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午後、久しぶりに少し時間が取れたため、料理長に手伝ってもらいながらブルベリータルトを沢山作って騎士団の訓練場へ足を運んだ。
久しぶりに総司に会えることを楽しみに思いながら向かったけど、彼の姿は見当たらなくて心に咲いた花が萎んでいくようだった。


「セラ」


聞き慣れた声に呼ばれて振り返ると、伊庭君が私を見て微笑んでいた。
彼はお父様が昔から厚意にしている伯爵家のご子息で、幼い頃から付き合いがある騎士のうちの一人。
でも総司のことで色々言われてからは、彼に会うと複雑な気持ちにもなった。
けれど先日の誕生日には、私のために可愛らしい贈り物を用意してくれた優しい人。
早く伊庭君と総司が打ち解けてくれるといいんだけど。


『伊庭君、稽古お疲れ様です』

「ありがとう。君も休憩ですか?」

『うん、今ちょうど一区切りついたところなの』

「なるほど。セラは毎日忙しそうですね。その分、立ち振る舞いが洗練されていくのも納得です」

『そんなことないよ。私はまだまだ頑張らないといけないから』


山のようにある勉強が終われば、マナーや音楽、詩の朗読や刺繍の練習も。
公爵家の令嬢として生まれたからには、身につけなければならない教養がたくさんある。
同じことの繰り返しに心が重くなることもあったけど、最近は学ぶことがとても楽しい。
それは総司と出会って、同じ目標に向かって頑張るようになったからだ。


『伊庭君、総司は見てないかな?』

「沖田君は先程から見ていませんが、何か用事ですか?」

『うん、少し話したいことがあって……』


顔が見たい、話がしたい。
ただそれだけのことなのに、それが出来ないと気持ちが少し落ち込むのはどうしてなんだろう。


「仲が良いんですね」

『うん、仲は良いかな』

「ですが沖田君は少し個性的な方じゃないですか。扱いに困ることはないんですか?」

『困ることは何もないけど……あ、でもたまにちょっとした意地悪をされて怒ることはあるよ』


総司の意地悪はどれも可愛らしいものばかりだけど、私が困っていてもひっきりなしに続くことがあるから、私も私で膨れることがある。
でもそんな時間すら楽しいと思えるから、私は唇を尖らせながらそう言いつつ、また顔に笑顔を戻した。


「君が怒る……ですか?」

『少しだけね?だって、総司ってたまに失礼なこと言うの』

「まあ、彼ははっきり物を言いますからね」


そうだねと頷きながらも、そんなところも総司の魅力だと思える。
優しくされるのは嬉しいけど、言いたいことを言える関係も良いと思う。


『でも凄く優しいところもあるんだ。だから……少しずつでも、伊庭君にも総司と仲良くして貰えたら嬉しいよ』


そう言っても、一度黙ったまま何も言わなくなる伊庭君。


『伊庭君?』

「ええ、仲良くなりたいと思ってますよ。僕は、ですけど」

『僕はってことは、総司は違うってこと?』

「残念ながらそんなところです。実は以前から沖田君にはあまり良く思われてないみたいで、話し掛けても迷惑そうにされてしまうんですよね。以前口論をしていたことは君も知っているとは思いますが、あれからあまり関係が良くないんですよ」

『そうだったんだ……。それぞれ事情があると思うのに、余計なこと言ってごめんなさい』

「いえ、君が謝ることではないですよ。平助君が間を取り持ってくれているので、最近は話す機会も増えましたし、僕も仲良くなれるように沖田君に積極的に話しかけてみます」

『うん、いつか仲良くなれるといいね』

「そうですね。その差し入れ、僕で良ければ沖田君に渡しておきましょうか?」


誰かに預けるつもりでいたから伊庭君の申し出はありがたかったけど、二人の仲があまり良くないことを知った後でお願いするのはどうなんだろうと悩む。


『ありがとう。でも伝言もお願いしたくて……、だから伊庭君は総司と話し難いと思うし平助君あたりにお願いするから大丈夫だよ』

「気にしないで大丈夫ですよ。話しかける良いきっかけにもなりますし、むしろ助かるくらいです」

『だけど……本当に大丈夫なのかな?』

「別に取っ組み合いの喧嘩をしているわけではないので問題ありませんよ。これを渡す時に、少し沖田君と話してみます」


そう言って私の手からラッピングされたタルトを自発的に受け取る伊庭君に何も言えなかった。
話すきっかけになるのはいいけど、仲が悪くなるきっかけになりませんようにと願わずにはいられない。


