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大聖堂の中。
綺麗な光がステンドグラスを通して惜しみ無く差し込んでいる。
大きな十字架の下に並べられた二つの棺の中に、多くの人が花を一輪ずつ添えて涙を流していた。

棺の前で涙を流す千ちゃんや、平助。
伊庭君やはじめ君。
騎士団の皆も誰一人何も話すことはないまま、ただ最後の別れの時間を惜しむようにその場にいた。
僕の横には寄り添うように山南さんと山崎君がいて、その瞳を涙に濡らしている。

皆がセラの為に集まっているのに、君は今どこにいるの?
近藤さんと一緒に、どこかで僕達を見ているのかな。


「お二人を刺した女性についてですが、土方君のかつての義妹にあたる人物で、間違いないようです。彼への執着心が捨て切れていなかったようで、お嬢様との関係を知り、あのような事件を起こしたそうですね」

「しかし……情報の出処はどこだったのでしょうか?婚約をしていたわけではないのに。それに、あの夜会は貴族のみに開かれた正式なデビュタントのはず。外部の者が容易に紛れ込めるとは考えにくいのですが」

「山崎君の仰る通りですね。しかし真相は分かりません。彼女は毒を所持していたらしく、牢獄の中で自害したそうですから」

「……そんな……あれだけのことをしておいて、何も語らずに……」

「ただ土方君の城の近辺で彼女の目撃証言が多数出たようなので、恐らくお嬢様と土方君が仲睦まじくしているところを何度か見ていたのでしょう。目的はお嬢様ではなく土方君を苦しめることだったようですね。彼の苦しむ姿が見れて満足だと、最後に彼女は笑っていたと報告を受けました」

「……自分が届かなかった想いを憎しみに変えるなんて……。しかも、なんでお嬢様を……。こんな理不尽なことが何故できるんだっ……」


二人の話を聞いても、怒りの感情すら込み上げてこない。
あの子がいないこの世界には、僕の心を動かすものはもう何一つ残されていなかった。


「沖田さん、山南さん。自分が一番近くにいながら、お二人を護れなかったことを心よりお詫び申し上げます」


深く頭を下げた山崎君の肩に、山南さんがそっと手を置く。
「君のせいではありませんよ」と言った山南さんは、辛そうに顔を歪めていた。


「山崎君ではなく僕のせいですよ」

「いいえ、沖田さんではありません。お二人が襲われた場所は俺からの方がずっと近かったではないですか」

「セラを護るのは僕の役目なのに、それが出来なかった。それは他の誰でもなく僕の落ち度だ」


一度目の時にあれ程後悔をして、ずっとあの子から目を離さないと、次こそは絶対に護ると誓ったのに結局僕はまたあの子を護れなかった。
大切で堪らなかったあの子の身体にあんなにも無惨な傷を負わせて、なにが専属騎士だと唇を噛み締めた。


「でしたら……近藤さんが命を落としてしまったのは間違いなく俺のせいです。俺は……あの人の為にここまでっ……」


堪えきれなくなった涙を流した山崎君を横目に、最後のセラの言葉を思い出す。
最後の力を振り絞って告げてくれた彼女の言葉は、あれから幾度となく僕の心の中で繰り返されているものだった。


「……っ……」


セラが亡くなってから一日、僕はどのくらい情けなく泣いたのだろう。
それでも枯れることのない涙は、再び僕の頬を伝って流れ落ちていった。
気付けば一人、また一人と大聖堂のチャペルからは人が捌け、最後には僕と山南さん、山崎君だけが残された。
それでもここから立ち去るつもりのない僕は、棺の中の近藤さんとセラの顔を、ただ黙って見つめていた。


「近藤さんがご逝去された今、このアストリア家もいずれ家紋の資格を剥奪され、没落は避けられないでしょう。この状況では辛いかもしれませんが、お二人とも、然るべき時が来たら別の仕官先をお探し下さい」

「山南さんはどうなさるおつもりですか?」

「私ですか?……そうですね。御存知の通り、かつての負傷が原因で剣を握るのもままならず……今さら他家の旗下に身を置くほどの気概もありません。どこか街の片隅で、出来る仕事を探して静かに暮らしていくつもりです」

「でしたら……もし差し支えなければ、自分もご一緒させていただいても構いませんか?」

「それは意外ですね。山崎君ほどの腕ならば、引く手あまたでしょう?いくらでも立派な家紋に迎えられるはずですよ」

「自分ももう他家に忠誠を誓うつもりはありません。お嬢様や近藤さんのいない主家に仕える意味など見出せませんから」

「そうですか。君らしい誠実なお考えですね。でしたら共に参りましょう。ただし……」

「何か、問題でも?」

「アストリア家の財は、ほとんど残っておりません。昨晩のデビュタントの件、王宮からの指名責任により、莫大な賠償金が課される見通しです。この屋敷も遠からず手放すことになるでしょう」

