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土方さんの情報を聞き出した僕は、頭の中で自分なりの可能性を考えて今後のことを考えていた。
そんな僕をただ眺めていた千ちゃんは、急に何かに気付いた様子で会場の方に目を向けた。


「大変、もう閉会の儀が終わったみたい」

「え?」


少し慌てた様子の千ちゃんに続いて会場の中に戻ると、既に会場から出る人の波が出来ていた。


「え、待って。ワルツは?」

「終わったに決まってるじゃない、星祷祭自体が終わっちゃったのよ?」

「なんでさ、さっき聞こえてたのが三曲目じゃないの?」

「分からないけど、話に夢中になって気付かなかったのかもしれないわ。どうしよう、セラちゃんと斎藤君に申し訳ないことをしちゃった……」


僕と踊ることを楽しみに微笑んでくれたセラの顔を思い出し、節操感から落ち着かない心情になる。
けれど見渡しても人が多すぎてセラは見つけられないどころか、出入り口までゆっくり歩く生徒達のせいで前が詰まって中々先へ進めなかった。

そしてようやく会場の出入り口まで辿り着くと、はじめ君が僕達を見て視線を向ける。
その顔はいつになく少し苛立っているようにも見えた。


「随分と遅かったな。星祷祭は終わってしまったが?」

「斎藤君ごめんなさい……!ワルツ踊る約束していたのに、戻ってくるのが遅かったわ」

「別に構わない。迎えは来ているのか?」

「ええ、もう来ている筈よ」

「ならば遅くなる前に帰った方が良い。これだけの人だ、学院周りの道も混むだろうからな」

「そうさせて貰うわ。沖田君、今日はエスコートどうもありがとう。斎藤君も本当にごめんなさい。あと沖田君、セラちゃんと平助君にもごめんなさいって伝えておいて貰えるかしら?」

「うん、分かったよ。こちらこそ今日はありがとう。色々と助かったよ」

「ええ、今日は楽しかったわ。じゃあ二人とも、また学院で」


少し急ぎ足で去って行く千ちゃんを見送ると、予想していた通り、瞳を細めたはじめ君が僕を見据えている。


「あんたは何を考えている?約束は守るためにあるべきものだと習わなかったのか?」

「ごめん、はじめ君。まさかこんなに早く終わるなんて思ってもみなかったんだよ」

「理由はこの際どうでもいい。セラを悲しませたことが問題だ」

「……セラは悲しんでたの?」

「終始大丈夫だと笑っていたが、元気がないように見えた。俺達はテラス付近まであんた達を呼びに行ったからな」

「え?それならなんで声を掛けてくれなかったのさ」

「向かっている途中でワルツが始まってしまったこともあるが、セラがその場で待つと言ったため、その意思を尊重した。恐らくセラもあんたが鈴鹿の手を掴んで引き止めるところを見ていたのだろうな。あんた達のいるテラスを見て一度泣きそうな顔をしていた故、俺もあんた達がいることに気が付いた」


あの時は土方さんの情報を聞き出すのに必死だったから細かいことはよく覚えていない。
ただワルツの音楽が聞こえる中、確かに千ちゃんの手を掴んで引き留めたのはこの僕だ。
そしてあの時がワルツの三曲目ではなく四曲目だったのだと今頃になって気付いた。


「違うよ、あれは深い意味なんてないんだ」

「別に俺はあんたの事情などどうでも良い。ただセラは戻ってくるかもしれないからと最後まで誰とも踊らずあんたを待っていた。その気持ちを踏みにじったことを重く受け止めるのだな」

「それは……はじめ君の言う通りだね」

「あんたはセラの専属騎士だろう。そんなことをしていれば、いずれ護れるものも護れなくなるのではないか?以前のあんたは、もっと必死にセラを護ろうとしているように見えたが」

「僕はいつだってセラの身の安全を考えてるつもりだし、その気持ちは変わってないよ。はじめ君に僕の何が分かるの?」

「少なくとも俺は約束を破ったりはしない」


耳が痛い言葉だった。
黙り込んだ僕を同じように何も言わないまま見つめていたはじめ君は、一つ小さなため息を吐くと今度はいつものような淡々とした口調で僕に言った。


「セラ達は先に馬車で待機している筈だ。早く行ってやった方が良い」

「分かったよ。はじめ君、セラのこと教えてくれてありがとう」

「あんたの為ではない。セラにはしっかり謝罪するべきだと思い、告げたまでだ」

「それでも助かったよ。あの子にはちゃんと誠心誠意謝るよ」

「ああ、そうするべきだな」


今回ばかりははじめ君の言うことが正論だと分かるから、素直に頷く。
そしてセラ達の待つ馬車へと向かって走った。
息を整え、落ち着かない心情になりながら馬車に乗り込む。
すると三人は目を見開いたものの、セラは僕を見て優しく微笑んでくれていた。


