5
侍女に呼ばれてレッスンの予定を確認した私は、総司を待たせているため足早に戻った。
でも専属騎士用のお部屋に総司の姿が見当たらなくて一度小首を傾げたけど、ふと右奥の扉が開いていることに気付く。
まさかと思って自分の部屋を覗くと、総司が何食わぬ顔で私の部屋の中に入っていた。
『ちょっと、総司?』
「あ、おかえり」
『おかえりじゃないよ。どうして勝手に私の部屋に入ってるの?』
「あはは、ごめん。つい入っちゃってた」
ついって……、女の子の部屋にそんな軽い気持ちで入っちゃうのと信じられない気持ちになる。
とにかく出てと告げて半ば強引に隣の部屋へと押しやり、少し膨れ気味に扉を閉めた。
「ごめんね、ここから入るとどんな感じなのかなって思ってさ。悪気はなかったんだけど」
『もう……。悪気がなければ、なんでも許されるわけじゃないんだよ?』
「あー……、悪気ない方がかえって悪質って場合もあるよね。本当にごめん」
総司を見ていると本当に悪気はなさそうだから、もういいよと取り敢えず許す。
いまだに総司の考えていることはよく分からなくて、掴めない人だなと思ってしまう。
「さっきの質問の続きだけどさ、ここにはたまに騎士団の人達は来たりするの?」
『ううん?来てないよ。言ったでしょ、三階には入れない決まりなの』
「でもいつも君が城内案内してるんだよね?今日みたいに部屋とか見てるのかなって思ったんだけど」
『私が案内したのは総司だけだよ。普段は山南さんや山崎さんが案内してるから、誰も私の部屋は見てないと思う』
「そうなの?」
『うん。第一そんな沢山の人に部屋を見られたら私だって恥ずかしくて嫌だよ。それなのに総司が勝手に入っちゃうから……』
じっとり睨んでみても、総司は少し笑いながら謝ってくる。
『見たこと誰にも言わないでね?』
「言わないよ。だからさ、もう一回入ったらだめ?」
『え?』
「あと一回だけ。いいでしょ?」
どうしてか私は、こうして総司にお願いされると弱いみたい。
少し総司が可愛く見えてしまうというのもあるけど、私はこの人を拒むことは出来ないみたいだ。
『じゃあ少しだけだからね』
見られて困るものがあるわけではないから、私はそっと自室の扉を開ける。
すると総司は嬉しそうに微笑んでくれて、私はきっとこの顔が見たかったんだと気付いた。
「女の子らしい部屋だね。君らしいかな」
私の部屋に入ったのは、お父様や山崎さん、山南さん以外は始めてだ。
だから少しドキドキはするけど、総司がここにいることは全然嫌ではなかった。
『ここにね、総司が前にくれたうさぎがいるんだよ』
綺麗で可愛い、白木のうさぎ。
手作りで細かいところまで丁寧に作られていて、今でもその温かさを感じることができる。
「本当だ。良かった、捨てられてなくて」
『総司が一生懸命作ってくれたうさぎを捨てるわけないのに』
「わからないじゃない。実際君がどう思ってるかなんてさ」
総司は少し意地悪な笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。
それなら少し、私も意地悪を返してあげようと、眉を少し下げてみた。
『総司は私のこと、信じてくれてないんだね。私が総司がくれたものを平気で捨てる子だと思ってるってことでしょう?』
「別にそういうわけじゃないけどね」
『でも、さっきの言われた方は悲しいよ……』
総司は私の言葉に少し驚いたように目を瞬かせた。
私は俯きながら、敢えてしょげた様子で続ける。
『私は総司からもらったもの、とっても大切にしてるのに』
そう呟くと、総司は眉を下げ微笑みながら口を開いた。
「ごめん、そんなつもりじゃないってば。ただ僕の作ったものなんて、君の部屋には似合わないかもしれないって思っただけだよ」
『そんなこと思ったことないよ』
私はそっとうさぎを撫でながら、総司を見上げた。
『すごく可愛いし、大事にしてるんだよ。総司が作ってくれたものだから嬉しかったよ』
これは本当の気持ちだ。
総司から貰った初めての贈り物、しかも手作り。
それがどれだけ嬉しかったか、総司にはわかる?
