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セラが僕の隣で寝てくれたあの日、心臓がもたないと言っていた割にセラはものの数分で寝落ちしていた。
無防備に眠る姿に苦笑いを溢したものの、柔らかい髪を撫で温かい身体に身を寄せると、不思議なくらい心が安らぐ気がしていた。
でもその安らぎも、今日という日を迎えてしまえばいとも簡単に消え去ってしまう。
ついにやってきた土方さん来訪の日に、僕の瞳は鋭く細められていった。
「で?なんでそんなに可愛くしてるの?」
『あの、お父様が今日の為にドレスを買ってくださったみたいで……』
「究極なドレスの無駄遣いだね、土方さんの為に着るなんて」
『…………』
数分前まで複数の侍女達に囲まれていたセラは、目を見張るくらい綺麗になって僕の前で若干萎縮している。
元々の愛らしい顔立ちに薄化粧が施されると、憂いを帯びた長い睫毛や潤んだ唇がやけに色気を引き立たせているから、今のこの子を土方さんなんかに見せたくないと思うのは当たり前だ。
「お化粧だってする必要ないのに。折角元々可愛いんだからさ」
『可愛いくないよ……。それに私は顔立ちが幼いからお化粧をした方が大人の女性らしくなりますよって侍女の方が……』
「僕はそのままのセラの方が好きだな」
『……私、似合ってない?』
不安気に目をうるうるさせて見つめられたら、これ以上意地悪なことは言ってはいけない気にさせられる。
それに化粧を施された顔も本心では可愛いと思ってるのに、ただ土方さんの為というのが気に食わないから認めたくないだけだ。
「別に似合ってるよ。似合ってるけどね」
『でも総司は好きじゃないんだよね……』
「そういうわけじゃないけどさ」
『もう落とそうかな』
僕の言葉を鵜呑みにしたセラは、悲しそうな顔をしたままバスルームへと行こうとする。
でもこれで本当に落としたら侍女の方々から僕が叱られそうだから、歩くセラの手を取り引き留めていた。
「そんなに真に受けないで。ちゃんと可愛いから大丈夫だよ」
『でも……』
「土方さんは喜んでくれるんじゃない?」
セラは僕を見上げると、珍しく不服そうに視線を逸らす。
その真意は分からなかったけど、これ以上ご機嫌を損ねられるのは厄介だから僕も自重することに決めた。
「怒らないでよ、似合ってるって言ってるでしょ?」
『別にもういいよ、無理して褒めてくれなくても』
「無理なんかしてないよ。本当に可愛いって思ってるってば」
『散々ダメ出しされた後に、可愛いって言ってもらっても全然嬉しくない』
「別にダメ出しをしたわけじゃないんだけど、ごめんね」
ついには返事をしてくれなくなってしまったから、思わず苦笑いを溢す。
着飾った女の子相手に褒めるどころか文句を付けたんだから、腹を立てられるのは当たり前だと自分の行いを反省した。
「セラ、ごめんってば。怒らないで」
『全然怒ってないよ』
「そんなに膨れてるのに?」
『だってそれは総司が……』
そう言って僕を見て瞳を揺らしたと思ったら、また視線を逸らして喋らなくなるからよく分からない。
「本当に心配しなくて大丈夫だよ。土方さんは君を見て、絶対可愛いって思ってくれるから」
『土方さんがどう思うかとか、そんなの総司はわからないでしょ?それにそんなこと総司には聞いてないよ』
「まあ、そうかもしれないけどね」
『私はただ、総司に可愛いって思って欲しかったのに……』
小さい声でそう言うなり、頼りなさげに悲しそうな表情を見せるから、その顔を見て今更ながら心が鷲掴みにされた気がする。
「僕はいつだって君のこと、誰よりも可愛いって思ってるよ」
『それはどうも……』
「それはどうもって……。本心だからね」
『それ、何人の女の子に言ってるんだろうね』
「いや、言ってないしセラにしか言わないよ」
以前の世界で、制服を試着した時にセラと同じような会話をしたことを思い出した。
彼女の中で僕がどんな印象なのかは知らないけど、実際僕はこの子以外に興味なんてないんだけど。
『学院に行ったらさ?』
「うん?」
『総司はやっぱり色々な女の子と話すのかな……』
こんなことを聞いてくるってことは、少しくらいは妬いてくれているって捉えていいのかな。