「それで、伝言は何でしょうか」

『総司に、夜の七時頃に庭園に来てほしいって伝えてもらえる?』

「七時ですね。恐らくその時間なら大丈夫だと思います。もし都合が悪ければ、城の方に連絡するように伝えますね」

『ありがとう、助かるよ。よろしくお願いします』

「ええ。任せてください」


相変わらず、伊庭君は気遣いが細やかで丁寧で。
私は彼よりもずっと子供みたいに見えるのではないかと思った。

でも、夜に総司に会えるのなら、それだけで今日のレッスンも頑張れそうな気がする。
期待に胸を膨らませながら、私は足早に城内へと戻って行った。


その夜、七時に敷地内の庭園に出向いた私は総司が来るのを待っていた。
でも二十分、三十分と時間が過ぎても総司は来ない。
夜は結構冷えるから、次第に凍えていく身体を震わせながら近くに立つ時計台と睨めっこしていた。

途中、帰ろうかとも思ったけど、もしかしたら稽古が長引いているのかもしれない、あと少しで来るかもしれないと思えば、中々ここから立ち去ることは出来ない。
それに何より総司に会って少しでも言葉を交わしたいから、待っていた。


「お嬢様?まだこちらにいらっしゃったんですか?」


総司を待ち続けて、一時間半程過ぎた頃。
寒さで時計台すら見なくなった私が顔を俯かせてベンチに座っていると、直ぐ近くからよく知った声が聞こえてきた。


『山崎さん……?』

「だいぶ前からいらっしゃいましたが……長い間外にいては冷えてしまいますよ」


先程、城から庭園に続く出入り口で偶然会った山崎さんは、私を見て少し驚いた様子を見せる。
自分の上着を私の肩に掛けてくれると、なぜこの場所にいるのか尋ねてきた。


『上着、ありがとうございます……。少し総司に用があって、待っていたんです』

「え、沖田さんですか?」

『はい』

「沖田さんならつい先ほど原田さんや藤堂さん達と何やらゲームをして盛り上がっていましたけど……」

『え?』

「三十分程前のことなのでまだされていると思いますよ。呼んできましょうか?」


山崎さんの言葉を聞いて、一度思考が停止する。
総司が来なかった理由って、ゲームで遊んでたからなんだ……。


「お嬢様?」

『あ、えっと……呼んで頂かなくて大丈夫です。私が待ち合わせ時間を勘違いしていたみたいです』

「そうなんですか?」

『くしゅんっ……』

「顔色が悪いですよ……。相当長いこと待たれてたのではないですか?」

『全然待ってないですよ』

「いえ……俺がお嬢様をお見掛けしたのは一時間以上前だったと思いますが……」


もうここにいても意味がないことが分かったから、ベンチから立ち上がりお城に戻ることにする。
部屋の前まで送ってくれた山崎さんにお礼を告げて、侍女の方が準備してくれたお風呂に入ることにした。


『伊庭君が伝え忘れちゃったのかな……』


きっとそうに違いない。
総司は約束を忘れる人ではないし、無理ならきっと連絡をくれる筈。
そう思っていても、心のどこかで傷付いているのは、結局まだ総司のことをよく知っているわけではないからだった。

この前は少し近づけたような気がしていたけど、会えない日々が続くと、もう前とは違う総司になっている気がしてしまう。
私のこともすっかり忘れられてる気がした。


『くしゅっ…』


部屋に戻ってからやたら出るくしゃみを疎ましく思いながら、温かい湯船から上がる。
寝支度を整えた私は、敢えて余計なことは考えないようにして眠りについた。



次の日になり、重い気持ちと一緒に、やたら重く感じる身体を引きずってレッスンを受けるためにお城の一階へ降りる。
先生に用意するよう言われていた本を図書室へと取りに行くと、伊庭君が沢山の本が並ぶ本棚の前で剣術に関する本を選んでいた。


