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セラのデビュタントが目前に迫ってきた頃。
僕達は近藤さんと食事をしながら、当日について色々と話を聞いていた。
上機嫌に話す近藤さんは、セラのために上等なボールガウンとオペラグローブを用意したらしく、彼女のデビュタントをとても楽しみにしている様子だ。


『ありがとうございます、お父様。お父様とファーストダンスが踊れることを楽しみにしていますね』


デビュタントは16歳から20歳頃の良家の子供が、社交界デビューをはたす際に出席するお披露目パーティーだ。
デビュタントに参加すると、そこからようやく一人前として社交界への参加が認められるようになる。
王族、貴族、上流階級の名家など爵位や称号を持つ人々が集う華やかな舞踏会に出席して、将来の伴侶を探すことは上流社会の令嬢達には必須項目となっていた。


「総司も適齢期だからな、セラの付き添いも兼ねて是非参加して欲しい。山崎君と共に俺達の護衛も頼めるか?」

「勿論喜んでお引き受け致します」

「今後総司にはセラが舞踏会に出席する際に同行を頼むことになるだろう。頼りにしているぞ」


許嫁がいないセラには無条件で彼女をエスコート出来る男性はいない。
デビュタント以外で父親と参加するご令嬢はいるわけもなく、彼女と年齢の近い僕が専属騎士として選ばれたのはこの様な役割を担うことを視野に入れての判断だった。
それだけ近藤さんは僕に絶対の信頼を寄せていて、セラに将来の相手が出来るまでの間、僕はこの子を護りながら必要な時だけエスコートをする。
その名誉であり辛くも感じられるこの役目は、僕に様々な葛藤を与えていた。


「それでだな。先日トシから手紙が届いたのだが、彼も是非セラのデビュタントに立ち会いたいと言って下さってるのだ」

『土方さんが……?』

「ああ、最近彼にも会えていないだろう?久しぶりにゆっくり話す時間を持ちなさい」


デビュタントは、それに出席する親族や関係各者による多額の献金と招待客が支払う高額な入場料によって運用されている。
当たり前のことながら参加資格は厳しく、家柄や学歴だけではなく様々な条件により制限を受けていると聞いた。
参加者でもないのにその場に出入り出来ることは土方さんの権限の強さを意味していて、静かに黙り込むセラの横顔を眺めながら、気分が重くなるのを感じていた。


食事の後、当日着用予定のドレスやタキシードの試着を終えた僕達は自室へと戻る。
彼女の部屋の中、セラを引き寄せソファに座らせるとそっとその身体を抱き締めた。


「実感が湧かないな。もう直ぐ君が社交界デビューなんてさ」

『そうだね。でも社交界デビューは総司も同じだよ』


近藤さんは、今後セラに同行する際、僕にも気に入ったご令嬢が見つかれば将来を見据えて交際をしてみるといいと言ってくれた。
その場合は近藤さんが口利きをしてくれるという話だったけど、近藤さんのご厚意を嬉しくないと思ってしまったのはこれが初めてのことだった。


『嫌だな、総司が他に好きな子を作っちゃったら……』

「出来るわけないでしょ。それ本気で言ってるの?」

『だって先のことは誰も分からないから……』


僕から視線を逸らし不安そうに瞳を揺らしたセラは、十分本気で心配しているらしい。
何も話さないまま良くない想像をしているのか、その顔にいつもの笑顔は全く見られなかった。


「いっそ他の子を好きになれたら良かったのかもしれないね」


こんなに想っているのに、セラにはその半分も伝わっていないのではないかというもどかしさから、思ってもいない言葉が口から出る。
唇を結んでただ僕を見つめるセラを見つめ返しながら、そっと彼女の指先に自分のを絡めた。


「でも無理なんだ。僕は君しか考えられないし、他の子を探すくらいならたとえ君が他の人に嫁いだとしても護衛として君の傍にいたいって思ってるよ」

『総司……』

「ねえ、もし君がここを出て誰かと生活を共にすることになったら、専属騎士としてこれからも僕を近くに置いてくれる?」


綺麗なミルクティー色の髪を一束掬い、忠誠を誓うようにそこへとキスを落とす。
セラは目を見開くと少し瞳を潤ませて僕を見つめていた。


『そんな……総司を縛るようなこと私には出来ないよ』

「どうして?君の命令なら僕はなんだって聞くよ」

『総司は元々、人の命令に素直に服従するタイプじゃないでしょ?』

「セラにならいいよ。僕はもうとっくの昔に君に忠誠を誓ってるんだ」


もしこの子がこれから変わってしまって、僕の他に好きな男が出来たとする。
僕を見る目が変わって、ただの騎士としか見てくれなくなったとしても、護衛として傍にいることを許してくれるなら僕はこの子の近くにいることを望んでしまうのだろう。
たとてその時、セラが他の男と仲睦まじくしていたとしても、それは変わらない事実だ。

