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星祷祭当日。
通常の登校がなかった僕達は、夕方から開催される星祷祭の為に城で身支度を整えた。
侍女さん方の手を借りるのはこれが初めてで、僕達三人は気まずさを感じながらも彼女達に全てを任せ、髪やら装飾品やらの準備を手伝って貰うことになった。
「伊庭君も総司もめっちゃ格好良いじゃん!」
「平助君も見違えましたよ」
「二人とも、馬子にも衣装だね」
「それ褒めてねぇつーの」
城の前、出掛ける準備が整った僕達は他愛ない話をしながらセラを待つ。
正直気乗りはしないものの、唯一楽しみなのはまたあの子のドレス姿が見れることくらいだった。
「俺達も一曲ずつくらいはセラと踊れるといいんだけどな」
「そうですね。折角正装したんですから、彼女と踊りたいものです」
「あのさ、僕は最初の一曲だけ千ちゃんと踊るから、その後は平助と伊庭君が踊ってあげてよ」
「そう言われましてもセラの護衛もありますから、お約束はできませんよ」
「それに千だって他に踊りたい相手とかいるんじゃねーの?」
「さあ、それは分からないけど。でもいなかった場合、僕がずっと相手をしないといけないの?」
「そうですね、エスコートしたからにはその女性を一人にさせるべきではないのではないですか?」
千ちゃんはあまり男に興味がなさそうに見えるから、正直今夜の動向がどうなるのか予想がつきにくい。
取り敢えずセラと踊れるならそれを優先させたいから、その旨は彼女に話しておこうと考えていた。
『待たせてごめんね、準備終わったよ』
城の戸が開き、声のする方に僕達は振り返る。
すると城から放たれる光の中、綺麗に正装したセラが微笑んでいる。
あまりの可憐さに声を掛けることすら忘れて、彼女を見つめてしまう僕がいた。
『あの、お待たせ?』
「あ、すみません……つい見惚れてしまいました。まるで女神のようだったので」
『ふふ、女神は言い過ぎだよ』
「いや、まじで可愛いっていうか……天使みたいだなって俺も思った」
『二人とも褒め上手だね。三人もとっても素敵な紳士様だよ』
「ありがとう、君もドレス似合ってるよ。セラは誰よりも可愛い自慢のお嬢様だよね」
素直に褒める僕の言葉を聞いて、頬を少し染めて嬉しそうに笑ってくれるセラが好きだ。
いくら目で追い掛けても飽きないし、彼女の口から出る言葉一つですら聞き逃したくないと思ってしまう。
『ありがとう。今夜は皆と踊れるといいな、素敵な夜になるといいね』
セラの言葉に頷いて、城外に待機している馬車に乗り込む。
学院までの道は街灯に照らされとても綺麗で、皆でいつもとは違う雰囲気を楽しみながら星祷祭の会場へと向かった。
着いた先の広い会場には既に大勢の生徒達が正装をして参加している。
セラを連れて会場の門を潜ると、場の雰囲気が一気に変わりその視線の殆どが彼女へと向けられていた。
会場の光に照らされたセラは、持ち前の白い肌とその儚さから浮世離れして見える程とても綺麗だ。
そして大胆に見せた背中や胸元の膨らみが上品な色気すらも醸し出し、潤んだ瞳に見つめられれば僕ですら一度言葉を失ってしまう。
『受付で渡されたワルツの楽曲だと四曲あるみたいだけど、今夜総司と踊れるかな?』
「きっと踊れるよ、ここに何の規定もないからね」
『良かった。総司と踊れたらいいな』
今更ながらセラが僕を想ってくれていることが信じられないくらい、この子に手に入れられないものなんてないのではないかと考えてしまった。
そのくらい目の前のこの子は魅力的で、何度も言葉を交わしたとしてもこうして心を奪われることを止められない。
「僕もだよ。一曲目ははじめ君でしょ。伊庭君と平助も君と踊りたいって言ってたから、僕は最後に君と踊りたいな」
『四曲目?』
「そうだよ。四曲目は僕の為に空けておいて、一緒に驚ろう」
『うん』
