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星と月の光が差し込む大好きなこの場所は、私の本当の想いを明るみにしてくれる。
でもいざ本心を言葉にすると恥ずかしさや気まずさを感じて、総司を直視することが出来なくなった。
そもそもどうして私は、専属騎士になって欲しい、なんて総司に言ってしまったんだろう。
ただ私の言葉で総司を傷付けてしまったなら、誤解を解いておきたくて、そのことで精一杯になってしまった。
それに私が総司を専属騎士に望む理由は、きっと本来の選ぶ基準から少しずれてしまっている。
だからこそ余計に、総司からの本心を聞くのは少しばかり怖かった。
それに耐えてただ静かに言葉を待っていると、暫くしてから総司の落ち着いた声が耳に届いた。
「僕が別にいいやって言ったのは本当にそう思ってたわけじゃなくて、まずは基本的な剣術を身につけたり、見習いを卒業することが先かなだと思ってたからなんだよね。あと正直自分には程遠いって言うか……情け無いことは言いたくないけど、力だってまだ足りてないのに専属騎士になりたいだなんて、どの口が言うんだって思ってたんだ」
思えばその話をした時は、まだ見習い騎士の段階で、総司はここでの生活にも慣れていない頃だった。
それなのに私はそんな彼の心情を理解しようともしないまま、口先だけの言葉を期待していたのかと情け無い気持ちになる。
『ごめんね。ちゃんと考えれば総司の言葉に悪い意味なんてないって分かるのに、私自分勝手だった……』
「いや、僕の言い方が悪かったのは事実だからそんな悲しそうにしないでよ。それに僕も卑屈に捉えてた部分があったから、そのせいでもあるかな」
『卑屈にって?』
「セラは僕に騎士団に入るきっかけをくれたけど、それは僕に助けられたって思いがあるからそうしてくれただけで、それ以上はないって思ってたってこと。僕は専属騎士の話を聞いた時から、なりたいって思ってたけどさ。でも僕がそんなことを言ったら、君からしたら迷惑だろうなって考えてたんだよね」
総司の本音を知っていくうちに、目の前のこの人が私が考えていた以上に色々なことを感じて、日々悩んでいたことを知る。
普段の表情からは読み取れなくても、たまにでもいい。
今日みたいに本音を話すことが出来たら、総司のことをもっと知ることが出来るかもしれないと思った。
「でも今君にそう言ってもらって、細かいことで悩むのはやめたよ。今はとにかく前を見て、誰にも負けないくらい強くなりたいと思う。それで君を護れるくらい強くなったら、その時はたとえ君の気が変わってたとしても、僕は専属騎士に志願する。今より絶対に強くなるから、信じて待ってて」
総司が掛けてくれた言葉はずっと不安に感じていた心を一気に元気付けてくれるほど温かくて嬉しかった。
だから私はやっぱり絶対この人がいいと強く思ってしまう。
私には総司以外、考えられない。
『ありがとう……。私、ずっと待ってる』
「本当に?まあ、期待はしないでおくけど」
『私には信じて待っててって言ってくれたのに、私のことは信じてくれないの?』
「まあ、五分五分かな」
『酷いよ、本当なのに』
「言ったね。これで気が変わってたら僕は泣くよ」
『ふふ、泣いちゃうなんてなんか可愛い。それに総司が泣いたところ、見てみたい』
「はい?死んでも君には見せないし。ていうかそれ目的で落とすのとかやめてよ」
『そんなことしないよ。私は総司に専属騎士になって貰えたら本当に嬉しいし、絶対絶対総司がいい。これは変わらないよ』
一度本音を明かしてしまったら、悩んでいた気持ちが信じられないくらい楽になった。
だから想ったままを伝えたのに、私からふいと顔を逸らした総司はそっぽを向いたまま私の方を向いてくれなくなった。
「はあ……」
『総司?どうしたの?』
「んーん、なんでもない」
『やっぱり専属騎士……なりたくない?』
「なんでそうなるのさ。なりたいよ」
『でも今、ため息吐いてたけど……』
「いや、それはさ」
言葉を濁した彼の声が、どこか困っているように聞こえる。
「やっぱりセラって、ちょっとずるいなって思って」
『ずるい?私が?』
「だってそんなことを言われたら、もう絶対に諦められなくなるでしょ」
ゆっくりこちらを向いた総司は、私を見つめながらふっと笑った。
「セラは僕がどれだけの気持ちで君の専属騎士になりたいって思うようになったか、わかってる?」
そう問いかけられて、私は一度言葉に詰まる。
