5

その日、城に戻り夕食を食べた私は、二人分の課題に一生懸命取り組んでいた。
出された課題は一人ひとり違う為、量は丸々二倍になる。
けれどこういった類のことは然程苦ではなく、効率良く進めることが出来た。

そして課題が全て終わりお風呂から出ると、もう夜の十一時を回っている。
こんなに遅くなっても帰って来ない総司を案じて、ソファーに腰掛けた私はふと総司のことを考えていた。

総司は優しい。
私の知っている彼は、いつも私を気遣ってくれる誰よりも温かい人だ。
だからきっと他の女の子にも優しくて親切だろうと予想していたけど、実際は笑顔を見せることもなければ、会話にもあまり反応しない。
終いには苛立ちを隠さず出したり、頂いたお菓子を捨てたりと、私が今まで見てきた総司とは全くの別人のようだった。

とは言え他の女の子と仲睦まじくしている総司を想像したら悲しいし、彼に特別な相手が出来てしまうことを考えるととても心配。
私への総司の好意が友達としてのものなのか、護衛対象としてなのかもよく分からない今、異性としては意識されていなさそうで、あまり自信も持てなかった。

だからこそ私を優先させてくれた総司の行為は嬉しかったものの、その反面心配もあって。
好きでもない子に好意を持たれても迷惑だと言った彼の言葉や冷たい表情を思い出せば、この気持ちは知られてはいけないという焦りも生まれるから、複雑な心境で大きなテディベアのぬいぐるみを抱きしめていた。


それからどのくらい経った頃だろう。
突如浮遊感を感じて、私は目を覚ました。
そっと下ろされた場所は自分の部屋のベッドの上で、目の前には総司がいる。
私の髪を撫でると「おやすみ」と声を掛けてくれるから、私は思わず上体を起こした。


『あ……れ、総司……?私寝ちゃってたみたい。ごめんね』

「いいよ、もう遅いし寝なよ。課題、僕の分までありがとう」

『ううん、総司は今帰ってきたの?』

「うん。遅くなってごめんね、今日は僕もお風呂入って寝るよ。だから君もこのまま寝て」


時計を見ればもう十二時を過ぎていた。
早く寝たいだろうに、私が待ってるなんて言ってしまったから総司は真っ先にここに来てくれたのかもしれない。
そしてソファで眠ってしまった私をベッドまで運んでくれる彼の優しさが嬉しくて、やっぱりこの人が大好きだと思った。

朝からかわれた時は、完全に恋愛対象外だと言われているみたいで悲しかったし、他の子のクッキーを捨てていた時は、私の手作りも本心では嫌だったのかもしれないと心配になった。
でもどんなに悩んだとしても私は総司が好きで、総司が優しくしてくれるのは嬉しいから。
寝る前のほんの僅かなこの時間ですら、私にとっては宝物になると思えた。


『疲れてると思うのに来てくれてありがとう、寝る前に会えて良かった』

「僕もだよ。今日はあんまり一緒にいられなくてごめんね」

『ううん。一緒にクレープ食べられたし、嬉しかったよ』

「また行こうよ、二人で」

『うん』


もっと一緒にいたい、沢山の話をしたい。
けれど休暇が終わった今、互いに時間が取れなくなってしまうからこそ、こうして話せる少しの時間が大切だった。
早く総司を休ませてあげないといけないのに、あと一分、あと一言でも話していたい。
だからおやすみの言葉を自分からは言えなくて、身勝手な自分に複雑な心境になった。

髪を撫でてくれている総司も、私を見つめたまま何も言わない。
ただ時計の針の音だけが聞こえる部屋の中はやたらと静まり返っていて、思わず視線を逸らすと柔らかい音色の声が聞こえてきた。


「ねえ、セラ。十五分だけ待っててくれない?急いでお風呂入ってくるよ」

『待っててもいいの?』

「うん、君が眠くないなら待っててよ。このまま今日か終わっちゃうのも少し寂しいからさ」


総司も同じ気持ちでいてくれているのなら、そんなに嬉しいことはない。
少しくらい寝不足になっても構わないから、私は二つ返事で頷いた。


『全然眠くないよ。総司の部屋で待っててもいい?』

「勿論」


総司に手を引かれるまま、彼に続いて隣の部屋に行く。
私がベッドサイドに腰掛けると、いつものように肩にカーディガンをかけてくれるから、その優しさにも頬が緩んだ。


「じゃあ入ってくるね、少し待ってて」


バスルームに入って行く総司に微笑みかけて、そのままベッドに横になる。
あと少ししたら総司と一緒にいられると思えば、ただただ幸せだなって思えた。
記憶が戻らない今、色々と悩みは尽きないし、将来のことにも不安はあるけど。
総司を想う気持ちがあればどんなことでも乗り越えられそうな気がするから、自分にできることを日々努力していきたいと思えた。



それからどのくらい経った頃だろう。
頬に触れた温かい温もりを心地良く感じながら、ふと目を開ける。
また眠ってしまっていたのか、ベッドに眠る私の隣で総司は頬杖をつきながら私を見下ろしていた。


