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学院復学の日がやってきた。
記憶のない私にとって入学式のような感覚だったけど、一言でいうと緊張する。
記憶がないから心もとなくて、敷地の広い学院の佇まいを目の前に、思わず足がすくんでしまった。


「セラ、僕達がいるので大丈夫ですよ」


学院を見上げて不安な気持ちを抱いていると、伊庭君が優しく話し掛けてくれる。


「緊張はするかもしれませんが、困ったことがあれば何でも聞いてください」

『伊庭君、ありがとう。頼りにしてるね』

「ええ。また君と一緒に通うことが出来てとても嬉しいです。沢山良い思い出を作りましょうね」


この休暇中、総司は勿論平助君や伊庭君とも食事を一緒にしたり雑談をしたりしていたから、だいぶ打ち解けられたと思う。
一度城に来てくれた千ちゃんとはじめもいるだろうから、きっと大丈夫だと自分を励ました。


『私も皆と通えるから嬉しいよ。楽しいこと沢山あるといいな』

「そうだね。まあ僕達がいるから楽しいでしょ」

「ははっ、違ぇねえ!」


総司と平助君も懐かしむように校舎を眺めながら柔らかい微笑みを浮かべている。
四人で話しながら校舎に入ると、私達を見た生徒達が所々で騒めき始めた。


「あの噂本当だったんだ?でも、どうやって助かったの?」

「あの子だよね、音楽会で誘拐された子」

「よりによって今日から復学なの?タイミング悪いんだけど……」


聞きたくはないのに、様々な声が私の耳に入ってくる。
事件についてのことや、復学を驚く声。
そしてなぜが復学の時期について話している人も多く、私達は顔を見合わせて苦笑いしていた。


『なんかごめんね。皆に見られることになっちゃって……』

「別に気にしてないよ。野次馬には好きに言わせておけばいいんじゃない」

「そーそー。俺達が復学したって、内心じゃどうでもいいって思ってるだろうし、ただ色々言いたいだけだろ」

「ですか、思えば確かにもうすぐなんですよね」

『もうすぐ?』


伊庭君の言葉に私が小首を傾げていると、入ろうとしていた教室から一人の男子生徒が出てくる。
そして私を見て何故か顔を青くすると、いきなり深々と頭を下げて声を掛けて下さった。


「セラお嬢様、おはようございます。無事ご生還されたとのこと、心より喜ばしく思っております……!」

『あ、ありがとうございます……?』

「今後とも宜しくお願い致します、では失礼致します」


そそくさと去っていくその人は、明らかに何かに怯えているように見える。
違和感を覚えて彼の後ろ姿を眺めながら眉を顰めていると、三人が小さく笑い始めた。


「あの大公子、まだビビってんのかよ」

「沖田君がいない時は、もっと態度が大きかったんですけどね」

「じゃあ今日からはまた本領発揮出来なくなっちゃうね。可哀想に」

『今の方は?』

「ああ、あれは無視しておいていいよ。関わる必要がない相手だから」


クラスメイトなのにそれで良いのか不思議に思いながらも、総司の言葉に一度頷く。
教室へと入ると、千ちゃんとはじめが嬉しそうに私達のところへ足を運んでくれた。


「セラちゃん、待ってたわ」


千ちゃんにぎゅっと抱きしめられて、嬉しさから私も抱きしめ返す。
休暇中、二回程遊びに来てくれた二人とも、今ではだいぶ気兼ねなく話せるようになった。
はじめの硬派で優しいところや、千ちゃんの可愛いくて人懐っこいところが好きだったりする。


『二人ともおはよう。今日からまた宜しくね』

「ああ、こちらこそ宜しく頼む」

「勿論宜しくね!良かったわ、私いつも伊庭君と斎藤君と三人だったから寂しくて。やっぱり女の子がいないとつまらないもの」

『ふふ、今日から沢山話そうね。学院でのこと色々教えて』


記憶がなくなる前はらこの顔ぶれでよく一緒にいたらしい。
その他にも事件のことや身体のことを心配して、声を掛けてくれる優しいクラスメイトもいた。
これからまた名前は覚え直す必要があるものの、クラスの中も居心地は悪くなく、胸を撫で下ろした私がいた。