『伊庭君、おはよう』

「あ、おはようございます。早いですね」


昨日ぶりの伊庭君は今日も爽やかな笑顔で微笑んでいる。
そんな彼に昨日の伝言のことを聞こうとすると、先に彼が私にその話をしてきてくれた。


「昨日は美味しいタルトをご馳走様でした。沖田君とは昨晩会えましたか?」

『あ……じゃあ伊庭君は伝言伝えてくれてたのかな?』

「え?伝えましたけど……。庭園に七時、ですよね?」

『うん……』

「もしかして会えなかったんですか?」


返事をする元気がなくなって頷いた私を見て、伊庭君は私を気遣うように眉を下げて話し始めた。


「そうですか……。どうされたんでしょう、一応無理な場合はお城の方に連絡を入れて下さいとは伝えたのですが」

『ありがとう。また約束すればいいから大丈夫だよ』

「申し訳ありません……。僕がきちんと伝言を伝えられていなかったのかもしれませんね」

『そんな、伊庭君のせいじゃないよ』

「後で沖田君に昨日のことを聞いておきましょうか?」

『ううん、本当に大丈夫だから聞かなくていいよ。私が直接言わなかったのがいけないし、今度は私から話すから』


あまり仲良くない二人を、私の用事で無理に会話をさせるのも気が引けてしまう。
それに間に人を挟んですれ違ってしまったのに、また同じことを繰り返すのは良くない気がしてそう告げた。


「分かりました。もし僕に何かできることがあれば気軽にお声を掛けてくださいね」

『ありがとう、伊庭君』


伊庭君の優しい気遣いに感謝しながら、少し泣きたくなる気持ちを堪えて本を持つ手に力を入れる。
忘れられたことが悲しいのか、総司が約束を忘れてしまう人だということが悲しいのか分からなかったけど、こんなことになるなら誘わなければ良かった。


「少し顔色が悪くないですか?」

『え?そうかな……?』

「はい、君は元々色白ですが今日は少し青白く見えます。無理はなさらないで下さいね」

『うん、そうするね』


頭が痛いし身体が怠いけど、今日もやらなければいけないことが沢山ある。
伊庭君と別れ、先生の待つ部屋に行くと、いつも通りの一日が始まった。
でも今日はあまり効率良く頭に入らなくて、先生にも心配されてしまう始末。
そんな自分が嫌になるけど、頭に浮かぶ総司のことを考えずにはいられなかった。


午後になり昼食を取った私は、沈んだ気持ちを疎ましく思いながらも外の空気を吸いに城の外に出た。
いつもは総司がいないか無意識に探す私も、今日ばかりは会いたくないと思ってしまうから、思わず下を向いて歩いていく。
そのことが災いしてか、綺麗に整えられた木の曲がり角で向こうから来る人とぶつかってしまった。
でも落としてしまった本を拾ってくれたのは総司だったから、思わず言葉を失った私がいる。


「はい、本」

『あ……りがとう』


本を受け取り総司を見上げたけど、どこか不機嫌そうに見える彼はにこりともしない。
同じように私も昨日のことがあるから、うまく笑うことも出来なかった。


『あの、昨日のことなんだけど……』

「ああ……。で、結局僕に何の用だったの?」


急に呼び出してしまったから、総司に予定があったのなら仕方ない。
ごめんねって言って貰えたらそれで良かった。
でも総司の様子を見れば、昨日の約束を覚えているのは確かなのに、謝るどころか私に冷たい。
少し前までは、総司も私を見て笑ってくれたから、すごく嬉しかったのに。


『別に……何でもないよ……?』

「何でもないなら呼び出さないでくれる?こっちも暇じゃないんだけど」


気落ちした私が総司を見ないまま言った言葉に、総司も今までになく冷たい口調でそう返してくる。
私に何か腹を立ててたから昨晩は来てくれなかったのかもしれないと考えたものの、思い当たる節が全然なくて。
本を抱えた手が震えてしまうのを情けなく思いながら、総司を見上げた。


『どうしてそんなに怒ってるの?私……何かしちゃった?』

「それはこっちの台詞なんだけど。不機嫌そうにしてるけど、何に怒ってるわけ?」

『え……私は別に怒ってなんかないよ……?』

「そう?君はちょっとしたことでいつもむくれるじゃない」

『むくれてないし、それはいつも総司が……』

「はいはい、どうせいつも僕が悪いんでしょ。いいよね公女様は。いつも強い立場で物を言えてさ」


言い合いになれば、自分が本当に伝えたい言葉も出てきてくれなくて、段々冷静に考えられなくなってくる。
それでも総司から言われた最後の言葉は少し悲しくて。
総司の瞳にそんな風に映っていたんだと分かったから、言い返す言葉すら見つからなくなってしまった。

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