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僕が大会への参加を決めたのは、他でもない星祷祭のためだった。
優勝すれば、パートナーを指名できる特権が与えられる、そんな話を耳にしてしまったからだ。
元々、男性が女性をエスコートして参加するものだというのは平助から聞いて知っていたけど、この権利を誰かに取られたらセラを指名出来なくなるかもしれない。
そう思った瞬間、出場するしか道は残されていなかった。
とはいえ、学院の大会なんて騎士団の試合に比べれば随分と温い。
最後まで残ったのは顔見知りばかりで、むしろ僕が勝たせたくない相手ばかりだったから、準決勝も決勝も久しぶりに熱が入った。
「勝者、沖田総司!」
最後ははじめ君との一騎打ち。
危うい場面もあったけど、どうにか勝ち切った。
これで学院から渡される僕の招待カードは、ただのカードじゃなく、パートナーを指名できる特別なものになる。
「くっ、無念……。あんたはやはり強いな」
「さすがにここでは負けられなくてね。本気でやらせてもらったよ」
「一応聞くが、総司は誰を指名するつもりなのだ?」
「聞く必要ある?セラに決まってるじゃない」
沈んだ顔を見せたはじめ君に悪いとは思いながらも、この権利を譲るつもりなんて最初からなかった。
星祷祭の一晩限りとはいえ、セラを他の誰かに渡すなんて、到底許せるはずがない。
『優勝おめでとう、総司』
「ありがとう。ちゃんと見ててくれた?」
『ずっと見てたよ。最後の試合なんて特に凄かった。総司って強いね』
セラのところへ戻ると、ぱちぱちと小さな手で拍手して迎えてくれる。
柔らかな笑顔を見ながら、この子がまだ優勝者の特権を知らないことに胸の内でほほ笑む。
学院はあえて男性側だけにその条件を知らせ、出場者を集めていた。だからセラは何も知らないままでいい。
彼女が受け取るカードは僕のもの一枚で十分だ。
今はまだ秘密のままにして、差し伸べられた拍手に礼を返した。
でも予想外のことが起きたのは、その日のお昼頃からだった。
「沖田君、宜しければ私と中庭でお昼を食べませんか?」
セラの横、お昼を食べようとお弁当を広げようとすると、見たことがあるような、ないような。
名前も知らないご令嬢に、唐突に声をかけられた。
平助や千ちゃんは僕を見てにやにやしているし、伊庭君やはじめ君は行ってこいと言わんばかりの顔で僕を見ている。
「えっと……どうして僕?」
「沖田君とお話ししてみたいなって思っていたんです。今日復学されたって聞いて、嬉しくて」
これは面倒なことになったと心中でため息を吐き出すものの、断る以外の選択肢はないからはっきりと告げることにした。
「それはどうも。でも僕は護衛中なのでここを離れるのは厳しいかな。ごめんね」
「でも沖田君の他にも護衛の方々はいらっしゃいますよね?」
「そうだぜ、総司。気にしないで行ってこいよ」
「そうですよ。たまには中庭でどうぞゆっくり食べてきて下さい」
「ああ、護衛であれば俺達に任せてくれればいい」
「ふふ。沖田君ってば人気者ね。存分に楽しんできて」
「…………」
四人の悪ノリした様子に瞳を細めたものの、ふとセラと目が合えば、彼女の瞳は揺れてそれは直ぐに逸らされる。
口元は少し微笑んで見せているものの、伏し目がちで儚げな表情が少し悲しそうにも見えて、なんだか無性にこの子に触れたくなってしまった。
「あ、そうだ。セラにこれあげるよ」
思わず取り出したのは、城から持ってきたいちごミルクのキャンディーだった。
小さな手に握らせ、その上から自分の手を重ねる。
驚いたようにぱちりと目を開き、真っすぐ僕を見上げてくるその仕草があまりにも愛らしくて、僕の方が心臓を締めつけられる。
「好きでしょ?いちごミルク味」
『ありがとう……。でも、あの……』
「……沖田君?中庭でお昼は?」
「あれ?まだいたんだ。さっきも言ったけど僕はここで食べるから中庭には行かないよ」
一瞬忘れかけていたけど、まだいたらしい。
彼女は再び告げた僕の言葉を聞くと、ぴくりと顔を歪ませ、その後は作られたような笑顔で僕に言った
「……そうですか。分かりました。お忙しい中、大変失礼致しました」
彼女の最後の言い方には棘があったけど、ようやくこの場から離れてくれる。
取り敢えず面倒ごとが終わったとため息を吐き出すと、周りの連中が蔑むような眼差しで僕を見ていた。
「前々から思っていたが、あんたは配慮に欠けているな」
「なんであのタイミングでセラに話しかけてんだよ。あの子、めっちゃセラのこと睨んでたぜ」
「そうですよ。沖田君が失礼な断り方をすればセラが他のご令嬢から嫌われてしまう可能性もあるんですよ」
「そんなこと言ったって、行きたくなかったんだから仕方ないじゃない。そもそも一度断ったのにしつこく聞いてくるあの子や、面白がって余計なことを言う君達も良くないと思うけど。僕はそんなくだらない理由でこの子から目を離したりしないよ」
「沖田君って本当にセラちゃん最優先なのね」
「当たり前でしょ、僕はこの子の専属騎士なんだから」
四人は苦笑いをして僕を見ていたけど、セラはぎこちなく微笑むと「無理しないで大丈夫だからね」なんて言ってくる。
「無理なんてしてないよ。それよりほら、お昼食べなよ」
僕がセラのランチボックスを代わりに開いてあげると、セラは柔らかく微笑み頷くけど、その顔はやっぱり頼りなく見えてしまう。
