7
目を覚ますと、私は温かい腕の中にいた。
昨日はあの後、総司のベッドで眠ってしまったみたい。
そっと目線を上げれば、総司が私を腕に乗せたまま、こちらを向いて眠っていた。
『総司……』
寝顔、可愛い。
こうしていると少しあどけなくも見えて、胸の奥がきゅっとなる。
普段は凛々しくてカッコ良い私の騎士様だけど、こうして無防備な姿を見られるのは私だけだと思えば、口元は緩んでしまった。
でも昨晩は色々と……凄い体験をしてしまった気がする。
総司の前で沢山気持ちよくなってしまったこと、そしてそんな私を総司が食い入るように見つめていたこと。
そして総司から言われた様々な言葉を思い出した時、恥ずかしくて顔が熱くなった。
「……んん」
自分の部屋に戻ろうと思い立った丁度その時。
総司が眉を顰めて身動ぎをした。
思わず固まったまま目の前の総司を見上げていると、持ち上げられた瞼の隙間から翡翠色の綺麗な瞳がのぞいた。
「……ん、おはよう」
『お、おはよう……』
総司の微笑みにドキドキし過ぎて、声が少しだけ上擦ってしまった。
どうしよう、何の話をしようと狼狽えていると、総司が急に変な声を出した。
「う……あ、……やば……腕が……」
『え?』
「……痺れて死んでる」
一晩中私に腕枕をしていてくれたのだから、確かに痺れていても当然かもしれない。
慌てて腕から退いた後、ちょっとした悪戯心で少しふにっと摘んでみた。
「ああっ……ちょっ、やめてよ……」
『ふふ、総司が慌てるなんて珍しい。そんなに痺れちゃってるの?』
そう言いながら、興味本位で先ほどよりもっと強く摘んでみる。
すると彼の喉から妙に色っぽい声がこぼれて、胸の奥が熱くなった。
でも総司の瞳がふいに鋭く光ると、まるで獲物をとらえる捕食者のように私を見る。
そして気づいた時には、彼の手が私の手首を掴み、そのまま体ごと上に覆いかぶさられていた。
『……っ』
すぐ頭に「まずい」という言葉が浮かんだけど、もう遅かった。
意地悪そうに口角を上げて、総司は私を見下ろしていた。
「いけない子だね。嫌がってることをするなんて」
『ごめんなさい、ちょっとした出来心だったの』
「そう。じゃあ僕がちょっとした出来心で君に触っても許されるってことだよね?」
昨晩、総司に触れられて、どうしようもなく気持ち良くなってしまった自分を思い出す。
あの時と同じ体勢だと言うこともあり、顔には熱が一気に集まってしまった。
「ははっ、いい反応」
総司は愉しげに笑いながら、首筋にそっと唇を這わせてくる。
同時に大きな手が私の肩から腕を滑るように撫でるから、くすぐったくて思わず甘い声が漏れてしまう。
『……あ……やめて……今、朝だよ……』
「まだ時間あるから大丈夫だよ」
『だ、だめ……本当にだめだから……』
「んー、でもセラは僕が嫌がってもやめてくれなかったよね。むしろ余計に触ってきたんじゃなかった?」
耳元で囁かれる言葉に、胸がきゅっと縮まる。
総司の指先が昨晩のように私の太ももをなぞるから、私の身体はびくんと揺れた。
『こ、これ以上は……だめ……』
「……本当に、駄目……?」
慌てて見上げた総司の顔には、もう意地悪な笑みはなくて、今はただ昨晩のような情欲に溢れた表情をしている。
このままだと本当にまた昨日のようなことになってしまうと、総司の肩を思い切り押し返した。
『や……あ、本当にだめっ……』
渾身の力で押したのに、目の前の総司はびくともしない。
唖然としながらももう一度力の限り押したのに、やっぱり総司の身体はそのままだった。
「セラって力ないね。心配になるな、こんなんじゃいつ無理矢理襲われてもおかしくないよ」
『こんなこと、総司しかしないよ……』
「わからないじゃない。駄目だよ、僕以外にあんな可愛い顔を見せたら」
『あっ……』
総司は私の耳に唇を寄せると、ちゅっと音を立てて耳に触れてくる。
総司の息がかかれば、昨晩何度も耳元で感じた総司の吐息や言われた言葉が蘇ってしまうから、私の口からは思わず情けない声が溢れた。
『……や、ぁ……それ……だめ……、あっ……』
「あのさ……そんな可愛い声出されたら逆に変な気になるんだけど。止まらなくなったらどうしてくれるの?」