「じゃあ、また何か作ってあげてもいいかな」
『ほんとに?総司が作ってくれたもの、もっと欲しいな』
「そんなに欲しがられても困るけどね。上手く作れるかわからないし」
『こんなに綺麗に作れるのに?もうくれないの?』
「ははっ、そんなに欲しいならまた考えておくよ」
総司が笑ってそう言ってくれるから、私は嬉しくなってうさぎをそっと元の場所に戻した。
そしてふと総司を見て、思い出したように口を開く。
『あ、バルコニー行こう?』
「いいの?」
『うん、もちろんだよ。こっち』
私は総司の手を引いて、長い廊下を進んでいく。
総司は私の後ろを歩きながら、ふと小さく笑った。
「なんか、楽しそうだね」
『うん。だって、総司と一緒にお城の中を歩けるの、嬉しいから』
私が振り返って微笑むと、総司は少し目を細めて私を見つめた。
「……そっか。なら、僕も楽しませてもらおうかな」
そんな会話をしながら、私は総司をお気に入りの場所へと案内する。
これからどんなふうに過ごせるんだろうって思うと胸が弾んだ。
私の部屋を出た後、向かうのは最後の場所。
星空が綺麗に見えるバルコニーだ。
星を見ることが好きだったお母様のために作られたこの場所は、今では私のお気に入りの場所になった。
『ここがさっき話してたバルコニーだよ』
「本当に凄い綺麗に見えるんだね」
『うん。私の大好きな場所なんだ』
星空はどこでも見ることが出来るけど、ここは地上で見るより空が近いし物凄く静かだ。
誰にも邪魔されたくない時や、一人になりたい時には打ってつけの場所だった。
『好きなところに座ってね』
開けた場所に木で作られた長椅子が三つ置いてあるバルコニー。
その一つに腰掛けると、総司も私の隣に腰掛ける。
星空に見守られているせいか、ここでは余計なことは考えずにただ外の風を感じることが出来る気がした。
「専属騎士の特権って凄いんだね。あの部屋もそうだけどこのバルコニーも自由に出入り出来るわけでしょ?」
『うん、そうだよ』
「凄い待遇いいよね」
自ら専属騎士の話をする総司に、短い返事だけを返す。
確かに特権は色々あるけど、ただ城内を自由に行き来できるからという理由で専属騎士を希望されるのは、私としては複雑な心情でもあるからだ。
なぜなら専属騎士は決して楽な仕事ではない。
私の護衛をするため、常に私の予定に合わせて行動することが求められるし、空いた時間には通常の任務に加え、今と変わらず身体づくりや剣術の稽古をし続けなければならないわけだから、一般の騎士よりずっと多忙な筈だ。
実際専属騎士になってから、主従関係に亀裂が入る場合もあるという。
予想と違うとがっかりされたり面倒だと思われたりすることが、私が一番心配していることだった。
だから以前お父様は、私が一番信頼できて、本当に私を大切に想ってくれる人を選びなさいと言っていたけど、正直それを見分けるのは難しい。
立候補してくれる人のうち、どの程度の人達が本気で専属騎士の仕事に向き合ってくれるのかなんて今の時点では分からなかった。
そんな中、私が誘拐された時、総司は自分の危険を顧みず私をあの人達から救ってくれた。
目的のお金を捨てて、捕まることすら覚悟して、私を騎士団の元まで送り届けてくれた。
あの時の優しさが本当に嬉しくて、今でもずっと感謝の気持ちは忘れていない。
それと同時に総司のことなら信頼できると思えたから、専属騎士になって貰えたら嬉しいと考えていた。
でも当の総司は、専属騎士には興味が無さそうに見えた。
正直悲しかったけど、仕方ないことでもあるから、ここ最近は気にしないようにもしていた。
それなのに今日は、専属騎士に与えられる特権に関心を持っているみたいで、少しだけ淋しい気持ちになる私がいる。
それすら私の勝手なわがままだと自覚していても、自由な時間が然程ない今、騎士団の人達との信頼関係をどのように築いていけばいいのかが悩みの種だった。
「セラは専属騎士の候補に考えてる人とかいる?」
『特にいないよ?』
「じゃあどんな人に専属騎士になって欲しいの?」
『どうかな、そう聞かれても分からないよ』
「何か一つくらいあるでしょ、教えてよ」
専属騎士のことで悩んでいる私に、専属騎士の話ばかりを振ってくる総司は、興味がないくせに何を知りたいのかそんな質問を投げかけてくる。
この前のことまで思い出して少しムッとしちゃった私は、ほっといて欲しいという意味も込めて言ってしまった。
『専属騎士なんて別にいいやって言わない人』
「…………」
言ってから後悔しても遅いけど、嘘ではなくて本心だ。
別にいいやって思うのは自由だけど、わざわざ私に言わなくてもいいのに。
「あのさ……この前はごめんね。言い方が悪かったよ」
『別にそれはいいよ、総司がどう思うかは総司の自由だし気にしてないよ。でも興味がないならあんまり聞かないで欲しい。私も専属騎士を選ぶのは初めてだし、不安なこともあるから』
「うん、もう聞かないよ。でも僕だって別に興味がないわけじゃないよ」
『色々な特権があるから?』
「いや、違うってば」
『騎士団の皆が特権に惹かれて立候補することくらい私だってちゃんと分かってるよ。でも専属騎士の仕事は楽じゃないし、本当に大変だと思うから……実際になってもらった時にこんな筈じゃなかったって思われるのが、私は怖いの……』
お父様は公爵家をここまで大きくした立派な人だし、人望もある。
私から見ても護られるべき素敵な人だ。
でもただの普通の女の子である私は、騎士団の皆さんに何かできたとしても、せいぜいお菓子を焼いて持っていくくらい。
誰かに命をかけて護ってもらえるような大層な人間でもないのに、いずれ専属騎士がつくなんて重荷でしかなかった。
勿論これが貴族の家のルールだから従わなければならないことは理解しているけど、初めて漏らしてしまった本音はここ最近ずっと考えていたことだった。
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