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パーティーが終わり、城が静寂に包まれた頃。
再びパーティー会場に足を運んだ僕は、山崎君を捕まえてセラを庭園に呼んで貰えるよう頼んでみた。
山崎君は渋々と言った様子だったけど、おそらく僕達がそれなりに親しいことは分かっているのだろう。
ため息を吐きながらも了承してくれた。

僕は夜の庭園で星を見上げながら、ただ一人セラを待つ。
そんな僕の手には自分なりに選んだあの子への贈り物があった。

ただ綺麗なものや高価なものではなく、セラが本当に喜ぶものがいい。
セラの夜空を見上げる横顔や、庭の花を愛でる姿が好きだったから、それに因んだ物にしたかった。

そんな中、僕の目に留まったのは小さなガラスのオルゴール。
蓋には繊細な星の彫刻が施され、中には可憐な花が閉じ込められている。
中の花は「星の花」と呼ばれる特別な花で、暗闇の中でほんのり輝くという。
その可憐な花がまるで、夜空の下にいるセラみたいだったから、僕は迷わずこれを選んだ。


『総司?』


静かな夜の庭園に響く、柔らかく透き通るようなセラの声。
振り返ると、月明かりに照らされた彼女が、城からの階段を降りてきて、まっすぐ僕を見つめた。


「誕生日おめでとう、セラ」


セラの誕生日当日に会えたことに、僅かに安堵の息を吐く。
僕は彼女に微笑むと、手に持っていた小さな包みを差し出した。


『わあ……これは?』

「開けてみて」


セラはそっと包みを解き、小さなオルゴールを取り出した。
驚いたように目を瞬かせたあと、セラは愛らしい瞳をきらきらと輝かせて僕を見上げた。


『ありがとう、総司。すごく綺麗……』


月明かりの下で、ガラスの蓋に刻まれた星の彫刻が淡く輝く。
セラは慎重に蓋を開け、中の星の花を覗き込んだ。


『これ、光ってる……?』

「そうだよ。暗闇でほんのり光る花なんだって。星の花っていうらしいよ」

『星の花?』

「うん。セラは星を見るの好きそうだから、星が見えない日でもセラが寂しくならないようにって思ってさ」


それにたとえどんなに遠くにいても、星を見れば僕のことを少しは思い出してくれるかなっていう期待を込めて。

セラはそっと指でガラスをなぞると、嬉しそうに微笑んでくれる。
その可憐な花を愛おしむように見つめる姿が、とても綺麗だった。


『すごく素敵……このお花、夜空の星みたい』

「セラが星や花が好きなのは知ってたしね。どっちも楽しめるほうがいいでしょ?」

『うん、ありがとう。総司が私の好きなものをわかっててくれてすごく嬉しい』

「セラに喜んで貰えてよかったよ」

『うん、とっても嬉しいよ。だって、総司が選んでくれたんだもん』

「それなら、選んだ甲斐があったかな」


僕はただ、セラの笑顔が見たかった。
喜んで欲しくて、何がいいかをずっと考えて、沢山街を巡って贈り物を選んでいた。
でも今こうして幸せそうにしているセラを見て、同時に胸の奥が少しだけ痛んだ。

あとどれくらい、僕はこうしてこの子の笑顔を見ていられるのだろう。
セラは公爵家の娘で、僕はまだ何の称号もないただの騎士。
今は傍にいられても、この時間がずっと続くわけではないことは分かりきっていた。
だけど、そんなことを僕が考えているなんて知る由もないセラは、愛らしい笑顔のまま僕を見上げて、無邪気に言った。


『オルゴール、大切にするね。こんなに素敵なものを選んでくれてありがとう。それに今日、私のために時間を作ってくれてありがとう』


僕の胸の奥に、甘くて切ない何かが広がる。
それは溢れて止まらなくて、自分でも抑えがきかないものだった。


『お誕生日に総司と過ごせて良かった。来年もその先も、誕生日は総司と一緒にいられたらいいな』


セラの真っ直ぐな言葉が、夜の空気に溶け込むように優しく響く。
まるで約束みたいなその言葉に、胸が強く締めつけられた。
そんなことを言われたら、僕はもっと君を好きになってしまうのに。


