7
千ちゃんとのワルツが終わり、引き続きもう一曲先程とは違うワルツが流れ始める。
平助がセラの手を取り、伊庭君は千ちゃんと。
僕とはじめ君が会場の壁側に寄ると、数人の女の子達が僕達の元へとやってきた。
「沖田君、もし宜しければ私と踊って頂けませんか?」
「斎藤君と踊りたいのですがご一緒して頂けますか?」
勿論そんな誘いには乗ることなく、適当な理由をつけて数人からの声掛けに断りを入れる。
はじめ君も同様だったらしく、二曲目のワルツが始まった後も彼は僕の隣にいた。
「踊ってくれば良かったのに」
「あんたこそ誘いに乗れば良かったのではないか?」
「嫌だよ、面倒臭い」
「あんたは相手がセラであれば喜んで踊るのだな」
「それははじめ君も同じでしょ?」
先程よりも明るい曲調のワルツで踊る平助とセラを眺めながら、なんだか少し微笑ましくて口元に笑みを作る。
他の男達と手を取って踊るあの子の姿にもこうして見慣れていくのだろうかと思うと、少し寂しい気にもさせられた。
「このような話をあんたにするのはどうかと思うが」
はじめ君は聞こえるか聞こえないかの声で、僕に話し掛けてくる。
ただ彼の方に視線を向けるも、はじめ君はただ真っ直ぐ、踊るセラを見つめているようだった。
「先日近藤さんに謁見を申し込んだのだが、多忙を理由に暫くは時間を作ることが厳しいだろうと告げられてしまった。出来ればセラがデビュタントを迎える前に話したいことがあるのだが、それが難しい状況だ」
恐らくはじめ君が何故謁見を申し込んだのか、近藤さんは大方予想しているのだろう。
互いの心情が理解出来る分、何も言うことが出来ずにはじめ君の言葉をただ黙って聞いていた。
「父にも話してみたが……何故か気乗りしないらしく反対されてしまってな。思えば以前セラに会いに城に出向いた時も、父は仕事を理由に同行を拒んでいたのだ。もしかすると家紋同士の間に何か蟠りがあるのかもしれんと考えたのだが、あんたは何か知らないだろうか」
「君が知らないことを僕が知ってると思う?」
「何か聞いていれば教えて貰いたいと思ったまでだ」
「セラには聞いたの?」
「いや、セラには何の話もしていない。記憶も戻っていないのだ、恐らくセラも知らないだろう。俺が謁見を申し込んだことすら知らないようだった」
無理もない話だ。
あの事件のことははじめ君とセラに知られず処理されたと山南さんも話していたんだから。
そしてこれは勝手に僕が口外して良いことでもないから、当たり障りないことを返すしか出来なかった。
「大切なのは当人同士でしょ。君とセラの関係が悪くないなら良いんじゃない?」
「そう簡単に割り切れるものではないだろう。まあ、あんたに言ったところで分からないだろうが」
「酷い言い方だね、それ」
「俺は何の柵もなく生きられるあんたが羨ましい。剣術の腕を磨きながら、己の信念に基づき主人を選べるのだからな」
「僕ははじめ君が羨ましいけどね」
今晩のようにセラを堂々とエスコートできることもそうだし、城に来たはじめ君に初めて会った時も僕は彼が羨ましくて堪らなかった。
僕にないものを沢山持っているだろうはじめ君が、洗練された立ち振る舞いでセラの隣にいるのを見て、憎らしさすら覚えたくらいだ。
今は色々と事情を知り、過去の事実に胸は痛くなるけど。
それでもはじめ君は、そこらへんの爵位の高い男達より素晴らしい青年だと僕は思っている。
「今色々悩んでも仕方ないとは分かっているつもりだ。だから俺に出来ることを少しずつしていきたいと思っている」
「それがいいんじゃない?未来がどうなるのかなんて誰にも分からないしね。ただ僕も最近思うんだけどざ、人生ってままならないものだよね」
「ああ、そうだな」
どんなに足掻いても手に入らないものがあるかもしれないと思い始めている今日この頃。
自分のこの想いは、最後はどこに沈むのだろうと考えてしまう僕がいる。
でも結末がどうであれ、後悔だけはしたくない。
僕は僕が思い付く方法で最後まで足掻いていたい、これは全てのことに関してだけどね。
