6
先程の余韻に浸かりながらふと腕の中を覗いてみると、セラは僕のベッドの上で眠ってしまったらしい。
すやすやと安心しきった顔で、可愛い寝顔を見せてくれていた。
でも捲れたナイトドレスからは脚が出ているし、横向きで寝ているセラの胸元は惜しみなく膨らみを露出している。
先程までのことを思い出せば、抑えた熱が再び舞い戻ってきてしまうの当然のこと。
セラの身体でこの欲を果たすことはしたくはないから、僕に与えられた選択肢は我慢するか自分で処理するかの二択だ。
「つら……」
このままだと僕の方がもたなさそうだと、仕方なくバスルームへと向かう。
そしてシャワーを頭から浴びながら、熱をもったその場所を取り出して自分で処理することにした。
「……は……っ……」
淺ましいな、こんなことをしてるなんて。
こういった類のことに興味が薄かったこともあって、今の自分が情けなく思えた。
でも認めたくない気持ちとは裏腹に、愛らしい顔で果てたセラの姿を思い出せばどうしたって興奮する。
あの胸の感触も、円滑に滑るくらいまで潤っていたあの場所も、僕の脳裏からは焼きついて離れなかった。
「……くっ……」
熱い液体が放出され、ようやく少し落ち着きを取り戻す。
すっきりした気分で全てを洗い流し、この程度の時間消費で済むのなら我慢するより処理した方が情緒面でも健康面でも身体に良さそうだと、開き直ることにした。
再びベッドに戻れば、セラはまだ僕のベッドの真ん中で可愛い寝顔で眠っている。
愛らしく悶えたセラの姿を再び思い出したら最後、下半身には再び熱が集中した。
「……嘘でしょ」
もう面倒だ、早く寝たい。
それなのにセラを一目見れば、僕の中の欲求は収まることを知らないらしい。
自分でも驚くくらい、元通りに元気になってしまった。
だから彼女のナイトウェアを直し、胸元の紐も結び直して、そっと上にコンフォーターをかける。
そして再びバスルームへ向かい、先程同様頭上からシャワーを流した。
「はあ……」
それにしても今夜のセラは破壊的に可愛かったな。
普段は清純なのに、少し触ればあんな風になっちゃうなんて予想外だ。
思わず下の方まで触ってしまったけど、潤ったあの場所は最後には震えて可愛らしく絶頂を迎えていた。
あの時のセラの声や顔、しならせた身体は一生忘れられそうにない。
しかも……本人は自覚してないみたいだけど、余裕のない時のセラの仕草や表情は度を超えて可愛い過ぎる。
あんな蕩けた顔で見つめられたら、こっちの方がおかしくなりそうだ。
「…………」
これ以上考えたら、収拾がつかなくなりそうだ。
無理矢理記憶に蓋をしながら二度目の処理を終えて、そろそろ寝ないと本格的に明日が辛いとバスルームから出る。
けれど戻った先のベッドの上でセラは上体を起こし、苦しそうに胸を押さえていた。
『……は……っ、……あ……』
「セラ……?どうしたの?」
唯ならぬ様子に気付いて走り寄ったけど、震えた肩を掴んでみても彼女の視線は僕に向けられることのないまま動揺に揺れていた。
「セラ?平気?」
『………私、どうしてここに……?』
「え?」
『馬車が爆発して……中で……人が燃えて……私どうやって戻ってきたの?』
「セラ……」
『どうしよう……私……人を……』
セラは震えた手のひらを見つめ、その瞳から涙を溢れさせた。
『殺しちゃったの……苦しいから殺してって……だから、総司がくれた……短剣で、私が……』
消え入りそうな声で呟かれたその言葉は、最初は支離滅裂に思えたけど、暫くして以前の世界で攫われた時の話をしているのではないかと気付く。
思わず目を見開いた僕を見ることもなく、セラは震える声で話を続けた。
『沢山血が出て……私、どうして……どんな理由があっても、そんなことをしたら駄目なのにっ……』
「セラ……」
『……ごめんなさい……総司がくれた……短剣だったのに………』
「セラ、大丈夫だから……」
『……ぅっ、ごめんなさい……ごめんなさ……』
「セラ……!」
僕はもう耐えられなかった。
このままだとまたセラは自分自身に押し潰されてしまう。
また記憶を閉じ込めてしまうかもしれない。
僕は一度彼女の名前を強く呼び、きつく腕の中に抱き締めた。
あやすようにその背中を撫でれば、まだその身体は辛そうに震えていた。
「……大丈夫だよ、それは悪い夢を見ただけだから」
『……夢じゃ……ない……の、……本当に、私が……』
「セラ、よく聞いて。君はずっとここにいたし、馬車だって爆発なんかしてない。短剣も入学した日に僕があげたけど、それまで君は短剣なんて持ってなかった筈でしょ?入学してからのこの半年間に、そんな物騒なことがあった?」