そうだとしたら嬉しいけど、性分的に意地悪をしたくなる僕もいる。
とは言え試すことを言って以前の時のように泣かせたら可哀想だし、どうしようかとセラを見つめた。
「セラは僕が他の女の子と話すと嫌なの?」
『そういうわけじゃ……ないけど……。だって千ちゃんとかは友達だし』
「千ちゃんはね。他の子の話だよ」
『用事がある時は仕方ないのかなって思うよ……?』
「用事がない時は?」
僕を見ないまま話すセラは、先ほどから視線を彷徨わせて一生懸命言葉を選んでいる様子だ。
その初々しさが愛らしくて、ずっと見ていたい心情にさせられる。
『用事がないのに話すってことは、きっとその子と仲が良いってことだよね?』
「まあ、そうかもね」
『そうだとしたら、それはちょっと悲しいけど……』
素直にそう言ってくれたセラの言葉を聞いて、鼓動が思わず反応する。
そんなことを言われたら他の子とは未来永劫話すものかと思う僕だけど、セラは僕を見上げると控えめに言葉を続けた。
『だって総司が他の子と仲良くなってその子を好きになっちゃったら、多分……私の専属騎士なんてやめたくなっちゃうかもしれないでしょ?』
今回も、若干話が期待していた方から違う方へずれてしまった。
僕は専属騎士だからセラの傍にいるわけじゃなく、セラが好きだから死に物狂いで専属騎士の座を勝ち取ったんだけどね。
まあ、この子の記憶は眠っているから仕方ないのかもしれないけど、考え方が逆ですよって言いたい。
「そんなことで専属騎士をやめたりしないってば」
『でも私なんかじゃなく、好きな子の傍にいたいのにって思われながら護衛されるのは悲しいから……』
「いや……、そんなこと思わないよ。そもそも好きな子って誰さ。セラ以上に好きな子なんていないよ」
少しずつでもいいから、僕の真剣な気持ちが伝わって欲しい。
だから思っていることを言葉にしたけど、セラは珍しく照れることはせず、少し寂しそうな瞳で僕を見ていた。
『総司も山崎さんも、本当に専属騎士の鏡だよね』
「はい?」
『ありがとう、いつも大切にしてくれて』
セラの言葉は温かい響きを含んでいるのに、彼女の笑顔が少し泣きそうにも見えた。
だから思わず華奢な手首を掴んだけれど、土方さんと大鳥さんの来訪を知らせる声が部屋の外から聞こえてくる。
『あ……行かないと』
セラの記憶がなくなって、もう三か月。
全てを忘れてしまった君に、言えてないことが沢山ある。
僕達の以前の関係も、僕の想いも、いまだに毎日つけてくれているそのペンダントのことも。
本当は何度も、話してしまおうかと悩んだりもした。
でも僕の中の小さな意地と、もう一度僕を選んで欲しいと思う我儘な想いが、こうして今も僕を惑わせる。
君の想いを信じていたいのに、とてつもなく不安で、今だって君をここに閉じ込めておきたい気分になる。
『総司……行こう?』
僕が彼女の手を掴んだまま離さないでいると、不安そうに見上げる瞳と視線が重なる。
優しいセラは決して僕の手を振り払うことはせずに、ただ僕の言葉を待ってくれているようだった。
「セラ、まだ僕を君の専属騎士でいさせてくれるよね?」
『え……?どういうこと?』
「いきなり土方さんと婚約したりしないよねってこと」
大きく瞳を揺らしたセラは、僕を見つめたまま少し驚いても見えるような様相を浮かべている。
『うん、しないよ。それにそんな大事なこと、総司に相談もしないで決めたりしないよ』
「それなら良かったよ」
『総司、あのね……私……』
いつになく真剣な面持ちで僕を見上げたセラは、少し頬を染めて何故か精一杯の様子で僕を真っ直ぐ見つめてくる。
あまりに愛らしくて時が経つのを忘れてその顔を眺めていたけど、セラはそのまま項垂れるように「なんでもない」と言うから意味が分からない。
「お嬢様、お支度はもうお済みですか?もういらっしゃってますので、お急ぎください」
『はい……今向かいます……』
僕がセラに微笑みを向けると、セラも少しぎこちなくだけど微笑んでくれる。
僕達の絆が今も強固であることを願って、僕は彼女の横、気が乗らない一日の為に歩みを進めた。
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