信じて嬉しそうに微笑んでくれている。
その笑顔を見てしまったらまた心が痛くなって、潤んだ瞳を隠すように上を見上げた。


「そう言えば復学したいって言ってたけど、セラは早く学院に戻りたいの?」


今朝私がそう言ったのは、勉強が心配だったことは勿論のこと、ただ毎日を忙しく過ごしたかった。
やることにら追われれば余計なことを考えなくて済むし、こうして総司や周りの方々の顔色を窺うことも減るかもしれないと思ったからだ。


『うん。だって本来であれば通っている筈だし、身体だってもう元気になったから』

「でも昨日も僕の部屋で眠っちゃってたじゃない。ああなると君は何しても起きないし、学院に行ってそうなったら大変でしょ?」


確かにそうなったら、総司や友達に迷惑を掛けることになると今気付いた。
気持ちばかりが急いてしまうけど、それでは駄目だとまた自分で反省する。


『確かにそうだよね、ごめん……』

「謝らないでよ。それに焦らなくていいと思うよ、無理だけはしないようにしないとね」


頭をぽんぽんと撫でてくれる総司のことを、私は見ることが出来なかった。
見たら今にも泣きそうに瞳が潤んでいることに気付かれてしまいそうだったからだ。


『うん、そうする。ありがとう』

「明日はさ、特に何も決めないで適当に街をぶらぶらしようよ。疲れたら帰るようにすれば、君も気が楽でしょ?」

『でも総司はしたいことないの?』

「僕はセラと遊べればそれでいいかな」

『ふふ、遊ぶの?』


買い物か何かかと思ってたから、遊ぶと言った総司の言葉が可愛いらしくえ思わず笑ってしまった。
すると総司がそんな私を見て僅かに目を見張った後、いつになく柔らかく微笑むから、その顔を見て心臓をぎゅっと掴まれたような気分になった。

そしてこの人はもしかしたら、私が無理に笑っているのか自然に微笑んでいるのか全て分かっていて、それでも気付かないふりをしてくれているのかもしれないと気が付いた。


「遊んでよ、僕と。明日は沢山楽しいこと、たくさんしようね」


明日、私は総司に嘘をつかないでいられるのかな。
自然な笑顔を見せることが出来るのかな。
そんな不安が胸に芽生えてしまったけど、私は精一杯微笑み頷いた。

ふとした時に思い出す、以前とは全然違うと言った彼の言葉が心を縛り、明日が来ることを少し怖いと思う。
それでも挽回したいと思う気持ちが私の背中を押してくれるから、きっと楽しいに違いないと自分を励ましながら次の日を待つ私がいた。


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