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とある日の昼下がり。
騎士団の詰所に届いた一通の知らせを他の騎士から受け取った平助は、興味深そうにそれを広げて読んでいた。


「これ、セラの誕生日パーティーの案内じゃん。左之さんや新八っつぁんも出席するんだな」

「ああ、毎年恒例の公爵家主催の盛大な宴だぜ」

「俺たちは警護の仕事込みだけどな」


左之さんと新八さんが穏やかに笑みをこぼしながらそんな言葉を交わす。
その様子を見ながら、僕は少しだけ首を傾げた。


「ねえ、それって僕達も参加できるの?」


気軽に尋ねると左之さんが苦笑いして肩をすくめた。


「残念ながら、お前はまだ階級が足りねえよ。招待されるのは、それなりの位を持つ騎士と貴族だけだ」

「……へえ」


僕は表情を変えずに頷いたものの、ほんの少し残念に思う。
せっかく正規団員になったのに、まだそういう場には出られないらしい。
それは正直面白くない。


「まあ、平助だって行けねぇし、伊庭の坊ちゃんですら対象外だ。仕方ねぇさ」


新八さんの言葉を聞いて、平助はややふてくされたように腕を組む。
伊庭君は黙っていたものの、内心は穏やかではないのだろう。
ため息を吐き出して僕と平助に言った。


「当然です。騎士階級もない見習いと、四級程度の騎士が参加できるわけがないでしょう」

「そういう伊庭君だって三級じゃん」

「僕はもう見習いじゃないんだけど?」

「見習いのようなものでしょう?」


穏やかな笑みを浮かべる伊庭君に苛立ちを感じるけど、そう言っていられるのも今のうちだ。
僕はここから誰よりも強くなるし、騎士階級だってすぐに上げてみせるつもりだ。


「はあ、がっかり。俺たちだってセラの誕生日を祝いたかったのにさ」

「そもそも、君達は彼女の誕生日がいつか知っているんですか?」


唐突に伊庭君がそう言ったから、僕は瞬きをする。
思えばセラの誕生日っていつ?


「まさか知らないんですか?セラに仕えていながら誕生日すら知らないなんて信じられませんね」

「そういう伊庭君は、もちろん知ってるんだよね?」

「当然です。彼女の誕生日は幼い頃からずっとお祝いしてきましたから」


得意気に言う伊庭君を見て、平助が何かに気付いた様子で口を挟んだ。


「いや、俺だって知ってるし!七月……三十日だろ?」

「さっきの手紙に書いてありましたからね」

「げ、バレた?でも七月だってことはわかってたぜ」


平助が苦笑すると、伊庭君は呆れ顔をしながらも今度は僕にその視線を向けた。


「沖田君は彼女との付き合いが浅いので仕方がないかもしれませんね。セラのことをよく知っているのは、長年仕えてきたこの僕ですから」

「はあ?ちょっと待ってくれよ。俺だって伊庭君と同じくらいに入団したし、子供の頃からセラと一緒にいるだろ」

「でしたら、セラが好きな花は?」

「花?えーっと……」

「即答できないんですか?」

「ほら、セラって花全般好きじゃん」

「誤魔化さないでくださいよ」


伊庭君が呆れたように溜息をつく。
僕はそんな二人のやり取りを聞きながらも、あの子の好きな花も知らないことに気付いた。
でも僕は思うんだよね。
誕生日とか好きな花とか、そういうことよりも大事なことはいくらでもある。
たとえば僕とセラが交わした今までの会話や二人だけの約束は、何よりも大切な僕達の絆の一つだ。


