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専属騎士になる約束をして以来、セラは僕に会うと前まで以上に嬉しそうに微笑んでくれるようになった。
会えないことが多いけど、稀に騎士団に顔を出しては、差し入れを持ってきてくれる。
その少しの時間が厳しい任務や稽古の癒しになっていた。
そして僕も時間さえ出来れば、あの子を探して行動可能な範囲をあてもなく彷徨っている。
暫く会えない日が続いたこともあり、休憩時間に庭園に出向いたものの、結局今日も会えず仕舞いで稽古場に戻った。
「総司、どこ行ってたんだ?折角セラちゃんが差し入れを持って来てくれたのによ」
僕に話しかけてきた新八さんは、ご機嫌に何かを頬張っている。
こっちはすれ違ってばかりでご機嫌斜めだというのに、気楽そうで羨ましい。
「僕の分は?」
「そういや総司にも渡しといてくれってセラちゃんが言ってたな」
「本当?どこ?」
「さあな」
「さあなって……、喧嘩売ってます?」
「いや、だって俺預かってねぇよ?んな睨まれても困るんだけどよ」
新八さんは頼りにならないことがよく分かったから、自分の分の差し入れを探して辺りを彷徨う。
今度は平助と左之さんがいたから、二人に話しかけてみることにした。
「あ、総司じゃん。セラからの差し入れもう食った?」
新八さんと同じような反応を見せたこの二人も、僕の分は受け取っていないらしい。
そうなると誰が代わりに受け取ってくれたのか本格的に謎だ。
「まだだよ。僕の分もあるみたいなことを新八さんから聞いたんだけど、誰が持ってるか知らない?」
「さー、俺は知らねーけど」
「そういや、今日は伊庭が長いことセラと話してたぜ」
「伊庭君が?」
「確かにそうだったかも。伊庭君が持ってるかもしんねーから聞いてみたら?」
あの二人が話してるところをあまり見かけたことなかったけど、案外仲が良いってこと?
まあ伊庭君はセラが好きみたいだし、幼馴染らしいから話すことはあるだろうけど。
「はあ、やだな」
正直、伊庭君とは極力二人で話したくない。
その理由は、以前彼には色々言われ、一悶着あったからだった。
セラの前では穏やかだけど、正直僕だってセラには伊庭君と親しくして欲しくない。
そんなもやもやした感情を抱きながらも、取り敢えず伊庭君を探すため彼の部屋を訪れることにした。
「あれ、沖田君じゃないですか。君から僕に会いに来るなんて珍しいですね」
部屋で読書をしていたらしい伊庭君は、いつ見ても嫌味なくらい品行方正だ。
僕が声をかけると、いつもの如く真意の読めない笑みを浮かべて僕の方を振り返った。
「別に会いたくて来たわけじゃないけどね」
「酷い言い方ですね、僕は君に何か嫌われることをしてしまったのでしょうか」
「あれだけ失礼なことを言っておいて、心当たりすらないとしたら問題だと思うけど」
「僕は本当のことしか言ってません。それを責められても困りますね」
つまり伊庭君は、いまだ僕のことを認めていないということだろう。
穏やかな口調の裏には、嫌悪感が滲み出ているような気がした。
それにおそらく、僕がセラと親しいことにも彼は不満を抱いている。
僕と同じで、伊庭君もセラが大好き過ぎて本当に厄介だよ。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだけどね。僕の分の差し入れ、預かってくれてるなら渡して貰ってもいいかな」
極力余計な話はしたくなくて本題に入る。
セラからの差し入れでなければ、おそらくこの場に来ていないと言い切れるくらい、伊庭君の部屋には来たくなかった。
「ああ、差し入れですか」
「うん、早くくれる?」
「嫌だって言ったらどうします?」
まさかの返しに眉を顰めたけど、そんな僕を見て小さく笑った伊庭くんは綺麗にラッピングされたブルーベリーのタルトを棚から取り出した。
「冗談ですから、そんなに怒らないで下さいよ」
「全然面白くない冗談だね」
「相変わらず手厳しいですね」
「取り敢えずこれ預かってくれてありがとう。もう行くよ」
長居は無用だからと彼に背を向け部屋を出ようとする。
けれどそんな僕に再び話し掛けてきた伊庭くんは、先程までより少し冷たい笑みを浮かべていた。
「恐らく沖田君みたいなタイプは今まで周りにいなかったので、彼女も物珍しいのでしょうね」
「……何の話?」
「いえ、別に。ただセラから沖田君にはよく意地悪されると聞いたので」
よりにもよってこの男に僕の話をしたのかと、嫌な気分がもっと悪くなる。
「別に意地悪なんてしてないけど」
「そうなんですか?沖田君には失礼なことを言われて、たまに嫌な気分になると言っていましたけど」
「はい?あの子、そんなこと言ってたの?」
「でも僕から見ても君の物言いはきつい時があると思いますよ。現に彼女のことは昔からよく知っていますが、人のことを悪く言う子ではないですから」
確かに僕はよくセラをからかってしまっているから、もしかしたら少しくらいはセラを嫌な気分にさせてしまっていることもあるのかもしれない。
でも伊庭君に話す程、僕のことを悪く捉えてるっていうこと?
