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放課後。
伊庭君と平助の選択科目実習が終わるのを待つことになった僕は、セラを連れて学院のカフェテリアへ出向くことにした。
店内の端にある席を取りクレープを買ってくると、セラは嬉しそうにそれを受け取った。
『ありがとう、これ何味なの?』
「ロイヤルミルクティー焼き林檎だよ。僕のはオランジェットっていう味にしてみたんだけど、どっちがいい?」
『焼き林檎がいいな。ロイヤルミルクティーのクレープなんて初めてで楽しみ。いただきます』
ここのクレープは学院内でも好評で、季節毎に色々なテイストのクレープが発売される。
以前からセラが好んでよく食べていたから、クッキーのお詫びも兼ねて来てみたけど、一口食べると僕を見て目を見開いていた。
『わあ……なあにこれ、凄い美味しい!』
「はは、良かったね」
『アップルティーみたいだけど香ばしさもあって、でも生クリームが甘くて……美味し過ぎる』
クレープしか見てくれなくなっちゃったけど、気に入って貰えたなら良かったと僕の口元も弧を描く。
僕の方のクレープも美味しかったから、ここにはこれからも頻繁に来ることになりそうだ。
『総司のはどんな味なの?』
「柑橘系かな、あとチョコレートの味もするよ。食べてみる?」
『いいの?食べてみたいな。私のも食べてみて』
交換しようとしてクレープを差し出す彼女の手から直接クレープを一口貰うと、セラはくすりと笑っていた。
「あ、美味しい。少しアップルパイにも似てるね」
『うん、あと甘さがしつこくなくて美味しいよね』
「こっちもどうぞ」
口元に持っていくと、クレープを見つめた後、僕を見上げて少し照れ臭そうにしながらそれを口に含む。
そのいつもの彼女の様子を見ながら幸せだと思う今が、僕にとって一番の大切な時間だ。
『ふふ、こっちも美味しい』
「良かったよ、君が喜んでくれて」
今日は知らない子達に声を掛けられたせいで、あまりゆっくりセラと話す時間が持てなかった。
その時間を埋めるようにセラを眺めていたから、正直クレープの味なんてさほど頭に入ってこなかった。
「今日さ、帰ったら公務で外に出掛けないといけないんだ。多分帰りが遅くなると思うから、先寝てていいからね」
外の公務がある日は、大体任務先で適当に食事を済ませるようだし、城に戻る時間も遅くなる。
休暇中は常に夕食は同じだったし、寝る前はどちらかの部屋で過ごしていた僕達だったけど、今夜はそれが出来そうにないから告げた言葉だった。
『帰ってから外の公務があるなんて大変だね、身体無理しないでね?』
「ありがと。でも夜の任務は入っても月に二、三回程度だから大丈夫だよ」
『でも学院帰りは大変だと思うよ。今日出た課題、私が総司の分も調べておくね』
「ああ、あの国の歴史を調べるやつ?」
それぞれに出された国の歴史を調べる宿題は、時間がかかりそうな上明日提出だったから、外の任務と重なったことにうんざりしていた。
だからセラからの申し出は有り難かったけど、それを頼むのは可哀想に思えて僕は思わず首を横に振った。
「いいよ、君も今日が初日で疲れてるでしょ。あんなの適当にやるから平気だよ」
『大丈夫だから任せて』
「いいってば」
『いつも色々助けて貰ってるから、私も少しくらいは総司の役に立ちたいの。だからたまには頼って欲しいな』
愛らしい物言いに思わず頬が緩み、僕よりずっと小さいこの子に甘えたくなるから不思議だ。
「ありがとう」と言うと嬉しそうに笑ってくれるから、またこの子を好きになる。
それはこれから先、何度繰り返しても尽きない僕の大事な想いだ。
「じゃあお願いしようかな、でも無理はしないで」
『無理はしないから大丈夫だよ。あと夜、総司のこと待っててもいい?』
「でも遅くなるかもしれないよ」
『うん、いいの。おやすみだけ言いたいなって思って』
