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総司に自分の抱えていた不安を聞いてもらったあの日以来、私は少しずつ前向きに考えられるようになっていった。
何も分からないのは相変わらずだけど、総司が傍でいつも私を気にかけてくれている。
無理をしないように、体調を崩してしまわないようにとやたら優しくしてくれるから、少し擽ったい気分だった。
それでも今の私にとって、総司と過ごす時間が一番居心地が良いのは確かみたい。
朝起きても、夜寝る前も、総司の部屋のドアを叩くことは、私の日課のようになっていた。
そして年が明けてからは、身体を慣らす為、家庭教師との勉強や様々な芸術分野のレッスンが始まった。
音楽だけは総司と一緒に受けることはできないため、私がレッスンを受けている間、総司には別の場所で待機してもらっていた。
「今日のレッスンは以上です。だいぶ指が元通り動くようになりましたね」
『ありがとうございます、これからも練習頑張ります』
ピアノが元通りに弾けるようになってきたことが嬉しい。
記憶がないのに身体が覚えている感覚を不思議に思いながらも、先生に頭を下げて部屋を出た。
総司の姿を探して部屋や図書室、庭園を訪れたけど、どこにも彼の姿はなくて。
ため息を一つ溢した私は、そのまま庭園のベンチに腰掛けた。
どこに行っちゃったんだろう。
そう考えながら、空き時間を総司と過ごせないことをこんなに寂しく思うなんて自分でも少し驚いた。
当たり前のように一緒にいるから気付かなかったけど、思えば総司の姿が見えないと、私の瞳はいつもあの人を探してる。
見つけると嬉しくて、騎士団の稽古場に行った時は総司をずっと目で追ってる私がいた。
その理由を深く考えたことはなかったけど、ふと以前までの私はどうだったのかと考える私がいる。
私と総司の関係は友達のようでいて、またそれとは違うような曖昧さが感じられた。
「お疲れ様」
不意に頭上が陰り、見上げた先には総司がいた。
その顔を見ると心に花が咲いて嬉しいと思う、それはもう私の中では当たり前の感情だった。
『会えて良かった、探してたんだ』
「僕はずっとあそこにいたんだよ」
『え?どこ?』
「あの低木の裏のところ」
彼の指の先を追うと綺麗に整えられた低木が何本も並んでいて、その後ろは隠れるのに適していそうなスペースがあるようにも見えなくなかった。
『どうしてあんなところに?』
「あそこにシロツメクサが沢山咲いてたんだ」
その理由にも首を傾げると、柔らかく微笑んだ総司は私の前に綺麗なシロツメクサの冠を出す。
そして私の頭の上にそれを乗せてくれるから、自分でも分かる程心が温かくなった。
「似合ってる、可愛いね」
『わあ、ありがとう……。総司が作ってくれたの?』
「うん、君がピアノを頑張って弾いてる間、僕は冠作りに精を出していましたよ」
『ふふ、嬉しいな。ちょっと見てもいい?』
「どうぞ」
乗せられたそれを手に取ると、驚いてしまう程綺麗に作られていて、その出来栄えに圧巻してしまう。
『総司って器用なんだね、とっても綺麗に出来てる。それにシロツメクサって可愛いお花だね』
「気に入って貰えたなら良かったよ」
『凄く気に入ったよ、このまま枯れて欲しくないな』
折角総司が作ってくれたのに、数日後には枯れてしまうと思うと悲しくなる。
私に特別な力があれば、永久に枯れないように魔法をかけるのにと、物語の影響を受け過ぎた考え方を巡らせてしまう。
「枯れたらまた作るよ」
冠を私の手からそっと受け取った総司は、再びそれを私の頭に乗せてくれる。
総司の瞳には冠を乗せた私だけが映っていて、それが無性に嬉しいと思ってしまった。
『ありがとう。枯れても大切にとっておく』
「はは、それは駄目だよ。虫でも湧いたらどうするのさ」
『虫はちょっと困るけど』
「次作った時は、指輪も一緒に作ってみようかな」
『指輪もできるの?』
「同じ要領で作れば出来るんじゃない?試してみる?」
総司の言葉に頷くと、総司は先程指差した場所に歩いて行く。
彼の後についていくと、その場所は思っていたより広くて、総司の横に腰を下ろせば誰にも見つからない隠れ家みたいだった。
『ここ綺麗だね』
「でしょ?それに誰も来ないから最高なんだ。ここは僕だけの秘密の場所だったんだけど、君なら来てもいいよ」
『ふふ、ありがとう』
シロツメクサを摘むと、総司はそれを慣れた手つきで編み込んでいく。
私も見様見真似で試してみたけれど、初めから形が不恰好になったから、諦めて総司に手渡した。
「えー、君は僕に作ってくれないの?」
『総司みたいに綺麗に作れないもん。茎同士の間が空いちゃうし、引っ張ったら切れちゃうし』
「不器用なんだね、可哀想に」
『あはは、酷い言い方』
「ここをこうして……、小さいから難しいな」
段々出来上がっていく指輪も楽しみだけど、一生懸命作ってくれている総司の顔を眺めながら自然と頬を緩めてしまう私がいる。
総司と過ごす他愛のない時間や、こうして彼の顔を眺めていられる時間が大好きだった。
「ほら、出来たよ」
『わあ、凄い……。ありがとう』
出来た指輪は可愛くてとても丁寧に作られていたから、これを作り上げることが出来る総司には不器用って言われても仕方ないと思ってしまうくらい。
総司は指輪を受け取ろうとした私の左手を取ると、薬指に指輪を嵌めて言ってくれた。
