5

一時間程馬車に揺られると、ようやく城へと到着する。
自分で歩けると言ったセラと並び、セラの部屋へと足を踏み入れた。


『付き添ってくれてありがとう、総司』

「いいよ、ゆっくり休みなね。僕は一応山南さんに報告に行ってくるから、寝ててくれる?また直ぐ戻ってくるよ」

『うん……』


大丈夫かな……。
セラの声が消え入りそうな程弱々しいから心配だけど、取り敢えず足早に山南さんへ報告に行く。
そして料理長には身体に優しいスープと果物をお願いして、再びセラの部屋へと戻ってきた。


「セラ?」


部屋の奥へと進んで行くと、セラは着替えもしないままベッドの上で眠ってしまっている。
しかもコンフォーターすらかけずに、その上に乗ったまま。


「駄目だよ、このまま寝たら悪化するよ」

『うう……』

「うわ、身体熱いな……。本当に大丈夫?」


そもそも、前の世界ではこの頃のセラは体調を崩したことなどなかった。
そして僕も、あの王女が倒れた場面に居合わせることはなかった。
やはり全てが同じではないのだと改めて意識すると、より慎重になるべきだと考えた。

そして昨晩、寒いと言ってくしゃみをしていたセラの姿を思い出す。
ひょっとすると熱が出たのは、僕が彼女の服を脱がせたまま、長い時間身体に触れていたせいなのではないか。
そんな罪悪感が、胸の奥からじわりと込み上げてくる。


「制服が皺になっちゃうから、まずは着替えよう。このナイトウェアにしようか」


チェストの中にいくつか綺麗に並んでいるうちの一つを取り、彼女の元に持って行く。
それでも瞳は開かれないから、こうなったら僕が着替えさせようとブレザーとスカートを脱がせた。


『寒い……』

「ごめんね、でも着替えないと。そんなレオタードのまま寝れないでしょ」

『うん、私……着替える……』

「いいよ、やってあげる」

『ううん、大丈夫……』

「ほら、貸して」

『あ、や………、やだ……』


きつそうなレオタードに肩紐が引っかかり、セラは手こずっている。
目の前で僕がそっと手を伸ばし、腕を通すのを手伝った。
肩紐から腕を出させ、先にナイトドレスを着せてしまえば、身体は隠れる。
セラは涙目になりながらも、ようやく大人しくなった。


「脱がせるよ」

『ん……』


身体は見えないようにしながら、ナイトドレスの中へと手を入れてレオタードを脱がしていく。
同じようにしてタイツも脱がせてあげると、無事着替えは終了だ。


「セラ、ちょっと起きられる?」


上体を起こしたセラに手を伸ばし、そのまま腕の中で縦抱きにする。
左腕にセラを乗せ、右手でコンフォーターを捲れば、快適に寝る準備がようやく整った。


『総司』

「ん?」

『大好き。着替え、手伝ってくれてありがとう』


セラは抱き上げられた状態で、僕の首元に擦り寄ると愛らしく甘えてくる。
そんなことをされれば僕も降ろしたくなくなってしまうから、結局セラを膝に乗せた状態で僕がベッドの上に座った。


「僕も大好きだよ」


いつもは見上げられる立場の僕だけど、今は僕の脚の上に跨るセラに見下ろされて新鮮だ。
虚ろな瞳で僕を見つめるセラの頬を撫で、誘われるように顔を近づけたけど。
触れる寸前にセラが顔を背けたから、触れることは出来なかった。


『風邪、総司に移っちゃったら困るからやめておく』

「移してもいいよ。僕が風邪を引いたら君に看病して貰えるかもしれないしね」

『看病はするよ。でもやっぱり移したくないから』

「知ってる?風邪って人に移した方が早く良くなるらしいよ」

『ふふ、それ絶対嘘だよ』

「じゃあ試してみる?」


セラの後頭部に添えた手で引き寄せて、温かい唇を奪う。
戸惑いなく舌を絡ませれば、セラの舌はいつもよりずっと熱かった。


『……ん……』


一度唇を離すと、いつもより目が虚ろなせいかセラの顔はより情欲的に見える。
そのままベッドに押し倒して再び深いキスを繰り返し、抵抗する力すら無さそうなセラの唇と口内を味わいつくした。