『……ううん……、なかった……』
「そうだよ。だから君は人だって殺してないし、そんなことは起こる筈がない。全部今見た悪い夢だよ」
『……本当に……夢……?でも……』
「僕達は毎日一緒にいるでしょ?今だって君は僕とずっと一緒にいたんだから。ほら、僕を見て」
しゃくりあげて泣くセラの頬に手を添え僕の方に向けると、虚な瞳がようやく僕を映してくれた。
「大丈夫だよ、ここはいつも暮らす城の中だし、何も怖いことも危険なこともないから」
『……う……んっ……』
「凄く怖い夢だったんだね。でも夢なんだから何も心配しなくていいよ」
『も、もう……総司に会えないかと……思っ……』
潤んだ瞳が伏せられたまま、酷く辛そうに涙がこぼれ落ちた。
以前の世界で、セラが記憶を失った理由は心的外傷、つまり心を守るための防衛反応だったのだと診断されていた。
でもそれがただの推測ではなく彼女自身の口から語られた今、全てがはっきりとした輪郭を持って僕の中に浮かび上がってくるようだった。
あの事件の報告書には、誘拐犯が三人、馬車の爆発で焼死体となって発見されたと記されていた。
でもそのうちの一人は、もしかしたらあの場で即死したわけではなかったのかもしれない。
まだ息があり酷い火傷を負いながら苦しむ中で、セラに自分を殺してほしいと、そう懇願したのだとしたら。
そしてセラが僕が贈った短剣でそれに応じてしまっていたとしたら、今のセラの話は十分あり得る話だ。
だからこそ短剣を見た時に、セラは顔を青くして倒れるまで追い詰められた。
そう考えると、全て辻褄が合う気がした。
僕が知っているセラは、決して弱い子じゃない。
むしろまっすぐで強い心を持っていて、誰よりも優しい、痛みをひとりで抱えてしまうような子だ。
だからこそ、たとえ相手に頼まれたとしても、人の命を奪うなんてことは本当は絶対にしたくなかったはず。
それがどんな理由であれ、セラにとっては自分の中の何かが壊れてしまったと感じるほどの出来事だったんだと思う。
僕と視線を合わせようとしなかったこと。
酷く怯えたような仕草。
それは恐らく命を奪ってしまったことへの罪悪感だけじゃない。
セラはきっと僕が贈った短剣を使ってしまったことにも、深く負い目を感じていたのだと思う。
望まなかったその選択を、自分の手で下してしまったという事実。
その痛みがどうしようもない自己否定となって、彼女をずっと苦しめていた。
人の命を奪った自分には、もう普通の未来なんて望めない。
誰かの傍にいる資格なんてない。
そう思い込んで、自分を罰するように心を閉ざしていった。
もしそれが前の世界でセラが記憶を失った理由だとしたら。
今思い出したことで、また同じように遠くへ行ってしまうのではないかと考えてしまうから、僕は怖くてたまらなくなった。
「セラ、もう寝よう。僕ももう寝るから、一緒に眠れば怖い夢を見ないよ」
『総司と一緒に……?』
「そうだよ。ほら、おいで」
セラを寝かせて片腕で閉じ込めるようにベッドに横たわる。
柔らかい髪をあやすように撫でれば、セラは静かになってそのままぼんやり僕を見つめていた。
「明日、学校帰りに少し寄り道しようか」
『……寄り道?』
「うん。前に話したよね。僕が専属騎士になったら、お揃いのものを少しずつ増やしていこうって」
セラは小さく頷いた。
その仕草だけで僕の胸がじんわりとあたたかくなる。
「明日は、お揃いのマグカップでも探そうよ。セラが気に入りそうな、可愛いやつ」
『うん、楽しみ……』
微かな声と一緒に、彼女の口元がわずかに綻ぶ。
さっきまで怯えていた表情が、ほんの少しだけ和らいでいた。
こんなふうにあたたかい未来の話をしていれば、きっとセラの不安も少しずつなくなっていく気がして、僕はそっと言葉を続けた。
「たくさん楽しいことしようよ、明日だけじゃなくてこれからもずっとね」
『楽しいこと、たくさんあるといいな』
「あるよ。僕はセラとしたいことがたくさんあるんだ」
彼女の手にそっと自分の手を重ねる。
細くて冷たい指先。
でもそのぬくもりを感じられることが、何よりの救いだった。
「だからこれからもずっと僕の傍にいて。セラがいてくれたら、どんな毎日でも楽しいからさ」
セラの瞳は揺れて、直ぐにその顔は柔らかく綻ぶ。
その笑顔が可愛い過ぎるから、またどうしようもなくこの子が愛おしくなった。
『嬉しいな、私も総司としたいことたくさんあるよ』
「じゃあ君が僕から離れられないように捕まえておかないとね」
『ふふ、捕まえるの?』
「そうだよ。こうやって」
そう答えながら僕はセラの肩にまわしていた腕で、小さな身体を引き寄せた。
