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久しぶりにお会いする土方さんと大鳥さんは、あの頃と何も変わらず優しい微笑みを浮かべてくれていた。
お二人と初めて顔を合わせるお父様はとても嬉しそうにしていたけど、総司は感情の読めない笑顔でその場に立っていた。
「少し見ない間にまた綺麗になったよ。ねえ、土方君」
「ああ。ドレスもよく似合ってる」
『ありがとうございます。お二人こそ、今日もとても素敵ですよ』
私より年が離れているお二人は、物腰も柔らかく掛けてくれる言葉にすら気持ちの余裕が垣間見える。
その気遣いに照れくささは感じるものの、然程意識はしないで済むから向こうでの生活が精神的に落ち着いていられたことを思い出した。
「沖田君も久しぶりだね。今日は君にお城を案内して頂けると聞いたんだ、宜しく頼むよ」
「こちらこそ宜しくお願いします。久しぶりに大鳥さんにお会い出来て嬉しいですよ。もう一人の人には、全く会いたくなかったですけどね」
「それは俺に言ってんのか?」
「あれ?土方さん、いらっしゃったんですね。全然気が付きませんでしたよ、案外存在感が薄いんですかね」
「悪かったな、存在感が薄くて。こっちだって、てめぇに会いに来たわけじゃねぇんだよ」
「ちょっと、土方君……」
大鳥さんに制されて、土方さんは気不味そうに咳払いを一つ。
お父様は目を瞬いて、土方さんと総司のやり取りを聞いていた。
「いやあ、総司とも親しくして頂けているようで有り難いですぞ」
「近藤さん、逆ですよ逆。この人は親しくするどころか、僕のことを虐めてくるんですよ」
「誰が虐めたって?てめぇがくだらねぇいちゃもんばかりつけてくるんだろうが」
「さあ、そろそろ僕は沖田君にお城を案内して貰いたいな」
大鳥さんが空気を読んでそう提案すると、私達はそれぞれ別行動になる。
私は土方さんとテラスでゆっくりお食事を摂り、その後はそのまま城内へ。
一通りお城の案内が終わると再び広い庭園へと戻り、綺麗に整えられた芝生の上に敷かれたシートの上に腰を落とした。
「お前が元気そうで良かったよ」
『はい。記憶は相変わらずないままですけどね』
土方さんとは月に二度程、手紙で近況報告をしていた。
なので会えていなくても互いの状況はそれとなく分かり、会話に困ることはなかった。
「まあ記憶はどっちだっていいんじゃねぇか?大切なのは今だからな」
励ましてくれる土方さんの言葉は嬉しいものの、その大切な今を繰り返してきただろう私の記憶の中に、何か忘れてはいけないものがあったのではないかと最近よく考える。
勿論考えたところで分からないから、今は記憶がないことに然程悩んではいないけど、総司との関係を考えるとたまにもどかしく感じることも多かった。
「まだそれをしてるんだな」
土方さんの視線の先、それが首元のペンダントにあることに気付く。
『あ、そうなんです。なんとなくこの子はお気に入りで、あれからも毎日つけてますよ』
「誰がお前にくれた物なんだ?」
『え?……さあ、どなたでしょう……?考えたことありませんでした』
確かにどなたからの頂きものなのだろうと首を傾げたけど、そんな私の反応が意外だったのか、土方さんは呆気に取られたような表情をした後、何故か笑い始めた。
「なんだよ、やたら大切にしてるから何かあるのかと思ったが杞憂だったわけか」
『恐らく父でしょうか?名前も入っているので』
「まあ、深い意味がねぇなら良かったよ。特別な何かだったら、こいつは渡し難くなっちまうからな」
土方さんの言葉に今度は私が目を瞬くと、差し出されたのは一つの綺麗な箱。
「受け取って欲しい」と言われたそれは、高級そうだけど普段でも身に付けられるようなダイヤモンドのペンダントだった。
流麗なデザインなのに対称的に配されたラウンドダイヤモンドが愛らしさも醸し出していて、思わず溜め息が溢れてしまう程輝いていた。
『わあ、とても綺麗……可愛いけど大人っぽさもあって……デザインも幾何学的で素敵です』
「お前に似合いそうだと思ったんだよ。付けてやるから貸してくれ」
『ありがとうございます……。でも土方さんには頂いてばかりで申し訳なくて。こんなに素敵なネックレス、宜しいのですか?』
「宜しいも何も、お前に渡したくて買ったんだからそこは受け取ってくれよ」
少し可愛らしい言い方に笑ってしまうと、土方さんも笑って私の手元のジュエリーケースを取る。
そして今までつけていた四葉型のペンダントをケースに仕舞い、ダイヤモンドのペンダントを首元に付けてくれた。
「予想通りだな、似合ってるよ」
