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次の日の早朝、僕はセラと一緒に土方さんと大鳥さんを見送り、まだ少し早いけど学院に行く支度を整えた。
制服姿のセラは久しぶりだから、彼女の部屋の中、思わずまじまじ見つめてしまう僕がいる。
『どうしたの?』
「ううん、制服姿の君を見るの久しぶりだなって思ってさ」
『そっか、総司は知ってるんだもんね。私は今日が初めてみたいに思えちゃって』
「どう?学院の制服は」
『可愛いし着心地も良いから気に入ったよ』
昨日は気落ちして以前のセラばかりを思い浮かべてしまったものの、昨晩の彼女の話から土方さんへの感情は特別なものではないと分かり少し安堵した僕がいる。
勿論、最終的に選んで貰えればいい、なんて自信たっぷりなことを言っている土方さんは気に食わない以外の何ものでもないけど。
僕は僕の思いつく方法で、この子をまた振り向かせてみせると、逆に昂揚した気がした。
「よく似合ってて可愛いよ」
僕の言葉に素直に反応するセラは、今も頬を少し赤らめるから可愛らしい。
昨晩、柚子はちみつを頭から掛けられた時は正直驚いたけど、あの時の泣きそうな慌て顔はもう一度見たいと思うくらい愛らしかった。
『総司も制服とっても似合っててかっこいいよ』
照れくさそうにしながらもそう言って微笑んでくれるセラの首元には、またスフェーンのペンダントが輝いている。
その事実がこの子の心の現れのようにも感じることが出来たから、僕の口元は自然に緩んだ。
『良かった、今日の総司は元気みたいで』
「そう?いつも元気だけどね」
『昨日はちょっと元気なさそうに見えて心配してたの。体調良くないのかなって。それなのに私が飲み物を掛けちゃったから余計に心配で……』
「ははっ、あれは衝撃だったよ。狙ってかけたんじゃないのっていうくらい、上手い具合に全部僕に掛かったからさ」
『本当にごめんね。凄いべとべとだったから絶対総司を怒らせちゃっただろうなって思ったんだけど、総司が優しいから余計に申し訳なくなっちゃったんだ』
「あの程度で怒ったりしないよ。それに君に怒ったりは出来ないかな、僕は」
ドレッサーに座ったセラに近寄り、彼女の手からブラシを取る。
そっと柔らかい髪をとかしてあげると、鏡越しで僕を見たセラが嬉しそうに微笑んでくれていた。
『じゃあ総司は私が何をしても怒らないでくれるの?』
「どうだろうね。時と場合にもよるかな」
『総司に怒られたくないな』
「大丈夫だよ。いつも優しくしてるでしょ?」
髪に触れる僕の手を心地良さそうにしながら、セラは瞳を細める。
少し弄ってみたくて上の部分だけを三つ編みにして髪の裏側に持ってくると、ハーフアップに似た可愛い髪型が出来上がった。
『わあ、総司凄い。この髪型可愛い』
「似合いそうだと思ったけど、やっぱり可愛いね」
『ありがとう。でもこういうのどこで覚えてくるの?』
「ん?別に何となく弄ってみたらこうなっただけだよ」
『そう……』
「何?その顔。まさか何か疑ってる?」
『そういうわけじゃないけど』
と言いつつ、セラは鏡に映る僕をちらりと見て視線を逸らすから僕も僕で苦笑いをする。
最近こういうことが少し増えた気がするけど、何を感じているのか全て正直に話してくれたらいいのに。
「セラ、学院では絶対に一人になったら駄目だからね。その約束だけは守って」
本当は行かせたくはない。
一度目も二度目も、この子の身が危険に犯されたのは学院での出来事が絡んでいるからだ。
髪を撫でながら鏡越しのセラに真剣に伝えると、僕の方を振り返った彼女は「分かった」と言って微笑んでくれる。
『私、本当に皆に記憶ないこと言わなくて大丈夫かな?』
数日前、僕と伊庭君、平助で話し合ったのはこの子の記憶がないことを、周りの生徒や先生方に話すか否かだった。
怪我が治って以降、一人で学院に通っていた伊庭君が言うには、やはりセラが攫われた件は学院を相当騒つかせていたらしい。
また言われのない噂を立てられる可能性がある中で、記憶がないことまで公表すれば、かえってセラが傷つく事態になるかもしれないと危惧して、余計なことは言わない方が良いだろうという結論に至った。
「いつも一緒にいた千ちゃんや、はじめ君が分かっていれば然程支障ないから大丈夫だよ。僕達は常に君の傍にいるし、何かあれば僕達で対処するから心配しないで」
『でもそれだと総司達に負担掛けちゃうから申し訳ないよ』
「そんなこと気にする必要ないよ。そもそも君の護衛をする為に一緒に通ってるわけだしね」
『え?そうだったの?』
「勿論騎士として教養を身につけることは大切だから、近藤さんがご厚意で僕達の学費を援助してくれたんだけど、僕としてはあくまでも君の護衛が主要かな」
