3

誰かが優しく髪を撫でてくれている夢を見た。
心地良くて目の前の温もりに擦り寄ると、身体が温かいものに包まれてとても良い香りがする。


「そろそろ起きないと駄目だよ」

『んん……』

「セラ」


近くで私を呼ぶ声が聞こえて、重い瞼を持ち上げる。
直ぐ真上には総司がいて、同じベッドの中で肘をつき私を見下ろしていた。


「ようやく起きたね、おはよ」

『おはよう……』

「はは、まだ眠そうだね」


まだまだ寝足りないというか、とても身体が怠い感じ。
片目を擦って周りを見回して、漸く違和感に気付いた。


『あれ?ここ、総司の部屋?』

「そうだよ。昨日、君がここで寝ちゃうからさ」

『あ、ごめんなさい……またここで寝ちゃったんだ。狭かったよね、ちゃんと休めたかな?』


この前も総司のベッドで寝てしまって反省したのに、私はまた総司の部屋で眠りに落ちてしまったらしい。
婚前に男の人の部屋で寝てしまうなんてはしたないと恥ずかしく思っていると、総司が私の髪を耳にかけて優しく微笑んでくれた。


「全然大丈夫だから気にしないでいいよ。君がいた方が僕も眠れるしね」

『……ありがとう。でもごめんね』

「謝らなくていいってば。セラは気持ち良くなっちゃうと、体力を使って直ぐ眠くなっちゃうんでしょ?」

『え?』

「昨日は凄く気持ち良さそうだったし。あの後、あっという間に寝てたよ」


総司の言葉を聞いて昨晩のことを思い出してしまえば、一気に顔に熱が集まるのを感じる。
思わず再びコンフォーターに潜り込むと、総司はそれを引き剥がそうと引っ張ってきた。


「お嬢様ー?もう起きる時間ですよー」

『今は顔見られたくないの……』

「なんでさ。真っ赤な顔も可愛いからいいじゃない」

『私が嫌なの、離して……』


夜のうちはまだよかった。
部屋は暗いし、恥ずかしい気持ちも、夜がそっと隠してくれるような気がするから。

けれど朝になると、急に冷静な私が顔を出してしまう。
あんなふうに恥ずかしい姿を見せてしまったことを思い出しただけで、総司を正面から見られる自信なんてどこにもなかった。

それなのに総司は迷いなく私の手からコンフォーターを取りあげるから、隠れる場所さえなくなってしまう。
そのままゆっくりと覆い被さるように近くへ来て、腕までそっと押さえられた私は、呼吸を忘れたみたいに総司を見上げた。


「そんなに恥ずかしくなっちゃうなんて、困ったお嬢様だね」

『も、もう……支度しないと……』

「そうだね。でも頬が熱いよ。まるで熱を出した子供みたいだ」


頬に触れるといつも温かく感じる総司の手が少し冷たくて、これはこれで心地良い。
いつものように撫でられると、条件反射のように総司の唇を待ち侘びてしまう私がいて。
そんな私を見て瞳を細めた総司は、そっと触れるだけのキスを落とした。


「さ、じゃあ支度しようか」

『うん……』


熱が中々引かなくて困ってしまうけど、総司とこうして過ごせることがたまらなく幸せ。
ずっとずっと待ち望んでいた生活に、私は一人胸を高鳴らせていた。



そしてその日、通常通り授業を受けていると午前中最後の授業は男女別に分けられることになった。
やたら私の身を心配してくれる総司から何とか離れ、スカート付きのレオタードに着替えた私は、バレエのレッスンに参加していた。


「それにしても、沖田君は心配し過ぎよね。女子更衣室の中までついてくる勢いだったわ」


隣にいる千ちゃんが若干引いた顔付きで私にそう話しかけてくる。
総司は私の身を誰よりも案じてくれる優しい人だけど、確かに少し心配し過ぎだと私も思う。


『私が頼りないから総司に心配かけちゃうのかな』

「そういう問題でもないと思うけど……。この前なんて女子トイレの前までついてきたじゃない?あれは……、ふふっ、もう思い出しただけで笑っちゃう」

『ふふ、本当にそう。でも父の専属騎士さんもとても真面目な方でね、基本父とずっと一緒にいるの。同性だから問題ないみたいだけど』

「そうなの?セラちゃんの家紋は大きな騎士団で有名だけど、やっぱり警備体勢も他より凄いのね。私なんてそこまで護って貰ったことないわ、街だって一人で勝手に出掛けちゃうもの」

『千ちゃんはしっかりしてるし、周りに心配かけてないんだよ。私も早くそうならないといけないんだけどね』

「その必要はないんじゃない?いっそ沖田君もレオタードを着て、今日のバレエのレッスンに参加すれば良いのよ」

『あはは、やめて千ちゃん。想像したら笑っちゃうよ』


幼い頃から殆どの時間を城内で過ごしていた私は、所謂世間知らずなのかもしれない。
学院に通うようになってから、私にとっての普通が皆にとっての普通ではないことも稀にあって、今は色々学び中だ。
でもバーの基礎練習をするクラスメイトを眺めながら他愛ない話をしている今が楽しい。
千ちゃんとは気兼ねなく話せるから、私にとって一番の友達だった。