「構いません。山南さんと共に歩めるなら、それで十分です。……それより、沖田さんはどうなさるのでしょうか?」


山崎君の問いかけに、僕は何一つ言葉を返さなかった。
これからのことなんて考えるつもりもなければ、そんなことはどうでもいいことだったからだ。
思わず伸ばした手がセラの頬に触れるとあまりに冷たくて、これが現実なのだと思い知らされる。
温かい頬に触れると嬉しそうに僕を見上げるこの子は、もうどこにもいなかった。


「……大公様」


山南さんの声に思わず顔を上げると、昨日話した以来の土方さんが立っていた。
僕を真っ直ぐ見つめる瞳には動揺の色が滲んでいて、それに気付いただろう山南さんが、山崎君を連れてチャペルから出て行った。


「俺にも見送らせて貰えるか?」


肯定の返事をする代わりにセラの棺の前から横に移動する。
土方さんは近藤さんに一輪の花を添え、次にセラにも同様にすると、彼女の頬にそっと触れていた。


「……セラ………すまなかった……」


絞り出されるように紡がれた言葉には、悲しみや後悔、怒りや戸惑いが織り混じっているように感じられた。
そんな彼を責めるつもりは毛頭なく、ただいつになく頼りなく見えるその背中を見守ることしか出来なかった。


「最後のセラの言葉を聞いたよ。セラはお前のことを想ってたんだな。お前も同じなんだろ?」


僕の方を振り返った土方さんは、その瞳を揺らし僕を見ている。
そして僕の返事を聞く前に深く頭を下げ、苦しそうに言った。


「……お前達の仲を裂くようなことをして申し訳なかった」

「土方さんでも謝ることがあるんですね」

「それは……あるさ。俺がいなければ、お前達は今も何ら問題なく一緒にいられてたかもしれねぇじゃねぇか」

「土方さんがいたから、あの日あの子は生きられたんですよ。その件に関しては僕もちゃんと感謝してるんで、頭を上げて下さい」


土方さんに頭を下げられたところでセラが戻ってくるわけではない。
そしてこんな謝罪は、きっとセラも望んでいないと分かったからそう告げた。


「宮廷から言われた賠償金の件だが、出来る限り俺の方で支払うつもりでいる。それに次の働き口も……」

「そういうのはいいですよ。僕に次はないんで」

「だがここから出て何をするんだよ。お前は騎士としてこれからもやっていくんだろ?」

「だから次はないんですよ。僕はここで終わりです」

「終わりって……まさかセラの後を追うわけじゃねぇだろうな」

「違いますよ。新しい主人は不要だってことです。僕が忠誠を誓うのはセラだけだと、当の昔に決めていますから」


僕の言葉に納得したのか、土方さんは再び棺を見つめる。
暫くそうしていた後、僕の前まで来るとその足を止めた。


「あの女は追放されてからも俺の動向を探っていたらしい。身を潜めて近くの街で生活していたことが分かった。以前からセラの存在を知っていて、その機会を窺っていたらしいが、お前の言っていた通りだったよ。今回のことは、そこまで考えが至らなかった俺の責任だ。本当に……申し訳なかった」


それを言ったら、妹さんの話を耳にした時点で僕がもっと早くに詳細を尋ねて行動を起こせば良かったという話だ。
けれどいくら後悔をしてもセラは戻ってこない。
あの愛らしい笑顔も声も温もりも、この世界では消えてしまったのだから。


「土方さん。もしもですけどね。もし時間が戻ったらどうしますか?」

「……なんだって?」

「もしセラを助けた日に時間が戻ってやり直せるとしたら、次はどうします?」

「こんな時に何を言ってやがる。そんなありもしないこと話したって意味ねぇだろいが」

「いいじゃないですか、ただ聞きたいんですよ。今の記憶のままやり直せる機会が巡ってきたとしたら、土方さんはどうするんですか?」


次があるのかも分からない。
前の奇跡が何故起こったのかも、本当に現実だったのかも分からない今、この時間すらもどかしくも感じられた。
けれど今の僕はまた奇跡を願ってしまうから、こんな夢物語を話すことでしか平静を保っていられなかったのかもしれない。
至って真面目に投げ掛けた言葉は、土方さんの顔をも真剣な表情に変えさせていた。


「この記憶のまま過去に戻ったら、まずはあの女をどうにかするだろうな。セラに危険が及ぶなら、あいつを斬ってでもそれを止める。それは絶対だ」

「あとは?」

「もし今回と同じようにセラの記憶が直ぐに戻らないなら、俺はお前がセラを見つけたあの日、あの街へは行かねぇよ」


つまりそれは僕とセラを再会させる気はないということだ。
素直な土方さんの言葉を聞いて思わず口元に笑みを作ると、土方は辛そうに顔を歪めたものの、直ぐに自嘲自見た笑いを溢した。


