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その夜、早めに寝支度を整えた私は学院の鞄から頂いた招待状を取り出した。
まさかここまで沢山頂けると思ってなかったから正直驚いてしまったけど、はじめ以外の方からのカードは全て返却しなければならない。
一読した印として記名をするルールがある為、私は一枚一枚丁寧に名前を書き込んでいった。


「セラ、寝る支度終わった?」

『寝る支度は終わったんだけど、今はまだ……』

「じゃあ入るね」


話している途中なのに総司がドアを開けてしまうから思わず私は目を見開く。
咄嗟に立ち上がってカードを隠してみたものの、総司の瞳は不服そうに細められた。


「良かったね、大人気で」

『別にそんなんじゃないよ……。それに総司こそ女の子に人気あるのに』

「君程じゃないよ。凄いえげつない量になってるけど」


机の側まで来た総司は、積み上げられたカードを見て心底嫌そうな顔をしている。


『総司は千ちゃんに渡した?』

「渡したよ。君ははじめ君から貰ったの?」

『うん』


その後、会話がすっかり途切れてしまってどうすればいいか考える。
まずは総司に笑って貰おうと、総司の手をそっと握った。


『あと少しで記名が終わるから、終わったら総司の部屋に行ってもいい?』


「うん」と短い返事をした総司は、微笑んではくれなかったけど私の頬をそっと撫でてくれる。
そしていつものようにその手は耳をなぞり髪を撫で、また私の心を攫っていく。


『総司、大好きだよ』


まだ気持ちを言葉にするのは緊張するし恥ずかしい。
きっと顔が赤いだろうから、総司の顔を直視することが出来なかった。
でもそんな私の顔は直ぐに上に向けられて、柔らかい総司の唇が重ねられる。
石鹸と少し甘い総司の香りが、今夜も私の心音を早くさせた。


「僕も好きだよ」

『嬉しいな。星祷祭の日、もし家紋関係なく踊れたら私と踊ってくれる?』


記憶を無くしてから、総司は私のワルツの練習に付き合ってくれていた。
総司のリードがあったから私はみるみる上達したし、何より総司と踊りたかった。


「勿論。そうなったら、僕は君の手を離さないけどいいんだよね?」

『ふふ、私も離さないから望むところですよ』


ようやく総司も笑ってくれたから、私も嬉しくて笑顔になる。
正装姿の総司を想像して、当日その姿を見られることを楽しみに思っていた。


「あと少しなら書いちゃいなよ。ここで待っててもいい?」

『うん、いいよ。なるべく早く終わらせるね』


再び机と向かい合い、カードに記名をし始める。
すると総司は机の横に腕を置いて座り込み、筆を走らせる私を下からずっと眺めていた。


『……なんか見られてると落ち着かないよ』

「どうして?」

『ちょっと緊張しちゃうって言うか……困るの』

「へえ、どうして困るの?」

『もう……』


意地悪な笑みを浮かべている総司は、また私をからかって遊んでいるのか一向にどこか別の場所に行く気配がない。
総司の気が済むならいいかと、総司を眺めながら一枚書いて、また総司を眺めて一枚書いてを繰り返していた。


「あーあ、時間の無駄だね。嫌になるよ」

『ごめんね、あと少しだから……』

「君が謝る必要ないでしょ。これを寄越した連中に文句を言ってるの」

『でも待ちくたびれちゃうよね』

「それは別にいいよ。後でその分かまって貰うから」


総司は普段落ち着いていて、とても頼りになる騎士だ。
でも思いの外子供みたいなところもあって、それが可愛らしくて笑ってしまう。


「何に笑ってるの?」

『総司が可愛いなって思って』

「可愛いって言われても嬉しくないんだけどね」

『そう?でも総司の笑った顔とか、可愛くて好きだよ』

「じゃあ君の前でもう笑うのやめることにするよ」

『ええ?どうして?笑って欲しいのに』


間髪入れずにそう言えば、総司はくすくす笑ってくれる。
その顔を見て頬が緩んでしまった私も、最後の一枚をなんとか書き終えて、カードを束ねて鞄に入れた。


『総司、終わったよ』

「お疲れ様。疲れたんじゃない?」

『ううん、私は大丈夫だよ。総司こそ今日は任務が入ってたし疲れてるよね、お疲れ様』

「ありがとう。僕は君に癒して貰うから大丈夫だよ」

『ふふ、私に癒せるかな』


でも総司を癒してあげられたら嬉しいから、どうしたら総司の疲れが癒えるのかを考える。
そして一つ試してみたいことがあって口を開きかけた時、先に総司が私に言った。


「君といると癒されるよ。だから今から君を攫っていい?」

『え……?』


少し屈んだ総司の腕が私の膝の裏に回されたと思った時には、身体が浮いて直ぐ近くには総司の顔。
横抱きにされてることに気付いた時には、総司は躊躇いなく自分の部屋に入って行くところだった。


