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セラと別れた後、僕は稽古場で苛立ちを抱えながら打ち合いを始める。
任務がないとはいえ剣術の腕は変わらず磨きたいから、時間さえあればここに来ていた。


「おい……総司。なんか今日怖いんだけど」

「何が?」

「何がって……、何かあったのか?」

「別に?」


まあ、何かあったかと言われればあったのかもね。
セラには指輪と一緒に気持ちを伝えたのに、好きな子以外に言うなとか、僕への気持ちはそういうのじゃないとか言われるし。
挙げ句、あの子は土方さんを好きだと言ってたし。
このむしゃくしゃした気持ちは剣を振るって晴らすしかないと、平助を相手にやりたい放題稽古をしていた。


「いって!ちょっ……たんま!」

「実戦にそんな言葉は通用しないよ」

「来週から俺達復学すんだぞ!このままじゃ怪我しちまって、また行けなくなっちまうじゃん!」


長いと思っていた特別休暇もあと残り数日で終わる。
セラの記憶が戻る気配のない今、二人でゆっくり過ごせる休暇期間があの子を振り向かせる良い機会だったのに、いまだに僕達の関係はただの仲良い友達止まりのままだった。
逆に仲良くなり過ぎたのか、セラは僕のことを異性として意識していない可能性も否めない。


「あーあ。特別休暇もなんだかあっという間だったね」

「そうか?二ヶ月半くらいあったじゃん、だいぶ長く感じたけどな」

「思い返すとあっという間だったってこと。これから自由な時間が減ると思うと心配だな」

「確かに。また忙しい毎日に戻ると思うと、憂鬱になっちまうのは分かるかも」


僕の心情なんて知らない平助は的外れな返事をしてくれるけど、これからの日々を考えると憂鬱だ。
何より一番嫌なのは、あの土方さんがこの城に訪問することだった。


「ねえ、平助。嫌いな人を呪う方法とか知らない?」

「は?呪うってなんだよ」

「例えば禿げる呪いとか、ずっとお腹を下しちゃう呪いとか。なんでもいいんだけど」

「何言ってんだよ、そんな呪いなんてあるわけねーじゃん。つーか怖いこと言うなって」

「仕方ないじゃない、嫌いなんだから」

「そんな嫌いな奴がいるのか?誰だよ」

「ん?土方さん」


迷うことなく即答すれば、平助は「あー」と言って何かを察したような顔をする。


「俺も山南さんから聞いた。今週末、ここに来るんだろ?」

「そうらしいよ。大公様のくせに随分暇なんだね、土方さんって」

「いや、時間作って来てくれるんだろ。セラのために」

「そんなこと、誰も求めてないけどね。来るにしても大鳥さんだけにして欲しいよ」

「そう言うなって。セラも久しぶりに土方さんに会いたいかもしれねーじゃん」


まあ、会いたいだろうね。
なにせ土方さんのことは好きみたいだから。
これで久しぶりに再会したことで、セラの気持ちが固まってしまったらどうすればいいんだと焦りが生まれる。
せめて今日、指輪を渡した時にそれなりの反応があれば思い切って想いを伝えても良かったけど、あんなことを言われた後に気持ちを言える程、心臓に剛毛は生えてないよ。


「はあ……」

「お前、本当に土方さんが嫌いなんだな」


土方さんを嫌う理由にまで行きつかない平助もそれなりに鈍感だと思うけど、セラの鈍感さももう少しどうにかならないものかと再びため息を吐く。
仮にも一度は想い合った仲なのに、こうも簡単に忘れられてしまうと正直悲しかった。


そしてその日、セラのレッスンが終わる時間を見計らって城へと戻ったものの、あの子の姿はどこにもない。
中庭や図書室、部屋にもいないから、僕は思わず首を傾げた。


「どこに行ったのさ」


ただでさえゆっくり二人で過ごせる時間はあと僅か。
その僅かな時間を、土方さんに取られることも苛ついていた。
このもどかしい気持ちはなくならないから歯痒いのに、僕がそんなことを考えているとは思ってもいないだろうセラは、その一時間後くらいに呑気な顔で戻ってくる。
その顔はいつもより少し嬉しそうにも見えて、やっぱり僕の心情なんて全くもって分かっていない様子だった。


「どこに行ってたの?探したんだけど」


僕の部屋の中、訪ねてきたセラにそう言うと、僕が多少苛立っていることに気付いただろう彼女は少し眉を下げて困った顔をしてみせる。


『ごめんね……、ちょっと用事があったの』

「用事があるなら言っておいてくれないと困るよ。専属騎士には全部報告するのが決まりでしょ」

『うん、でもお城の中だから大丈夫かなって……』

「そんなルールないから」


冷たく言い切ると、セラはしゅんとした様子で一度下を向く。
でも直ぐに僕の横に来ると、困り顔のまま僕を見上げて言った。


『総司、ごめんね。今度からちゃんと報告するからからあんまり怒らないで……』

「別に怒ってないけどね」

『本当?』

「本当だよ」


別にセラに悲しい顔をさせたいわけではない。
だから結局セラに向かって微笑んだけど、セラはそんな僕を見上げて嬉しそうにすると、さげていたポシェットらしきものから何かを出して僕に渡してきた。


