3

さっきは本当にドキドキした。
私を見つめる総司の瞳が好きだと言ってくれてるように感じて、身動き一つ取れなかった。
頬に添えられた手の温もりも、その眼差しも。
何故かとても心地良くて、きっと総司の唇も温かいんだろうと考えてしまった私がいる。
だから総司の顔が近付いてきても、嫌だと思うどころかその温もりを待ち侘びてしまう私がいた。


『うう……』


どうしよう、完全に総司のことが頭から離れなくなってしまった。
ドレッサーの上に飾られたシロツメクサの指輪を見ると、総司の言葉を思い出してまた少し心臓が早くなった。
でも仕方ないよね、あの時はとっても嬉しかったんだもん。
今まで貰ったどんな物より、私にはこの指輪が宝物に思えた。


「セラ、入ってもいい?」


不意にドア越しから総司の声が聞こえて、私は思わず肩を揺らす。
昼間の出来事のおかげでより心音が早くなるけど、総司に会いたくてそのドアを開けた。


「お風呂入った?」

『うん、もう全部終わったよ』

「じゃあ教えてよ、まだなのかと思ってしばらく待ってたんだけどね」


ついつい指輪を眺めていたら、昼間のことを思い出してぼんやり総司のことを考えていた。
山崎さんが来なかったら私達は本当にキスしてたのかな、なんて恥ずかしいことを思い浮かべていたことは絶対に言えない。


『ごめんね、私も今総司のところに行こうと思ってたんだよ』

「それならいいけど」


今までは、私と総司の間に恋人同士のような甘い雰囲気は全くもってなかった。
それなのに今日いきなりあんなことになって、驚いたと同時に、総司に対する気持ちが大きくなってしまった気がする。
総司はよくふざけるし、あの後もいつも通りだったから、何も考えていなさそうだけど。
私の頭は困るくらい総司で埋め尽くされてしまっていた。


「あーあ、来週から学院か。休みが長かったせいか全然実感が湧かないよ」

『そうだね。私は初めて行く感覚だから緊張する』


このお城に戻ってきてからもう三ヶ月近く。
それなのに私の記憶は綺麗に眠ったままで、それが当たり前になってきてしまっている。
皆と交流するうちに私生活にはだいぶ影響はなくなってきたけど、学院に行けばまた覚えていくことが多そうだと少し落ち着かない気分になった。


「そうだね。でも大丈夫だよ、君が困らないように僕が支えるし何も心配することはないからね」


総司はいつも私を一番に考えて、大丈夫だよって背中を押してくれる。
私自身のことは勿論、私の気持ちまで護ろうとしてくれているように感じて、それが凄く嬉しかった。
こんな風に毎日一緒にいて私だけを大切にしてくれる人を、以前の私は好きにならなかったのかなって不思議なくらい。
今の私はすっかり総司に心が傾いてしまってるのに。


『ありがとう。総司がいてくれると大丈夫だって思えるよ。でも総司も久しぶりの通学だと思うから、困ったことがあればなんでも相談してね』

「じゃあ僕が困った時は君は力になってくれるの?」

『勿論。総司のためなら全力で力になるよ』


総司がいつもそうしてくれているように、私だって総司の力になりたい。
だからはっきりそう宣言すると、総司は僅かに口角を上げた気がした。


「実は今、物凄く困ってることがあってさ。相談させて貰ってもいいのかな」

『うん、私で良ければ聞くよ』

「今週末土方さんが来るでしょ?僕、憂鬱で仕方ないんだよね。だから今からでも来るなって言って貰うか、来ても城に入れないで追い払って貰いたいんだけど」


予想もしてなかったことを言われて、思わずそのまま黙り込む。
力になりたい気持ちは本当だけど、そのことに関しては私も眉尻を下げる結果となった。


『総司の力になりたいけど、それは厳しいと思う。ごめんね……』

「どうして?」

『どうしてって……、土方さんには沢山お世話になったから、そんな失礼なことは流石に出来ないよ……』

「ふーん。結局君は土方さんを優先させるんだね」

『別に土方さんを優先させてるわけじゃないよ。ただ遠方からいらっしゃってくださる大公様に、お世話になった私がそんなことして許される立場じゃないから……』


立場を理由に話せば総司も納得してくれるかと思ったけど、総司はいまだ不服そうに私を睨んでいた。


「じゃあセラは自分より権力が上の相手なら、言いなりになっちゃうってこと?」

『別にそういうわけではないけど……』

「でもそういうことでしょ?王族の人間が僕を殺せって言ったら、君は平気で僕を殺すんだね」

『ええ?そんな酷いことはしないよ、総司を殺すなんて絶対に出来ないよ……』

「王族の命令に逆らえるなら、大公様の来訪くらい断れるじゃない。全力で力になってくれるんじゃないの?」


どうしたんだろう、今日の総司。
まるで子供が駄々を捏ねているようで、いつもとは違う様子に心の中で首を傾げる私がいる。
今までちょっとした悪戯をすることはあっても、今日みたいなことは初めてだったから、土方さんのことは本当に苦手なのかもしれないと眉を下げた。
私も全力で力になるなんて浅はかなことを言わなければ良かったけど、総司を一番に思う気持ちは嘘じゃないのに。