「悪いな、理想の答えを言ってやれなくて」

「いいえ、僕が土方さんでもそうしますよ。だって仕方ないですよね、好きな子にはどんな形でも振り向いて欲しいですから」


そして他の誰でもなく僕だけを見て欲しいし、僕の手で護りたい。
土方さんが同じように思ってしまうのだとしたら、それは至極当たり前のことで、一番人間らしい答えだと思った。


「明日の埋葬にも立ち合うつもりだ。また明日、会えるよな」

「会いたくはないですけどね」


寂しそうに微笑んだ土方さんはチャペルから出て行く。
一人残された僕は、近藤さんの棺の前に行き、いまだに優しそうな顔で眠る彼を見つめた。


「近藤さん。お嬢様をお護り出来なかったこと、本当に申し訳ありませんでした」


昨日の様子を目撃していた山崎君の話よると、近藤さんはセラを庇った時に左胸を背後から刺されて亡くなったらしい。
その有志を称えると共に、今まで貰った温かい言葉を頭に思い浮かべながら一輪の花を彼の顔の横に添えた。


「今まで身分に捉われず僕を評価してここまで押し上げて下さったこと、本当に感謝しています。僕も近藤さんみたいな父親が欲しかったな」


この人の笑顔は周りを一気に明るくさせる特別な力があると思う。
思い遣りがあって優しくて、少し鈍感なところもあるけどいつも真っ直ぐな志を持つ素晴らしい人だ。


「セラ、記憶が戻ったんだね」


近藤さんの隣。
静かに歩み寄ったその棺の中で、セラはまるで深い眠りに落ちた人形のように、綺麗な顔をして横たわっていた。
薄く紅を引かれた唇はどこか微かに笑っているようにも見えて、僕はその輪郭を壊さないようにそっと指先で撫でた。

だけどもうどれだけ触れても、そこにはあの頃の柔らかさもあたたかさもない。
何度も何度もこの指先で確かめて、そのたびに胸が高鳴った君の温度はどこにもなかった。

息を飲むたび、喉の奥が焼けるように痛くなる。
こんなにも君を求めているのに、もう君の頬を包むことも呼吸を重ねることもできない。
やっぱり僕には、君のいない世界で生きていくなんて無理みたいだ。


「……僕も君といられて幸せだったよ。今もずっと、君だけが大好きだ。だから……きっとまた、会えるよね」


願うように言葉を落とす。
「約束したよね」って震えた声で呟き小さく笑ってみせたけど、その笑みさえ哀しみに濡れていた。


「今度こそ……君と踊りたいんだ。まだ、僕たちのファーストダンス……叶えてないからさ」


君を何度も悲しませてしまったこと。
護り切れなかったこと。
その全部が胸の奥に突き刺さったまま抜けなくて、僕の心を押し潰す。

だけど僕達はこの世界でも、確かに言葉を交わして触れ合って……幸せだった。
それは前回の思い出の上に積み上げられて、僕の心に大切に残っているよ。
だからたとえ君が全てを忘れてしまったとしても、大丈夫だ。
僕は君を絶対に諦めないし、そんな僕を君はきっとまた好きになってくれる。
そう信じられるんだ。


「セラ……今から僕は、君に会いに行くよ」


微睡むような安らかな君の顔の横に、一輪の白い花をそっと添えた。

教会を出て歩いた先は、いつかセラと行ったあの湖のほとり。
ボートに乗り込み静かに漕ぎ出すと、夜の湖面には星の光が鏡のように揺れていた。
誰もいない、水と闇と空だけの世界。
誰にも邪魔されないこの場所で、僕は奇跡を願いながらその手で剣を取り出した。


「さすがに……自分でやるのは少し怖いな……」


でも、もう戻るつもりはなかった。
セラのいない世界に、僕がいる理由はもうない。
思い出の中にいる君を抱きしめたいわけじゃない。
もう一度、君に会いたい。

セラの名前を心の中で何度も呼びながら、僕は剣を自らの胸に強く突き立てた。


「……っ……く……」


唇の端から滲む鉄の味。
それでも足りないと思った僕は、剣を引き抜きためらわずもう一度、今度は腹部へと深く突き刺した。
昨夜セラが味わったであろう痛みに追いつけた気がして、悔しさと哀しさと不甲斐なさが一気に込み上げる。


「……これで、君の苦しさに……少しでも触れられた……かな……」


視界が滲み、足元の力が抜けて、僕の身体は湖の中へと静かに沈んでいった。
冷たい水が肺の奥まで流れ込んでくるたび、君の顔が浮かんでは消えていく。
苦しい、痛い。
けれどそれでも、最後の瞬間まで僕は君のことだけを考えていた。

どうかまた、出会えますように。
この命の先で、今度こそ手を取り、約束の続きを踊れますようにと祈りながら、心が静かに落ちていった。


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