でも僕の性格上、黙って大人しくはしていない。
隙があればセラに近寄り、僕に心が向くようあの手この手でこの子に取り入ろうとするだろうけど、それくらいは許して欲しい。
こうして傍にいる今でさえ、もっと君に近付きたいと思ってしまうんだから。


『私は他の人と生活することなんて選ばないよ。どんなにお父様を困らせたとしても、私は他の人と婚約なんてしない、ずっと総司といたいもん』

「それが通ればいいけど、下手したら僕が騎士免許剥奪になるかもしれないよね」

『そんな……』

「だから感情的にならないように慎重に動きたいとは思ってるんだ」


とは言えセラよりも僕の方がずっと感情的になりやすい。
セラに言い寄る男がいたら、片っ端から斬ってしまいそうな勢いだ。
いっそこの子を連れて、彼女以外の全てを捨てて生きられたらと幾度となく考えたけど。
この城で皆に愛されて暮らすさセラの居場所を奪うことは、僕に出来ることではなかった。


『デビュタントに土方さんがいらっしゃるってお父様は言っていたけど、やっぱりこのままは良くないと思ってるんだ。でもお父様にお断りしたいことを話しても中々納得して下さらないの。だからやっぱり次お会いした時に、直接お断りする方法が一番良い気がするんだけど、どう思う?』

「セラは土方さんを断って本当に後悔しないの?」

『しないよ、どうしてそんなこと聞くの?私は総司が好きだって言ってるでしょ?』


眉を吊り上げて、でも少し寂しそうに瞳を揺らしたセラが可愛らしくて笑ってしまったけど、僕の大切な子だからこそ後悔した人生を送って欲しくない。
勿論好きだからこそ全てを自分のものにしたいと思う気持ちもあるものの、それはいつだって表裏一体だから難しい問題だった。


「君が本当に断っていいって思ってくれてるなら、少し待ってくれる?僕も土方さんと話したいことがあるんだ」

「話したいこと?」

「うん。まあ他愛ない世間話だけどね。でも取り敢えず君はまだ動かないで待ってて」


セラはよく分からないと言いたげな顔で小首を傾げていたけど、素直に頷いてくれる。
頬に触れ親指の腹で唇を撫でると素直に上を向くようになった彼女の様子に微笑みを溢し、そっと触れるだけのキスをした。


『デビュタントでお父様とファーストダンスを踊った後、私総司とワルツ踊りたいな』

「勿論踊ろうね、それが一番楽しみだよ」

『私も。ずっと総司とだけ踊っていたいな』

「じゃあ今から練習場に行ってひたすら踊ってみる?」

『そういうことじゃなくって』


膨れたセラの様子に笑えば、彼女もくすくす笑い始める。
記憶が戻らないままもう一年が経ってしまったけど、そのことが気にならないくらい今の僕達は以前同様仲が良く、僅かな時間の合間を縫って愛を育むことが出来ていた。


『総司、大好き』


髪を撫でていると、不意に囁かれた言葉にいまだに胸が高鳴る。
どちらからともなく唇が重なり、曖昧で不安定な今の状況でも幸せを感じることができた。
何故なら立場がどうであっても、僕は今、間違いなくたった一つのこの子の心をこの手にすることが出来ている。
例え公にこの関係が認められなかったとしても、セラの心はこの先も僕のものだ。


「僕も君が好きだよ」


セラと出会えていなかったら、僕の毎日は何の色付けもないままただ流れていくだけだっただろう。
セラと言葉を交わし、その微笑みや優しさに触れた時、こんなに綺麗で明るい場所がこの世界にあったのかと驚いたくらいだった。
けれど一度この輝きを知ってしまったから、また色褪せた世界には戻りたくないと思う僕がいる。
この子だけは絶対に失えないと強く心が訴えるから、その為に出来ることならどんなことでもしようとデビュタントの日のことばかりを考えていた。


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