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あれから数日が過ぎてわかったことは、今の僕は一度目ではなく二度目の世界の続きを歩んでいるということだった。
前回より少しだけ進んだ時間に戻っていることを考えると、もしまた同じことが起きれば、次は更に先の時間軸へ飛ばされる可能性が高い。
過去をやり直しているというより、一度経験した時間の上に新しい出来事が積み重なっている感覚に近かった。
だからこそ怖い。
たとえ過去へ戻れたとしても、戻った先の時間次第では、もう取り返しがつかないこともある。
もっと早く戻れていたら。
そんな後悔を抱えたまま、何も変えられない未来を見ることになるかもしれないと懸念していた。
もちろん、何度もやり直せるなんて甘く考えているわけじゃない。
前回だって、あれが最後の機会だと思って動いていた。
それでも災いはまたセラに降りかかり、あの子の命を呆気ないほど簡単に奪っていく。
しかも厄介なのは、一度目と二度目ではセラを傷つけた相手が違う。
その火種が毎回同じとは限らないことだった。
敵が変わるたび、護る方法も変えていかなければならない。
先を知っているはずなのに、未来は少しずつ形を変えて、僕の手から零れ落ちていくようだった。
「俺達さ、セラに渡したいものがあるんだ」
二度目の回帰をしてから数ヶ月が過ぎ、今日は学院で入学式の式典が行われた日。
前回同様、心無い言葉に傷付いたセラを元気付ける為、僕達三人は盛大な食事会を開いていた。
皆で楽しい時間を過ごし、僕達が優しい言葉を掛ければ、セラは涙を流しながらも喜んでくれる。
その日の最後に平助からテディベアのぬいぐるみ、伊庭君からは薔薇の花束が手渡され、ようやく僕の番がまわってきたところだった。
「はい、これは僕から君に。本当にどうしようもなくなった時、これを使ってちゃんと生き延びて欲しい。君が苦しい時、少しでも君を護ってくれたら良いと思って僕はこれにしたよ」
以前は誘拐された時にそのままなくなってしまったのだろう。
あの日以来、目にすることはなくなったけど、護身用として持っていて欲しかったから僕は再びホルスター付きの短剣を選んだ。
箱に入ったそれをセラに手渡すと、嬉しそうに瞳をきらきらさせながら僕を見上げてくれる。
そして中身を楽しみにしている様子で、ゆっくりとその箱を開けた。
『……これ……』
「可愛いものじゃなくてごめんね。でも護身用になるかなって思ってさ」
以前の時、セラは嬉しそうにこれを手に取り、直ぐに腰へとホルスターを巻き付けてくれていた。
だから今回も今まで通り同じような反応を見せると思っていたのに、セラは短剣を見るなり、明らかに顔を強張らせる。
その様子に違和感を覚えた時には、箱を持つ彼女の手は震え、その顔は青白くなってしまっていた。
「……セラ?」
『あ……とっても綺麗な短剣……ありがとう……』
「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ?」
『だいじょ………』
急にセラの身体がふらついて、咄嗟に腕で身体を支える。
瞳を閉じたセラは完全に力無く脱力していて、それでも意識はあるのか苦しそうに眉を顰めていた。
「おい、どうしたんだよ?」
「セラ?大丈夫?」
「貧血でしょうか、取り敢えずそこのソファに寝かせて様子をみましょう」
小さな身体を支えたまま横抱きにして、そっと近くのソファに下ろす。
暫く様子を見守っていると、ゆっくり瞼は開かれ頼りなさげな表情で僕達を見上げていた。
『ごめんね……もう大丈夫』
「本当に平気?まだ顔色悪いけど……」
『少しだけ……急にくらくらして気持ち悪くなっちゃって。でももう元気になったから』
「今日は代表挨拶などもありましたし、疲れが出てしまったのかもしれませんね」
「無理するなよ。急に倒れるからびっくりしたじゃん」
『ごめんね。私もこんなこと初めてだからびっくりしちゃった』
明るくそう言ったセラは、ゆっくり上体を起こすと「もう元気」と言って笑っている。
でもその表情がどことなく心許ない。
そしてその原因があの短剣にあるのではないかという不安もあって、僕の気持ちは晴れないままだった。
『折角みんなが楽しいお食事会開いてくれたのに、最後にごめんね』
「いや、いいって!俺達も楽しかったしさ、部屋戻ったらゆっくり休んでくれよな」
「そうですよ。僕達は君と楽しく食事が出来ただけで満足していますから、そんな申し訳なさそうな顔しないで下さい」
今日は前回とは異なり、食事中に僕達への謝罪と共に涙を見せたセラだったから、伊庭君と平助がいつも以上に熱心に彼女へ話しかけていた。
セラの瞳が潤むと二人の頬が染まるからそれは見ていて面白いけど、僕はただ先程のあの子の様子が気がかりでならなかった。
「身体が一番大切なんだから無理はしないで。誰だって本調子じゃない時はあるし、謝る必要なんてないでしょ」
『ありがとう。私みんながいてくれて良かった、また今度一緒に今日みたいなお食事会したいな。今日、本当に楽しかったから』
「ええ、是非しましょう。次回の開催を楽しみにしていますね」
「俺も!月一くらいで出来たらいいよな。山南さんに頼んでみようぜ」
笑顔で頷くセラの表情は、もういつも通りだった。
だからその場では深く話を聞いたりはせず、そのまま食事会はお開きになった。
その後騎士団の住居に戻ってきた僕は、一度お風呂に入り、全身真っ黒な服に着替えて、再び城の前へと歩いて行く。
そしてかなり久しぶりにも感じるセラの部屋への侵入を試みようと、例の大木に足をかけた時。
よく知った声に話し掛けられた。
「そこにいるのはまさか沖田さんですか?」
「…………」
声の主は山崎君だ。
思えば一度目の今日、セラの様子が気がかりで木に登ろうとしたところを、失せ物探し中の山崎君に見つかったことを今更ながら思い出す。
当時は僕とセラの関係を知っていたから応接間に案内してくれたけど……。
あの時、山崎君はなんて言ってたっけ?
