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それから数日、学院内で僕はやたら女の子に声を掛けられる日々を送っていた。
教室までの道のりや、移動教室の途中は勿論、教室にいれば廊下から呼び出しをくらうなど絶え間ない。
話しかけられた時は大抵セラも近くにいる為、この現象は僕を悩ませる原因となった。
「良かったらこれ召し上がって下さい」
「え?」
いきなり手渡されたものを受け取ってしまえば、名前も知らないその女の子はどこかに走り去って行く。
僕の手元にあったの手作りのお菓子で、思わず「うげ」と呟いてしまった。
「総司、すげーじゃん。今ので五人目?いや、もっとか」
「良かったわね、沖田君。ここまで人気があれば選びたい放題じゃない」
「誰も選ばないから……。そもそもなんでいきなりこんなことになってるのかよく分からないんだけど」
復学前はここまで声を掛けられることはなかった。
誘われたことは稀にあったものの、一日に何人も会いに来るなんていうことは今まで皆無。
今はセラが音楽の授業でここにいないことが不幸中の幸いだけど、この後の千ちゃんの言葉に僕は目を大きく見開くことになった。
「それは沖田君が先日の大会で優勝したからだと思うわ」
「つまり総司が強いから、女子達は好きになったってことなのか?」
「元々沖田くんは女子から結構人気だったけど、大会に優勝したことで星祷祭での指名権を得たでしょ?ようは自分を指名して欲しいと思っている女の子達が、こぞって沖田君の取り合い合戦を始めちゃったのよ」
聞いていて少しぞっとしてしまったけど、僕が指名したい相手は一人しかいない。
セラとは学院でもほぼ一緒に過ごしているのに、それに気付いていない時点で然程僕に興味なんてないのではないかと思ってしまう。
「そんなの意味ないけどね。僕はセラを指名するんだから」
「え?セラちゃんを指名することは当然出来ないわよ?」
「は?……え、嘘でしょ?なんで?」
「学院側が星祷祭を開く目的は生徒同士の交流を深めることなの。だから同じ家紋の人を指名したら駄目っていう規則があるのよ」
一度思考が停止して、つまりそれはどういうことだと考える僕がいる。
「なあ、それって総司が学院から渡される指名権のあるカードは渡せないってこと?普通の招待カードだったら誰にでも渡せるもんなのか?」
「いいえ、誰でも同じ家紋の人同士は駄目な筈よ。だからセラちゃんは多分斎藤君と組むことになるんじゃないかしら?」
「ちょっと待ってよ。そんなこと、僕聞いてないんだけど。だったらこの前の大会なんて出た意味がないじゃない」
「私も大会の時は知らなくて、その次の日に聞いて驚いたの。沖田君はまだ知らなかったのね」
また知らなかったのねって……。
知ってたなら直ぐに教えて欲しかったと、項垂れることしか出来ない。
この際無駄に大会で優勝したことはどうでもいいけど、セラをエスコート出来ないのは予想外中の予想外でかなりの精神的痛手だ。
「はははっ、総司残念だったなー。でもいいじゃん、こうなっちまったら他に気になる子でも探して指名しちまえよ」
「はい?そんな子一人もいないから。セラを指名できないなら、カードなんて誰にも出さないよ」
「でも必ず一人には出さないといけない決まりよ?だから誰もエスコートしたくない人は、予め口約束で相手に断って貰うか、全く見込みのない相手にカードを渡すのだけど……沖田君の場合は指名権があるから確実に誰かをエスコートすることになると思うわ」
「…………」
嘘でしょ。
そんな地獄を味わうくらいなら、いっそ星祷祭なんて出たくないんですけど。
この際風邪でも引いたことにして欠席すれば、セラも僕の看病をする為に学院を休んでくれるかもしれないと邪な考えが浮かび上がる。
「じゃあ総司が女子から声掛けられてるのって、皆総司がセラを選ばないって分かってて、チャンスだと思ってるってことなのか?」
「そうだと思うわ」
「……じゃあ僕は他の女の子を指名したいがために、必死で大会に勝ち残った奴って思われてるってこと?」
「ふふ、そうかもね」
千ちゃんが笑うと平助もげらげら笑い始めるけど、こっちは全くもって笑えない状況だ。
しかも明日には学院からカードが配られるわけだから、どうにかしないと本当に不味いことになる。
「沖田君、そんなに思いつめた顔しなくても大丈夫よ。私で良かったら、指名して貰えたらエスコートお願いするけど、どうする?」
「……千ちゃんと?」
「あ、それいいじゃん。俺と伊庭君は二人で適当に参加するし、会場でも皆で集まればそんな問題ねーって」
確かにどこの誰かも分からない女の子を連れるより、千ちゃんの方がセラも気にしないでいてくれるかもしれない。
そもそもあの子が僕の指名相手をどれ程気にしてくれるのかは未知数だけど、僕が女の子に声を掛けられるたび、あの子はいつも寂し気な瞳で僕を見つめる。
だから全く気にしてないということはない筈だと、千ちゃんの提案に乗ることにした。
「ありがとう。じゃあ千ちゃんに指名カード渡してもいいかな」
「勿論よ。私も相手を誰にしようか悩んでたから、気心知れてる人で良かったわ」