『全然分からないよ?』
「ははっ、全然って」
『だって私はついさっきまで、総司は専属騎士とか私の護衛とか……そういうことには興味ないのかと思ってたから』
「なんでさ。前に僕が別にいいやって言ったから?」
『それもあるけど……専属騎士になりたい人は少ないんじゃないかな。束縛時間も長そうだし、常に一緒にいて気を張っていないとならない護衛役は窮屈だって思う人も多いみたいだよ』
私がそう言ってため息を吐いていると、総司は苦笑いをして私を見ているから首を傾げる。
「セラって何もわかってないんだね」
『え?なにが?』
「とにかく僕は、セラの本音を聞けて嬉しかったかな。でもそんなに素直に僕がいいなんて言われたら、僕は死ぬ気で頑張らないとね」
『総司はもう十分強いよ。だから無理はして欲しくないよ』
見習い期間の時の総司を思い出せば、また総司が無茶をしてしまうのではないかと心配になる。
専属騎士にはなって欲しいけど、総司には傷付いたり無理をして欲しくない、そんな矛盾が私の心の中に渦巻いていた。
「でも、専属騎士を目指すっていうことは他の誰よりも強くならなければならないってことだよ。君に僕がいいって言ってもらった以上は、その言葉に応えられるくらい、誰よりも強いことを証明しなければならない。だって、君が選んだ相手が半端だったら嫌でしょ?」
『そんなことないよ。私が選ぶ理由は強さだけじゃなくて』
「だめだよ、それじゃ」
私の言葉を遮るように、総司が小さく首を振る。
「専属騎士は、ただ仕えるだけの存在じゃない。君を護るために、絶対的な強さを持っていなければならないんだ。どんな敵が現れても、どんな状況でも、君だけは護り抜けるくらいにね。そうなれない限り、僕は君の隣に立つ資格なんてないよ」
夜風がそっと吹き抜けて、総司の髪をかすかに揺らした。
彼の目はまっすぐに私を見つめていて、その奥には強い決意が宿っている。
「僕は君を護れない騎士にはなりたくないし、なるつもりもない。だからそんな簡単に僕がいいなんて言うのは、ちょっとずるいと思うんだよね」
総司が意地悪に笑ってそう言ったから、私の胸がぎゅっと苦しくなった。
ずるいなんて……そんなつもりはないのに。
私はただ、総司がいいと思ったから、素直にそう言っただけなのに。
それなのに総司はこんなにも真剣に私の言葉を受け止めてくれている。
まるで私のために、どこまでも強くなろうとしてくれるみたいに。
だからこそ私は、中途半端に総司の専属騎士就任を望んではいけないのだと思う。
そしてきっと総司も、私がどの程度それを望んでいるのかを知りたいのだろうと思った。
『ごめんね……。私、総司の立場も考えずに負担になること言っちゃったよね……』
「そんなことないよ。嬉しかったって言ったでしょ?それに本心が聞きたいって言ったのは僕だしね」
ここ最近、本当に総司のことばかり考えている。
きっとさっき伝えた本心なんて私の心の中のほんの一部にしか過ぎなくて、自分でも溢れてくるこの感情を持て余してるくらいだ。
正直総司への気持ちがはっきり何なのかは、今はまだわからないけど。
私は中途半端な気持ちで総司を専属騎士に望んでいるわけではないということだけは伝えたかった。
『私の本心はね』
「うん?」
『私はただ、総司に傍にいてほしいだけなの。総司が誰よりも強くなくたって、絶対的じゃなくたって、それはいいの。ただ……総司がいい。総司じゃないと、嫌だって思ってるよ』
気づけば、私は自分でも驚くほどはっきりとした声でそう言っていた。
でも言葉にして、ようやく自分でもしっかりと感じられた。
総司に対する気持ちが、これほどまでに強いこと。
私の中で総司は他の誰とも違って、特別な存在になっていること。
そのことを私はどうしても伝えたくて、どんなに胸が苦しくても素直に言うことを選んだ。
それを聞いた瞬間、総司は一瞬だけ目を見開いた。
そして困ったように眉を寄せると、ふっと視線を逸らして小さく笑った。
「君って本当に困ったお嬢様だね。そんなことを言われたら、もう後戻りできなくなるんだけど」
『でも別に総司を縛りたいわけじゃないし、無理して専属騎士を目指して欲しいわけでもなくて……』
「それはわかってるよ。それに今まではどこかで、君に選ばれなかったらどうしようとか、無理だったら仕方ないとか、そういうことを考えたりもしてたんだ。でも……」
総司はそう言ってゆっくりと私に視線を戻すと、その瞳に真剣な色を宿して私を見つめた。