『そ、総司……下ろしてっ……』

「もう下ろすから暴れないの」


言葉通り私の身体は直ぐに柔らかい場所に優しく下ろして貰える。
解放されたことに思わずホッとしたけど、ベッドの上だと気付いて私は思わず総司を見つめた。
総司はマットレスに手をつくと、私を見下ろしながら私の髪を優しく取る。
そして慈しむように髪へキスを落とすから、その彼の綺麗な表情や仕草に胸は高鳴っていった。


「馬に乗ってて君が眠っちゃった日も、こうやって君をベッドに運んだんだよね」


思えば私達が出会ったあの日、総司は土方さんの馬に乗ろうとした私を呼び止めてくれた。
あの時は私達が今のような関係になることなんて考えてもみなかったけど、あの日総司が私に気付いてくれていなかったら今の幸せな時間もなかったのかもしれない。


『私総司には沢山ありがとうって言いたいよ。ベッドに運んでくれたこともそうだし、私を見つけてくれたこともとっても感謝してる。あと長い間、諦めないで探してくれてありがとう。総司がいなかったら、今ここに戻ってこれてないと思うよ』

「君を見つけ出せたのは幸運だったよ。まさかあの場所にいるとは思わなかったんだけどさ、君の声で気付いたんだ」

『今でもよく覚えてるよ、総司が私を振り向かせて抱き締めてくれたこと』

「僕のこと分からなかったわけだから驚いたんじゃない?怖がらせちゃったかな」

『ううん。あの時どうしてかは分からないけど、落ち着くなって思ったの。やっぱり総司のことが好きだったから記憶がなくても身体は覚えてたのかな?総司が悲しそうな顔をすると胸が痛くなったし、そういうこと全部ずっと不思議に思ってたんだけど、その理由がようやく分かって良かった』


総司との思い出全部を思い出せたら最高だけど、私の中で一番大切な総司への想いが私の中に戻ってきてくれたから、もう贅沢は言わない。
総司が傍にいて同じように私を想ってくれている今が一番幸せだよね。


「僕は奇跡に近いと思ってるよ。君を見つけられたこともそうだし、僕を好きになってくれたこともね」

『うん……』

「僕は出会った時から君が気になって仕方なかったんだ。他の女の子には今まで何かを感じたことなんてなかったのに、君だけは違った。僕にとってセラだけが特別なんだよ」


嬉しくて、それと同時に恥ずかしくて、こんな時になんて返せばいいのかも分からない。
それでも真っ直ぐ私を見つめて温かい言葉をくれた総司から目を逸らしたくなくて、ただ今の総司を目に焼き付けるように見つめていた。
直ぐに距離は縮められて、温かい温もりが唇へと降ってくる。
私を怖がらせないよう優しく触れてくれる総司の気遣いが嬉しくて、総司の背中に腕を回した。


「セラ、可愛いね」


前髪を持ち上げるように髪を撫でてくれた総司は、私をまたドキドキさせる。
鼓動がようやく落ち着いてきたと思っても、また直ぐ次の言葉や彼の行動が私の鼓動を揺らし、胸をやたら苦しくさせる。