『ありがとうございます、とっても嬉しいです。大切にしますね』
土方さんは落ち着いていてとても優しい。
この人との未来を選べば、きっと私は精神的にも金銭的にも何一つ不自由なく幸せな毎日を送れるのだろうと考えた。
それは大公様という絶対的な地位は勿論のこと、土方さんは私を悲しませる言葉は決して言わない。
いつもさりげなく気遣ってくれる彼は、きっと私が欲しい言葉を分かっていて、ちゃんとそれを口に出してくれる人だからだ。
これ程の素敵な人が私を選んでくれたことがいまだに信じられないけど、今の私の心には以前まではなかった想いがある。
こんな気持ちのまま土方さんの時間だけを無意味に縛ってしまうのはあまりに心苦しいから、私は言葉を選びながらゆっくり話し始めた。
『土方さん、私土方さんのことはとても好きです。優しくて頼りになって、右も左も分からない時に私を支えて下さったこと、本当に感謝もしています。けれど私はまだ記憶も戻らなくて、今は結婚や婚約のことを考える余裕がないんです』
嘘偽りない言葉だった。
相手が土方さんだからではなく、私の心情的にまだ将来を決めることは出来なかった。
「ああ、それは分かってるよ。だからゆっくり考えて欲しいって言った筈だろ?」
『ですが土方さんとのことを考えようと思っても、お手紙のやり取りだけでは上手く将来の想像をすることも出来なくて……ただ土方さんの時間を縛ってしまっている今がとても心苦しいのです』
「それは俺にお前を諦めてくれと、そう言いたいのか?」
はっきりと確信をつく問いに、私は言葉を詰まらせる。
諦めて欲しいだなんて、そんな恐れ多いことは思っていないのに土方さんは真っ直ぐ私を見つめたままその真意を確かめようとしていた。
『そう言うわけではなくて……あの、上手く言えないのですが……土方さんに想って頂けるのは嬉しいです。でもそのお気持ちに、私はお返しが出来ていません。これから先もお返し出来るか分からないのに、土方さんに待って頂くのは申し訳ないんです』
「お前の気持ちは分かるよ。別段俺のことは嫌いじゃねぇが好きでもない、だから結婚出来なくはねぇが、したいわけでもない。だから待たれていても落ち着かないってことだよな」
『ち、違いますっ……そんな酷い言い方はしていませんよ?それに土方さんのことは本当に好きです。ただどちらかと言うと頼りになるお兄様のような存在と言えばいいのか……』
「別段それはいいよ、まあ年も離れてるから当然だと思うしな」
土方さんはやっぱり大人で、私が兄のように慕っているだけでもそれはそれで良いらしい。
然程気にした様子もなく微笑むと、静かな音色で話し始めた。
「お前はこれからデビュタントを迎える。そうすれば嫌でも色々な良家との縁談が持ち上がるし、お前には恐らく多くの家紋から声が掛かるだろう。そしてその中から将来を決めなけらばならない時が必ずくる。それはお前の意志に関わらずな」
それは数日前、お父様にも言われたことではあった。
デビュタントを迎えたら様々な貴族の方との関わりを持ち、挨拶回りや社交会に出なければならないこと。
そして私はそこで良い縁談を結べるよう、相手を選ぶのだそうだ。
その話を聞いた時はまだ総司への気持ちが曖昧で、何も尋ねることはしなかったけど。
お父様が私の結婚相手にどのような条件の人を望んでいるのか分からない上、聞く勇気もなかった。
『はい、そうですね。まだ実感は湧かないですが』
「今はそうでも、そのうちそれが当たり前になるさ。いずれお前は沢山の中から相手を選ぶことになるだろうが、その時の候補の一人に俺を入れて欲しいと思っている」
『え……?』
「つまり元々今の段階でお前から返事を貰えるとは思ってねぇってことだ。勿論直ぐにでも好きになって貰いたいところではあるが、こう会えなくちゃ現実的に無理だろうからな。だがそのうち好きだ何だっていうだけでは相手を選べなくなる時がくる。そうなった時に、消去法だろうが何だろうが俺を選んでくれたらそれで構わねぇし、その可能性が少しでもあるなら俺は待っていたいんだよ。条件的にはそこらの公爵や大公なんかより、よっぽど近藤さんの力になってやれると思うからな」
土方さんがそんなことを考えていたなんて思ってもいなかったから、唇を噛み締める。
でもこれが貴族の家の考え方であり、私自身が歩んで行くべき道なのだと、胸が苦しくなってしまった。
『土方さんのような素敵な方を、そんな消去法でなんて……恐れ多いです。それでなくても私は土方さんに釣り合っていないのに』
「お前は十分良い女だよ。それに俺はお前以外とは結婚したいと思わねぇよ。だから気にせず勝手に待たせてくれ」
