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星祷祭を前日に迎えた夜、僕達三人は近藤さんと山南さんから明日用のフォーマルスーツを手渡されることになった。
ドレスルームで着替えて出てくると、それぞれ互いの雰囲気の変化に顔を見合わせて笑ってしまった。
『わあ、みんな格好良い!とっても似合ってるよ』
セラが目を輝かせて喜んでくれるから、それだけで満足してしまう僕がいる。
傍に控えていたお店の人が、笑顔でタキシードの説明をし始めた。
「伊庭様のはセージグリーンのカラーが優しい印象のタキシードです。ジャガードのベストとリンクした生地ですので、お揃いのスタイリングも楽しめる一着となっておりますよ」
「この色はとても僕好みです。近藤さん、山南さん、タキシードまで用意して頂いてありがとうございます」
「いいんですよ。お嬢様のドレスを用意はするついでですからね」
「ああ、そうだとも。とても良く似合っているぞ!」
「次は藤堂様のタキシードですが、サスティナブルウールをセレクトしております。ブラウンの深い色味とショールカラーの光沢がフォーマル感漂わせるよう仕立てました」
「わあ、俺こんな格好良いの初めて着たんだけど!俺このタキシードずっと大事に着るよ、ありがとな」
はしゃぐ平助を目の前に、微笑ましい気分になるのは僕だけじゃない筈だ。
そして最後は僕の番。
皆の視線を僅かに気恥ずかしくも感じるものの、タキシードの色合いが自分好みで口元に笑みを作った。
「沖田様のスーツは、光沢の美しいシルバーグレーが、式服らしく品格漂うフロックコートです。シルバーのグラデーションは、シャンブレーの裏面を生かし、切り替えを自然に仕立てました。ベストは、ジャガードならではの品の良い輝きとパネル柄をポイントで取り入れています」
所々よく分からない言葉が出てきたけど、今まで身に付けた中で最上級のタキシードだということは分かる。
形や色味も僕に合っているし、さすがは近藤さんと山南さんだ。
「こんな良いタキシードを用意して頂いてありがとうございます。僕も大事に着させて頂きますね」
「沖田君は今後専属騎士としてお嬢様の夜会などにお付き合いすることも増えるでしょうから、今から増やしておくことが得策でしょう。着心地はどうですか?」
「最高ですよ。こんなにも違うものなんですね」
以前自分で買ったスーツも中々の物だと思っていたけど、生地の質感やきめの細かさ、光沢と、どれをとっても全然違う。
一流の物って無駄に高額な印象を持っていたけど、値段だけのことはあると身をもって知った気分だ。
「とても良く似合っているよ、総司。お前が立派になって、俺は嬉しいぞ!」
何故か涙目でそう言ってくれる近藤さんに僕まで少し感動してしまうわけだけど、セラまで涙目になっているから笑ってしまう。
「では次はお嬢様ですね。そちらで着替えてきて下さいませんか?」
『え?私も皆の前で着るんですか?』
「いいではないか。皆も見たいだろうから、着てきなさい」
近藤さんの言葉に返事をしたセラは、お店の人に連れられドレスルームの奥へと消えていく。
近藤さんはとても楽しみにしているのか、満面の笑みで彼女を見送っていた。
「それにしても、お嬢様もあと少しでデビュタントですか。早いものですね」
「ああ。今回の催しはセラにとっても初めての社交の場だからな。やはりあの子の良さが際立つようなドレスに仕立てられていれば良いのだが」
「お嬢様でしたら何をお召しになっても、他のご令嬢に負けませんよ」
「俺もそう思う。学院でもセラはめっちゃ沢山招待カードを貰ってたんだぜ?あんな量を貰ってる奴、他にいなかったもん」
「ええ。社交の場は人気のある女性とそうでない女性ではっきり分かれてしまうと聞きますが、それを目の当たりにした気分でしたよ」
「実際、所謂壁の花と呼ばれるご令嬢も多数いらっしゃいますからね。まあうちのお嬢様には無縁の話でしょう」
皆の話を聞きながら、何とも言えない気分でセラが出てくるのを待つ。
そして店員に連れられた彼女を見て、僕達は全員思わず息を呑むことになった。
「これはこれは……とてもお美しいですね。お嬢様に敵うご令嬢はこの世にいないのではないですか?」
『ふふ、流石に褒め過ぎですよ。でもありがとうございます、山南さん』
「本当に良くお似合いで、私共もお嬢様にドレスを着て頂けることが本当に光栄ですわ。これからも是非、我が社をご贔屓に宜しくお願い致します」
『こちらこそ身に余るお言葉です。今後とも宜しくお願い致しますね』
「セラ、とても綺麗だぞ……!素晴らしい!本当に大きくなったな!」
『ふふ、お父様ったら。泣かないで下さい』
「お嬢様のドレスは慌いオレンジの濃淡を織り交ぜた柔らかなチュールでティアードスカートをさらに表情豊かにしております。風を含んでふんわりとなびく胸元のリボンとワンショルダーが愛らしさを増していて、お嬢様の雰囲気にぴったりだと思いますよ。胸元はハート型にカットされたネックラインになっておりますので、可愛らしい雰囲気の中にも男性を魅了するデザインとなっています。ハートの切り込みは多少深いですが、お嬢様は胸もお有りですので、とても綺麗に着こなせておりますね」
店員さんの言葉にセラは少し頬を赤らめたけれど、僕達の視線も思わず胸元に行く。
普段着用のドレスでは肌をそこまで見せていないセラがここまで大胆なドレスを着ることは想像もしていなかっただけに、目を奪われてしまうからこそ心配だ。
「す、すっげー似合ってる!めちゃくちゃ可愛いと思う!」
「ええ、とても綺麗ですよ。その……今までの君の雰囲気とはまた違ってより女性らしく見えます」