そして午前中、今日は学院の運動場を貸し切って剣術の大会が開かれる予定らしく、私はよく分からないまま観覧席へと歩いて行くことになった。
クラス毎に座って大会を観戦するため、千ちゃんと総司に挟まれのんびりと腰を掛けていると、伊庭君が総司に大会用の戦着を手渡していた。


「言い忘れていましたが、今日の剣術大会は沖田君の分もエントリーしていますからね」

「え?そうなの?」

「なんだよ、伊庭君。総司に言い忘れてたの?」

「すみません、最近バタバタしていて今思い出しました。なので自分の番が来る少し前までには、着替えて下に降りて下さい」

「嫌だよ。セラの護衛が出来なくなっちゃうじゃない」

「護衛は大丈夫ですよ、僕と平助君、斎藤君もいますし四人同時に下に降りることは流石にないと思います」

「えー。でもいいや、学院の剣術大会には興味ないし。どうせ最後は君達とやり合うことになりそうだしね」

「そうですか。じゃあ沖田君は欠場ということで宜しいんですね」

「……なんか皆してちょっと嬉しそうな顔してない?」


伊庭君を始め、平助君やはじめまで含みのある笑みを浮かべているから、総司同様不思議に思う。
そんな時、隣に座る千ちゃんが、私の耳元でこっそり話しかけてきた。


「セラちゃん、来月学院で星祷祭があるじゃない?」

『そう言えば、伊庭君が前に星祷祭のことを話してたかも。でもまだよく分かってなくて』

「学院での舞踏会みたいなものらしいわ。デビュタントを迎えてない人にとっては、夜会デビューの良い練習になるみたいなの」

『凄いね、学院の中でそんな大規模なことが出来るなんて』

「まあ私達の寄付金のお陰って言っても過言じゃないけどね。それでね、一人で参加も出来るけど、やっぱりちょっと寂しいでしょう?だから多くの人は事前にエスコートしてくれる相手を決めて出るみたいなの」


千ちゃんの話では、殆どの学生が異性のパートナーを決めて星祷祭に参加するらしい。
男性は学院から配られる名前入りのカードを気になる相手に差し出し、女性が受け取った上でそのカードに自分の名前を記入して学院に提出すれば、パートナー成立となる。
ただし、女性はその場で「受け取りません」とは言えない決まりで、一度は必ず受け取るのが礼儀とされているそうだ。
後で学院へ返却すれば、カードは再度その男性に戻される仕組みになっているという。


『それって、男性側は大変そうだね?中々お相手が決まらなかったら、何回もカードが返却されてしまうわけでしょ?』

「そうよ。だから皆自分を選んでくれそうな相手を確実に選ぶのよ。でも男性側は敢えて一人で参加して、当日の雰囲気で舞踏会の相手を選ぶ人も多くいるみたい。元々男子生徒の方が多いから、男の子同士でパーティーを楽しむ人も珍しくはないって聞いたわ。問題は女性側よ」


千ちゃんは今まで以上に私に顔を近付けてくると、更に小声で話し始めた。


「私達、学院でも爵位は高いほうじゃない?」


大公女である千ちゃんの他に、大公子様が一人。
さらにその上には、王家の双子である王太子殿下と王女殿下が在学されていると聞いている。
私のように公爵家に生まれた者は、同じ学年に二、三人いれば多い方で、それ以外は侯爵家や伯爵家、子爵家、男爵家のご令息やご令嬢が中心だった。
また、古くから家柄や家紋に由緒のある騎士の家の子達も多く通っている。

だから千ちゃんが言うように、爵位の話題になると、どうしても私達は位の高い側に見られてしまうのだと思う。
別に爵位なんて意識したことはなかったけど、周囲からそう受け止められてしまうのは避けられないのかもしれない。


「パートナーを選ぶのに、爵位を気にされる方も多いみたいで少し心配なの」

『学院の催しものだから、そこまで位は気にしなくても大丈夫じゃないのかな?』

「本来はそうらしいけど、やっぱり男性からしたら自分より爵位が高い相手なんて嫌なんじゃないかしら」


考えたこともなかったけど、確かにそう言われてみればそうなのかもしれない。
婚約の話が出る時も、多くの場合は男性の方が爵位も立場も上で描かれている気がする。
少なくとも、私が読んできた物語の中ではそうだった。