柔らかく抱きしめながら、少しだけその腕に力を込める。
どこにも行かせないよって、そう伝えるように。
セラの小さな肩がぴくんと震えて、すぐに僕の胸の中でそっと落ち着いた。
「ね、これで君はもう逃げられないでしょ」
そう囁きながら、今度は自分の額を彼女の額にそっと重ねる。
こつん、とお互いの体温がふれ合う音がして、セラはくすぐったそうに小さく笑った。
「はい、捕まえた」
『ふふ、なにそれ』
「んー、おまじないかな。君が僕の傍から離れていかないようにって」
ふざけているような口調でも、実際はそうでもない。
セラのことになると、僕は不思議なくらい真剣になれるからだ。
『……なんか変なの』
笑いながらもセラの瞳は潤んでいて、それでもその奥にはちゃんと光が戻ってきている。
さっきまでの影を少しずつ手放してくれているのがわかったから、僕はその笑顔に見惚れていた。
『じゃあ……』
「うん?」
『私も捕まえちゃう』
そう言って、セラは自分の腕をそっと僕の背中に回す。
身体が密着すればあたたかい鼓動がひとつになって静かに響き、無性に心地よく感じられた。
「ははっ、それってまさか反撃?」
『うん。総司のこと、逃がさないってもう決めたの』
くすくすと笑う彼女に、つられるように僕も微笑む。
こんなふうに笑ってくれるだけで、さっきまでの痛みも不安も全部少しずつ消えていく気がした。
「そんな可愛い方法で僕を捕まえるなんて、反則じゃない?」
『だって総司とずっと一緒にいたいもん』
「僕はもうとっくに君に捕まってるのにね」
『じゃあこれからもずっと一緒にいてくれる?』
その声は小さいものだったけど、確かに僕の胸の奥に届いた。
抱きしめている腕の中でセラの鼓動を感じながら、僕は微笑んだ。
「うん。もちろんだよ」
そう答えると、セラはほっとしたように僕に額を預けてきた。
僕の言葉を信じて嬉しそうに微笑んでくれるから、また僕はこの想いを君に伝えたくなる。
「僕はね、君といる時間がどんなものより好きなんだ。だから離れたい理由なんて一つもないよ」
『本当?これから何があっても?』
「うん、何があっても。セラと一緒にいる未来しか、僕には考えられないよ」
セラと離れることは想像すらしたくない。
二度とこの子を失わないように、そしてセラに悲しい思いをさせなくて済むように僕が護りたいと目の前の小さな手を優しく握った。
『私もだよ。私も総司と一緒にいる未来しか欲しくない』
そう言って、セラは僕の手を両手で包み込むように握り返してくれた。
小さくて、あたたかくて、今にもこぼれてしまいそうなそのぬくもりに、思わず胸がいっぱいになる。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
ふと見つめれば、セラの頬がほんのり赤くなっていた。
でも照れ隠しするようにうつむくその姿も、隠せない笑顔も、まるで光を纏ったように可愛くてたまらない。
そしてセラは僕の胸元にそっと顔を埋めると、僕を見上げて微笑んだ。
『総司、今日も一緒にいてくれてありがとう』
その声が優しくて、真っ直ぐで、まるで胸の奥にそっと咲いた花みたいに心の中に沁みわたっていく。
そのまま抱きしめ返そうとした時だった。
ふとセラの身体の力が抜けたように感じて、僕は彼女の顔を覗き込む。
「……あれ?」
すぅ、と穏やかな寝息が僕の胸に落ちていた。
「え、もう寝ちゃったの?」
そう小さくつぶやくと、セラはふにゃっと安心したように眉をゆるめて、僕の胸元にぴとりと頬を寄せた。
まるで僕の心音を確かめるみたいに。
まるで今の続きは夢の中で言おうとしてくれているみたいに。
「ほんと、ずるいな」
苦笑しながらも、その寝顔を見ていると自然と頬がゆるんでしまう。
きっと今のセラに何を言っても届かない。
それでも伝えたくなる僕がいた。
「……僕の方こそ、ありがとう。君が今日もそばにいてくれてそれだけでどれだけ救われてるか、言葉じゃ全然足りないや」
そっと、彼女の髪を撫でる。
心地良さそうに身じろぎして、小さな鼻先を僕の胸にこすりつける仕草が、まるで猫みたいでたまらなく愛おしい。
「おやすみ、セラ」
その額に静かにキスを落とした。
夜は深く部屋は静かで、でも僕の腕の中にはかけがえのないあたたかさが確かに息づいている。
もう絶対に手放さない。
この笑顔を、声を、ぬくもりを。
どんなに時が流れても、どれだけ世界が変わってもこの子を護れる僕でありたいと改めて願った。
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