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次の日を迎え、正面を見ると、馬車で揺られるセラがいつもより更に愛らしく見える。
昨日言ってくれた言葉を思い出せば今直ぐにでも触れたくて、それができない状況にもどかしさを感じる僕がいた。
「招待カードの配布がついに今日から始まりますね」
それなりに楽しみにしていた星祷祭が昨日を境に憂鬱なものへと変わってしまったけど、こうなったら早くその日が終わるのを待つしかない。
セラは僕を見てへらりとふぬけた顔を見せるから、そんな無防備な顔は僕以外には晒さないで欲しいと苦笑いを浮かべた。
「俺は千に渡して、適当に断って貰えばいいや」
「僕も同じことを考えていました。必ず一人には出さなくてはいけませんから、そうするより他はありませんよね」
「いいね、二人は。こっちは完全指名制だから、一人で気ままに参加したくても出来ないなんて最悪だよ」
「ですが鈴鹿さんが相手ならまだ良かったではないですか」
「そうだって。千の前で、それ言うなよ?」
「わかってるよ。こっちは協力して貰う立場だから、流石にそれは言わないけどね」
千ちゃんはセラの一番の友人だし、昼食を一緒に食べていることもあり、まあ気楽に話せる相手だ。
だからといって心を許しているかと言われればそれも違う。
正直気乗りはしないから、思わずため息を吐き出していた。
「セラはもうはじめ君で決定なんだろ?」
『うん。はじめの気が変わってなければだけど』
「はじめ君の気持ちが変わってるわけないじゃない」
あんな風にセラと行きたいだ何だと、皆の存在を無視して伝えていたくらいだ。
あれで気が変わっていたら、それはそれで理解不能だ。
「星祷祭はどんな感じなのでしょうか、少し楽しみですよね」
「そうか?なんか堅苦しそうだし、俺には合わないかも」
「僕はワルツを踊るのが憂鬱だな」
自分が踊るのは勿論、セラとはじめ君が手を取り合って踊ることが憂鬱だ。
いっそ身体を乗っ取れれば良いんだけど、そんな魔術紛いの力は持ち合わせていないから、結局指を咥えて見ていることしか出来ないのが癪に障る。
『気になってたんだけど、星祷祭はワルツの間ずっと同じパートナーと踊るのかな?』
セラの疑問に僕達も顔を見合わせて首を傾げる。
『普通ワルツって何曲か踊るよね?それに一般的な舞踏会だと皆一曲ずつ相手を変えるって聞くし、四曲続けて同じ人と踊るのはマナー違反だって先生に聞いたこともあるけど……学院のはどんな感じなんだろう』
「確かに舞踏会はそれぞれが異性との交流を目的にしていますから、余程のことがない限り同じ方と踊り続けることはしないですよね。つまり僕達にもセラと踊れる機会があるかもしれないということでしょうか?」
「でも星祷祭は親睦を深める為に開催されるんだろ?だから同じ家紋同士でパートナーを指名したら駄目って言ってたじゃん」
「じゃあもし相手を変えて踊れるとしても、僕達はセラとは踊れないってこと?」
「確かにその可能性も大いにあり得ますね……」
それだったらまだ相手を変えないで貰いたいところだけど、なにせ初めての参加だからよく分からない。
考えれば考えるだけ憂鬱になってきた。
「もう僕、当日欠席しようかな」
『それは駄目だよ、千ちゃんが可哀想だよ』
「そうですよ、それはあまりに鈴鹿さんに対して失礼です」
「わかってるってば。でも僕が休んだら伊庭君か平助が相手してあげればいいじゃない」
「いや、駄目だろ。そもそもお前が指名する側なんだから、ちゃんと最後まで責任持てって」
「そんなこと言われてもね。あーあ、大会なんて出なければ良かったよ」
セラは眉尻を下げながらも、僕を見て微笑みを浮かべてくれる。
せめて一曲でもいいからこの子と踊ることができたら、それを励みに一日を過ごせるけど、実際はどうなることやらだ。
「なあなあ、セラはどんなドレス着るの?」
『まだ分からないの。お父様と山南さんがもうオーダーしてくれたみたいなんだけど、お城には届いてなくて』
「それは届くのが楽しみですね、僕は君のドレス姿を楽しみに参加します」
「俺も!」
『ふふ、ありがとう』
「セラはドレスなんて着なくていいんじゃない?その制服で参加すればいいよ」
僕が空気を読まずに思ったことを口にすれば、三人の不服そうな視線が向けられる。
『どうして私だけ制服で参加しないといけないの?酷い、総司』
「本当ですよ。舞踏会に制服で参加されるご令嬢なんて見たことも聞いたこともありません」
「どうせ総司はセラのドレス姿を他の奴らに見せたくないだけだろ?」
「だって危ないじゃない。また変なのに目を付けられたらどうするのさ」
「そうならない為に僕達がいるんじゃないですか。沖田君は鈴鹿さんのエスコートもあるでしょうから、僕と平助君でなるべく彼女のことは気にかけるようにするつもりです」
「その為にも、誰も指名しないってこと。それにセラの傍にははじめ君もついてるし、総司一人いなくったって平気だろ」
その言われ方も釈然としないけど、二人がセラを気にかけてくれていることがわかり、少し安堵する僕がいる。
「僕もちゃんとセラの傍で護衛するよ」
『ありがとう、みんな。でも私は大丈夫だから、気楽に星祷祭を楽しんでね』
セラがいないと楽しめない、なんてこの場では口に出来ないけど楽しめる気がしない。
それを表立って態度に出すわけにはいかないからこそ、千ちゃんと組むことも結局憂鬱。
セラの友人でもある彼女に失礼な態度を取るわけにはいかないし、その点についてだけは面倒だった。
でも星祷祭まであと数日。
それが過ぎれば、この憂鬱な気分からも解放される。
あと少しだけ耐え凌ごうと決めた僕は、微笑むセラに笑顔を返し、見えてくる学院の門に目を向けた。
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