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痛みと苦しみが次第に薄れてなくなった時、太陽の日差しが顔に当たり、眩しくて思わず身動ぎをした。
目を開けると、その場所はお気に入りだった低木が並ぶ庭園の端っこ。
隣には僕に寄り添うように瞳を閉じているセラがいて、今の状況に頭が上手く回らない中、上体を少し起こし、震えた手でその頬に触れた僕がいた。


「……セラ」


温かい。
先程まで冷たかった彼女の頬には確かに赤みがさしていて、よく見れば呼吸の度に肩が少し揺れている。
僅かな寝息の音が聞こえるとセラが生きていることを実感出来るから、僕は視界を涙で歪ませた。


「良かった……本当に……っ……」


僕の身に何が起こっているのか。
何故こんな奇跡が二度も起きたのか、何度考えても僕には何も分からない。
けれど一つ確かなことは、僕の隣にはセラがいてこうしてまた同じ時を過ごすことが出来ている。
その事実だけで十分だと、僕の瞳からは一筋の涙が溢れ落ちた。


『ん……』


目元の涙を拭って、再びセラの頬に手を伸ばす。
するとゆっくり瞼を持ち上げたセラは、二度と見ることの出来ないと思っていた愛らしい瞳で僕を見つめた。


『総司……?』


横たわるセラをきつく抱き締めると、彼女も僕の胸に擦り寄ってきてくれる。
僕の大切な温もりが何事もなかったかのようにここにいて、僕のことをそっと抱きしめてくれていた。


「会いたかったよ」


またこの子に僕の声が届けられることが嬉しくて堪らない。
セラの名を呼ぶ声に目一杯の愛情を込めて、僕は想いを口にした。


「大好きだよ」

『私も総司が大好き』


愛らしい声が、戸惑いなく僕に愛情を伝えてくれる。
今回は、想いが通じた後に回帰できたらしい。
腕の拘束を緩めると、彼女の瞳は大きく見開かれた。


『総司?どうしたの?』


セラに触れて思わずまた込み上げてきてしまったらしい。
伸ばされた指先が、頬についた僕の悲しみを優しく労わるように拭ってくれた。


「……いや、なんでもないよ。欠伸をした時に出ちゃったのかな」

『本当に?悲しくない?総司が泣いてるのかと思って心配したよ』

「泣いてないから心配しないで。でも君に会いたかったのは本当だけどね」

『そんなこと言ってもらえるなんて嬉しいな』


頬に添えた手で顔を上げさせれば、セラは瞳を潤ませ頬を染める。
唇を合わせると温かくて、セラが生きていることを実感出来るまで何度も何度も重ね合わせた。


『ん……、あ、待って……』

「どうしたの?」

『これ以上は……気絶しちゃう……』


顔を真っ赤にしたセラは、少し照れくさいのか消え入りそうな声でそう言う。
その様子が相変わらず愛らしくて、また幸せを感じられることが堪らなく嬉しい。


「嫌だった?」

『嫌じゃないけど……』


セラはいつだって恥じらう子だったけど、このもじもじしているところが可愛くもある。
まるでこの前の惨劇が悪い夢だったかのようで、それを確かめる為にも彼女を真剣に見つめた僕がいた。


「セラは身体大丈夫?」

『私?私は元気だよ?』

「怖い夢は見てないの?お腹や胸……痛くない?」


以前の世界のセラは自分が殺された時の光景を夢で見て知っているようだった。
だからこそ心配でそう尋ねたけど、セラは小首を傾げて僕に言った。


『なんのこと?』

「いや、なんでもないよ。大丈夫ならいいんだ」


あの日、血溜まりの中にいたセラは右胸と左腹部に深い傷を負い命を手放した。
白いドレスが真っ赤に染まり、目の前で瞳の光が失われる瞬間をただ見ていることしか出来なかった。

一度目の時は一人で逝かせてしまったことを悔いていた僕だけど、目の前で先立たれることがこんなにも辛いことだと身をもって知った今。
何故セラが二度もあんな形で命を落とさなければならなかったのか、そればかりを考えていた。


「何かあれば直ぐ僕に言うんだよ」


デビュタントでこの子が死を迎えたそもそもの元凶は、学院祭で攫われたことだ。
攫った奴らの思惑は分からず仕舞いだったものの、記憶を無くしたセラが土方さんと出会ってしまったことが殺される原因であったことは間違いないだろう。
だからあの惨劇を防ぐには、学院祭でこの子を護り切ればいい。
二度とあんな傷をこの子に負わせてたまるかと、セラを真っ直ぐ見つめていた。


『ありがとう。困ったことがあったら総司に相談させて貰うね』


儚く微笑むセラを見下ろすと、つい先程の痛々しい身体を思い出してしまう。
けれど血が湧き出していた腹部に思わず手を置けば、そこは呼吸の度にちゃんと動いていて、その温もりは僕を安心させてくれた。