「ワルツが終わったようだな。三曲目までは時間が空くようだ」
「そうみたいだね」
僕達の元に来る四人と合流すると、自然と僕の足はセラの元へと向かう。
彼女の細い髪を耳に掛けると、愛らしい笑顔が僕を包み込んでくれる気がした。
『二曲続けて踊ったから、喉渇いちゃった』
「私は暑くなっちゃったわ、誰か一緒にバルコニーに涼みに行かない?」
「総司、あんたが彼女に付き添ってやったらどうだ?」
セラを誘って何か飲み物を取りに行こうと思っていた矢先、はじめ君にそう声を掛けられる。
千ちゃんの相手役という立場柄、その返答に迷っていると、『行ってきて』とセラが僕に微笑みを向けた。
「分かったよ。じゃあ千ちゃん、行こうか」
「ええ」
「お二人とも、次のワルツの時には戻ってきて下さいよ」
「じゃあ俺達はワインでも飲みに行こうぜ」
去って行く四人の背中を見送りながら、僕もセラの方に混じりたかったと心中でため息を吐き出す。
千ちゃんに悟られないよう笑顔を作り、彼女と一緒にバルコニーへと向かった。
けれどバルコニーには既に沢山の先客がいて、どこもかしこも良い雰囲気の男女ばかり。
ここに混じるのは気乗りがしないと考えていると、千ちゃんがバルコニーのドアを開けるなり皆に言った。
「こちらで涼ませて頂きたいのだけれど、場所を空けて下さらない?」
彼女の方を振り返った生徒達は姿勢を正すなり頭を下げて、皆バルコニーから去って行く。
あっという間に人払いをしてしまった彼女に驚いて、僅かに目を瞬かせてしまった。
「君の権限って凄いんだね」
「そうね。今日は王太子殿下と王女殿下がご欠席されているみたいだし、私の天下かしら」
「ははは、いいね。さすがは大公女様だ」
「私をエスコート出来ることを誇りに思ってよね」
「はいはい、そうですね」
誰もいなくなったバルコニーからは、星が綺麗に見える。
夏空に浮かぶ星座を一望出来るこの場所は、出来ることならセラも連れてきてあげたかった。
「あれが白鳥座だね。デネブ、ベガ、アルタイルの夏の大三角だ」
星を見上げて何となくそんなことを話してみても、千ちゃんは何も言わずにただ星を見上げている。
何かを思い出しているのかその顔はいつになく悲しそうにも見えて、僕はやれやれと口元に笑みを作った。
「でもさ、君の権限ってやつ?それがあるならその大公子をもっと簡単に黙らせられたんじゃないの?」
「ふふ、それは少し誤解ね。権限なんて大層なものじゃないの。ただうちの家はあまり敵に回したくないと思われてるってだけ」
「へぇ……どうして?君のご両親って、そんなに恐れられてる人たちなの?」
「んー……怖いというより、厄介なのかもしれないわね。うちは古い家系で、いろんな家紋に顔が利くの。直接じゃなくても、遠縁とか、経済的な繋がりとか。表にも裏にも」
「裏?」
「噂話とか、水面下のやりとりとかね。たとえば誰が誰と密かに繋がってるかとか、昔の不祥事の話とか……。些細なことだけど、知られたくないことってあるでしょ?」
「どうしてそんなに詳しいの?」
「さあ。私が子供の頃から父はよく外を飛び回っていたし、お茶会に出ても知らない名前が出ることは滅多にないの。家紋の者がいろんな土地で仕事をしてるから、自然と情報が集まってくるのかもね」
「なるほどね。君の家とやり合うのは、情報戦でも不利になるってことか」
「そういうこと。だから皆、正面から敵にはしたがらないの。だってそういうのって、面倒でしょう?だから私は、騒ぎにはあまり関わりたくないのよ」
ああ、だからこの子は学院で僕達以外とは関わらないのかと何となく察する。
そして周りもこの子とは親密になり難いのかもしれない、それは自分の家紋に後ろ暗いことがあれば尚のことそうなるのだろう。
「だから正直、あんなことがあったのにセラちゃんと斎藤君が仲良くしているのは意外だったわ」
「え……?まさか知ってるの?」