「セラ」

『うん?』


月明かりの下で微笑むセラの顔が、驚くほど愛らしくて、抱きしめたくなる衝動に駆られた。
今すぐ君を腕の中に閉じ込めてしまいたくて、思わず手を伸ばしかけた僕がいた。

でも、その衝動をぐっと堪える。
なぜなら、それは許されない。
それをしてしまえば、この時間すらきっとなくなってしまうとわかっていたからだ。
だから僕は伸ばしかけた手を一度握りしめ、代わりにセラの髪を優しく撫でる。
せめて少しでも触れていたくて、顔にかかった柔らかい髪をそっと耳にかけた。


「君の誕生日は、これから先もずっと祝うよ」


それは本音だけど、どこか儚い願いだった。
セラがそれに気づくことなく、ただ嬉しそうに目を細めてくれたことが、少しだけ救いだった。

夜風がそっと二人の間を吹き抜け、セラの髪が揺れる。
その時、彼女が小さく身震いしたのがわかった。


「寒い?」

『ううん、大丈夫。平気だよ』


そう言って首を横に振るセラの肩を見れば、身につけているのはパーティー用の軽やかなドレスだけ。
夏とはいえ夜は涼しいこの公国では、夜風には敵わないのだろう。
僕は自分の制服の上着を脱いで、セラの肩にそっとかけた。


「せっかくの誕生日なのに、風邪ひいたら台無しだからね」

『でも……総司が寒くない?』

「僕は平気。それより、ほら。ちゃんと着て」


セラの肩にしっかりと上着をかけ直す。
思ったより生地が薄かったのか、彼女の体温がじんわりと伝わってきた。


『ありがとう、すごくあったかい』


そう言うと、セラは少し照れくさそうに微笑んでくれた。
この夜が、もう少しだけ続けばいいのに。
そんなことを思いながら、静かな夜風に身を委ねていた。


「誕生日、楽しかった?」

『うん。みんながお祝いしてくれて、幸せな日だったかな』

「それならよかったよ」


この先、セラの誕生日を祝える未来がどれほどあるのか分からない。
彼女が誰かと結ばれるとき、そこに僕がいることはきっとない。
その事実が、今まで以上に苦しく感じた。

だから、今だけでいい。
僕のことを大切に思ってくれるセラの気持ちを、少しでも感じていたいと思った。


「じゃあ、今日一番嬉しかったことって何?」

『えっと、一番は……』


セラは少し考えてから、ふわりと笑った。


『総司がこうしてお祝いしてくれたことかな』

「へえ、本当かな」

『本当だよ。総司が私のために何かしてくれることが、私は一番嬉しい。一番幸せ』


そんなことを言われたら、また色々込み上げきそうで思わずセラから視線を逸らす。
自分から振った話でも、まさかここまで嬉しいことを言ってもらえるとは思ってなかったから、心中で苦笑いをこぼした。


『ねえ、総司?』

「ん?」


セラはオルゴールをそっと抱きしめながら、僕を見上げた。


『総司は、このお花みたいだね』

「え?僕が?」


予想外の言葉に、思わず眉を上げる。
この花はむしろセラに見立てて選んだからこそ、彼女の言葉に目を瞬いてしまった。


『夜の闇の中でもちゃんと光ってて、優しくて、綺麗で……なんだか安心するかんじ』

「……えー?そう?」

『そうだよ。総司に会いたくなったらこのオルゴールを見ることにするね』


セラは本当に何の気なしに言ってるのかもしれないけど、そんな言われ方をすれば変な勘違いをしそうになる。


「それって、僕を褒めてくれてるの?」

『うん、もちろん』

「そっか。それならもうちょっとちゃんと褒めてくれてもいいんだけどな」

『え?』

「たとえば僕が世界で一番優しくて、かっこよくて、頼りになる騎士だって」

『ふふ、言い過ぎ』

「うーん、そっか。残念」


苦笑いしながら肩をすくめると、セラはくすくすと楽しそうに笑った。


『でもね、私は総司が傍にいてくれると、すごく安心するよ』


こういうことを無自覚で言うのはちょっと困るよね。
しかも安心するっていう言われ方は正直少し複雑だ。
まあ、男として意識していないからこそセラは戸惑いなく嬉しいとか幸せだとか……そんな言葉を言ってくれるんだろうけど。