『こんなことしたら本当に……』

「移っちゃうかもね。でもセラが元気になれるならいいよ」


これ以上無理はさせられないから、コンフォーターをそっと身体にかける。
セラの頬を撫で耳に髪を掛ける僕を、セラも黙ってぼんやり見つめていた。


「もう少ししたらスープが出来上がると思うから、それを食べてから寝るといいよ」

『総司が頼んでくれたの?』

「うん。まずはちゃんと栄養取らないとね、スープなら飲めるかなって思ってさ」

『ありがとう。ここまでも付き添ってくれてありがとう』

「そんなお礼ばっかり言わないでいいってば」

『だって私、お礼言うことしか出来ないから。いつもたくさん助けてもらってるのに、私……お返しできてなくてごめんね』


セラがそんなことを考えてるなんて思ってもみなかったけど、少し寂しげに伏せられた瞳を見て、僕はやれやれと口元に笑みを作った。


「そんなこと言わないでくれる?僕は君の存在にいつも救われてるよ。セラがいるから毎日が楽しいし、頑張ろうって思えるんだから」

『それは私も同じだよ?でもそれは総司のために何かしてあげられてることとは違うよ』

「いつも優しい言葉をかけてくれるじゃない。君の言葉にも何回を元気を貰ってるんだよ」

『それだって私も同じだもん……』

「ははっ、じゃあ何?君は剣を持って僕の為に戦ったり護ったりしたいの?」

『そうしたいけど、剣術の心得がないからそれは無理かも……』

「そうだよ。君は女の子でこの城の公女様だ。だから護られるのは当然だし、そんなことは気にしないでいいんだよ。僕が好きでやってることだしね」


体調が悪い時、人は情緒が不安定になり易いという。
いつもにこにこしているセラも同じなのか、いつになく寂しそうな瞳で僕から視線を逸らした。
でも僕はどうやったらこの子が笑ってくれるのか、出会った頃からいつも考えてきたから今日だって諦めない。
それは君の笑顔が見たい僕の為でもあるからだ。


「セラが作ってくれるお菓子、おいしいよ。あと宿題を手伝ってくれたり、テスト勉強をみてくれたり僕だって色々助けて貰ってるよ。それに僕はもう君に返しきれない程の恩があるんだ」


僕の方を見てくれたセラは、心当たりがないというように僅かに首を傾げてみせた。


「君は僕を正しい方向へ導いてくれた最愛の人なんだよ。セラと出会えたから、僕は充実した毎日を送れてるし、君と過ごせる時間に幸せを感じることができる。セラは僕の生きる意味そのものなんだ。だからお返しがどうとか、そんな悲しいこと言わないでよ」


出会う前の僕は生きる目的も希望もなく、ただ真っ暗な世界を彷徨っているだけだった。
でもセラという光がみえて、何一つ心を動かすことのなかった単調な日々が一気に色付くように変わったんだ。
そしてその相手は他の誰でもなくセラだったから、僕は変わることが出来たんだと確信している。
それがどんなに凄いことか、君には分からないのかもしれないね。


『ありがとう。総司にそんな風に思って貰えて、私とっても嬉しいよ』


笑うというより涙目になってしまったけど、セラははにかみながら微笑んでくれる。


「それなら、さっきみたいなこと言うのはもう禁止ね」

『うん、分かった。私も総司がいるから毎日が充実してるし一緒にいられて幸せだよ』


セラはそう言ってくれるけど、この子にとって僕といることは本当に幸せに繋がるのだろうかと考えてしまうこともある。
身分の違いは勿論、二度もこの子を護れなかった僕がいつまでこの子の隣にいられるのだろうと、ふとした時に考えてしまうからだ。


「最初はさ、君のそばで君を護れたらそれだけで十分だと思ってたんだ。専属騎士として、君の手の届く距離にいられるだけで幸せだって……本当にそう思ってたんだよ。でも気づいたらもうそれだけじゃ足りなくなっててさ。好きって気持ちがどんどん大きくなって、君のことを誰にも渡したくなくなったんだ」


振り向いて欲しいと思ったし、僕のことだけ見つめて欲しいと思った。
誰よりも近くにいて、何をする時も僕の隣で笑っていて欲しかった。
今はその望みが叶った筈なのに、結局僕は今の現状にも満足していない。
それはまだ、セラと過ごせる先の未来が約束されていないからだった。


「本当は、騎士としてそんなこと思ったらいけないのにね。だけど君が笑ってくれるたびに触れたくて、傍にいたくて、ただ護るだけじゃ足りないくらい君が欲しくなった。もう僕はセラのこと、大好きでどうしようもないんだよ」