学院に通うようになった経緯を知らない今のセラは、驚いたような、そして申し訳なく思っているだろう顔付きで黙り込む。
そんな彼女の頬を撫でると、目の前の肩は揺れて少し揺らいだ瞳が僕を見上げていた。
「この前は君を護ることが出来なかったけど、次からはちゃんと護るよ」
『……ありがとう、いつも気にかけてくれて』
いまだにこの前の犯罪組織が何の目的でセラを攫ったのかはわからないままだ。
以前の世界でのように直ぐに命を奪わなかったことを考えると、あの中庭での件とは違う思惑が働いているような気もして気が抜けない。
頬を撫でながら真剣にこの子の安否について考えていると、セラが少し気まずそうに僕を眺めていた。
『いつまでこうしてるの?』
ああ、ずっと触ってたのかと今気付いた。
でも親指の腹で撫でた白い頬はきめ細やかで柔らかくて、いくらでも触っていられる。
思わず直ぐ横にある唇を撫でると、セラは目を見開くなりそれをきゅっと引き締めた。
「柔らかいね」
『ん……や……』
ふにふに弄り倒してみたら、セラはそのうち勢いよく顔を横に背けて、愛らしい顔で僕を睨み上げてきた。
『もう、やめて』
「ごめんごめん、気持ち良かったからついね」
『自分のを触ればいいでしょ?』
「僕のはそんなに柔らかくないよ」
『そうなの?』
「多分ね。試してみる?」
まだ朝の七時前だけど、時間に余裕はあるしセラの可愛い慌て顔が見たいからそう告げた。
再度頬に手を添えて親指で唇を撫でると、再び小さな唇は結ばれる。
瞳を揺らす可愛い表情に誘われて、引き寄せられるように顔を近づけた僕がいた。
『だ、だめっ……』
あと少しで触れられる唇の体温を待ち侘びていたけど、僕の唇を隠すようにセラの指先があてがわれる。
シロツメクサを渡した日は拒む様子もなかったのに、今日のセラは僕の接触を許してくれないらしい。
この数日で何が変わったのかは分からないけど、何でもかんでも簡単に受け入れてしまう子でも困るし、僕も素直に身体を離した。
「偉いね、上手に拒めたじゃない」
『……な、なにそれ。もしかして試してたの?私で遊ぶのはやめて』
「また土方さんにされそうになったら、今みたいにちゃんと拒否しなよ」
『これだと総司だって土方さんとしてること変わらないよ』
「僕はあの人みたいに強引じゃないよ」
『でも……総司の方が土方さんより酷いと思う』
「え?なんでさ」
思わず聞き返したけど、セラはドレッサーの椅子から立ち上がると、何も言わないまま鞄にポーチなどを仕舞い始める。
僕が話しかけても膨れ顔でぷいっと顔を背ける態度は、以前の彼女のままだったから思わず笑ってしまった。
『なんで笑ってるの?私、怒ってるんだからね』
「じゃあなんでそんなに怒ってるの?」
『それは総司が自分で考えて』
「分からないから聞いてるんじゃない」
『だったらもうずっと分からないままでいいんじゃない?とにかく私は教えてあげない』
怒り方まで記憶がなくなる前と同じだし、可愛い声で怒られても全然怖くはなかったけど、セラとはなるべく笑い合っていたいと思う。
ご機嫌取りに彼女の手から鞄を取り上げると、セラは目を瞬かせて僕を見た。
「初日だから重いでしょ。僕が持ってあげる」
学年が変わったこともあり、新しい教科書やノートで鞄はかなり重い筈。
少しでもこの子の役に立てるなら嬉しいから、そう提案して微笑みを向けた。
『大丈夫だよ?総司だって自分の鞄があるから、私のは自分で持たせて』
「僕はこの程度重くないから気にしないでいいよ。重いの持って、また転んじゃったりしたら大変でしょ?」
『昨日のはスリッパが脱げて引っ掛かっちゃっただけだよ、今日からはもう大丈夫だから』
「いいから僕に任せなよ。ほら、行こうか」
そっとセラの背中を押すと、少し迷った様子でいながらも僕を見上げて頷いてくれる。
ようやく笑ってくれたから、大好きな笑顔が見れて今日も良い一日になりそうだ。
『総司、ありがとう』
「このくらいお安いご用ですよ、お嬢様」
『もし総司が骨折とかしたら、その時は私が持つからね』
「やめてくれる?骨折する前提で話すの」
『ふふ、例えばの話だよ。あとは総司の体調が悪い時とか?』
「体調が悪い時は学院に行きたくないんだけどね。欠席するから君が看病してよ」
『いいよ。その時は総司が元気になるまで私が傍で看病してあげる』
この子がずっと傍にいてくれるなら、今直ぐにでも風邪を引きたい気分になる。
他愛ない話をするこの時間が大切で、微笑むセラの横、学院に復学する実感もあまり湧かないまま歩いて行く僕だった。
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