「あのさ。お兄さんが一つ教えてあげようか」

『ふふ、お兄さん?』

「そういうこと、簡単に言うと危ないよ」

『どうして危ないの?』

「たとえば、もし僕が勘違いしてこのままセラを抱きしめたりしたらどうするの?」


驚いたように瞬きをするセラ。
冗談めかして言ったけど、実際には冗談になっていなかった。
だって本当に、あと少しで手が伸びそうだったから。
僕はふっと目を伏せて、代わりにセラの髪をそっと撫でた。


「なんて、冗談だけどね」 

『……びっくりした』

「そんなに驚かなくてもいいのに。安心して。僕はちゃんと紳士だから」


そう言って笑うと、セラは頬を染めながら片頬を僅かに膨らませてみせた。


『もう……誕生日までからかわないでよ。そんな紳士はいないよ』

「ははっ、酷いな。でもセラはもう少し相手に警戒したほうがいいなって思っただけなんだけどね」

『総司は私に意地悪はするけど、変なことはしないって分かってるから大丈夫』


その確信に満ちた言葉に、思わず言葉を詰まらせる。
まあ勿論、僕はセラを傷付けるようなことはしたくない。
でも……


「セラはさ、本当に鈍感なんだね」

『え?どういう意味?』

「さあね」 


僕は敢えて意地悪く微笑んでみせた。
セラの表情はどこか幸せそうで、見たかった愛らしい微笑みを目の前に心が温かくなるようだった。


「じゃあさっき僕を褒めてくれたお返しに、僕も君を褒めてあげようかな」

『わあ……本当?』

「セラって、星みたいにきらきらしてて可愛いね。今日も輝いてるよ」

『あはは、やめてよ。なにその変な褒めかた』

「どうして?嬉しくないの?」

『ううん、ちょっと微妙?』

「えー?そう?じゃあどうしようかな」

『ふふ』


本当に可愛い。
愛らしく笑う顔も、甘えたような話し方も、女の子らしい仕草も全部。
それでいて優しくてあたたかくて、僕を大切にしてくれる。
そんな子を好きにならないなんて、無理な話だ。


「夜空に星があるように、僕の傍にはいつもセラがいてほしいかな。だからどこにも行かないでね」


あまりにも自分の気持ちが込められてしまったその言葉は、僕自身自覚してしまう程優しい音色になってしまった。
瞳を揺らしたセラを目の前に気恥ずかしくなって、誤魔化すように微笑んでみせた。


「なんて、こういうのはどう?」


僕に合わせて微笑んでくれると思っていたけど、セラは僕を見つめたまま唇を固く結んでいる。
そして少し潤んだ瞳で僕を見上げると、少しばかり眉を顰めてみせた。


『それって……褒め言葉なの?』

「んー多分?」

『そうなんだ』


セラはそれだけ言って黙るから、何となく僕も何も話さないまま沈黙が流れる。
気付けばしんみりしているこの空気にどうしたもんかと考えていると、顔を俯かせて静かにしていたセラが再び僕を見つめていた。


『私はどこにも行かないよ。だから総司もどこにも行かないでね?』


僕はどこにも行かないよ。
どこかに行ってしまうとしたら、それは君の方だ。
でも今はただ目の前のセラの言葉を信じていたいから、微笑みを返す。
この言葉が本当になりますようにと願いながら。


「どこにも行かないよ。僕はいずれ君の専属騎士になるんだからさ」


セラは嬉しそうに顔を綻ばせると、手の中でぎゅっとオルゴールを抱きしめる。
その仕草がまるで僕の贈り物だけでなく、僕の想いも抱きしめてくれているようで、僕はそっと微笑んだ。


「セラ」

『うん?』

「誕生日、おめでとう」


改めてそう言うと、セラはふわりと微笑んだ。


『ありがとう、総司』


その笑顔が綺麗すぎて、また抱きしめたい衝動に駆られる。
でもそれはどうしたって堪えなければならないから。


「ほら、もっとちゃんと上着の前閉めて」


そう言って、僕はそっと彼女の肩を抱くように上着を直してあげる。
するとセラはくすぐったそうに笑いながら、素直に頷いてくれた。
この時間が、あとどのくらい続くんだろう。
そんなことをふと考えて、僕は夜空を見上げていた。

静かな夜、オルゴールの音色がふたりを包む。
淡く光る星の花が、僕の想いを照らしているようだった。

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