余計なことは二度とごめんだと思いながら、僕もお昼を広げ食べることにした。
そして昼食後、セラとはじめ君と並んで歩いていると、また知らない女の子が僕のところにやってくる。
廊下の途中で行く手を阻まれ、思わず立ち止まるしかなくなった。
「沖田くん、今日の試合お疲れ様でした。優勝おめでとうございます。とても素晴らしい試合で感動してしまいました」
「あ、うん。それはどうも」
「それで良かったら放課後、一緒にお茶でもいかがですか?私のお家で……」
「あ、はじめ君。待ってよ、その子をどこに連れていくのさ」
僕が立ち往生しているのをいいことに、はじめ君はセラの背に手を添え廊下をどんどん歩いて行ってしまう。
あの子は僕のことを気にして後ろを振り返ってくれているというのに、はじめ君はそんなことお構いなしだ。
「こちらのことは気にするな、ゆっくり話してくるといい」
「いや、気にするから」
「沖田君、それで放課後は……」
「放課後は忙しいから無理かな、ごめんね」
早口でそう告げて、何か言いかけた女の子を追い越してはじめ君とセラを追う。
するとまた違う女の子が現れて、なんでいきなりこんなことになったのかと眉を潜める。
「沖田君、こんにちは。今日の大会でのご活躍、とても素晴らしかったですわ」
本当に勘弁して欲しい、もう三人目なんですけど。
試合で優勝したからだか何だか知らないけど、セラと一緒に過ごせる折角の時間を食い潰さないで貰いたいというのが本音だった。
目の前の女の子にも適当に断りを入れて、だいぶ先に行ってしまったはじめ君とセラを追いかける。
ようやく追いつきセラの手を掴むと、彼女は僕を見上げてその瞳を揺らした。
「待ってってば。置いていかないでくれる?」
「あんたは忙しそうだから気を利かせたまでだ。セラの護衛は俺がする故、たまにはあんたも他の令嬢と遊んできたらどうだ?」
「遊びたくないから。興味もないんだけど」
「だが先程の子爵令嬢はあんたにお似合いだと思うが。星祷祭では是非彼女をエスコートしてやると良い」
「ねえ、はじめ君。君はさっきから僕に喧嘩を売ってるのかな」
『総司、いつも気にかけてくれてありがとう。でも私のことは気にしないで好きにしてもらって大丈夫だよ』
はじめ君が余計なことを言うから、セラが僕を気遣うようにそんなことを言ってくる。
それはそれで面白くないし、この子には「行かないで」くらいのことは言って欲しいものだけど。
「だ、そうだ。人気者は忙しいな」
「はじめ君こそ、よく女の子達に騒がれてるじゃない。僕がいる時は無理してセラの側にいてくれなくていいよ、委員の仕事とかもあって大変でしょ?」
「俺は常に優先順位をつけて行動している故、無理をしたことなど一度もない」
「そんなの僕だって……」
そう言い掛けた時、後ろからぽんぽんと肩を叩かれる。
すると今度は女の子三人組が、僕を上目で見上げて微笑んでいた。
「沖田さん、今少しお話し宜しいですか?」
「……それって今じゃないと駄目かな」
「私達、調理実習でクッキーを作ったんです。沖田さんに食べて頂けたらと思って」
好きでもない子からの手作りなんて欲しくもない。
だから差し出されたクッキーの袋三つを見下ろしたまま手を出さずにいると、はじめ君がセラを連れて行こうとする。
思わず引き止めようとすると三人のうちの一人がセラの元に走り寄り、ご機嫌取りをするかのように彼女のクッキーを差し出した。
「セラさんもどうぞ。良かったら召し上がって下さい」
『え、でも宜しいのですか?』
「ええ、沖田さんの雇い主の方とは私も仲良くしたくて。これからも宜しくお願いします」
『こちらこそ宜しくお願いします。クッキーもありがとう、頂きますね』
……雇い主、ね。言い方は癪に障るけど、セラが礼儀正しく受け取ってしまったものは仕方ない。
一人だけ先を越したせいで、残りの二人は悔しそうにまだ僕へ袋を突き出している。
面倒だからお礼だけ言って受け取り、セラが抱えていたクッキーもすぐ手から取った。
「はい、これも僕のでしょ」
「わあ、ありがとうございます」
何が入ってるか分からないものを、この子に口にさせられるわけがない。そう思って取り上げただけなのに、その令嬢は勘違いしたらしく、頬を赤らめて目を輝かせている。
恐らく三人とも今年入ったばかりの後輩だろう。
きゃあきゃあと嬉しそうに騒ぎながら、そのまま去って行った。
『私のクッキー……』
「これは元々僕が貰ったものだよ。君は食べたら駄目」
セラは僕の言葉を聞いて悲しそうに唇を結んだ。
そんなに食べたいなら自分でも作れるだろうし、お城にだって美味しいお菓子は沢山あるのに。
代わりにまたいちごミルクのキャンディーを出してみたけど、セラはふいと顔を背けて「いらない」と呟いた。
「あんたは復学早々楽しそうだな」
「どこが?全然楽しくないんだけど」
「嬉しそうな顔でクッキーを受け取っていたように見えたが?」
「はじめ君の目、腐ってるんじゃないの?もういいから、早く教室戻ろうよ」
このまま適当に歩いていたら、また面倒なことになり兼ねない。
セラもクッキーを取り上げられて少し膨れてしまったし、予想外の一日目に小さなため息を溢してしまう僕がいた。
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