「にしてもそんなルールがあるなんて、俺全然知らなかったんだけど」
「まあ復学したばかりっていうのもあるし、仕方ないんじゃないかしら?」
「大会で勝つだなんだ言ってたはじめ君と伊庭君も知らなかったみたいだよ。あの二人、真面目なふりして全然頼りにならないんだね。見損なったよ」
普段は真面目だけど、セラのことになると周りが見えなくなるあの二人のことだ。
恐らく指名権を貰えるということに頭が埋め尽くされて、その後の説明なんて然程聞いてなかったに違いない。
「沖田君にそんなことを言われるなんて、心外ですね」
「何故頼りないなどと言われなければならないのだ?」
音楽から戻ってきたのだろう、はじめ君と伊庭君がこちらを見て不服そうな顔をしている。
一緒に戻ってきたセラはいつもの呑気な笑みを浮かべて、僕を見つめていた。
「今ね、星祷祭のパートナーについて話していたの」
「今千から聞いたんだけどさ、同じ家紋同士はエスコート出来ない決まりみたいなんだよ」
「え?そうなのですか?」
伊庭君は驚いているけど、驚いたのは僕の方だ。
伊庭君が勝手にエントリーした挙げ句、間違った情報を僕に吹き込んだから面倒なことになったんだから、恨めしげに彼を睨み付けた。
「すみません、沖田君。そんなに睨まないで下さいよ……」
「すみませんじゃ済まされないと思うんだけど」
「本当に知らなかったんです。僕は良かれと思って君にも大会を勧めたんですよ?」
「完全に余計なことをしてくれただけだったよ」
苦笑いをしている伊庭君に苛立ちを感じながらも、隣に立っているセラは全く驚いていない。
まさかと思って彼女の名前を呼ぶと、またまた呑気に首を傾げていた。
「セラはこのこと知ってたの?」
『うん。あの大会があった次の日かな?千ちゃんに教えて貰ったから知ってたよ』
うわー、セラも知ってたんだ。
その事実に衝撃を受けるけど、セラと一緒に参加するつもりで浮かれていた自分が惨めに思えてくる。
「ねえ、セラちゃんは結局誰にエスコートして貰うの?」
『私はまだ誰ともそのお話を出来てなくて……どなたかお声を掛けてくださる方がいたら、その人とご一緒させて頂けばいいかなって思ってるよ』
セラのその言葉を聞いて瞳を輝かせたのは、他でもないはじめ君だ。
一歩前に出て彼女の手を握ると、まるでプロポーズでもするかの様な様相でセラを見つめた。
「まだ決まっていないのであれば、俺にエスコートさせて貰っても構わないだろうか?セラと星祷祭に参加したいと思っていた」
『はじめ、ありがとう。私でいいの?』
「ああ。俺はセラ以外とは参加したいと思わない。明日カードを渡す故、俺を選んでくれるだろうか?」
『勿論。私もはじめと行けたらいいなって思ってたから、そう言って貰えて良かった。宜しくお願いします』
セラが愛らしくそんなことを言うから、はじめ君は目をきらきらさせてるし、僕の方はそんな二人を見せつけられて今にも血を吐きそうなんですけど。
そもそも、はじめと行けたらいいな、って何なの?
家紋なんて関係なく、僕と行きたいって言って欲しかったのに。
「あーあ。なんかずりーよな、はじめ君だけ」
「完全に二人の世界に入ってしまっていますね……。そう言えば、鈴鹿さんはどなたと行かれる予定なんですか?」
「あ、そのことなんだけど、一応セラちゃんに報告してからにするわ」
千ちゃんがそう言ってセラの名前を呼ぶと、ようやくセラの視線がはじめ君から別のところに移される。
「セラちゃん、エスコートの件なんだけど沖田君にご一緒して貰ってもいいかしら?」
『総司に?』
「この前の大会あっただろ?あの優勝者にはエスコートする相手を特別に指名出来るっていう権利が与えられるんだよ」
「優勝した沖田君は必ず誰か一人を必ずエスコートしないとしないといけないの。セラちゃんは家紋が同じで無理だろうから、私が沖田君にエスコートして貰おうと思ってるんだけど、大丈夫?」
『勿論だよ。総司も千ちゃんとなら楽しく星祷祭を過ごせると思う。宜しくね』
セラは特に何も気にした様子もなく微笑むから、取り敢えず胸を撫で下ろす。
けれどふざけた三人組が、とぼけた様子で急におかしなことを言い始めた。
「にしてもなんで総司はあの大会で優勝しちまうんだよ、駄目じゃん」
「そうですよ。いくら他のご令嬢の指名権が手に入るからって、そこまで気合いを入れなくても良かったのではないですか?」
「全くだ。あんたがセラ以外のことであんなに必死になるとは意外だった」
「ふふ、そんなに私をエスコートしたかったの?」
最後に千ちゃんが便乗したことで、セラは何かを勘違いしたらしい。
揺れた瞳で僕を見るなり、さりげなく僕から視線を逸らした。
「いや……、違うから。そもそも同じ家紋が駄目なんて今知ったばかりなんだけど」
皆してにやにやしながら僕を見ているけど、折角大事に築いてきた関係にこんなことで横槍を入れられたらたまったものじゃない。
反論しようとしたけれど最後の授業が始まる鐘がなり、先生が教室へと入ってくる。
セラは僕を見ないまま席に着いてしまうから、結局誤解も解けないまま放課後を迎えることになってしまった。
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