『総司のかっこ良さには負けるよ』

「はは、よく言うよ」

『本当だよ。だから総司といると凄く心臓が早くなって、そのうち心臓が壊れちゃうかも……』


総司に打ち明けてしまえばこの煩い心臓も少しは大人しくなるかと思ったけど、総司は「もっとドキドキしてよ」なんて言ってくる。


『これ以上は無理だよ、死んじゃうから』

「君に先立たれるのは困るな」

『ふふ。そう言えばね、やってみたいことがあるの。総司、寝てみて?』

「え?なに?」

『いいから寝て?うつ伏せだからね』


総司の手を引っ張って、半ば無理やりうつ伏せに寝かせる。
怪訝そうに少し後ろを振り返った総司は、何かを警戒している様相で私を見ていた。


「変なことしないでよ」

『総司じゃないもん、変なことなんてしないよ』

「僕だって変なことはしてないじゃない」


総司の言葉に肯定の返事は出来なかったけど、伸ばした指先でそっと肩に触れる。
たまに侍女の方が施してくれるマッサージを真似て、優しく総司の肩をほぐしていった。


「ん……、気持ち良い」

『良かった。総司はいつも頑張ってるから、たまには労ってあげないとね』

「どうしてこんなに上手なの?」

『上手かな?たまに侍女の方がしてくださるのを真似してるだけだよ』


肩から背骨、腰と順番に揉みほぐし、また肩へと戻ってくる。
心地良いのか静かにされるがままになってくれる総司の様子が可愛くて、私の頬は緩んでいった。


「ありがとう。そろそろいいよ、疲れちゃうでしょ」

『ううん、楽しいよ。眠かったら寝てもいいからね?』

「うん……」


うん、だって。
やっぱりなんか可愛い。
身体に触れながら、瞳の閉じられた斜め後ろからの横顔を盗み見ていた。
それにこうして触ってみると、改めて総司の体付きが女の子である私と全然違うことに気付く。
筋肉ばかりで硬いし、何より無駄なお肉が全くなさそう。
少し気になって脇腹あたりを摘んでみると、総司はいきなり上達を起こした。


「ちょっと……、どこ触ってるのさ」

『あ、ごめん。総司には無駄なお肉ついてないのかなって思ったらつい……』

「セラには無駄なお肉がついてるの?」

『それは……分からないけど……』


でも、総司よりかは確実についている。
だって私の身体はもう少し柔らかいし、もしかしたら脇腹だって余裕で摘めてしまうかもしれない。


「そっか。じゃあ確かめてあげるよ」

『え?』

「次は僕がほぐしてあげるね」


先程まで私が上だったのに、今は私が下になって、気付けば意地悪な笑みを浮かべた総司に組み敷かれている。
嫌な予感しかしないし、そもそも仰向けで寝ているし、色々おかしいと首を横に振った。


「えっと、まずは」

『総司っ……体勢がおかしいよ』

「あ、そうだったね。君はこっち向き」


今度はうつ伏せに転がされたけど、これはこれで後ろが見えないから落ち着かない。
それでも総司の手は優しく肩に触れるから、少し擽ったいような変な気持ちになった。


『ん……』

「気持ちいい?」

『うん……』

「良かったよ。君だって毎日頑張ってるんだから、ちゃんと疲れ取ってあげないとね」


総司は至って真面目に私の疲れを癒そうとしてくれているみたい。
優しく私の身体に触れて、凝ったところをほぐしていってくれる。
侍女さんよりずっと大きい手に触れられて少し変な気分になってしまうけど、なんだかとっても気持ち良い。
このままだと眠ってしまいそうなくらい。


『総司、ありがとう。もう十分疲れ取れたよ』

「今始めたばっかりじゃない。もう少ししてあげる」

『でもそれだと総司がまた疲れちゃうよ……』

「疲れないよ。だからもう少しだけ」


総司の手の動きにまたうとうとしてしまうけど、ここで寝たら駄目だから懸命に瞼を持ち上げる。
でもまた下がってきてしまうからどうしようかと思っていると、総司がくすくす笑い始めた。


「眠かったら寝ていいよ」

『駄目だよ、だってここ総司のベッド……』

「大丈夫だよ。寝ちゃったら、ちゃんと運んであげる」

『でも……』

「セラ、毎日お疲れ様」


優しい総司の声と指遣いが私を眠りの世界へと導いていく。
昨日は夜遅くまで総司と話していたから、きっと眠気も溜まっている。
ついに瞼が持ち上がらなくなってしまった。
でもそんな時、脇腹をふにっと掴まれて思わず変な声が出る。
慌てて後ろを振り返ると、やっぱり総司は意地悪な笑みを浮かべていた。


「はは、いい反応」

『な、なにするの……変なことするのやめて』

「セラがしてくれたことと同じことをしてあげただけだけど?お肉がついてるか確かめてみたんだけどね」

『ついてた……?』

「うん、柔らかかったかな。でも君は細いんだからもっと太ってもいいくらいだよ」


すっかり眠気はどこかにいってしまったけど、ここで眠ってしまうより良かったかも。
上体を起こし総司を見つめると、総司は再び私を寝かせ、その横で私を優しく抱き締めた。
総司の腕の中は、私にとってどんな場所より安心できる一番大切な場所。
総司の胸に擦り寄って、大好きな温もりを肌に感じた夜だった。

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