その為だけに待っていてくれようとする彼女の気持ちが嬉しくて、そっと彼女の髪に手を伸ばした。
今日は僕の手によって顔周りの髪は綺麗に編み込まれているから、ただ毛先を手に取って指先であそぶ。
そしてそんな僕をセラも嬉しそうに見上げていて、ここがどこかもわからなくなる程、ただ目の前のセラだけを見つめていた。
「じゃあ待ってて、なるべく早く帰ってくるよ」
今日はもう、殆どこの子といられる時間は残っていない。
だからこそ今の時間が貴重だし、この時間が持てて良かったと思っていた。
それなのに、僕達の方に誰かがやって来たらしい。
「相席宜しいですか?」なんて言ってくるから、思わず眉を顰めて断ろうとした時だった。
『あ、どうぞ』
セラが間髪入れずにそう答えてしまうから、四人席のテーブルに知らない女の子二人がお礼を言いながら腰掛けてくる。
いくら混んでいるからって空気を読んで欲しいところだけど、迷わず承諾してしまうセラの人の良さにも心中でため息を吐き出した。
そして一番不快だったのは、彼女達が僕を見て瞳をきらきらさせていること。
相席は偶然ではないことは勘付いていたし、嫌な予感しかせずにそっぽを向いたものの、そんな僕の態度は彼女達には伝わらなかったらしい。
二人して僕達に話し掛けてくるから、彼女達同様僕とセラも名を名乗り、自己紹介をする羽目になった。
「私、沖田君とお話してみたかったんです。今日の試合、とっても強くて感動しました。普段から日々鍛錬に励まれていらっしゃるのですね」
「公爵家の騎士様って普段は何していらっしゃるんですか?普段から討伐に出掛けたり公務などもお忙しそうですよね」
そうだよ、休暇が終わった今日からは忙しい日々にまた戻る。
忙しいからこそ今の貴重な時間を邪魔されたくないのに、忙しいことを分かっていて話し掛けてくるこの子達の神経が分からなかった。
返事をするのも怠くて聞こえないふりをしていると、セラが困った様相で僕に声を掛けてきた。
『総司、聞いてる?お二人とも総司に質問して下さってるんだよ?』
そもそもセラの方がこの子達より爵位は上なのに、僕にだけ話を振ってくるところも気に食わない。
でも食べるのが早くはないセラはまだクレープを手に持っているし、あと暫くはここにいることになりそうだとうんざり気味に返事をした。
「騎士の仕事は忙しいですよ。その分、充実もしてるけどね」
「そうなんですね、素敵です。あの、沖田さん……明日お時間ありますか?」
「お昼をご一緒出来たら嬉しいねってこの子と話していて。ご都合悪ければ放課後でも大丈夫ですが、いかがでしょう?」
僕のことなんて知りもしないのにこうして声を掛けられても迷惑なだけだ。
僕の職務の話だって実際には興味ないことくらい見て取れたから、なんでこんな無駄な会話に付き合わなければならないのかと次第に苛立ちが込み上げた。
それに先程まで嬉しそうだったセラも、今ではクレープだけを見て一人静かにそれを食べているだけ。
僕と目が合うと儚げに微笑むから、やっぱり僕は第一にこの子を優先させたいと立ち上がった。
「そういう誘いはいいや、興味ないし」
「え?ですが、少しお話しだけでも駄目ですか?」
「話すことなんてないんだよね。だから断ってるんだけど」
「そんな……」
「セラ、行こう。そろそろ伊庭君達も終わる頃だと思うよ」
僕を見上げて困り顔をしているセラは、いまだにまだクレープを手に持っている。
痺れを切らした僕はセラの腕を掴んで優しく立ち上がらせると、そんな僕達に二人組の一人は言った。
「そう言えば大変でしたね、また誘拐されてしまうなんて。特にお身体の方なんて……色々とおありだったのではないですか?」
一見気遣っているようにも見えるその言葉や顔つきからは、完全に悪意が感じ取れた。
僕が興味を示さなかった腹いせかもしれないけど、僕の中から込み上げた怒りは恐らく全身を纏っていたのだろう。
彼女達に一歩近づき見下ろすと、二人は僕を見て顔をこわばらせた。