可愛いく微笑んでくれる顔を見れば、公衆の面前だというのに僕の頬は緩んでいく。
周りの声も入って来ない程セラのことしか見えなくて、このままずっとこの子だけを眺めていたいと思った。
「じゃあ……、はじめ君と千ちゃんを探しに行こうか」
こんなに綺麗に着飾ったのに、今夜のセラをエスコート出来るのは僕じゃない。
この子を独占出来たらどんなにいいかと、手放したくない心情にさせられた。
でも一歩踏み出した僕の手を掴んだセラは、そっと僕に近づくと小さな声で言ってくれた。
『この会場の中で、総司が一番かっこいいよ』
照れた様子で僕を見上げたセラは、僕の心情も知らずに愛らしく笑ってくれる。
それだけで心が解れて、後ろ向きな考えも前向きに変わるから不思議だ。
「君は世界中の女の子の中で一番可愛いよ」
『ふふ、世界中?』
「うん、そうだよ。本当に綺麗だ、誰にも見せたくないくらいに」
僕が頬にかかった髪を撫でると、微笑んでいたセラは口元に笑みをなくして今度は熱っぽい視線で真っ直ぐ僕だけを見つめてくる。
その表情はどこか大人びても見えて、彼女が攫われてしまう前、この子と深く口付けたあの時のことを思い出してしまう僕がいた。
逸らすことのないまま僕を捉える瞳は、僕を全身全霊で好きだと訴えるように揺れていて。
そんな顔をされてしまえば他のことなんて考えられなくなり、ただ触れたい衝動に駆られて再びセラに手を伸ばした。
でもその指先が彼女の肩に触れる前に、セラの名前を呼ぶはじめ君の声が僕を現実に引き戻す。
夢の時間はあっという間に終わり、こうなれば僕に出来ることはこの子をはじめ君に引き渡すことだけだ。
「待たせてしまってすまない」
『全然待ってないよ、今夜は宜しくお願いします』
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。ドレス、良く似合っている。とても綺麗だ」
『ありがとう。はじめもとっても素敵だよ』
以前は誰にでも優しく愛らしい笑顔を見せてしまうこの子の態度にやきもきしたこともあった。
でも今は僕にしか見せない顔があることを知ったから、二人のやり取りを見ても大丈夫だと思うことが出来るようになった。
「沖田君、お待たせ」
「千ちゃん、今日は宜しくね。そのドレス、よく似合ってるよ。綺麗だね」
エスコートするんだから、僕にもすべき立ち振る舞いがある。
薄いグリーンのドレスを身に付けた彼女にそう告げると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。沖田君も素敵よ、見違えちゃったわ」
「それはどうも」
「ねえ、向こうでシャンパンでも飲みましょう?」
思わずセラとはじめ君の方を振り返ったけど、セラははじめ君に背中を支えられ歩いて行くところだった。
右上のはじめ君を見上げて微笑む姿を見たら、他の男にエスコートされるあの子をこれ以上見たくはなくて、目を逸らしてしまった。
「ほら、早く早く」
「分かったってば、引っ張らないでよ」
「ねえ、気付いた?今日のドレスの色」
「何?薄い緑色なのは分かってるけど」
「沖田君の瞳の色にしてみたんだけど。全然気付いてくれないなんて駄目じゃない」
「はは、いきなりのダメ出しなんてさすが大公女様だね」
「そう呼ぶのはやめて貰いたいわ。今夜は爵位とか関係なく無礼講よ?」
「はいはい、分かったよ」
千ちゃんは気兼ねなくよく喋り掛けてくれるから、今夜の相手には丁度良い。
話していた方が余計なことを考えなくて済むし、それなりにこの場に溶け込んでいるように感じられるからだ。
でも実際はセラとはじめ君のことが気になって仕方がない上、この場所だって居心地は良くない。
それを誤魔化すようにシャンパンに口を付け、始まった夜に星の輝きを見出せない僕がいた。
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