『そ……じ……、本当に……朝は……』
「じゃあ、今度また触らせてくれる?そうしたら今は我慢するよ」
『わ、わかったから……』
『本当に?絶対?』
頬を撫でられながらそんなことを言われても、もう頭がくらくらしてよくわからない。
慌てて二度頷いて見せれば、総司はようやく拘束を解いてくれたから、私は総司から身体を離して、キッと総司を睨みつけた。
『朝から変なことしないで』
「そんなに変なことしたつもりはないんだけど」
『してるでしょ?朝からこんなことするなら、私総司のこと嫌いに……』
「え?」
『……は……なれないけど……でも、やめて』
一度きょとんとした総司は、私の言葉を聞いてくすくすと笑った。
総司から距離を取った私を引き寄せると、再びベッドに寝かせてそっと頭を撫でてくれる。
「ごめんね、そんなに警戒しないでよ」
恥ずかしさを誤魔化すように総司を睨んでみたけど、総司は結局笑ってる。
でもその笑顔がとても嬉しそうにも見えて、私も思わず笑ってしまった。
『嬉しいな、こうやって朝起きてすぐにおはようって言えるの』
「そうだね。これから毎日こうして過ごせると思うと幸せかな」
『うん、私も幸せ』
総司が私と同じ気持ちでいてくれることが嬉しい。
私と他愛のない日常を一緒に過ごせることを幸せだと言ってくれることも嬉しかった。
ずっとずっと待ち望んでいた毎日がこれから始まると思うと、まだ実感が湧かない。
そのくらい総司とこうして過ごす時間を持てることは、私にとって特別で尊いものだった。
「昨日はあれから怖い夢は見なかった?」
思えば昨晩、とても怖い夢を見て総司の前で泣いてしまったような記憶がある。
今になって思えば情けなくなるけど、あの時は本当に怖くて辛くてどうにかなりそうだった。
それなのに今朝起きると、何の夢を見ていたのかも殆ど思い出せないから不思議だ。
『うん、大丈夫だったよ。昨日は迷惑かけてごめんね……』
「迷惑なんかじゃないよ。ただセラのことが心配だからさ、また怖い夢を見たらすぐに僕に教えて」
『ふふ、夢だから別に大丈夫だよ?』
「僕は夢の中だろうがセラを護りたいし、君に辛い思いはして欲しくないよ。だからちゃんと話して」
相変わらず優しいな、総司って。
昨日も総司が傍に寄り添ってくれたから、大丈夫だって……そう思えたことは覚えてる。
「で、他に夢は見てないの?」
『多分見てないよ?』
「誰かに襲われたり、変なことされたり……そういうことは?」
総司は私の顔をやたら真剣に見つめて、そんなことを聞いてくる。
『ううん、そんな夢は見たことないけど』
「そっか、良かった……」
やたら安堵した様子でホッと息を吐き出している総司の様子に、私は思わず首を傾げる。
『私の夢、そんなに気になる?』
「まあ、そうだね。気になるよ」
『ふふ、変なの。夢は夢なのに』
「そうだとしてもセラのことはなんでも知っておきたいんだよ」
やたら真剣にそう言われてしまえば、胸の奥が温かくなってくる。
総司は本当に私の心まで大切にしてくれてるんだなとわかるから、私もこの人の心まで大事にしたいと思う。
『ありがとう、総司。今日も世界で一番だいすき』
好きって伝えるのは、いまだに少し照れくさい。
でも好きな人に好きって伝えられることは何よりも幸せなことだと思うから、正直に言ってみた。
すると総司は珍しく眉尻を少し下げて、私をぎゅっと抱きしめてくる。
「ああ……もう、可愛いな……」
『う……総司、ちょっと苦しい……』
「セラの気持ちはわかってるけどさ、何回聞いても悪くないよね」
なんだか今日は少しだけ力が強い。
苦しくて小さく身じろぐと、総司は名残惜しそうに力をほどき、じっと私を見つめた。
その眼差しがあまりに熱っぽくて、胸が少しざわつく。
『あの……総司?そんなにじっと見て、どうしたの?』
「いや、別に」
普段なら軽く笑ってかわすのに、今日は少し違う。
わずかに照れた色を滲ませて一度視線を逸らした総司は、また私をじっと見つめてくる。
『もう、何か隠してない?ちゃんと言って』
「大したことじゃないんだけどさ」
『うん?』
「セラを見てると、昨日の君が浮かんできちゃうんだよね」
『昨日の私?』