「君にそんなことを言われたら、もう絶対に諦められない。だから僕は絶対に強くなる。それで君がどれだけ迷ったとしても、最後には僕を選ぶしかなくなるくらい、君にとって一番の騎士になるよ」
総司の瞳が夜空の星よりも深く輝いて見えて、私は思わず息をのんだ。
「だから期待してて」
そう言いながら、総司はそっと私の頭を撫でた。
その手はとても優しくて、でもどこか名残惜しげで、少しだけ切なさを感じさせる。
今まで生きてきて感じたことのないような心が奥から震えるようなこの感覚は、より私の中で総司の存在を特別にしていくようだった。
「今はまだ君の傍に立つには足りない。でもいつか必ず誰よりも強くなって、君の専属騎士になってみせるから」
夜風が吹き抜けるバルコニーで、私たちは静かに微笑み合った。
その瞬間、私の中の迷いや不安は全部吹き飛んで行くようだった。
私の専属騎士は、絶対に総司がいい。
総司以外は考えられないと、何度も思った。
そして、いつか彼が私のために本当に強くなった時、私は迷いなく彼を選ぶのだろうと、そう確信した。
「でも真面目な話、何かあれば無理はしないでね」
『何があればって?』
「君が僕でいいって思ってくれたとしても、多分周りはそうはいかないと思うから」
『お父様とか周りの人達のこと?』
「まだわからないけど、僕は過去の犯罪歴があるから絶対的に不利になると思うんだ。勿論、それを含めて選んで貰えるように強くなる予定だけどね」
その言葉の自信とは裏腹に、垣間見る総司の横顔はたまに儚く見える時がある。
総司の負担になりたくはないし無理はしてほしくないけど、今は違う言葉を掛けたいと思った。
『私も総司と一緒に頑張るね!強くなった総司に見合うように、学業やマナー、ピアノもヴァイオリンも全部、私にできることは死ぬ気で頑張る!精一杯努力する……!』
総司が私のために頑張ってくれるなら、そんな総司の護衛対象として恥ずかしくないような女の子でありたい。
数年後、総司に釣り合うような私でいたいから。
「ぷはっ……はははっ……」
『……どうして笑うの?』
「いや……、すっごい一生懸命話してるからおかしくて」
『私、おかしいことなんて言ってないよ……!』
ほんの少し前まではあんなに真剣に話していたのに、今はもういつもの飄々とした総司だった。
その代わり様にはいつも置いてけぼり感をくらうわけだけど、そんな私を涙目で見つめた総司は、おかしそうに笑いながらも言ってくれた。
「セラはそのままでいいけどね」
『このままだと頼りないよ』
「大丈夫だよ、僕が護ってあげるから。だからそのままでいてよ」
そう言った総司は少し意地悪そうな笑みを浮かべていたから冗談でそう言ったのだろうけど。
少し嬉しくもあり恥ずかしくもあって、思わず笑ってしまう私がいた。
夜風がそっと吹いて星が瞬き、総司の言葉が心に深く染み込んでいくようだった。
「セラは今から覚悟しておいてね」
『覚悟?』
「僕が君の専属騎士になったら、もう簡単には手放してあげられないよ」
にやりと笑う総司は、また意地悪を言っているのだろう。
それなら、やられてばかりはいられない。
私は口元に笑みを浮かべて、真っ直ぐに彼を見つめた。
『私だって、総司を簡単に手放すつもりなんてないよ』
「へえ、そうなの?」
どこか楽しげに笑う総司を見て、私もそっと微笑む。
『うん。もし専属騎士になってくれるなら、総司自身がそれを幸せだと思ってくれるなら……私はどんなことがあっても、総司を手放したりしない。ずっと傍にいてもらうつもりだよ』
爽やかな夜風が吹き抜けて、総司の瞳が僅かに揺れる。
でもすぐに柔らかく微笑むと、穏やかに言った。
「僕は君だけの騎士になるよ。君が望んでくれる限り、僕は君の傍にいる。君のためだけの剣としてね」
総司はふと夜空を見上げる。
月明かりがその横顔を照らし、優しい光が彼の表情をより穏やかに映し出していた。
『約束してくれる?』
私がそっと差し出した小指を、総司は少し目を細めて見つめる。
それから柔らかく笑って、自分の指を絡めた。
「うん、約束するよ」
絡めた指の温もりが、静かな夜に溶け込んでいく。
それはどこか儚くも、確かな絆を感じさせるぬくもりだった。
きっと、これからも色々なことがあるんだろう。
でもこの夜に交わした約束はずっと変わらない。
私はこの先も総司が傍にいてくれる未来を願いながら、一緒に過ごせるこの時間に幸せを感じていた。
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