「つーか好きな花なんて知らなくてもいいじゃん。大事なのは誰が一番頼りにされてるかってことだろ?」

「それでしたら、彼女が最も頼りにしているのは僕だと思いますよ」

「それはないね」


僕はにっこり笑って、一瞬にして否定した。
セラは僕に専属騎士になって欲しいと言ってくれたんだ。
つまりそれって、僕を一番に頼りにしてるってことだよね。


「セラが本当に頼りにしてるのは僕だと思うよ。だってよく僕を呼び出すし、僕にだけ気を許してる感じがするし」

「何を根拠に言っているんですか?沖田君が気にかけて貰っていたのは、ただ単に君が世話の焼ける見習いだったからだと思いますけど」

「でも見習いを卒業しても、セラの態度は変わらないよ」

「それは沖田君の気のせいですよ」

「伊庭君こそ、頼られてるって思うのは気のせいなんじゃない?だって伊庭君、セラにあんまり甘えられたことないでしょ」


伊庭君の眉がピクリと動いたから、僕は面白くなって口の端を上げた。


「ね、ないよね?」

「それが何だと言うんです?そもそも彼女は安易に甘える人ではありません。きちんと自立してますし」

「まあ、しっかりした子だよね。でも心を許した相手に甘えることは誰だってあるんじゃない?」

「では君はセラに甘えられたことがあるんですか?」

「うん。僕はあるよ」


さらっと言うと、伊庭君が明らかに眉間の皺を濃くさせた。


「セラは僕にはよく甘えてくれるんだよね。この前だってセラが眠そうにしてたから、僕の肩を貸してあげたんだ」


まあ、あれは寝ているセラを僕が勝手に引き寄せただけだけど。
でも伊庭君の平助はだいぶダメージを受けてるみたいだから、これはこれで良しとする。


「肩を貸したから何だと言うんです?僕は長い年月をかけてセラの信頼を得ています。沖田君のように軽く扱われるだけの存在とは違うんですよ」

「うわ、酷い言い方だね」


あまりの物言いに僕が笑うと、平助が唐突に割り込んできた。


「ちょっと待った!俺だってセラとはすごく仲がいいんだからな」

「平助君は弟分でしょう?」

「いや、そんなことないって。セラだって俺を頼りにしてるし、この前も「平助君ってすごく頑張ってるよね」って言ってもらったんからな!」

「それはただの感想では?」

「その程度、僕だって何度も言われてるよ」

「違うって!なんかこう、俺を見る目がいつもすげー優しいし」

「それって平助が子犬みたいだからじゃない?」

「そうですね。男性としてではなく、子犬として可愛いがられているだけではないですか?」

「くっ……」


平助が悔しそうに言葉を詰まらせるから思わず笑ってしまう。


「あーあ。これ、一体何の話なの?」

「……まったく、僕達三人でやり合っていたって意味がないですよ」

「最初にいちゃもんつけてきたのは伊庭君じゃん」

「僕は真実を言っただけですよ。それにセラが将来選ぶのは、僕達騎士ではなくもっと爵位の高い相手でしょうから」

「そういうテンション下がること言うのはやめてくれって」

「ですが事実でしょう?」


伊庭君が遠くを見つめてそんなことを言うから、平助がげんなりした顔でため息を吐く。
そしてその憂鬱な感情は僕にも移るから、思わず苦笑いをこぼした。


「でも、セラは公爵家の中で一番に護るべき存在だからね。誰が一番近くにいるかは僕達にとって重要な問題でしょ?」


伊庭君も平助も、それには何も言わなかった。
そして三人ともふと同じことに思い至る。


「……なあ。誕生日、どうする?」


沈黙の後、平助がぼそっと言った。


「俺達、パーティーには行けないしさ」

「僕はもう贈り物は用意してありますよ」

「僕もそれくらいは用意するよ」

「いや、それは俺だって用意するけどさ。ちょっとくらいは覗いたりできねーのかな」

「そんなことをして問題行動とみなされたら大変ですよ」

「でもさ、入り口のところに来てもらうことくらいは出来そうじゃない?」


僕がにやりと笑うと、平助と伊庭君は目を瞬かせる。
そして満更でもなさそうに微笑むと、それぞれの思惑を抱えながら、僕らはどうやって彼女を喜ばせようかと考え始めた。


そしてセラの誕生日当日。
日が沈み、任務から戻ってきた僕は、平助と伊庭君とパーティー会場を覗いてみることにした。
こうして見に来るだけでも、セラの誕生日を少しでも感じられるかなと思ったからだ。


「ねえ、平助。セラはどこ?見えた?」

「いや、まだ。どこだろ」

「沖田君、平助君。身を乗り出すのはやめて下さいよ」


僕たちは今、公爵邸の大広間へと続く廊下の一角で、こっそり誕生日パーティーの様子を伺っていた。
でもあまりに堂々と身を乗り出していたせいで、気付いた時には首根っこを掴まれていた。


