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初めての星祷祭は、楽しくもあり緊張もした。
人前でワルツを踊ることは勿論のこと、色々な男性と手を重ねて踊ることもまだ慣れない。
あれだけ一緒にいる三人に対しても緊張してしまうのだから、社交界デビューをした後、初見の男性ともこれを繰り返さなければならないと思うと、早く慣れなければならないという気にさせられた。
でもはじめも平助君も、伊庭君だって皆優しく私をリードしてくれる。
まだワルツに慣れない私を理解して、優しくフォローもしてくれた。
そして三曲目のワルツが終わり、粗相なく出来たことに安堵しながら伊庭君を見上げる。
伊庭君も柔らかい笑顔を向けて、私に温かい言葉をかけてくれた。
「君と踊れて光栄です、ありがとうございました」
『こちらこそお相手してくれてありがとう。私も伊庭君と踊れて良かったよ』
当たり前だけど、男性によってリードのしかたも全然違う。
総司としか踊ったことのない私にとって、他の三人にワルツをお相手して頂けたのはとても勉強になった。
それに最後は念願の総司とのワルツ。
練習していた時からいつか公の場で総司と踊れることを心待ちにしていたから、とても楽しみで胸の高鳴りを感じていた。
『はじめ、千ちゃんと総司は見たかな?』
「いや、まだここにはいないようだ」
「てか今のワルツも千がいなかったから、俺踊ってないんだよ。まだテラスにいんのかな」
そう言えば三曲目は平助君と千ちゃんで踊る約束をしていた。
もしかしたらまだテラスにいて、ワルツが始まったことに気付いていない可能性がある。
『私、テラスに行ってみるね』
「ならば俺も行こう。俺も次は千が相手だからな」
『ありがとう。それじゃあ行ってくるね』
壁側に寄って立つ伊庭君と平助君にそう告げて、逆側にあるテラスに向かってはじめと一緒に歩いて行く。
その途中で最後のワルツの前奏が始まり、私は少し焦る気持ちでテラスへと急いだ。
けれど、会場の中央にはこれから踊る人達が集まってきてしまう。
人とぶつかりそうになった私を、はじめが優しく庇ってくれた。
「気をつけろ」
『ありがとう……』
「総司達は遅いな、急がなければ始まってしまうが」
『そうだよね。テラスも沢山あるけど、どこのテラスにいるんだろう……』
一番手前のテラスはとにかく人が沢山いてよく見えない。
その隣も人が多くて、目を細めてみてもここからだと人の見分けはつかなかった。
けれどふと見た一番端のテラスに、二人でいる総司と千ちゃんを見つける。
そのことに私の口角は上がり呼びに行こうと一歩踏み出した時、動き出した私の足は、また止まったまま動かなくなってしまった。
私が見たのは、総司がテラスから出ようとした千ちゃんの手を掴み、彼女を引き止めているところだった。
真剣な眼差しで見つめ合う二人を見て、心臓が嫌な音を立ててとても苦しい。
そのいつもとは違う二人の様子に、言葉も出せず、身体も動かず、ただその場に立ち尽くしてしまう私がいた。
『あの、はじめ?もう……ワルツも始まっちゃったからここで待っていてもいいかな。踊ってる人の邪魔になったら申し訳ないし』
「しかし、良いのか?」
『うん、もし二人が戻って来たら踊ればいいよ』
「ならば俺ともう一曲踊って貰えないだろうか?」
寂しくて思わずはじめに手を伸ばしそうになった。
でも総司は私と踊るのを楽しみだと言ってくれた。
だからきっと私のところに来てくれると信じて、首を横に振った私がいた。
『ごめんね、一応約束したから待ってみる』
「……そうだな。もしかしたら平助達のところに戻っているのかもしれん。もう一度先程の場所に行こう」
『うん、そうだね』
総司達が平助君達のところにいないことは分かっていたけど、いまだに見つめ合っている二人をこれ以上見たくなくて、顔を背けるようにはじめと一緒に元いた場所へと戻る。