『本当に総司が困ってる時は、全力で力になりたいって思ってるよ?』

「だから今本当に困ってるんだけど?」

『でも土方さんがいらっしゃってもそんなに困らないでしょ?総司は大鳥さんのおもてなしがメインになるから、土方さんとは無理に話さなくても大丈夫だよ』

「セラって本当に何も分かってないんだね」

『え?』

「もういいや。疲れたし僕は寝るよ、おやすみ」


総司は覇気のない表情のままそう言うと、立ち上がって本当に部屋から出て行こうと歩き出す。
その後ろ姿も少し寂しそうに見えたから、慌てて彼を追いかけて、今度は私が総司の部屋に入っていった。


『総司、待って』

「なに?」

『ごめんね。総司がそこまで土方さんのこと、苦手だったなんて知らなくて……』

「でもどのみち君は僕のお願いなんて、聞いてくれないんでしょ」

『土方さんのことは難しいけど、でもそれ以外なら全力で力になりたいって思ってるよ』


本当は総司の要望ならなんでも叶えてあげたい。
そのくらい総司を想っているのは本心だった。


「本当に土方さんのこと以外なら力になってくれるの?」

『うん、私に出来ることなら』

「じゃあ最近土方さんが来るストレスのせいで全然夜寝付けなくて、正直寝不足なんだよね。だから君が抱き枕になってくれる?」

『抱き枕?』

「ようは朝まで添い寝して欲しいってことなんだけど」


さすがに冗談かと思って笑ったのに、総司はいまだ真顔な顔つきで私を見下ろしていた。


「で?してくれるの、してくれないの?」

『あの……本気じゃないよね?』

「僕はさっきからずっと真面目に話してるんだけど?」


総司の言っていることは突拍子のないことばかりだったから私もあまり重く受け止めてはいなかったけど、思えば総司はずっと真顔だった。
今もにこりともしないまま、私の返答をやや威圧感のある佇まいで待っている。


『でも流石に一緒に寝るのは良くないんじゃ……』

「どうして?前も一緒に寝たじゃない。一人だと寂しいから傍にいて欲しいってことなんだけど」

『え……?総司は寂しいの?』

「僕だって寂しくなる時くらいあるよ。僕は家族も兄弟もいないし、甘えられるのは君くらいだからね」


総司の生い立ちは、私達の出会いの馴れ初めを聞いた時に少しだけ話してもらった。
だから総司が苦労してきたことは、今の私でも少しくらいはわかっているつもりだ。
それに記憶がなくなって心細い気持ちで過ごしていた私を、明るい場所まで引っ張りあげてくれたのは他でもない総司だった。
だから、彼が寂しい時は私が傍にいて慰めてあげたいと思ってしまう。


『じゃあ……今日は一緒に寝る?』


自分で言って、少し恥ずかしくなる。
それに本当にそんなことをして大丈夫なのかなって不安にもなる。
勿論総司が何かをしてくることはないだろうけど、ただ私の問題的に。
昼間あんなことがあったばかりだし、余計に総司を意識してしまう気がしていた。

でも総司はそんな私の心情なんて知らないだろうから、急ににっこり笑って心なしか嬉しそう。
さっきまでの寂しそうな顔がなくなって、それはそれで良かったけど。


「君ならそう言ってくれると思ってたよ。じゃあ向こうの部屋の電気消してきて。あと枕も忘れずにね」

『うん……』


もしかしたらいつもの悪い冗談かもしれないと考えもしたけど、総司は本気だったみたい。
いまだ実感も湧かないまま、言われた通り自分の部屋の電気を消し、枕を抱えて総司の部屋に戻ると、総司の部屋もいつの間にか真っ暗。
部屋に差し込む月明かりだけが頼りの状態だった。


『もう消しちゃったの?前が見えないよ……』


明るい自分の部屋から来たから、目が慣れなくて余計に見えない。
大体の感覚でベッドのあるだろうところまで歩いて行くと、不意に腕を掴まれて総司の方に引き寄せられていた。


「ここだよ」


少しずつ慣れてきた目と月の光のおかげで、近くにある総司の端正な顔は見ることが出来る。
でも見えたら見えたで心音が大変なことになるから、今になって怖気付いてしまう私がいる。