『おかえり、総司』

「うん、ただいま」

「ただいまじゃねーって。お前、どこに行ってたんだよ」

「そうですよ。セラとワルツを踊る約束をしたこと、忘れてたんですか?」

「忘れてないよ。セラ、ごめんね。まさかワルツが終わってたなんて思ってもみなくてさ」

『全然大丈夫、平気だよ。だから気にしないで』

「いや、気にしなきゃ駄目だろ。セラはずっと待ってたんだぞ、約束くらいちゃんと守れよ」

『平助君、本当に大丈夫だから』

「こればかりは君が許しても、僕も平助君と同意見ですよ。テラス席には音楽も聞こえている筈ですし、注意不足ではないんですか?」

「二人の言う通りだよ。約束してたのに本当にごめん」

『うん。もう分かったから、本当に大丈夫だよ。だから総司はもう気にしないでね。二人も私の為にどうもありがとう』


「この話はもうやめよう」と柔らかく微笑んだセラの言葉に、僕達は互いに顔を見合わせその話を止める。
馬車は出発し、街灯の光だけを頼りに城へと戻って行った。


「なんかすげー人も多かったし、社交界って疲れるんだな」

『私もそう思った。これで初めてお会いする人と踊ったりお話しないとならないなんて、緊張もしそうだよね』

「本当ですね。今日はある意味少し雰囲気も味わえましたし、良い練習になったかもしれません」

『そうだね。それに皆と参加出来たから楽しかった』


セラは馬車の中でもいつも通り終始にこにこしていた。
僕と目が合えば微笑んでくれるし、至って何も変わらない。
それが余計に罪悪感を僕に植え付けるから、僕の心の中の鬱々としたものはなくならなかった。
そして平助や伊庭君と別れ部屋へと辿り着いても、やっぱりセラは僕を見上げて微笑んでいる。
そんな彼女を見つめてみても、小首を傾げて僕を見上げる様子は普段通りだった。


「今日は本当にごめんね」

『もう大丈夫って言ってるのに。気にしないでね』

「でも気にするよ。約束してたのにそれを破っちゃったからね」

『今日は千ちゃんのエスコートをしてたんだもん、千ちゃんを優先してくれて全然良いんだよ?』

「別に千ちゃんを優先させたわけじゃないよ。ただちょっと話をしてたから気付かなかったんだ」


千ちゃんの事情や土方さんのことをセラには話せない。
もし何の話をしていたのかを尋ねられたらどう返そうかと頭の中で考えていたけど、セラは僕を責めることも詳しく聞いてくることもしなかった。


『分かるよ。私も千ちゃんと話してると、楽しくてついつい話すことに夢中になっちゃう時があるの。だから本当に気にしないで』

「ごめんね、君と踊るの楽しみにしてたんだけどね」

『少し先延ばしになっただけだよ。総司とまた次の時、一緒に踊れるの楽しみにしてるね』


どうして来てくれなかったのかと、問い詰められて当然だと思っていた。
約束してたのに、楽しみにしていたのに、そう責める言葉だっていくらでも出てくる筈だ。
僕が逆の立場だったら、恐らくそういった文句は言ってしまうだろうし、何より他の異性を優先されたら面白くない。
それはどんな理由があったとしてもだ。

でもセラは問い詰めるどころか、文句や後ろ向きな言葉すら何一つ言わない。
学院に入ったばかりの頃の、謗られても罵倒されても気丈に笑い、ただ純粋に涙すら見せまいとしていたセラの姿をふと思い出した。


「セラっていつもそうだよね」

『え?』

「怒ったっていいし泣いたっていいのに。思ってることがあったら我慢しないで僕には言っていいんだよ。別に僕は、常にいい子でいて欲しいなんて思ってないんだからさ」


セラのそんな健気なところや相手を思い遣れるところが好きだけど、僕にだけはこの子の本当の気持ちも見せて貰えたらと思う。
テラスでのことを見ていたというはじめ君の言葉を思い出せば尚更だった。


『だけど……本当に大丈夫だよ。今夜のことはそんなに気にしないで』


何も言ってこないということは、ある意味一線を置かれているということなのかと、気になってしまう僕がいる。
自分でもこの子にどう言って欲しいのかは分からないけど、このままだと変に誤解されたままになるのではないかという不安は拭えなかった。


「今日、誰よりも綺麗だったよ。今も凄く綺麗だ」


セラは僕を見上げ頬を染めると、素直に瞳を揺らしてくれる。
いつもより少し妖艶にも見える彼女を腕の中に引き寄せて、触れるだけのキスを落とした。
頬の温かさを指先に感じると安心するし、こうしてこの子に触れられることが堪らなく嬉しい。
今夜のセラが今日限りだと思うと、この子の手を取って踊れなかったことが心の底から悔やまれた。


「千ちゃんが君に謝っておいて欲しいって言ってたんだ」

『千ちゃんも気にしてくれてたの?別にいいのに』

「それは気にするよ。君が逆の立場だったら気にしない?」

『そうかもしれないけど……、でも一回謝って貰えたら十分だよ。それに今回のことは、次に楽しみを先延ばししたんだって思ってるんだ。次に総司と踊る時、今日踊らなかった分だけドキドキ出来るし、それはそれで幸せかな』