『これ総司に。今日の冠のお礼だよ』


受け取ったそれは、可愛いらしくラッピングされた手作りのクッキー。
以前はよく手作りのお菓子を貰っていたけど、記憶がなくなってからのこの子に貰うのは今日が初めてだった。


「もしかして今までこれを作ってくれてたの?」

『うん』

「そうだったんだ、それなのに文句言ってごめんね。ありがとう、嬉しいよ」


本当に嬉しかった。
この子の作るクッキーが食べたかったことは勿論、その気持ちが嬉しかった。
プレーンとココアの二色のハート型のクッキーが、僕の手の中で早く食べてと囁いている。
取り出して食べると、僕の大好きなセラの作るクッキーの味が口の中に広がった。


「凄く美味しいよ、ありがとう」

『良かった、そう言って貰えて。お部屋でクッキーのレシピが書かれたノートを見つけたの。前までの私も、よく作ってたのかなって思って』

「うん、よく作ってくれてたよ。だから久しぶりにセラの作ったクッキーを食べられて嬉しいかな」


優しくて懐かしい味がする。
そしてこれを食べれば、どうしたってセラと過ごした今までの日々が思い出されてしまうから。
切ない感情を押し込めるように、彼女に向かって微笑みを向けた。


「セラも食べたら?」

『私はさっき味見したから大丈夫だよ、総司が食べて?』

「いいから、ほら。食べて」


僕の手の中のものを食べる時の、セラの少し恥じらった顔が好きだ。
少し伏し目がちにそれを見つめ、口に含む時は僕を見上げるその表情が愛らしくて、何度繰り返してもまた見たいと思う光景だ。


「美味しい?」

『うん、甘いね』

「このクッキー好きだからさ、また作ってよ」


嬉しそうに頷いたセラは、再び何かを取り出すと「左手出して」と言ってくる。
また何かくれるのかと掌を上にして出したけど、セラはその手を逆向きにすると、持っていた何かを僕の薬指に嵌めた。


『総司、私と結婚して下さい。総司を絶対幸せにするよ』


不意をつかれて目を見開いたけど、薬指に嵌められていたのは輪っか型に作られたクッキー。
僕の真似をしてそう言った後、照れた様子で愛らしく笑うから、遊びだと分かっていても、なんて言うかもう、感無量だった。


『ふふ、総司だってびっくりして固まってるよ』

「驚くよ、クッキーの指輪なんて初めて見たからね」

『ここね、ハート型の模様を別の色で作ったんだよ。可愛いでしょ?』

「本当だ。可愛いね」

『良かった。これ、結構難しかったんだよ』

「本当に可愛いよ、こういうことをしてくれる君がさ」


セラは僕の言葉に目を瞬かせると、直ぐにその顔を赤くさせる。
ここ最近はこうして照れてくれることも少なかったから、その顔が見れたことも嬉しくて、目の前の彼女の髪をそっと耳にかけた。


「ねえ、セラ」

『うん?』

「本当に僕と結婚してくれる?」


少しは僕を意識して欲しい。
一人の男として君の瞳に映して欲しいと思うから、ふざけることはしないままセラを見つめた。
セラは見て分かる程大きく瞳を揺らしていて、僕か頬に手を添えると僕を見つめたまま固まっていた。


「セラ、返事は?」


頬に添えた手で顔を上げさせると、僕を見上げるその瞳は潤んでいて、その表情はまるで少し前までのセラのようだ。
その顔を見てしまえば触れたい衝動に駆られ、思わず顔を近付けた僕がいた。
それでも僕に合わせて伏し目がちになったセラは拒む様子を一切見せなかったから、僕の心音は情けなくも早くなる。
ずっと求めていた温もりを待ち侘びて、僕の瞳は閉じかかっていた。
けれど僕達の距離が縮まり唇があと少しで触れそうになった時、部屋のドアがノックされる。
思わず身体を離すと、セラも我に返ったかのように僕から視線を逸らして横を向いた。


「沖田さん。お嬢様もそこにいらっしゃいますか?夕飯の準備が整いましたよ」

「ありがとう、山崎君。セラと行くね」


山崎君が声を掛けてくれて良かったのか悪かったのか微妙なところだ。
セラと目が合い取り敢えず微笑んでみると、いまだ顔の赤いセラは少し恨めしそうに僕を見つめた。


『……あんまりからかわないで。心臓が壊れるかと思ったよ』

「はは、ごめんね」

『ごめんねじゃないよ、もう……』


セラは最終的に僕の行いを冗談だと受け取ったらしい。
ぷいっと顔を背けると膨れた様子で先に部屋を出て行ってしまった。
そんな彼女を追いかけながら、もしあのまま誰も声を掛けなかったらどうなっていたのかを考える僕がいる。
そろそろこの想いを閉じ込めるのは限界に近そうだと、目の前を歩くセラを見つめていた。


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