確か近藤さんの公認でなければ、僕の行動は見逃せないと言っていたような……。
「山崎君じゃない。どうしたの?僕は失せ物探しをしてたんだけど」
「俺も失せ物探しついでに城の近くを見回っていたら、怪しい人物が木に登ろうとしているのを見かけて、こちらに足を運びました。まさか沖田さんだとは思いませんでしたが、何をされているのですか?」
「ん?だから失せ物探しだよ」
「木に登って失せ物探しする人がいるんでしょうか。まさかとは思いますが、ここから登ってお嬢様のお部屋に侵入するつもりだったわけではないですよね?」
「まさか。こんなに真面目な僕がそんなことをする筈がないじゃない」
「確かに沖田さんは仕事の面では人一倍真面目に努力されているとは思いますが、それ以外では……」
「それ以外では何なの?それ以外でも真面目だと思うんだけど」
「俺が見ている限り沖田さんはお嬢様への接触が過度に多い気がします。触れごとは極力しないようにという騎士の心得を知らないわけではないでしょう?」
「僕が前にいた国では触れごとを当たり前にする風習があったからさ、気をつけてはいるつもりだけど長年の癖がなかなか抜けないんだよ」
「そうなんですか?」
ランタンに照らされた山崎君が、不審そうに僕を見つめる。
セラが気掛かりでたまらないのにこうして足止めを喰らってしまうこの状況が辛いけど、ここで言葉を間違えればそれこそ専属騎士にすらなれなくなる。
あの子のことで頭がいっぱいになり過ぎて、他のことが頭からすっぽり抜け落ちていたなんて、自分の馬鹿さ加減に後悔するしかなかった。
「話を戻しますが、沖田さんはお嬢様のお部屋に行くつもりだったんですよね?」
「違うってば」
「行くつもりでしたよね」
「だから、違うって言ってるじゃない」
「お嬢様のお部屋に行って何をするおつもりですか?まさか……覗きなどされていませんよね?」
「ちょっと、さすがにそれは心外なんだけど。セラが嫌がることを僕がする筈ないでしょ?」
「確かに沖田さんはお嬢様のことは大切にされていらっしゃるみたいですが……」
「山崎君。まさかこのことを近藤さんに報告しないよね」
「俺は近藤さんの専属騎士ですよ。何か気付いたことや不審なことがあれば、逐一近藤さんに報告をすることも使命の一つです。志に背く行為は致しかねます」
「そんなことしたら僕は専属騎士の候補から外されちゃうかもしれないじゃない。そうなったらセラが悲しむことになるけど、山崎君あの子を悲しませて平気なんだ?近藤さんが一番大切にしてるあの子を悲しませることって、それこそ志に背くことになると思うけど」
ここで折れたら、僕がセラの隣にいられる未来はなくなってしまう。
だからこそ反論していると、山崎君からは控えめな息が漏れた。
「そんな屁理屈を言われても困りますよ。第一、このような大事な時期に問題を起こす沖田さんがいけないと思います」
「僕はどうしてもあの子に会わなければならない用事があるんだ。それなのにそれを邪魔した挙句、近藤さんに要らぬことを話したら、セラはきっと山崎君のことを恨むだろうね。セラが近藤さんに言って、近藤さんの専属騎士を変えてくれってお願いするかもしれないよ。それでもいいの?」
僕とセラが仲良いことは山崎君も知るところではある。
だから自信満々に言い訳を並べてみたけど、僕の言葉から何かを想像した山崎君は言葉を詰まらせると一つ大きなため息を吐き出した。
「沖田さんの望みは何ですか?お嬢様とお話がしたいのであれば、応接室にお呼び致しますが」
「流石、山崎君。話が早くて助かるよ」
「その代わり金輪際このようなことは控えて下さい。次に何かあれば、俺だって沖田さんを庇いきれませんからね」
「うん、わかったよ。ありがとう」
山崎君はげんなりした顔で僕を見ていたけど、なんだかんだ稽古で顔を合わせることが多かったこともあり、僕のことをそれなりに信用してくれているらしい。
城の中の応接間に僕を案内すると、「お嬢様を呼んできます」と言って僕の元から去って行った。
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