『どうなんだろう。そうだとしたらお相手選びも難しくなっちゃうよね?』

「でしょ?ちなみにセラちゃんは、騎士の誰かと行く予定?それとも斎藤君?」

『どうかな……、誰にも誘ってもらってないから分からないよ』

「え?そうなの?てっきり皆からお誘いがあったのかと思ったわ」

『全然だよ』

「あのね、もし行く人が決まったら、セラちゃんのパートナーじゃない騎士の人、一人私に貸して頂けないかなって思って。勿論その人にも了承を貰ってからだけど、私的には騎士の人の方が変に爵位の差を意識しないで済むから楽なのよ」

『うん、勿論。それは千ちゃんが直接話して自由に決めて貰って構わないよ』


と言いながらも、総司は誰を誘うつもりなのか気になってしまう私がいる。
そもそも誰からも誘われなかったらどうしようと、少しばかり心配に思う私がいた。


「あ、ちなみに沖田君は大丈夫だから」

『え?大丈夫って?』

「遠慮させて頂くってことよ」

『どうして?』

「だって沖田君、セラちゃんのことお手洗いの前まで護衛するような人なのよ?私と踊っててもずっとセラちゃんの周りを警戒してそうじゃない、そんなの嫌よ」


千ちゃんの言葉に目を瞬いてしまったけど、彼女が凄く嫌そうな顔でそんなことを言うから思わず吹き出して笑ってしまった。


『あはは、千ちゃん凄く嫌そう』

「正直あの時は少し……だいぶ引いたわ。入学して割と直ぐだったかしら。本当は中に入って見届けたいくらいなのに、とか真面目な顔で言ってたわよ」

『え……?それはちょっと……』

「でしょ?」


千ちゃんと小声でくすくす笑い合っていると、総司が「楽しそうだね」と笑顔で話し掛けてくる。
思わず二人して口を噤んだけれど、総司はどこかから戻ってきたところみたい。
いつの間にか先程伊庭君から手渡されていた大会用の戦着に着替えていた。


『あれ?総司も出ることにしたの?』

「うん。出ないといけない理由ができちゃったから、参加するよ。もう少ししたら一回戦始まるからちゃんと応援しててよ」

『うん、応援してる。頑張ってきてね』

「ありがとう。平助と斎藤君がいるから、二人の側から離れないようにね」

『ありがとう、ちゃんと見てるから勝ってね?』

「勿論」


総司はにっこり微笑み私の頭にぽんと手を置くと、そのまま席から離れて行く。
その後ろ姿を見送っていると、再び千ちゃんが話し掛けてきた。


「セラちゃんと沖田君ってどういう関係なの?」

『え?別に……普通の友達みたいな感じだよ?』

「ええ?そうなの?絶対何かあるのかと思ってたわ」

『ないよ。仲は良いかもしれないけど、それだけだよ』

「そうなのね。まあ、私達はそのうち親の決めた相手と結婚しなければならないしね」


やっぱりそういうものなのかなと心に影が落ちたけど、今の時代、必ずしもそうとは限らないこともある。
位の高い男性が侍女を娶ったり、皇女様が一般の男性と恋に落ちて結ばれたりする話もあるのだ。
もっとも、それは私が読んできた物語の中での出来事に過ぎないけど……。


「でも知ってる?沖田君って、女の子達から凄く人気があるのよ」

『え……そうなの?』

「特に子爵や男爵のご令嬢の中には、彼と親しくなりたいと思っている子が多いみたい。騎士といっても特級の免許を持っていて、公爵家に仕えているでしょう?だから公爵家との縁も期待できるし、それにあの容姿。色んな意味で理想的なお相手だって噂されているのよ」


千ちゃんの言葉を聞いて、胸の奥が少しざわついた。
思い返せば、私達の復学を祝って声を掛けてくれたご令嬢方も、皆子爵や男爵家の方々だった。
もし総司が、あの子たちの誰かを好きになってしまったら……。
そんなことを考えてしまったら、試合を待機している総司を目で追いながら、ただ胸の奥が痛むのを堪えることしか出来なかった。

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