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学院長の言葉で生徒達は皆で乾杯をする。
千ちゃんとグラスを合わせ、僕達は本日二杯目のシャンパンを嗜んでいた。
辺りを見渡してみれば、少し先にセラとはじめ君、そして伊庭君と平助がいて。
僕達に気付くと平助が大きく手を振ったから、僕も皆のところに行こうと迷わず一歩を踏み出した。


「沖田君、待ってよ。どこに行くの?」

「ああ、ごめん。そこに皆がいるから行こうよ」


笑顔で「そうね」と言う千ちゃんを連れて、四人の元へと歩いて行く。
セラは僕を見て嬉しそうに微笑んでくれるから、僕も近くにいられることがただ嬉しくて微笑みを返した。


「セラちゃん!とっても可愛いわ!」

『千ちゃんこそとっても可愛い!』


いつもの如くセラに抱きつく千ちゃんを目の前に、セラも満面の笑みだ。
微笑ましい光景に癒されていると、平助が早速今日のワルツの順番について話し始めた。


「なあなあ、今話してたんだけどセラと千とは皆一曲ずつ踊れるみたいなんだ。順番決めておこうぜ!」

「やだわ、順番なんて。そんな話を大きな声でしないでよ、恥ずかしいじゃない」

「そうだよ。大公女様がお怒りになっちゃうから言葉には気をつけなよ、平助」

「ちょっと沖田君?その呼び方はやめてってさっき言ったでしょ?」


くだらないやり取りをしていると、セラはくすくす笑っている。
千ちゃんも笑い始めて、今度はセラの腕に自分の腕をまわしてはしゃいでいた。


「でしたら小さい声で話しましょうか。一曲目は勿論エスコートした相手と踊ることになると思うので、二曲目以降のことを決めておけば問題ないですよね」

「なあ、セラ。俺と二曲目一緒に踊ってくんない?」

『勿論。さっき総司とは四曲目踊る約束をしたから、伊庭君は三曲目にご一緒出来るかな?』

「ええ、ではそうしましょうか。楽しみにしています」

「ならば鈴鹿は俺と四曲目に踊ってもらえるだろうか?」

「ええ、いいわよ。宜しくね。私の場合は伊庭君と二曲目、藤堂君と三曲目ってことで良いのよね?」

「ああ、それでいいぜ。なんかバランス良く組めて良かったな!」

『ふふ、本当だね。欲を言えば千ちゃんとも踊りたいけど』

「本当よ。もう、私ってばどうして男に生まれて来なかったのかしら。男だったら私がセラちゃんをエスコートするのに」


相変わらずの千ちゃんの発言に、「エスコートをするのは俺だ」と真面目に返しているはじめ君に苦笑いを溢すけど。
なんだかんだ言いつつ、この六人でいれば星祷祭もそれほど憂鬱ではない。
むしろバランスが取れていて、良い関係を築けている気さえした。


暫くの間、六人で飲食の時間を楽しんでいると、会場は少しばかり照明が落ち、辺りにはワルツの音楽が流れ始める。
はじめ君とセラが手を取り合うところを複雑な心境で見つめながらも、僕もエスコートしなければならない相手がいる。
千ちゃんの前に手を差し出し、笑顔を作って彼女に告げた。


「僕と踊って頂けますか?」

「ええ、是非」


伊庭君と平助は壁に寄り、僕達はセラ達同様会場の中心へと移動した。
セラ以外の女の子と踊るのは今日が初めてだ。
そもそもこうした正式な場で踊ること自体が初めてで、その相手がセラではないことに寂しさを感じながら、ワルツの音楽に身を委ねた。


「沖田君はやっぱり上手ね」

「それはどうも。千ちゃんもリードし易いよ」

「そう?まあ伊達に練習をしてきてないからね」


公女であるセラも幼いころから貴族の嗜みとして、日々色々な教育を受けて大変そうだったけど、千ちゃんも恐らく同じだろう。
僕とは初めて踊るのに、僕の意志を汲み取り素直に動いてくれるから、こちら側も自然とリードすることが出来ていた。
でもワルツの練習中、僕を見上げて少し照れくさそうに微笑むセラを思い出せば、あの子が恋しくなるのは当たり前で。
僕の目線の先にははじめ君と微笑み合って踊るセラがいるから、どうしたって二人が気になってしまう僕がいた。


