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「いやあ……君みたいな男が婿に来てくれたら、俺はもう何も心配せずに済むんだがな。あの子を安心して任せられる」
その後、山崎君や山南さんに加えて平助も顔を出し、八人で夕食を囲むことになった。
お酒が進むにつれ、近藤さんはますます上機嫌で、どうやら土方さんのことをすっかり気に入ったらしい。
親の顔そのものの笑みを浮かべながら、そんな言葉まで口にしていた。
「そう言っていただけるなんて、ありがたい話ですよ」
「はは、俺も固いのは苦手でな。親しみを込めて、これからはトシと呼ばせてもらっていいか?」
「ええ、どうぞ。お好きに呼んでください」
二人のやりとりを聞きながら、胸の奥がざらついて仕方ない。
さっきのセラと土方さんの光景がどうしても頭を離れず、食事の味なんて分からなかった。
セラもまた何か考え込むように静かにしていて、その姿がさらに僕の気持ちをかき乱していく。
「そういえばな、セラから聞いたんだが……贈り物を頂いたそうだな。ありがたい。あの子にとてもよく似合っている」
近藤さんの言葉に視線を向けると、セラの首元で幾つものダイヤが煌めいていた。
あの子は記憶を失ってからも一度だって外さずにいたのに、僕が贈ったペンダントはもうそこにはなかった。
まるでその光景が、セラの心を映しているようで、耐えきれず僕は目を逸らした。
「近藤さんにそう言って貰えるのは光栄だよ」
「ああ、好きに呼んでくれ」
『本当に素敵なペンダント、ありがとうございます。とっても気に入りましたよ』
「ああ、まあ気楽につけてくれ」
「本当に良く似合ってるよ。土方君がセラちゃんの為に何時間もかけて選んだ甲斐があったね」
「何時間もなんざかけてねぇだろ」
「かけてたじゃないか。ああでもないこうでもないって煩くてね」
「それは、セラがずっと同じのをつけてたから宝石の好みが分からなかっただけだろうが。いちいちそういうことを言ってんじゃねぇよ」
土方さんはあまり表情を表に出さないだけで、恐らくセラのことはそれなりに大事にしているつもりなんだろう。
笑うセラに苦笑いをこぼしながらも、その眼差しを見れば初めて街で二人を見かけた時のことを思い出した。
思わず憧れてしまうような二人の姿は、僕に劣等感を抱かせるかのように幸せそうで完璧で。
僕がどんなに切望しても手に入らないもののように感じてしまったから、先程の苛立ちに変わり今度は胸の奥が苦しくなったような気がした。
「なあ、セラと土方さんってもう婚約してるのか?」
『ううん、してないよ』
「残念ながらセラが了承してくれるのを待ってる段階だよ。こっちはいつだって構わないんだがな」
「こんな素晴らしい青年を前にして、いったい何を迷うことがあるんだ?」
「近藤さん。セラお嬢様にもお嬢様のお考えがございます。まだ記憶も戻っておられないのですし、あまり急がれるのは得策ではないのでは」
「今日、セラにも伝えさせてもらいましたが、俺はゆっくり気長に待つつもりですよ。だから近藤さんも、そう思ってくださると助かります」
「……トシ、すまんな。恩に着る」
皆のやりとりを、遠いところから聞いているような心地だった。
耳には届いているのに、現実と正面から向き合うのが怖くなる。
僕の想いだけじゃどうにもならない、その当たり前のことを突きつけられた瞬間だった。
一度死んだ身でさえセラを好きで、ただ彼女のためだけに生きてきたつもりだったのに。
今の僕の想いは届くこともなく、誰にも気づかれないまま、目の前では別の男との縁談が当たり前のように語られている。
誰が悪いわけでも、こうなることを予想しなかったわけでもない。
でも絶対に僕がいいと言ってくれていたあの頃のセラを思い出せば、今無性にあの子に会いたくて堪らなくなる。
あの時のセラなら、きっとこんな僕ですら優しく受け止めてくれるだろうと思わずにはいられなかった。
「沖田君、あまり食事が進んでいらっしゃらないみたいですが大丈夫ですか?」
皆がそれぞれ楽しそうに会話する中、隣の席の山南さんが小声で話し掛けてくる。
少し眉を下げて微笑むその顔は、僕を労っているのだろうか。