『あの、やっぱり一緒に寝るのは……』

「どうして?僕の隣は嫌?」

『ううん、嫌じゃないよ。私も総司とは一緒にいたいけど……』

「大丈夫だよ、別に何もしないから。僕を信じて」


総司のことは勿論信じてるし、私が心配しているのはそんなこととは違う。
ただ私自身が自分では制御出来ないくらい感情の波に飲み込まれてしまうから、それが少し怖かった。

でも私が頷くと腕は引かれて、総司の隣に身体は沈む。
ふわふわのコンフォーターをかけ私の頭を撫でると、総司は「おやすみ」と言ってそのまま私から身体を離した。


『おやすみなさい』


こうして触れないまま隣で寝ていると、まるで自分の部屋で一人で寝てるみたい。
違うのは自分自身がやたら緊張していることと、心地良い総司の香りに包まれていることだけだった。

抱き枕って言ってたから、ぎゅってされる可能性も考えていたのに、総司はただ一人で眠りたくなかっただけみたい。
私の方が総司に触れたくなってしまうから、その邪な感情を振り払うように総司に背を向けるように横を向いた。


「セラ」


後ろから名前が呼ばれたと同時に、温かい総司の腕が私のお腹に回される。
ぎゅっと抱き寄せられて背中に総司の体温を感じると、身体の内部から自分の耳にも届くくらい心音が激しくなった。


『総司……あの……近いよ……』

「でも僕の抱き枕になってくれるんでしょ?」

『そうだけど、これだとドキドキして眠れなくなっちゃうから……』

「たまにはドキドキしてよ、僕に」


私はいつだって総司にドキドキしてるよ。
シロツメクサの指輪を作ってくれている時も、こうして抱きしめられた時も、剣を振るってる姿や笑顔が見れた時だって、最近の私はいつも総司に胸を高鳴らせている。

その理由を敢えて考えないようにしていたのに、本当はもうとっくに分かっていて。
この心臓がこんなにもドキドキしまうのも、幸せで泣きたくなってしまうのも、相手が総司だからだ。


「こうしてると落ち着くよ」


私はこんなに緊張しているのに、総司は身体を寄せ合っていても落ち着いてしまうらしい。
それは総司が私に特別な感情はないからかもしれないと考えると、今度は悲しくなってしまった。
それでも私は一度知ってしまった温もりを忘れられないから、お腹に回された手に自分の手をそっと添える。
すると総司もそれに応えるように腕の力を強め、私の肩から首付近に顔を擦り寄せてきた。


「凄く良い匂いがする」


背中全体で感じる熱に心臓が煩くなり過ぎて、私は目をギュッと瞑る。
総司に特別な感情を抱いたら駄目だと何度も自分に言い聞かせてきた筈なのに、こんな風に傍にいたら自分の気持ちにこれ以上嘘はつけなくなりそうだった。


『記憶がなくなる前も、今日みたいに総司と一緒に寝たことはあるの?』

「ん?ないよ、一度も」

『え?そうなの?』

「流石にないよ。横になって話すことはあったけどね」


流石にないって言っておきながら、こうして一緒に寝ている状況に少なからず違和感は感じるけど、つまりそれは前の時より総司と仲良くなれたって思ってもいいのかな?
そうだったら凄く嬉しいのに。


「でも君がこうしてまた仲良くしてくれて嬉しいよ」

『今の私と前の私、どっちの方が総司と仲が良い?』

「はは、それって変な質問じゃない?」

『でも気になるから、教えてほしい』

「どっちかな。同じような気もするし、また違うところもあるから難しいけど」


昔の自分にヤキモチに似た感情を抱くのはおかしいのに、どうしても負けたくないと思ってしまう。
静かに総司の返答を待っていると、彼は優しい音色で言葉を続けた。


「まあ、一緒にいる期間から考えても、前の君との方が仲が良かったのかもね。でも記憶を無くしてからまだ数ヶ月だし、僕としては十分だよ」


なんだ、そうなんだ……。
それはちょっと残念な気持ちになる。
でも以前の方が仲良かったのに一緒に寝たことがないなんて不思議。
一緒に寝る私がどうかしてるのかもしれないけど、前の私が総司のことをどう思っていたのか物凄く気になってしまった。


「もうすぐ学院も始まるから、今のうちに楽しいこと沢山しておかないとね」

『うん。でも総司のお陰で休暇中は毎日とっても楽しかったよ。ありがとう』

「僕もだよ。記憶がなくても君は何も変わらないね。セラといる時間が一番楽しいよ」


総司からの言葉は凄く嬉しくて、少し涙ぐみながら「私もだよ」と返事をする。
「おやすみ」の声が聞こえたら、これで今日という一日が終わってしまうことが少し悲しくなった。

でもまた明日、総司とは沢山話してその笑顔も沢山見たい。
総司の温もりが優しく私を包んでくれるから、幸せな気持ちのまま夢の世界に意識を手放す私がいた。


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