「おい、そこの三人。もう少し隠れるってことを覚えたらどうだ?」


三人で話していると、呆れたような声が頭上から降ってくる。
ゆっくり顔を上げると、スーツ姿の左之さんが腕を組み、呆れた表情でこちらを見下ろしていた。


「あれ?左之さんじゃない」

「何って、セラの誕生日パーティーがどんな様子か、ちょっと見てみたかったんだよ。少しくらいいいだろ?」


平助が気まずそうに笑いながら誤魔化す。
伊庭君はため息をつき、僕はどう言い繕うか考えていた。


「お前ら、通達通り会場には入れないことはわかってるよな?」

「ええ、もちろん」

「なら、大人しくしてろよ」


そう言いながら、左之さんは入り口に仁王立ちする。
どうやらここを突破するのは難しそうだった。


「なんだよ、左之さんのケチ」

「どうとでも言え。俺は任務を全うしてるだけだからな」

「でも、思ったより静かですね。もっと年若い貴族の方々が大勢集まっているのかと思っていましたが」

「お前ら、そんなことを気にしてたのか?」


勿論、気にするに決まっている。
無言になった僕達を目の前に、左之さんが意外そうに眉を上げた。


「勿論気にします。セラほどの女性がいれば、将来の伴侶候補として目をつける貴族は少なくないでしょうから」

「まあ、それはそうなんだけどな」


伊庭君が冷静にそう話すと、左之さんは少し考え込むような素振りを見せ、苦笑した。


「だが、今日のパーティーにそういう連中はいねぇよ」

「え?そうなの?貴族のご子息達は?」


僕は思わず聞き返す。
なぜなら今ここにいる目的は、セラの誕生日を祝うことは勿論、あの子に変な虫がつかないように見張るためでもあるからだ。


「招待されてねぇぜ」

「どうしてです?」

「そりゃあ、近藤さんが制限してるからだろ」

「制限って?」

「高位貴族の令嬢は、幼少のうちから社交界に出て、良縁を探すのが一般的だが、近藤さんはセラを何より大切にしてる。本人の気持ちを無視して縁談を決めるのも、早いうちから結婚の駒として扱われるのも嫌なんだと」


貴族の世界では、子供の頃から縁談の話が進められるのが常だった。
家と家の結びつきが重視され、本人の気持ちよりも家の利益が優先される。
結婚相手は親の意向で決まり、当事者同士が顔を合わせるのは婚約が決まった後、ということも珍しくない。
会場を眺めながらそう話す左之さんの声には、どこか近藤さんに対する敬意が滲んでいるように感じられた。


「だから今日の招待客は、公爵家と古くから縁のある者や、騎士団の精鋭達がほとんどだ。変に色気づいた貴族の若造たちは呼ばれてねぇってことだよ」


それを聞いて、静かに息を吐く。
だから今日の会場にはそういう連中がいないのかと、思わず安堵してしまう僕がいた。


「良い父親ですね」


伊庭君がぽつりと呟く。


「ほんとにな。ただ、そうは言ってもな」


左之さんはそう言って、僅かに顎をしゃくる。
促されるままにそっと会場を覗くと、そこには愛らしい様相のセラがいた。

豪奢なシャンデリアの下、華やかなドレスに身を包み、優雅な笑みを浮かべながら客人たちと談笑している。
柔らかな光を受けた彼女の美しさは、まるで星のように輝いていた。
だからこそ会場にいる誰もが、セラを一目見ようと注視している。
そして……


「ぜひ一度、うちの息子とお会いしていただきたい」

「我が家も格式ある家柄で、長男と次男がおりますの」

「いずれは長男が爵位を継ぐことになりますので、是非一度当家にお越しくださいませんか?」
 

公爵家とより深い縁を持ちたい者達が、遠回しに縁談を持ちかけていた。
皆年頃の息子を持つ親達なのだろう。
懸命にセラをその気にさせようと、言葉巧みに話しかけている様子だった。


「……やっぱりいらっしゃるんですね、そういう方々は」


伊庭君が苦笑いをこぼしながら静かに言う。


「まあ、あれだけの容姿で、しかも公爵家の跡取りとなれば、こういうのは後を経たないだろうな。むしろ今は少ないくらいだと思うぜ」


左之さんがそう呟く声を聞きながら、僕は黙ってセラを見護る。
彼女は落ち着いた様子で微笑みながら会話をしていた。
でもその笑顔の奥にわずかに困惑の色が見えて、あまり好ましくはないというのが窺える。
できることならセラを攫って、この場から遠ざけたいくらいだ。

様々な感情からセラを見つめていると、ぽんと僕の肩は叩かれる。


「心配せずとも、セラはそう簡単に誰かのものになんざならねぇよ。近藤さんがしっかり護ってるし、お前らみたいな若造が焦らなくても、デビュタント前に無理に縁談を進められることはねぇってことだ。まあ……今のところは、だけどな」


セラは父親である近藤さんに大切にされて、周りの人達にもちゃんと見護られている。
それが嬉しくもあり、少しだけ僕の心に影を落とした。
それはきっと、こうして愛されているあの子の隣に僕が立つことなんて誰も許してくれない気がしたからだ。


「お前ら、そろそろ解散しろよ。これ以上ここにいられると、警護の邪魔だ」


左之さんが手をひらひらと振り僕達を追い払おうとするけど、このままだとここに来た意味がない。


「左之さん、あの子をちょっと呼んでもらえない?」

「駄目に決まってるだろうが。客人に挨拶周りしてる途中だってことは見りゃ分かるだろ?ほら、散った散った」

「なんだよ、せっかくいいところだったのにさ」


平助がぶつぶつ言いながら背を向ける。
伊庭君に促され、僕も渋々その場を後にすることになった。

最後にもう一度、ちらりと会場を覗く。
セラは変わらず誰かと話し、いつものごとく愛らしい笑顔を浮かべていた。
まるで光に包まれた物語のお姫様のように。
そして僕はその光の外側で、ただ遠くから見ているだけの脇役に過ぎなかった。

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