すると二人とも少し驚いた顔をして、私達を見ていた。
「沖田君と鈴鹿さんはいらっしゃらなかったのですか?」
「ああ。ワルツが始まって途中から奥に進めなくなってしまった故、ここに戻ってきた」
「はあ?何やってんだよ、あいつ。折角セラが待ってくれてんのに」
『ううん、いいよ。テラスにいたら音楽も聞こえないかもしれないし、仕方ないよ』
「そうでしょうか。こういった場所はテラスにいても音楽に気付けるよう作られていると聞いたことがありますよ」
「だとすれば、余程の注意力不足なのだろうな」
『でもほら、皆で話してても楽しいよ。あ、向こうの赤ワインが気になってたの。皆で飲みに行かない?』
「お、行こうぜ!もう少しで星祷祭も終わっちまうし、最後まで楽しまないと損だよな」
『そうそう。沢山楽しんだもの勝ちだよ』
「確かにそうかもしれませんね、では行きましょう」
あまり考えないようにしながら、皆と他愛ない話で盛り上がる。
それでも気付くと私の視線は二人がいたテラスに向けられて、まだ出てこない総司達が何の話をしているのか、どうして私のところに来てくれないのか気になって仕方がなかった。
総司のことは信頼しているし、あの人は絶対私を裏切らない。
そう思っていた筈なのに、簡単に揺らいでしまう自分自身が嫌で堪らなかった。
「セラ、平気か?」
『え?何が?』
「先程から少し思い詰めたような顔をしているように見える。総司のことが気になるのか?」
はじめは伊庭君や平助君に聞こえないように気遣いながら、私に話し掛けてくれる。
いつも通りにしているつもりだっただけに、こうしてはじめにまで心配を掛けてしまう自分がまた情けなくなった。
『ううん、全然。今日は初めてこういう場に来たから、実は結構緊張しちゃってたの。それで少し疲れちゃったのかもしれないけど、それだけだよ』
「そうか、ならば良かった。こういう場は俺も慣れないが、今日はセラをエスコート出来て良い一日になった、礼を言う」
『私もはじめにエスコートして貰えて良かったよ。初めてのワルツも緊張したけど、とても楽しかった。ありがとう』
はじめはとても優しくて紳士的な素敵な人だ。
最初の頃はあまり感情が読めない人だと思っていたけど、今は仲良くなってその優しい笑顔をよく見せて貰えるようにもなった。
こうして私を気遣ってくれるし、真面目だし、なによりお父様とはじめのお父様は昔からの友人だという。
それなのにお父様は、何故あんなにも血相を変えてはじめとのことを不安視していたのだろうと胸に引っ掛かりを感じていた。
「あ、ワルツが終わったみたいだな。これで星祷会も終わっちまうんだな」
「早いものですね」
平助君と伊庭君の言葉を聞きながら、ワルツが終わった後も幸せそうに見つめ合う人達を見て羨ましく思う私がいる。
今日一日、総司と踊ることを楽しみに胸を膨らませていた自分が少し馬鹿みたいだと考えながらワインに口をつけた。
「それにしてもあの二人は遅いですね。閉会の儀も終わったというのに、何をしているのでしょうか」
「わっかんねーけど、ありえねーよな。あ、俺帰る前にレストルーム寄ってきたいんだけど」
『私も寄りたいな』
「でしたら皆で行きましょうか、ここにいても仕方ありませんしね」
「ならば俺が総司に伝えておく。セラも疲れているだろう、先に馬車に戻っていた方が良いのではないか?」
「ありがとうございます、ではそうさせて頂きましょうか」
『はじめ、今日は本当にどうもありがとう。楽しかった。また学院でね』
「ああ、こちらこそありがとう。今日は城でゆっくり休んでくれ」
『うん、はじめもね』
優しく微笑んでくれたはじめに微笑みを返し、私達三人には会場を後にする。
寂しい気持ちで見上げた夜空には、夏の大三角形が綺麗に輝いていて。
総司とこの空を一緒に見上げただろう千ちゃんを羨ましく思ってしまう私がいた。
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