「セラ、僕と結婚して下さい。君を絶対幸せにするよ」
遊びの一環だと分かっていても、心音は早くなって、嬉しいと思う気持ちが溢れてくる。
その感情に自分でも動揺して総司の顔を見つめてしまうと、彼は困ったように眉を下げて笑い出した。
「はは、冗談だってば。そんなに固まらないでくれる?」
『固まってないよ。わかってるもん、冗談だって』
「そうなの?なんか完全に誤解してたような顔してたけど。挙句、そんなに硬直されたら傷つくな」
だって総司の言葉には、どうしてかとても真心が込められているように聞こえた。
だから私も嬉しくて、あの数秒は幸せを感じてしまったけど、駄目だよね。
総司にこんなことを思ってしまうなんて、私はどうかしてるのかも。
『違うよ、ちょっと変な気分になっちゃっただけだよ』
「ふーん?変な気分って?」
『よく分からないけど……。でもこうゆうことは遊びでも言ったら駄目なんだよ?ちゃんと好きな子にとっておかないと』
「僕はセラのこと好きだけど?」
「私も総司のことは好きだけど、そういうのじゃなくって……」
自分で言って少し寂しくなるなんて、やっぱり私はどうかしている。
私が余計な感情を抱いたら、記憶が戻った時に混乱しそうだから、やっぱり色々な意味で慎重にならないといけないと思った。
それに総司が気軽に言う好きは、私が一瞬でも期待してしまった好きとは違う。
もし以前までの私達の関係に恋愛感情が絡んでいたとしたら、総司や他の誰かしらが私に教えてくれている筈だからだ。
だからきっと私達の間には特別な関係はなくて、その関係を今の私が壊してはいけない。
何より優しい総司をこれ以上困らせるようなことはしたくないと思った。
でも指に嵌められたシロツメクサの指輪はこんなにも可愛くて、私を幸せな気持ちにしてくれる。
もう一度ありがとうと言おうと総司を見たけれど、彼は何も言わずにその場で立ち上がった。
『総司?』
「さてと、もう戻ろうか」
『あ、うん……』
まだここに総司と二人でいたかった、なんてそんなことは言えない。
先を歩く総司の後を追いかけて、寂しい気持ちを紛らわすために総司に明るく話し掛けてみた。
『そう言えば、今週末、土方さんと大鳥さんが遊びに来て下さるって聞いたよ』
「知ってるよ、良かったね」
『総司も私と一緒におもてなししてくれる?』
「僕は今朝、二人の邪魔しないようにって山崎君に言われたけどね。僕は大鳥さんをもてなすことになるんじゃない?」
『そうなの……?』
それはつまり私と土方さんの二人でお話をするっていうことだよね?
お父様は見るからに土方さんと早く婚約をして欲しいみたいだし、少し落ち着かない心情になった。
だってもし以前の私に好きな人がいたらどうすればいい?
記憶が戻らない限り何をするにも身動きが取れなくて、自分の感情に素直に行動することさえしてはいけない気がしていた。
「セラ?聞いてる?」
『あ、ごめんね……。ちょっとぼんやりしちゃってた、何て言ったの?』
「だから、土方さんに返事はするの?って聞いたんだけど」
『返事はまだできないよ、記憶も戻ってないから……』
「でもこのまま戻らなかったらどうするの?ちゃんと期限とか決めておいた方がいいんじゃない?」
戻る気配のないこの状況を考えると、記憶が戻らないという理由だけでいつまでも保留にするのは土方さんに対して申し訳ないと私も考えていた。
この城に来て頂くのも遠いから申し訳ないし、かと言って真剣に考えますと言ったものの会えていないこの状況では私の中の土方さんへの想いはこの前と何も変わっていなかった。
『うん、そうだよね』
「でもすぐに断らないってことは土方さんのことはそれなりに好きなんだね」
『うん、土方さんのことは好きだよ』
好きだけど、どちらかというと頼れるお兄さんみたいな存在だし、今の私には結婚なんて程遠い印象だった。
それに最近の私は、気付くと総司のことばかり考えている。
総司に会えると嬉しいし、毎日一緒にいるのにそれでもまだ足りないと思ってしまうくらいだった。
日毎に大きくなってしまうこの感情にどう向き合うべきなのか悩んでいるけど、そんな私に総司はにっこり笑うと言った。
「あっそう。じゃあ今度は土方さんにシロツメクサの指輪でも作って貰えば?」
『え?どうして?』
「ああ、土方さんならこんなのじゃなくてもっと良い指輪くれそうだよね。君に貢ぐことが好きみたいだし」
『別に貢いで貰ってるわけじゃ……』
「僕は稽古に行ってくるよ。君もこの後のレッスン、せいぜい頑張って」
『あ、待っ……』
総司は素っ気なくそう言うと、私が止めるのも無視して稽古場の中へと歩いて行ってしまった。
途中から明らかに機嫌が悪くなってしまったけど、思えば総司と土方さんは馬が合わないんだった。
土方さんの話題を出すべきではなかったと、心の花が萎んでしまった。
『うまくいかないな……』
感情は自分で制御出来るものではないから難しい。
自分でも持て余してしまうから、寂しい気持ちで騎士団の練習場を眺めていた。
そもそも総司にあんなに冷たくされたのは今日が初めて……。
夜には元の穏やかな総司に戻っていることを願って、レッスンを頑張ろうと、お城に戻る私だった。
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