『ですが土方さんは条件でお相手を選ばなくて宜しいのですか?』
「俺は煩く言ってくる親もいねぇし、幸い無理に縁談を結ばなくても家紋を守れるくらいには財政は整っているつもりだ。だから婚姻を結ぶのであれば自分が選んだ相手って、決めてるんだよ。まあ、お前が俺を受け付けない程嫌いだって言うなら、お前に不快な想いをさせちまうだろうから諦めるが」
『そのようなことを思っているわけないじゃないですか。土方さんのことは本当に好きですよ、ただそれが恋愛感情ではなくて……』
思わずはっきり言ってしまったけど、土方さんはやっぱりあまり気にしていなさそう。
むしろ少し嬉しそうに微笑むと、私の髪を優しく撫でた。
「ああ、分かってる。今はそれで十分だ。まあ、近藤さんが望む相手の中にお前が好きになる男が現れちまったら厳しいだろうが、そうでなけりゃ俺を選んでくれる可能性は十分あるだろうからな」
『お父様が望む相手……?』
「お前は公爵令嬢だから、小爵や男爵の跡取りとどうこうなることはないだろ。最低でも公爵の跡取りかそれ以上、その上まだ縁談が決まってない相手となれば山程いるわけじゃねぇだろ?」
総司は専属騎士で特級持ちであるらしいからそれなりに爵位と言われるものはあるだろう。
けれどお父様が望む相手かどうかを考えると家紋を背負っている立場ではないから、思わず握る拳に力が入った。
『でも父はそのようなことは一度も……』
「だがそれは世間一般に当たり前のことだろ。大事な一人娘を少しでも良家に嫁がせたいって思うのが親心ってもんだ。だから近藤さんにも言われてるよ、娘はまだ幼く昔から夢見がちなところがあるが、出来れば貰ってやって欲しいとな」
『え?そうだったのですか?父が申し訳ありません、私は何も存じてなくて……』
「俺は嬉しかったよ。だからその時が来て、お前が一人を選ばなければならなくなった時、俺という選択肢があることを忘れないでくれ。それまで俺はお前への求婚を取り下げるつもりはねぇよ」
『土方さん……』
「それに一緒にいられるようになれば、お前を振り向かせる為の時間が持てる。お前に好きになって貰うのはそれからで十分だ」
距離が近い上、土方さんの温かい指先が頬に触れると顔に熱が集まってくるのが分かる。
こんな綺麗な人にここまで言って貰えて無表情でいられる程、私は男性慣れをしていない気がした。
『あ、あの近いです。離れて頂けますか』
「ああ、そうだな。だがこうでもしないとお前は俺のことを意識してくれなさそうだから仕方ない話でもある。会った時くらいはいいだろ」
『良くないです、近いのは困りますっ……』
いつの間にか腰に回された手に引き寄せられていて、頬には土方さんの手が添えられている。
目の前の彼の肩を両手で押してみても全くびくともしなくて、焦りからただ再び押し返そうとすることしか出来ない。
「それで拒んでるつもりだとしたら随分と非力なんだな」
『土方さんっ……本当に離れて……』
「ああ、分かった」
漸く分かってくれたと安堵して力が抜けた時、頬に添えた彼の手に顔を上げさせられる。
近付く彼の顔に目を見開き固まってしまった時、顔の近くで何かが勢い良く風を斬った。
「何をしてるんです?」
驚いて振り返った先、座る私達の後ろには今にも土方さんを斬りつけそうな鋭い視線を向けた総司が立っている。
その手には真剣があり、その剣先は迷うことなく土方さんに向けられていた。
「この子、嫌がってるように見えましたけど」
今の総司は不機嫌を通り越して殺気立っているようにも見えた。
ここで問題を起こしては大変だから「剣はしまって?」と言ってしまえば、苛立たし気な視線に睨まれてしまった。
「別段本気だったわけじゃねぇよ、からかって遊んでただけだ。この程度で本気にならないでくれねぇか」
「そうは見えませんでしたけどね」
『総司、どうしたの?大鳥さんは?』
「これから皆で食事をしようって近藤さんが。頼まれて呼びに来ただけだけど」
『そうなんだ……、ありがとう。では、行きましょうか』
お城までの道、総司と土方さんと並んで歩かなければならないこの時間が少し辛い。
まだ言い争いをしていた方が良かったと思えるくらい、総司の方がピリピリしていて気軽に話し掛けられる様子ではなかった。
けれどダイニングに到着すると、そこには大鳥さんと近藤さんがおおらかな笑顔で私達を迎え入れてくれる。
その温かい空気に癒されて、二人に微笑みを返した私がいた。
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