「本当に綺麗だよ、心配になるくらいにね」
『ありがとう……』
大したことは言ってあげられなかったけど、セラは僕を見上げて嬉しそうに笑ってくれるから、それでもう胸がいっぱいになる感じ。
だけどこのドレスははじめ君の為に着るようなものだから、些か納得がいかない僕がいる。
「近藤さん、山南さん。こんなに胸元が空いたドレスを着用して大丈夫なんですか?背中もかなり空いてますし、危険だと思うんですけどね」
思わず身分を弁えずに物を申してしまえば、きょとんとした顔をする近藤さんと苦笑いをする山南さん。
「沖田君は、第二の近藤さんみたいなことを言いますね。もしかすると近藤さん以上に心配性かもしれません。けれど社交の場は皆こぞって着飾る場ですので、今後は沖田君もこのようなお嬢様の姿に慣れていって貰えたらと思います」
「だが総司のセラを案じる気持ちは有り難く思うぞ。今後夜会などに出向く際は、総司に護衛を頼めば安心だ。これからもこの子を護ってやってくれ」
「はい。命に換えてもお嬢様のことは僕がお護り致しますよ」
近藤さんの言う「護る」は、身の安全の確保は勿論のこと、この子に変な虫がつかないようにすることも含まれているのだろう。
そう考えると僕が彼女に想いを寄せることは、きっと近藤さんからしたら言語道断。
セラとの関係を知られれば、多少なりとも失望するだろうし、僕を見る目も変わってしまうのではないかと考えた。
だってセラはドレスを着ただけでこんなに綺麗で、加えて名家の公女様だ。
僕なんかが彼女との未来を求めてはいけない相手だと言うことは、僕自身が誰よりも身に染みて分かっていることでもあった。
「ですがお嬢様はここ数年でとても女性らしくなられましたね。沖田君が心配するお気持ちも分かります。これは男性が放っておかないでしょうから、変な輩には気をつけて下さいね」
『そんな……私はまだ顔立ちなども幼いですしその心配はありませんよ。ただ気をつけるようには致します』
「今回の相手は斎藤君だと聞いたが……彼とは良い交友関係を築けているのかね?」
はじめ君のご両親の話を知っている僕からすれば、近藤さんが気にかけるのも当然だと思う。
何も知らないセラは笑顔で肯定の返事を返すものの、近藤さんは少し寂しそうな微笑みを浮かべていた。
「セラ、念の為一つだけ言わせてくれ。斎藤君のことだが、彼とはそういう間柄になってはならんぞ」
『そういう間柄……ですか?』
「恋愛感情を抱いてはならんということだ」
『勿論はじめは仲の良い友人です。お父様が心配するようなことは何もありませんよ?』
「ならば良いのだがな。トシとのことは真剣に考えているかね?」
まさかこの場でこのような話になることは想定もしていなかったのだろう。
セラはその瞳を大きく揺らして、一呼吸置いてから近藤さんの様子を伺うように再び言葉を発した。
『お父様、そのことなのですがお話がございます』
「なんだ?ようやく気持ちが固まったのか?」
『いえ、私はお断りさせて頂きたいと考えているのです』
はっきり言い切ったセラの言葉を聞いて、近藤さんは目を細めるなり彼女の肩を掴んだ。
「何故だ?何故あんな素晴らしい青年を断るというのだね?」
『土方さんはとても良い方だと思います。ただ年齢も離れていますし、私の中でうまく結婚生活を共にしている姿が想像できないのです』
「そんなことはないだろう。向こうも気長に待つと仰ってくれてるではないか、今焦って断る必要はないんだぞ?」
『けれど私の気持ちは変わりません。それが分かっていて、いつまでもお引き留めするのは申し訳ないですから』
「気持ちが変わらないというのはどうしてだ?まさか誰か想いを寄せている相手がいるのではないだろうな」
『そういうわけでは……』
「まさか斎藤君なのか?彼はならんぞ……!」
「近藤さん」
思わず僕が近藤さんを止めに入ると、近藤さんもハッとしたようにセラの肩から手を離す。
過去が過去だけに無理のない反応だけど、何も知らないセラを始め、平助や伊庭君までもが神妙な顔付きで近藤さんを見つめていた。
「はじめ君とは僕達もよく一緒にいますけど、近藤さんが心配されるような関係ではありませんよ。この子が言っていた通り、友人として親しくしているだけですから」
「ええ。星祷祭は同じ家紋同士で指名することが規定によって禁止されているんです。なので、気心知れている斎藤君にエスコートして頂くことになっただけですよ」
「それにはじめ君はすっげー真面目だから、他の奴にエスコートされるよりずっと信頼出来ると思うんだ。俺達もセラの護衛は怠らないし、近藤さんも心配しないでくれよ」
僕達三人の言葉を聞き、漸く安堵した表情を浮かべる近藤さんはその顔に僅かな笑みを浮かべてみせる。
大切な人の命を惨たらしく奪われたこの人の辛さは分かるからこそ、彼の心情を思うと辛い気持ちになった。
「分かった、お前達の言葉を信じよう。セラ、すまなかったな。お前を疑ったわけではないのだが、心配なのだ」
『お父様が気にかけてくださるお気持ちはとても嬉しいです。でもはじめには特別な感情を抱いてないので、あまり心配されないで下さいね』
「ああ、分かった。それとトシのことは今は一人で決めないでもらえるか?もう少し慎重になって欲しいのだ、分かったね?」
『……はい、分かりました』
素直にそう返事をしたセラは、去って行く近藤さんと山南さんを少し寂しそうな顔で見つめている。
けれど僕と目が合うとにっこりと微笑み、またいつもの彼女らしく明るく振る舞っていた。
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