「ええ。申し訳ないけど、お付き合いする前に彼女の家と斎藤君の家のことは調べさせて貰ったもの。だから過去の話は知ってるわ。勿論あの二人は何も知らないみたいだから、余計なことは言ってないけどね」
「その話は伊庭君と平助も知らないんだ、あの二人にも言ってないよね?」
「ええ、勿論。何となく沖田君はそのことを分かってそうだったから話してみただけ。あと一応情報を扱う身として、口は堅いもの。そう簡単に人にべらべら話さないわ」
千ちゃんの言葉に複雑な心情になったのは、この子は僕の知らない情報を沢山持っていて、その中にはきっと僕が知りたくて堪らない情報もあるのかもしれないと思ったからだ。
特別親しくなるつもりはなかったけど、千ちゃんを味方につけることはアストリアにとっては勿論、僕にとってもプラスになるのではないかという考えが頭の中に過ってしまった。
「でも、やめてね。他の家のことを色々聞いてくるのは。私、セラちゃんのことは信用してるけど沖田君のことはまだそんなに信用していないもの」
「君って本当に気持ち良いくらいはっきり物を言う子だよね」
「あら、嘘を並べる人よりずっと良いと思うけど」
「まあ、そうなんだけどね」
千ちゃんに制されたとしても、僕の心中は騒めいて中々落ち着いてくれない。
人目のつくところでは話せないし、聞くならば今が絶好のチャンスだからだ。
「でも千ちゃんはセラが好きなんだよね」
「ええ、そうよ?」
「じゃあさ、セラのこと一つ教えてあげるから、代わりに一つ情報を貰いたいんだけど」
「セラちゃんの好きな食べ物とかだったらダメよ。知ってるもの」
「そんなことじゃないよ。もっと重要なあの子の将来に関わることだよ」
その言葉に千ちゃんも興味を持ったらしい。
ずっと星を見上げていたのに、ようやく僕の方にその顔を向けた。
「将来のこと?まさか縁談とか、そういった類の話?」
「ご名答、よく分かったね」
「将来の話で他の家紋と関わることと言ったらまず浮かぶのは縁談だもの。もしかして土方家の大公様からお声が掛かってるの?」
「なんで君、そんなことまで分かるの?」
「だってセラちゃんを保護して下さった方でしょ?それを聞いた時から、何となくそうなるんじゃないかなって予想してたわ。女嫌いで有名なあの大公様が、半年以上も身元すら分からない子の保護をするなんでちょっと驚いたんだもの」
「土方さんが女嫌い?」
「ええ、そうよ。私はお会いしたことはないけど、兎に角縁談は全て断ってるみたい。彼のお城には若い女性すらいないって聞いたこともあるわ」
思い返してみれば、土方さんの城には侍女はいても皆ある程度年齢のいった方ばかりだった。
城の規模に対して従者の数も少なく、若い男性の騎士が多い印象を受けたけど、千ちゃんの情報の正確さは期待以上かもしれない。
「本当に色々な情報を持ってるんだね」
「全て頭に入ってるわけではないわよ、土方さんの話を聞いてから、念の為少し従者に調べて貰っただけよ」
「君って……本当にセラのことが好きなんだね」
「当たり前じゃない。だって初めて出来た友達なの。あの子だけは、私を怖がらずに接してくれるから大切にしたいの」
「セラも同じこと言ってたよ。初めて女の子の友達が出来て本当に嬉しそうにしてたんだ」
以前の世界でも、千ちゃんはセラを小馬鹿にする連中から彼女を守ってくれていた。
千ちゃんの後ろ盾があったから、セラはこの学院で立場を失わずにこうして楽しい毎日を送れていると言っても過言でない気がした。
「それで沖田君は何が知りたいの?もしかしてその大公様との縁談が成立してしまうのが気に食わないとかかしら」
「まあ、そうだね。セラも断りたいって言ってるんだ。でも何せ沢山の都市を統治している大公様だから、あの子の父親は土方さんと一緒になって貰いたいと思ってる。だから何か弱味とまではいかなくても、縁談を断れる材料はないかなって」
「沖田君……、それは問題よ?こんな話、誰かに聞かれたらあなたの立場も危うくなると思うわ」
「だから誰もいないこの場所で千ちゃんにだけ話してるんじゃない。それにセラの意志は無視してないよ。あの子も断りたいのに、事が上手く運ばなくて困ってるんだ。だから千ちゃんが協力してくれると助かるんだけど」