『総司……、あの……』

「ん?」

『どうしてお腹……撫でてるの?』


少し警戒した様子でそう言ったセラの怪訝そうな顔つきに笑ってしまったけど、今度こそセラを護り切ると強く思う。
腹部に置いた手を退けてもう一度頬を撫でれば、セラはまた微笑んだ。


「今って、いつなのかな?」

『いつって?時間のこと?』

「僕ってもう専属騎士になれてる?」

『え?剣術大会は来年の春だよ?どうしたの?寝ぼけてるのかな』


まだ大会前。
加えてこの場所でセラと過ごしているということは今日がいつなのか大体分かった。
一度目は君と想いが通った日。
二度目では僕がシロツメクサの花冠を君に渡した日だ。


「専属騎士になりた過ぎて、すっかり就任した夢を見てたよ」

『ふふ、なんか可愛い。でもその夢はきっと現実になるよ、大丈夫』

「セラが信じてくれてるんだから、頑張らないとね」

『総司はもう十分沢山頑張ってきたと思うよ。あとは万全の体調で大会当日を迎えられるように休める時は休んでね。総司が実力を出し切れるように、私もお祈りしてるから』


この世界のセラも、僕を気遣い笑顔で優しい言葉をかけてくれる。
この子の存在はいつだって僕を癒してくれるから、記憶を頼りに低木の裏を見て、僕は微笑みを浮かべた。


「いつも優しい君に渡したいものがあるんだ」


予想通りその場所には綺麗に作られたシロツメクサの冠があり、セラの頭へとそれを乗せる。
冠を見て嬉しそうに笑ったセラは、木漏れ日の中で綺麗な笑顔を見せてくれた。


『わあ、花冠なんて初めてだよ。とっても可愛い……ありがとう、総司』


一度目と二度目の思い出がある中で、目の前のセラは何も覚えていない。
それでも構わないと思えるのは、大切なのはセラが僕の隣にいて僕を想ってくれていることだと分かったからだ。

記憶を無くしても変わらず僕を選んでくれたこの子の気持ちを知ったからこそ、一番に欲しいものはこの子と過ごす幸せな未来だ。
この子の分まで思い出を大切にしながら、この笑顔を護ることが出来るように、僕はただ力の限りを尽くそう。


「大好きなセラに心を込めて贈りますよ」

『ふふ、嬉しい』

「可愛いね、よく似合ってるよ」

『ありがとう。総司のおかげだよ』


頬に触れると少し照れた様相で屈託なく微笑むセラが、愛しくて堪らない。
この顔を見て、漸くまた僕達の時間が流れた実感を持つことが出来るから、もっとセラを喜ばせてあげたいと思う。


「あ、そうだ」


以前は記憶のないセラに贈ったけど、目の前のセラにも贈りたいと思い立ち、再びシロツメクサを編み込んでいく。
出来た指輪を彼女の左手薬指に嵌めると、彼女はそれを見つめて瞳を揺らしていた。


「セラ、いつか僕と結婚してくれる?絶対に君を幸せにするよ」


本気過ぎる告白を言葉にすると、セラは瞳に涙をいっぱい溜めて僕を見つめていた。


『ありがとう。私をいつか総司のお嫁さんにしてください。総司と一緒にいられることが一番の幸せだよ』


肩にセラの手が乗せられたと思った時には、柔らかい唇が僕の頬にそっと触れる。
はにかんで笑うセラを引き寄せ、今度は僕の方から唇を重ねた。
吹く風が火照った頬を冷まし、木漏れ日が僕達を祝福するかのように揺れている。
僕にとって特別な今日という日に戻ってこれたことが嬉しくて、彼女の小さな手をそっと握りしめた。


「まずは専属騎士になれるように頑張るよ。それで誰よりも君の近くで君を護る。絶対に辛い思いや悲しい思いをさせないようにするからね」

『ありがとう、総司。私もね、総司に辛い思いや悲しい思いはして欲しくないって思ってるよ。だから何かあれば総司も私を頼ってね?』

「僕はいつも君に頼ってるし甘えさせて貰ってるよ」

『本当かな。総司はいつもなんでも一人で解決してるイメージだけどね。だから無理はしないで欲しいな』

「無理してないし、心配しなくても大丈夫だよ。僕はセラがいるだけで元気になれるんだからさ」


僕の心にはセラの存在が必要だ。
だから君が傍にいてくれれば、どんなことだって乗り越えられるし、二人でいられることが幸せだと思ってるよ。
だからそれを揺るがすことから、僕は君を護りたい。
記憶を失くすことも土方さんと出会うこともない道を歩めるように導こうと、僕は決めたんだ。


『ありがとう、いつも気にかけてくれて』

「気にかけるのは当たり前だよ。僕は君が好きなんだから」


こうして傍にいるのも、この子のいる世界を求めてしまうのも、全ては僕自身の意志だ。
僕の言葉を聞いて照れたように微笑むセラに唇を重ね、今日一日をまた心に刻むように何度も繰り返し彼女に触れた僕がいた。


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