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その日の終礼時、僕達男子生徒にはそれぞれの名前入りのカードが手渡された。
紛失厳禁、譲渡不可らしいけど、僕にだけ無駄に特別感のある違う色のカードが手渡されて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そしてその日の放課後。
それぞれのカードの行き着く先を巡って、周りはやたらと騒めき始める。
学院内ではところどころで男女ペアの姿が見られるようになり、僕も動かなければと千ちゃんの元へと足を進めた。
「千ちゃん、君を招待してもいいかな?」
周りの視線が気になりはしたけど、これはもう致し方のないことだ。
彼女も当たり前のようにそれを受け取ると、満面の笑みで僕を見上げた。
「勿論。この日は宜しくね、沖田君」
「こちらこそ宜しくね。一応ワルツは習ったから、そこそこには踊れると思うよ」
「ふふ、それじゃあ沖田君のリード期待してるわね」
「あんまり期待されても困るけどね」
「大丈夫よ、沖田君なら」
僕の何を知って大丈夫と言うのかわからないけど、彼女の気遣いに取り敢えず微笑みを返す。
「それよりセラちゃんは大丈夫かしら?」
「大丈夫だと思うよ。僕の相手が千ちゃんで良かったって昨日も言ってたしね」
「ううん、私達のことじゃなくて」
思えば、僕達の関係は誰にも口外していない。
昨晩セラとは色々な話をしたものの、僕への気持ちは誰にも言っていないと言っていた。
だから千ちゃんの反応は当たり前のことだけど、彼女の指差した方向に視線を向けて驚愕する。
少し席を離れた隙に、セラの周りにはとんでもない人集りが出来ていた。
「うわ……、何あれ」
「セラちゃんにカードを渡したい人がこぞって集まっちゃったみたいね」
「ちょっと、はじめ君は何をしてるのさ」
「斎藤君は終礼の後、風紀委員の集まりがあるとかで教室を出て行ったわよ」
「は?こんな時に風紀委員なんてやってる場合?本当に使えないな」
僕が捨て台詞を吐いてセラのところに行こうとすると、千ちゃんに手を掴まれる。
いくら彼女でもセラ以外の女の子に手を触られるのは嫌で、思わず眉を顰めた僕がいた。
でも僕は星祷祭の日にこの子の手を取りエスコートする身だ。
今から慣れなければいけないと、払い除けることをしないまま彼女を見つめた。
「駄目よ、邪魔したら」
「邪魔はしないけど、セラの相手は決まってるんだからそのことを教えてあげた方がいいじゃない」
「招待状を渡されたら、面と向かってお断りしたらいけないの。これは社交の上で大切なルールよ」
「そんなことは分かってるけどさ」
「わかっていてもじっとしていられない程、沖田君って本当にセラちゃんが好きなのね」
ストレートにぶつけられた言葉に気まずさを覚え、「別にそんなんじゃないよ」と返す。
一緒にいてだいぶわかってきたけど、千ちゃんは人の気持ちを察知するのに長けていて、何も考えていなさそうでよく相手を見て判断している。
だからこそ優しいセラを友人に選び他の子と連むことを一切しないのかもしれないけれど、今日ばかりは彼女の視線に居心地の悪さを感じた。
「じゃあセラちゃんの専属騎士だからここまで気にかけてるだけなの?」
「そうだよ。他に何か理由があると思う?」
「さあ、それは分からないけど。でもセラちゃんを好きになったら大変そうだわ。だって学院の中だけでもあんなに人気なんだもの。これで社交界デビューをしたら、相当色々なところからお声が掛かる筈よ」
あと少ししたらセラはデビュタントを迎える。
そうしたら今後は近藤さんと一緒に色々な社交の場に出向くようになるだろうし、それこそ多くの出会いが彼女を待ち受けているのだろう。
昨晩のセラの言葉を信じていないわけではないけど、どうしたって未来への不安は拭えない。
あれだけ憧れていた専属騎士になった今も、自分の爵位に不満すら覚えてしまうから、そんな自分が嫌で堪らなくなった。
「ねえ、沖田君は騎士になりたかったの?」
「え?」
「騎士特級なんて生半可な気持ちではなれないでしょ?だから騎士になることが夢だったのかしらって思ってたんだけど、違うの?」
千ちゃんからの質問はまるでタイミングを見計らったかのように、僕の心に揺さぶりをかけるものだった。
勿論僕の一番の望みはセラをこの手で護り抜くことで、それは今でも変わっていない。
だけど騎士になることが夢だった言うより、ただあの子の近くにいる方法が専属騎士になること以外になかっただけだと気付かされた瞬間だった。
「そうだよ。僕は元々剣術が得意で好きだったからね、だから騎士は自分にとっての天職だと思ってるよ」
「やっぱりそうなのね。それなら夢が叶って良かったわね」
「まあ、そうなるのかな」
「それじゃあ次の夢は?」
いまだ微笑みながら他の男からのカードを受け取っているセラを見ながら、自分のこれからについて考える。
ずっと夢だった専属騎士という役職に就いた今、次の僕の目標は何なのだろうとふと考えてしまった。
勿論今よりもっと強くなりたいし、任務でだって功績を残したい。
そしていつかは近藤さんにもっと認めて貰って……。
でも、その後は?
いくら僕が努力したって、土方さんのように多くの土地を持つ大公様になんてなれないのに。
「次の夢はどうだろうね。今は毎日忙しいし、取り敢えず目先のことを精一杯頑張ってはいるけど、具体的にどうっていうのはないよ」
「なによ、つまらない答えね。可愛いお嫁さんを貰うこと、とか言って欲しかったのに」
「はは、そういうこと?」
「だって今の沖田君ならよりどりみどりじゃない。セラちゃんは無理でも、他の可愛い子の中から似てる子を探せばいいんじゃない?」
「だから……、別に僕はあの子のことをそんな風に見てないってば」
「ふーん?そうなんだ?」
千ちゃんはふざけたように僕を見上げてにやにやしているから居心地が悪い。
そもそもセラに似た子なんていないし、いたところであの子でなければ意味がない。
「まあ、でもどちらにしても誰かを一生懸命護ろうとする沖田君は素敵だと思うわ。セラちゃんの安否は沖田君に掛かってるって言っても過言じゃないんだから、これからも頑張って彼女を護ってあげてね」
千ちゃんは僕を励ましてくれる気なのか、にっこり笑ってそう告げると、廊下から誰かに呼ばれて席を立つ。
彼女もセラ同様、他の男子生徒からカードを受け取っているらしい。
その姿をぼんやり眺めながら、この先の自分のあり方について悶々と考えてしまう僕だった。
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