「そう言われても、あの大公様はセラちゃんのお相手に申し分ない人なんじゃないかしら。しかも命の恩人なわけでしょ?」
「そうかもしれないけど、何かないの?極秘の情報とか」
「ないわけではないけど……」
渋った様子で黙り込んだ千ちゃんを目の前に、僕はただ静かに言葉を待つ。
褒められた行為でないことは百も承知だけど、セラが他の男の手に渡ることを食い止められるなら構わない。
土方さんに後ろ暗いことがないかも知るべきことだと思うから、聞くまではここを離れないつもりだった。
「あら?ワルツが聞こえるわ。私達もそろそろ戻らないと……」
「待ってよ」
思わず目の前の手を掴んで引き止めると、千ちゃんは僕を見上げる。
このタイミングを逃すわけにはいかないと、僕も彼女を真っ直ぐ見つめた。
「次のワルツまでに戻ればいいよ。それでさっきの話だけど、教えてくれない?土方さんのこと」
「でも私の立場もあるの。口外したと知られたら、父にとてつもなく怒られてしまうわ。それに情報が正しい保証もないから責任だって取れないし」
「誰にも言わないよ、勿論セラにだって言わない。それに僕が教えて欲しいって頼んだんだから、たとえ情報が間違っていても君を責めることはしないよ。だから教えて」
千ちゃんは僕の真剣度合いを見極めているのか、少し眉を顰めながらも僕を真っ直ぐ見つめている。
僕も視線を逸らすことなく彼女を見つめ返すと、観念したかのように彼女はため息を吐き出した。
「分かったわ。でもこれも調べた時にたまたま耳に入った情報で、五年以上も前の話だから信憑性もないけど」
「うん、いいよ」
「土方さんには血縁関係のない妹さんがいらっしゃったみたいなんだけど、その話は知ってる?」
「ううん、聞いたことないよ。城に行った時も会ってないかな」
「勿論会えないわよ、妹さんはもうだいぶ前に亡くなってるって噂だもの」
「え?そうなの?」
「デビュタントを迎えて直ぐだったかしら、事件に巻き込まれて亡くなってしまったそうよ。彼の女性関係のトラブルに巻き込まれたって話だけど」
「女性関係のトラブルって……つまり土方さんの知り合いの女の子に殺されたとか、そういう話?」
「恐らくね。でも土方さんが女関係にだらしなくてトラブルになったのか、ただの逆恨みだったのか、そこまでは私も分からないわ。ただこの話には続きがあってね、その妹さんのことは土方さんが秘密裏に保護してるんじゃないかって言う人もいるらしいの」
それはつまりどういうことだろうと、一度無言になって考える。
「……それってつまりその妹さんと土方さんが深い関係である可能性があるってこと?」
「わからないけど、なきにしもあらずじゃないかしら。血の繋がりがなくても、兄妹という関係上、公には認められないでしょ?」
「仮にそうだとしたら、なんで土方さんはセラに婚約を持ちかけたのさ……」
「考えられるとしたら、周りを欺くためとか?大公ともなると、そのまま誰とも結婚しないわけにはいかないでしょうから。でもこの話はあくまで噂よ、信憑性は薄いわ。私が知っているのはそのくらいよ」
確かにこの話だけだと、真実は何も分からない。
けれどもしかしたら叩けば埃が出る可能性もなくはないし、探りを入れてみる価値はありそうだ。
「ありがとう、千ちゃん。教えて貰えて助かったよ」
「どういたしまして。役に立てたかどうかは分からないけど、セラちゃんに相応しい相手かどうかちゃんと沖田君が見極めてよね?」
「言われなくても。恩に切るよ」
土方さんに会う機会は必ず来る。
その時に鎌をかけて聞いてみようと考えていた僕は、真実がどうこうより、ただセラからあの人を遠ざけたいと思っていたのかもしれない。
土方さんを気遣う気持ちは持ち合わせずに、ただ事が上手く運ぶことだけを願っていた。
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