『総司……、お風呂から出たんだ……』

「とっくにね」

『ごめん、また寝ちゃってて……』


まだぼんやりしているけど、少し寝ただけでだいぶ頭がすっきりしている。
目元を少し擦っていると、総司の手が髪を優しく梳いてくれるからそれがとても心地良い。


「いいよ。学院初日で君も神経使って疲れたんじゃない?よく眠れたみたいで良かったよ」

『うん……』

「はは、まだ眠そうだね」

『総司こそ眠いよね、あと少し話したら部屋に戻るから総司もゆっくり休んでね』


くすくす笑う総司を見上げながら、よく分からないながらに微笑みを返す。
でも「知ってる?」なんて聞いてくるから、何のことかと首を傾げた。


「もう朝だよ」

『え?……嘘だよね』

「本当だよ。時計見てみたら?」


思えばカーテンの隙間から見える外は夜にしては明るい気がする。
壁にかけられた時計を見れば、もう直ぐ起きる時間だったから思わず私は上体を起こした。


『待って。もう朝ってどういうこと……?』

「君は昨日、そのままここで眠っちゃったんだよ。酷いよね、君が待ってるって言ってくれたから急いでお風呂済ませたのに君は全然起きてくれないし」

『そんな……無理矢理でも起こしてくれたら良かったのに』

「だって気持ち良さそうに寝てるのに、起こすの可哀想じゃない」

『駄目だよ、そういう時は起こしてくれないと……』

「なあに?僕が悪いの?」

『悪いのは……寝ちゃった私だけど……』


「ごめん……」と言って項垂れていると、総司はくすくす笑ってる。
これから少し総司との時間がもてると思っていたから少し悲しいけど、微笑む総司の顔を見たら、私もつられて笑顔になった。


『総司って優しいね』

「今頃気付いたの?」


総司が優しいのは知っているけど、気付かないうちに総司と一緒に寝ていたなんて、想像したら恥ずかしくて何とも言えない気分。
それにその記憶が一切ないことが少し残念に思えてしまった。


『ベッド占領しちゃってごめんね』 

「別にいいよ。君を抱き枕にして僕も良く眠れたしね」

『私寝相よく眠れてたかな?』

「寝相は良かったよ、寝言は煩かったけど」

『ふふ、それもごめん。なんて言ってたの?』

「言っていいの?」

『うん?』

「何回か言ってたよ、総司大好きって」


予想してなかった言葉を聞いて、私の心音は一気に早くなる。
そして顔に熱が集まるから、このままだと気付かれてしまうと焦りが生まれた。


『ぜ、絶対言ってないよ』

「言ってたよ?」

『もし言ってたとしても、別に変な意味じゃないから』

「言ってたとしてもっていうことは、言ってもおかしくないくらい僕のことは大好きなんだね」 

『全然違うよ……』

「全然違うって傷付くな。僕のことは好きじゃないってこと?」

『ちが……そうじゃなくて総司のことは好きだけど、でもそういうのじゃなくて……だからもう気にしないで』


駄目みたい、もう自分でもよく言っていることが分からなくなってきて総司の顔も見れなくなってしまった。
寝起きだから頭も上手く回ってくれないし、もう逃げるしかないかもと思った時。
総司は笑いながら、私に言った。


「まあ、残念ながらそんな寝言は言ってなかったんだけどね」


結局また私で遊んでいただけだったらしい。
昨日の朝に引き続き、総司を想う気持ちを弄ばれたように感じて総司を睨みつけた。
土方さんはまだいいよ、私を好きって言ってくれてるもん。
総司は違うのに、悪戯でキスしようとしてみたり、こうして私を惑わせる冗談を言ったり。
その度に心臓をドキドキさせている私が馬鹿みたいだと思えば、次第に怒る気力もなくなってしまった。


『もう私、総司の言うこと何も信じないね』

「そんなこと言わないでよ。可愛い冗談じゃない」


可愛い冗談なのかな。
私からしたら結構大きな問題のように感じてしまうけど、総司は私の気持ちを知らないから仕方ないのかな。
記憶を無くす前の私達は、どんな関係だったのだろうとふと気になってしまった。


『私の記憶がなくなる前ってさ?』

「うん?」

『私と総司はどんな関係だったの?』


今まで聞いてきた話によると、以前から仲が良かったのは確かみたい。
これだけ近い距離にいれば当たり前かもしれないけど、今と殆ど変わらないとしたら、以前の私も総司のことが好きだったのかもしれないと考えた。
そのことを総司に聞いても分からないだろうし、きっと総司も今と変わらないよ、なんて返事をするのかと予想していたけど。
総司は少し寂しそうに微笑むと「どうだろうね」と、曖昧な返事をした。


『どうだろうねって、総司は知ってる筈だよ?』

「そもそもどんな関係って聞かれても答え方に困るよ。まあ、変わらずこのお城の公女様と専属騎士だったけどさ」

『そういうことじゃなくて……なんて言えばいいのかな。私は総司とどういう風な感じで仲良かったのかなって思って』

「はは、何それ。君が何を聞きたいのかよく分からないけど、何か気になるならセラが自分で思い出さないとね」


確かにそうなんだけど、少しでも何かを思い出すきっかけになればいいと思っていたから情報が得られなくて残念に思う。
それに総司が一瞬明らかに浮かない顔になった気がして、そのことにも引っ掛かりを感じていた。
でも以前までの自分の気持ちが知りたいなら、総司の言う通り私自身に聞くしかない。
日に日に大きくなるこの気持ちは戻れないくらい大きな花を咲かせて、私の心の中目一杯に鮮やかな色付きを見せていた。


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