「でも気が合う人が専属騎士になってくれて良かったわよね。これだけ一緒にいたら、合わない人とだと大変よ?」

『そうだよね。総司がなってくれて良かったよ』


総司が専属騎士になってくれたから、ようやく私達は二人きりで過ごせる時間を持つことが出来るようになった。
触れたい時に触れられる幸せを噛み締めながら、ふと昨晩のことを思い出してしまう私がいる。
いまだにあの触れごとがどうしてあんなに気持ち良いのかは分からないけど、昨晩のも……なんだかとっても凄かった。
あの余韻がずっと身体に残っているのか、今日は朝からずっと身体が火照りっぱなしのような気さえしていた。


「はい、じゃあ次のグループの人でラストよ。バーの前に立ってね」


もうすぐバレエのレッスンも終わる。
私達のグループが呼ばれたため、立ち上がってバーの前まで歩いて行った。
けれど本当に目眩がして思わず眉を顰めた時、千ちゃんの切羽詰まったような声が聞こえる。
ふらついてよろけた私は、気付けば思い切り目の前のバーに頭を打ちつけていた。


『いたぁ……』

「ちょっと、セラちゃん!大丈夫!?」

『うん、大丈夫……。びっくりした』

「一体どうしたの?でも……あら?身体が……」

『あ……ごめ、なんか気持ち悪くな……』


今の衝撃で気分も悪くなり、私は思わずしゃがみ込む。
千ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んで、声をかけてくれた。


「セラちゃん、あなた相当熱があると思うわ。身体が凄い熱いもの」

『……え、本当?』

「さっきからどうも顔が赤いなって思ってたのよね。また倒れたら大変だから、保健室に行きましょう?私、先生に言ってくるわね」


朝から身体が怠くて熱かったのは、昨晩の触れごとではなくただの風邪のせいだと漸く分かる。
千ちゃんの気遣いに感謝をしながら、彼女に支えられ保健室へと歩いて行った。


「……やだ。あなた、こんな熱でバレエの授業を受けていたの?」


水銀は三十九度すれすれのところまで上がっている。
あまりの熱の高さに保健室の先生は驚愕した眼差しを向けてくるけど、私もびっくり。
千ちゃんも眉をハの字にして私を見つめていた。


「学院から馬車を出せるから、今日はもう戻った方がいいわね」

『すみません、ありがとうございます』

「馬車の到着まで少し時間がかかるから、寝て待っててね。それに帰るまでに制服に着替えなければならないものね」

「制服は私が更衣室から持ってきます。どうする?沖田君に渡して彼と帰った方がいいわよね?」

『ありがとう、千ちゃん、頼めるかな?』

「任せて、今から戻って沖田君に伝えてくるわ。セラちゃん、お大事にしてよね?」


心配そうにしてくれる千ちゃんに再びお礼を告げた時、先生は困り顔で独り言を呟いた。


「困ったわ、今風邪が流行っているみたいで熱が出た生徒がやたら多くて……。ベッドが埋まってしまっているのよね。空いてるのはここだけなのだけど……」


そう言って先生がカーテンを開けると、大きめな立派なベッドが一つ。


「ここは王女殿下専用のベッドなのだけど、今日はここにはいらしてないから大丈夫かしら。取り敢えずここに寝ていてくれる?」

『でも……王女殿下専用なのに宜しいのですか?』

「保健室は皆が平等に使える場所だからあなたは気にしないで平気よ。さあ、横になって」

『ありがとうございます』


正直気分が悪くて辛かったから、横になれるのは有り難かった。
覚束ない足取りでベッドに横になると、先生は私の額に触れてまた眉を顰めていた。


「あなた、頭どうしたの?」

『今、バレエのバーにぶつけてしまって』

「少し傷になってるわ、今手当てするわね」

『重ね重ね、申し訳ないです……』


どうして風邪なんて引いてしまったんだろう。
体調管理ができていなかった自分に情け無い気持ちになった。
でも今はとにかく身体が怠く、頭が痛くて気分が悪い。
先生に手当てをして頂いている最中も、目をずっと瞑っていた。

そして、どれくらい時間が経った頃だったのか。
保健室の入口で衣擦れの音がして、誰かが入ってきた気配がした。
ぼんやりした頭のまま、わずかに開いたカーテンの隙間へ視線を向ける。
そこに立っていたのは総司で、その姿を見た瞬間、胸の奥にふわりと花が咲いたような気持ちになった。
けれど彼の腕の中に、横抱きにされた女の子が見えた途端、その花はそっと萎んでしまった。


「あら?やだ……王女殿下?」

「ええ、先程倒れてしまったんですよね。どこに寝かせればいいですか?」

「ああ……えっと、そうね……」


王女殿下はお身体が弱いと聞いている。
学院でも無理をして倒れてしまうことがあるらしく、そのために専用のベッドが用意されているのだろうと思った。

私は身体を起こして寝具を整え、カーテンをゆっくり開いた。
すると総司がこちらを見て、驚いたように目を見開いていた。
その腕の中には、私ではない誰かがいて……その光景を前にした途端、胸の奥が少しだけ沈んだように感じた。


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