「沖田君って本当に失礼よね。私じゃなくてセラちゃんばかり見てるんだもの」


小声で言われた言葉に我に返り、僕は目線を千ちゃんへと向ける。


「ごめん。でもちゃんと千ちゃんのことも見てるよ」

「私は別にいいんだけどね、沖田君がセラちゃんしか見えてない人だって分かってエスコートして貰ってるんだから。ただ、他のご令嬢相手にそんな態度を取ったら大変よ?」


おかしそうに笑ってそう溢す千ちゃんの言葉は、最も過ぎて返す言葉も見つからない。
苦笑いを浮かべて、「気をつけるよ」と言うと、彼女も眉尻を下げて僕を見つめた。


「それだけ誰かを好きになれるのは素敵なことかもしれないけど……でもあまり恋に溺れるのは愚かよ」


さらりと言われた言葉は、心中を重くする。
この子が誰に対してもはっきり物を申す子だとは分かっていても、その言葉はあまり言って欲しくなかったのかもしれない。


「手厳しいね。別にそんなんじゃないって言ってるじゃない。ただ護衛対象だから、常に動向を確認する癖がついてるだけだよ」

「そうかしら?それならいいけど程々にしないと沖田君が後々苦しいんじゃないかって思って」

「苦しいって?」

「だってセラちゃんを見て?さっきから私達を一度も見ないで、斎藤君だけを見つめて楽しそうに踊ってるわ」

「別にセラとはじめ君はそういう関係じゃないよ」

「私が言いたいのは、来るべき時が来たらセラちゃんは親から決められた相手だけを見つめるようになるっていうことよ。だってそれが私やセラちゃんが通る然るべき道だもの。そうするように育てられてきているの」


それが淑女になるべくして育てられてきた彼女達の行く末だからこそ、セラもそのルールを破ることはせず、ワルツの間、目の前の相手のことたけを見つめているのだとしたら。
確かに千ちゃんが言う通り、来るべき時が来たらセラは言い付け通り僕から離れ、近藤さんの望む相手と将来の約束をしてしまうのかもしれないという現実が重くのし掛かる。


「千ちゃんはもう許嫁でもいるの?」

「勿論いたわ」


過去形で話す彼女の言葉に目を瞬くと、少し寂しそうに笑って彼女は続けた。


「将来を約束していた大公子様がいらっしゃったの。私その人のことが結構好きでね。その人とだったら結婚したいなって思ってた。だからどうにか彼に気に入られたくて日々の勉強や厳しいレッスンも頑張ったけど、いくら頑張ったところで駄目なのね。その人は違う女の子を好きになって婚約破棄を言い渡してきたの。しかも相手は何の教養もない街娘。酷いと思わない?」


普段明るい彼女が、自嘲気味な様子で話した言葉に一度押し黙る。
軽快なワルツとは反対に、彼女の過去には重い悲しみがあったことを知った。


「確かにそれは随分な話だね。でも君が努力してきたことはなくならないと思うよ。今こうしてワルツを綺麗に踊れてるのも、その努力の賜物じゃない」

「そうかしら、私はあまりそうは思えないの。別にワルツも好きじゃないし、勉強だって嫌いよ。でも私を捨てた男に、最初から君を選べば良かったってそう思わせたいの。自分が間違っていたことを認めて、私を捨てたことを心の底から後悔して欲しい。願うのはそれだけよ」


大公子という立場でありながら、恋に溺れて別の女性を選んだその男。
彼のことが許せないからこそ、恋に溺れるのは愚かだと言ったのだろう。
大公女という立場柄、自分のやりたいことを我慢して言い付け通り生きてきた彼女からしたら、立場を考えずに街娘を選んでしまうその男が許せなかったに違いない。
しかもその理由が、ただの恋だ愛だという形ないものだったから余計に。

それに僕もずっと思っていた。
誰かを本気で想う気持ちや、大切だとか、失いたくないだとか……そんな気持ちはいつかはなくなるし全てはまやかしだろうって。
少なくとも僕には無縁だと思っていたから、そんな形ない物にしがみつくのは彼女同様愚かだと思っていた。

けれどセラと出会い、あの子に想いを寄せるようになってからは、自分でも驚くくらい考え方が変わった。
自分の中で一番大切なのはあの子を想う気持ちであり、それを護るためならどんな努力も惜しみなく出来るようになった。
勿論好きになったことで辛い思いをすることはあるものの、何物にも変え難い幸せがそこにはある。
千ちゃんは恐らく昔の僕のように、まだその幸せを知らないのだろうと考えていた。


「君のことはよく知らないし勝手なことは言えないけどさ、その男を忘れられるくらい好きになれる人が出来ればいいね」

「私は誰かを本気で好きになんてならないわ。言ったでしょ、恋にのめり込むのは愚かだって。私はそうはなりたくないの、どうせ叶わないかもしれないんだから」

「でも叶ったら幸せになれるかもしれないじゃない」

「それは叶わなかったことがないからそう言えるのよ。もし沖田君もどんなに努力しても報われない恋があるって身をもって知ったら、私と同じ考えになるかもしれないわよ」


そうなってみないと分からないけど、僕はきっとそれでも抗っていたいと思ってしまう。
あの子が僕から離れていったとしても、僕は早々には諦められないのではないかと考えずにはいられなかった。


「私は一度どんなに努力しても、叶わなかった恋を経験してる。だからもう嫌なの、疲れたわ。それよりも自分が楽しいことをして生きるの、やりたいように生きることが最高でしょ?」


満面の笑みでそう言った千ちゃんの逞しさに笑ってしまったけど、人それぞれ考え方は違う。
それが彼女の出した答えなら、それに勝るものはないのだろうと笑顔を返した。


「そうだね、君のやりたいようにやってみたらいいんじゃない?」

「勿論そうするわ。だから今、毎日がとても楽しいの」

「君がそう思えているなら良かったよ」


確かに千ちゃんは毎日楽しそうに過ごしている。
彼女の言葉にはたまに考えさせられることもあるけど、千ちゃんの気持ちがいつか晴れる日がくればいいと考えながらワルツを踊る僕がいた。


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