僕にはそんな態度、微塵も見せていないのに。
「あっそう。で、伊庭君は結局何が言いたいわけ?」
「そうですね。言いたいことがあるとすれば、僕の幼馴染に変なちょっかい出すのはやめてもらいたい……ということでしょうか」
「話が見えないんだけど。僕はあの子に何もしてないよ」
事実、セラに変なことはしていない。
会って話したいとは思うけど、ただそれだけ。
最近なんて姿すら見ていないのに、幼馴染だという理由だけで口出しされる筋合いはないと思うのは当然だ。
「どうでしょうか。そう言えば、以前セラには吊り橋効果についてお話ししたことがあるんです」
「吊り橋効果?」
「はい。ご存じですか?極限状態や強い緊張感の中で同じ時間を共有すると、その人を特別に感じてしまうという心理的現象です」
伊庭君は言葉を選ぶようにしながら、ちらりと僕の様子をうかがう。
「ほら、例えば……誘拐事件のような精神的に追い込まれる出来事の後では、その時一緒にいた相手に特別な感情を抱きやすくなるって言いますよね」
僕の手が、一瞬だけ拳を握る。
その一言で伊庭君が何を言いたいのか、大体分かってしまったからだった。
「それで?」
「セラにその話をしたら、とても興味を持たれていましたよ。そんなことって本当にあるの?と、熱心に聞いてきましたし」
伊庭君は静かに笑いながら言った。
その言葉が、胸の奥に小さな棘のように刺さり、嫌な痛みを与えてきた。
「彼女もなぜ君みたいな人を気にかけてしまうのか、少し気にされているのかもしれませんね」
「それって……どういう意味?」
「さあ、どういう意味なんでしょうね」
伊庭君は相変わらず穏やかな口調で言う。
けれど、その言葉の裏には確かに僕を試すような意図が見え隠れしていた。
「だた……セラが、あの誘拐事件での経験から沖田君を特別な存在だと錯覚しているのだとしたら、その感情は本物とは言えないかもしれません。いつなくなってもおかしくはない感情かもしれませんね。勿論、セラは沖田君に特別な感情なんて抱いていないとはっきり否定していましたけど」
伊庭君の言葉を聞いて、無意識に歯を噛みしめた。
今までのことが全部錯覚だなんて、そんなはずはない。
セラが僕に向けてくれる笑顔、何気ない仕草、目が合ったときの優しい表情。
かけてくれた言葉のひとつひとつが、錯覚だなんて考えたくもなかった。
でもセラが僕を特別なんかじゃないと否定していた事実が胸に突き刺さる。
たとえ彼女が僕の前で笑ってくれても、その心には僕を特別だと想う気持ちは全くないのかもしれない。
そう思った途端、妙な痛みが胸の奥に広がっていった。
「僕は余計なことを言いましたね。お気を悪くされたのなら申し訳ありません」
「別にどうでもいいよ」
伊庭君は一歩引くようにそう言ったけど、心の底からの謝罪ではないことは明らかだったから、僕もそっけなく答えた。
けれど、心の中では何かがざわめいる。
あの誘拐事件があったから、セラは僕と出会い、僕に優しくしてくれた。
あの時から、セラは常に僕を気にかけ徐々に心を開いてくれた。
でもそれがただの錯覚だと、セラが認識してしまったら?
なんて……そんなこと、考えたくもないのに。
伊庭君の言葉が、僕の心にしこりを残していく。
何よりこうして僕達の築き上げてきた関係を、たとえほんの少しだとしてもセラが錯覚かもしれないと考えてしまうことがとてつもなく辛く感じられた。
「そう言えば、最近沖田君は益々強くなりましたよね。何か心境の変化でもあったんですか?」
「別に何もないよ。仮にあったとしても伊庭君に言う義理はないよね」
「まあ、そうですね。でも君には剣術でも負けるつもりありませんよ」
「それはこっちの台詞だよ」
そう言って部屋を出て行こうとしたけど、そんな僕に彼は言葉を続けた。
「ああ、あと。セラから伝言も預かっていますよ」
「伝言?」
「君に話があるから今夜九時に庭園に来て欲しいそうです。行けない場合は城のどなたかに連絡を入れて下さいね」
「分かったよ」
久しぶりにセラと会えると思えば嬉しかった。
でも伊庭君の部屋を出てからも気分が晴れなかったのは、含みのある彼の言葉が僕の心に暗い影を落としていたからだった。
くだらないことを考えるのはやめよう、そう言い聞かせても沈んだ感情は拭えなくて。
食べたタルトは、少し味気なく感じてしまった。
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