この気持ちを見透かされているみたいで、気まずさから苦笑いを溢した。
「いえ、大丈夫ですよ。食事だって食べてますしね」
「それならいいのですが。先程からお嬢様が沖田君を気にされているみたいですので、体調が悪くなければお嬢様にもお声を掛けて差し上げてくださいね」
山南さんの言葉を聞いて、ずっと見ないようにしていたセラの方に視線を移す。
すると僕に気付いて気遣うように優しい笑みを浮かべてくれたから、僕も柔らかい笑みを返した。
それから暫く食事は続き、気付けば夜の九時。
土方さんと大鳥さんは今夜城の離宮に泊まるらしい、明日の早朝にここを発つと聞いた。
僕達は明日から学院生活が始まるから、また毎日が忙しくなる。
でも忙しい方がこの感情に向き合わなくて済むかもしれないから、まだマシなように思えた。
『総司、今日は付き合ってくれてどうもありがとう。疲れたよね、明日から学院も始まるし今夜はゆっくり休んでね』
セラは何を考えているのだろう。
僕への好意は見て取れるものの、今のような友人に近い関係ではそれがどの程度のものかも分からない。
曖昧さが残る中、彼女は僕を気遣うように見つめていて。
僕もまたただの専属騎士としての振る舞いを続けるだけだった。
「君もね。明日は土方さん達を見送るから朝早いんでしょ?僕も行くから起こして」
『ううん、大丈夫だよ。総司は寝てて?』
「別にいいよ。君一人で歩かせて何か危険があっても困るからさ」
『でもお城の敷地内だから大丈夫だよ』
「駄目だよ。ちょっとした気の緩みが命取りになるからね」
音楽会の時だって僕が学院側の言い付けを破ってでもこの子の護衛に徹していれば、今とは違う未来があったかもしれない。
あの日、セラが攫われることがなければ、記憶がなくなることも土方さんと出会うこともなかったわけだから。
『ありがとう。じゃあ朝、総司に声掛けさせて貰ってもいい?』
最初こそ遠慮してばかりだったセラも、だいぶ僕の性格を分かってきてくれたのか、こうして申し訳なさそうにしながらも甘えてくれる。
三ヶ月半という短い期間ではあったけど、今までにないくらい二人で過ごす時間を与えて貰えたから、僕は今のこの子を沢山知れたし、彼女もまた僕のことをそれなりに知ってくれたと思いたい。
「うん、勿論」
『あとね、寝る支度が終わってから少しだけ総司の部屋行ってもいい?』
記憶がなくなる前は、僕がこの子の部屋に行くことが多かった。
僕の方が任務で部屋に戻る時間が遅かったし、そんな僕をセラは待ってくれていた。
でも今は、前程気軽にこの子の部屋のドアを叩けなくなった僕の代わりに、セラが僕の部屋に来てくれる。
いつも少し遠慮がちに、でも甘えるように僕を見上げる様子がとても愛らしかった。
「今日は駄目かな、眠いし」
『……あ、そうだよね。ごめん……』
「はは、嘘だよ。そんな悲しそうな顔しないで」
『……もう、どうしてそんな意味のない嘘つくの?』
「どうしてだろうね」
それは僕の言葉で、セラがどう表情を変えてくれるのか見たいからだ。
セラからの好意を感じれられれば嬉しいし、このもどかしい気持ちも少しは晴れてくれる気がした。
そんなことを君に言ったら、私の気持ちで遊ばないでって怒られてしまいそうだけど、少しだけ許して欲しい。
こうせずにはいられないくらい、僕は君を好きなんだから。
『それで、今日は行ってもいいの?』
「当たり前じゃない。僕の部屋には許可を取らずにいつだって来ていいよ。セラが来てくれると僕も嬉しいしね」
『うん、ありがとう……』
僕を見上げるセラをただ黙って見つめていたけど、ふと視界に入った首元はいとも簡単に僕を気落ちさせるらしい。
他の男からの贈り物を身に付けている姿は見たくなくて、視線を逸らした僕がいた。
『あ……私お風呂入ってくるね。後で行くね』
「うん、後でね」
ここ最近は考えることも減ってきたというのに、今夜はどうしても記憶が消えてしまう前のあの子が恋しくなってしまう。
がっかりして欲しくないと泣いたセラをこの腕に抱きしめて以来、目の前のセラだけを見つめてきたつもりだった僕も、今夜ばかりはそうせずにはいられなかった。
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