「そう。例えば、余裕なさそうに僕の名前を呼んだ時とか、無理って言いながらも甘えて縋ってきたこととか」
総司が何を言いたいのかようやくわかり、私の顔が一気に火照る。
「極めつけは、イクときの顔だよね。あれはずるいよ。破壊的に可愛かったし」
『……っな……朝から何言ってるの?そんなこと言わないでっ……』
「なんで?僕しか知らない顔なんだから、特別に思ったっていいでしょ。正直忘れるなんて出来ないし、見るたびに思い出しちゃうかな」
口調は軽やかなのに、目は真剣そのもの。
その真っ直ぐさに胸の奥が熱くなって、言葉が出なくなる。
「僕はね、可愛いとか綺麗とか、そういう言葉だけじゃ足りないくらいに、君を大事に思ってるんだ。本当に大好きだし、僕の目には君しか映らないよ」
囁く声が優しすぎて、怒るに怒れなくなって、ただ恥ずかしさから唇をきつく結ぶ。
総司はそんな私を見てふっと笑うと、ゆっくりと唇を重ねてきた。
触れ合った瞬間、胸の奥まで優しい熱が広がって、私の世界は総司でいっぱいになる。
『うう、恥ずかしい……』
今日ばかりはまともに総司の顔を見れなくなりそうで、ベッドの中で総司に背を向けた。
胸の奥がどきどきして落ち着かなくて、とてもじゃないけど顔を見られたくない。
「ははっ、顔赤いよ」
『今は見ないで……』
思わず両手で顔を覆ったけど、背後から総司が体を少し起こす気配がする。
すぐに視線を感じて、ベッドの上では身の置き場がなくなってしまった。
「真っ赤な耳は隠れてないよ」
耳元で囁かれた瞬間、びくんと身体が震える。
『や……ぁ……』
思わず耳を押さえて振り返り、総司の方を少し睨んでしまった。
『それ、やめて……』
「なんか……今日は随分反応がいいね。そんなに耳が気持ちいいの?」
『気持ちいいとかじゃなくて……』
「じゃあなんで?」
視線を逸らして言葉を探すけど、結局逃げられなくて小さな声で答えてしまった。
『総司が昨日……ずっと耳元で話してきたから、あれから耳がおかしくなっちゃったの……』
総司は目を瞬いてから、肩を揺らして笑った。
「結局セラも昨日のこと思い出してるんじゃない」
『ちが……私のは不可抗力だもん』
「僕のだって不可抗力だよ」
『そんなわけないでしょ……』
「いや、ほんとだよ。だって可愛すぎて頭から離れるわけないじゃない」
『……もう、総司のそういうとこ、ずるい』
「ずるいのはセラの方だよ。僕の名前呼んで、甘えてきてさ。あんな顔見せられたら」
『だから、そういうこと思い出すのはやめてって言ってるの』
「やめられるなら苦労しないよ。僕は何度でも思い出すし、何度でも君に言うよ。可愛いって」
『もう総司は喋らないでっ……恥ずかしくて死んじゃうよ……』
「恥ずかしがってる顔がまた可愛いから困るよね。僕としてはもっと見たいくらいなんだけど」
『見なくていい……』
「いいじゃない、僕のなんだから。次に触らせてもらった時は、僕にどんな顔を見せてくれるのかな」
総司が完全に私をからかって遊んでるから、私は背を向けたまま話さなくなる。
顔は多分真っ赤だろうし、心臓も煩わしいほどドキドキしてる。
それでもなぜか心は温かい気がして胸元で指先をきゅっと握ると、伸びてきた総司の腕が後ろから優しく私を包んでくれた。
「恥ずかしいならそのままでもいいからさ、起きるまでのあと少し、こうしててもいい?」
背中に温かい総司の温もりを感じる。
聞こえてくる声もからかいを含んでいない優しい音色で、私は口元に笑みを浮かべた。
『うん……』
「好きだよ、セラ」
総司が私の専属騎士となって迎える初めての朝。
総司の温もりに包まれながら、私は後ろから抱きしめてくれているその手に、そっと自分の手を重ねた。
ずっと夢見ていた日を、今こうして迎えられていることが幸せでたまらない。
総司と過ごす一日一日を大切にして、彼にふさわしい自分でいられるように努力を惜しまないと心に誓う。
そしてどうかこの穏やかな日々が、いつまでも続きますように。
いつまでも総司の隣にいられますようにと願う私がいた。
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