それがこの子の本心なのか、そうやって自分に言い聞かせているのかは分からない。
ただいつもより元気なくも見えてしまう笑顔を目の前に笑うことが出来ないでいると、そんな僕を見てセラもその瞳を揺らした。


『どうしてそんな顔するの?』

「いや……なんかそうやって言ってもらえると逆に申し訳なくなっちゃってさ。君が心配になるんだよ」

『じゃあ私はなんて言えばいいの……?』

「なんて言えばいいとか、そういうことじゃなくて……なんだろう、難しいな」


ずっと微笑んでくれていたけど、また僕は余計なことを言ってしまったのかセラの瞳は不安気に揺れ始める。
思わず滑らかに肩を撫でれば、それは頼りなさ気にぴくりと揺れた。


「とにかく、無理はしないで」

『無理なんてしてないよ……。だって……私は総司を信じてるもん。それなのにそんなに気にされたら、逆に心配になるよ……』

「心配はしないでいいよ。僕はセラが好きだし、いつだって君のことだけ考えているからね」


僕はセラ以外の女の子とは深い関係になったこともないから、こういう時なんて言ってあげればいいのかも分からない。
だからこそ素直に本心を伝えて柔らかい頬を撫で、感情のまま唇を寄せた。
想いが伝わるように何度も重ねて、腰に回した腕で華奢な身体を引き寄せる。
離したくなくて暫くそうしていると、唇を離した時セラの瞳は愛らしく潤んでいた。


『私も総司が大好きだよ』

「本当?僕と踊れなくて残念だなって少しくらいは思ってくれてる?」

『思ってるよ、当たり前のこと聞かないで』

「だってセラがそういうこと言ってくれないからさ、別にどっちでも良かったのかなって思って。楽しみにしてたのは僕だけだったのかなって思うじゃない」

『どうしてそんなこと言うの?私はずっと待ってたよ。総司が来てくれるの、ずっと待ってたのに……』


僕が言った言葉は、セラの本心を聞き出す為に敢えて言ったものだった。
それに素直に反応してくれたセラは、ようやくずっと我慢していただろう涙を綺麗な瞳に湧き上がらせて、悲しみに耐えるように唇を結んだ。


『……総司が来てくれなくて悲しかったに決まってるでしょ……』


涙と一緒に溢れ落ちた彼女の本音をようやく聞けて、またこの子への愛おしさが込み上げる。
頬を次々と濡らしていく涙を指先で拭い、そのままセラに微笑みを向けた。


「ごめんね、セラ」


一度箍が外れると素直に涙を見せてくれるセラは、綺麗な泣き顔で僕を誘う。
僕にだけ見せてくれる余裕のない表情が、今夜も僕の全身を絡め取るごとく僕の心を掴んで離さなかった。


『私より千ちゃんが好きならちゃんと教えて欲しい……』

「何言ってるのさ、そんなことあるわけないでしょ?流石にそれはないよ、千ちゃんもそれを聞いたら笑うと思うよ」

『でも私と踊るより千ちゃんと話してたかったのかなって心配になったの……』

「千ちゃんとも君の話ばかりしてたよ。あの子もセラのことが大好きだから大切にしたいって言ってたしね。それに本当に気付かなかっただけなんだ、分かってたら僕は君のところに行ったよ。今も君と踊れなくて凄く後悔しているし、こうやって君を悲しませて情けなく思ってる。でも僕が好きなのはセラだけだから、それだけは信じて」


素直に頷いたセラは、伏目がちのまま頬に添えていた僕の手に自分の手を重ねる。
甘えるように頬を擦り寄せるから可愛い過ぎるわけだけど、セラが涙を見せてくれてようやく彼女の心に触れられた気がした。


『総司のことは信じてるよ。信じてるのに心配になる気持ちが嫌だったし、本当は総司の前で泣きたくなかったのに……』

「別に泣いたっていいのに。僕を思って泣いてくれるなら僕は嬉しいけど?」

『総司は意地悪だよ。あんな聞き方してこないで欲しかった……』

「仕方ないじゃない、君が素直に思ってることを言わないんだから。僕は君が悲しんでいるならちゃんとそれを受け止めたいし、怒ってるなら馬頭されたって殴られたって構わないって思ってるよ」

『そんなことしないよ……』

「でも本心だよ。僕は感情のまま表情が変わる君を見ているのも凄い好きなんだ。だから我慢しないで僕には全部見せてよ」

『うん……。ありがとう、総司』


まだどこか頼りなさ気な笑顔だったけど、セラは小さく鼻を啜って涙を拭う。
赤くなった目元は彼女の美しさを引き立たせるようで、その瞳から目を逸らせない僕がいた。
そして僕の肩に彼女の手が置かれ少しの重みが乗った時、柔らかい唇が彼女の方から重ねられる。
ぞくりと沸き立つ何かを感じた時にはセラのしなやかな腰を抱き寄せ、僕自ら彼女の唇に深く口付けていた。
 

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