「何が言いたいわけ?」
『総……』
「僕は相手が女だろうが容赦しないけど」
嫌な言葉を発した方のネクタイを掴み睨み上げれば、半泣きになった彼女達は僕から逃げるように離れていく。
最悪の気分でその場に立っていると、セラは唖然とした様子で僕を見つめていた。
『総司……、どうして女の子にあんなこと……』
「いや、だってあの態度は失礼じゃない」
『でも……あのやり方は良くないよ……。問題になったら総司が学院側から注意を受けることになっちゃうんだよ?』
「このくらい別に平気でしょ。そもそもよく知りもしないのに話し掛けられても迷惑でしかないんだけど。本当に怠いし時間の無駄」
『多分あの子達はただ、総司に好意があって話し掛けてくれただけだと思うよ……?』
「好きでもない子に好意を持たれても迷惑なだけだし別にいいよ、気にしなくて」
感情のまま捨て台詞を吐くと、セラは瞳を揺らしたまま僕を無言で見上げている。
思わず眉を顰めてしまうと、少し怖がらせてしまったのか萎縮するように視線を逸らすから、苛立ちを抑えてセラの肩にそっと触れた。
「食べてるところごめんね。あの子達も行ったことだし、ゆっくり食べていいよ。ほら、座って」
『でも、もう直ぐ伊庭君達が終わるんだよね?』
「まだ二十分くらいあるかな。だからまだ食べてて大丈夫だよ」
『うん……』
僕の言う通り再び席に腰掛けたセラは、小さな口でクレープを一生懸命食べている。
僕を待たせないよう少し慌てて食べているようにも見えて、僕は思わずくすりと笑った。
『どうしたの?』
「慌てなくていいよ、ゆっくり食べて」
『ありがとう……』
「美味しい?」
『うん』
セラを見て再び癒されて、頬杖をつきながら黙って見つめる。
最後の一口を食べ終えると少しだけ口の端にクリームが付いているから、伸ばした指でそれを拭った。
「ここ、ついてるよ」
指についたクリームは当たり前だけど甘かった。
照れくさそうに笑うセラは可愛いくて、僕の顔にもすっかり笑顔が戻った気がする。
『ご馳走様でした。美味しかったよ、お腹いっぱいになっちゃった』
「今度は違う味も食べてみようよ」
『うん。まだ時間あったら、ごみを捨てる時にメニュー見てみたいな』
「いいよ」
学院内のカフェには、個別で色々なお店が個々に並んで設置されている。
クレープの所でメニューを見て、セラは嬉しそうにしていた。
「それ貸して、捨てるよ」
『ありがとう』
彼女の手からクレープの紙を受け取り、自分のと一緒にショップ前のゴミ箱に捨てる。
そして捨てる予定だったクッキーの存在を思い出し、鞄から取り出すなり三袋ともゴミ箱へ破棄した。
けれどその様子を見ていたセラは、少しばかり固い表情で僕を見つめているから、思わず小首を傾げてみせた。
「どうかした?」
『クッキー捨てちゃうの……?』
「うん、だっていらないし」
『でも……総司は甘い物好きだったよね?』
「好きだけど、知らない子が作ったものなんて食べられないよ。気持ち悪いじゃない」
『そんな……、だったら私が食べたのに……』
「ははっ、セラは本当に甘い物が好きなんだね。でも駄目だよ、あんな得体の知れないものを食べてお腹壊したりしたら大変でしょ?」
基本あまり他人を信用しない僕は、この子の死に直面したことでより辺りを警戒するようになった。
元々潔癖な性分もあって、ああいう類のものは迷惑でしかない。
勿論セラが作ってくれたものは別だけど。
「あ、そろそろ時間だから行かないとね」
時計を見れば、そろそろ二人が終わって出てくる頃だろう。
僕はセラの手を引き、カフェテリアを出ることにした。
これから久しぶりの任務だから、気を引き締めて今日からまた頑張らなければならない。
夜にセラに会えると思えば惜しみなく努力したいと思えるから、振り返った先の彼女に微笑みを向けた僕がいた。
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