瞳を揺らしたセラに手を伸ばし、今日打ってしまっただろう場所をそっと撫でる。
部屋に差し込む日の光がセラの瞳に入り、浮かんだ涙をきらきらと輝かせて本当に綺麗だった。


「だから僕はセラのことを絶対に諦めたくない。君が僕を想ってくれる限り、どんなに反対されても、誰に邪魔をされたとしても抗い続けるつもりでいるよ。そんな僕のわがままに君を巻き込んでしまうのが申し訳なくなるんだけど、だからこそ君には出来る限りの幸せをあげたい。僕といて幸せだって、これから先も思って貰えるようにね」


つまり君に優しくするのは、君の為でもあり僕の為でもある。
君を手放したくない僕が、ずっと君の瞳に映るために日々あの手この手で君に好かれようと必死なんだ。
それは物凄く格好悪いことだけど、それでもいいと思えてしまうくらい僕は君が好きで離れたくない。
だからセラはセラのまま、何も気にせず僕の好意を受け取って欲しい。


『私……、総司がそんなこと考えてくれてるなんて全然知らなくて……』

「格好悪い話をしちゃったかもね」

『ううん、凄く嬉しいよ。総司の私への気持ちはどんな形でも嬉しい』


僕を見上げたセラは熱のせいかいつもより更に甘い声と表情で僕を誘う。
熱で火照った頬を撫でると、少し恥ずかしそうに僕から視線を逸らした。


『……私もね、最初は総司がそばにいてくれるだけでもう十分だってそう思ってたの。毎日顔が見られて、声が聞けて、それだけで幸せで……他には何もいらないって……』


その声は少しかすれていても、いつもの彼女らしく落ち着いていて、でもどこか照れくさそうに揺れていた。


『でもいつの間にか、それだけじゃ足りなくなっちゃってたの。気づいたらね、もっとずっと一緒にいられる未来が欲しくなってた。朝起きたら総司がそばにいて、夜眠る前にも総司がいてくれて……そんな日々をずっとずっと続けていけたらいいなって……そうじゃないと嫌だなって最近は本当にそう思うの』


ふわりと笑うセラの声が柔らかく響き、僕の胸を揺らす。
ずっと一緒にいたいとは言ってくれていたけど、セラが僕と同じことを考えくれていたことは知らなかったからだ。


『だから、そうなれるように私も総司の力になりたい。ただ傍にいるだけじゃなくて、ちゃんと総司を幸せにできる人でいたい』


熱に揺れる声なのに、言葉一つひとつに真心が込められているように感じられた。
その健気さと真面目さがセラらしくて、胸がいっぱいになる。


『私、総司が言ってくれたみたいに総司のことすごく大事に想ってるよ。大好きで大切で、この気持ちがどうしようもないくらい、いつもあふれてくるの。総司が私のことを好きでいてくれる分、私も負けないくらい好きだから。比べっこは、たぶん負けないよ』


目尻の涙を拭いながらそう言ったセラは、微笑んでそんな可愛いことを言ってくれる。
その言葉が嬉しくて、出来る限りの愛情を込めて触れるだけのキスをした。
たった一箇所、唇が触れているだけでこんなに胸が高鳴るなんて本当に理解出来ないし、運命なんて定められた言葉も嫌いだけど。
こんなにも胸を焦がす相手を目の前に、これを運命と言わないで何と言えばいいのかと考えてしまうくらいだ。


「ありがとう。君が好きだよ」

『私も大好き。一年後も二年後もその先もずっと好き』

「それは僕だけ?」

『うん、未来永劫総司のことだけ大好きだる』


微笑み合って指を絡め、目の前のセラを心に刻むように愛らしい顔を見つめる。
握った手の甲に唇を寄せてキスを落とせば、また嬉しそうに笑っていた。


「早く良くなるんだよ」

『総司と話してたら元気出たから、もう大丈夫そう』

「それなら良かったよ。さっきまではちょっと元気なかったもんね、身体も辛そうだったし」

『身体も辛かったけどさ……?』

「他にも何かあったの?」

『総司が……他の女の子を抱っこしてたから』


少し膨れた様子で顔を背けたセラの様子に目を瞬いてしまったけど、やきもちを焼いているその姿が可愛らしくて思わず笑ってしまった。


「ははっ、それで保健室で目をあまり合わせてくれなかったの?」

『だってやっぱり少し複雑で……ちょっと悲しかったんだもん……』

「ごめんね。たまたま階段を登ってたら僕の上に落ちてきたから、ああするしかなかったんだよ。別に親しくもないしセラが心配するようなこと何もないよ、話したのも今日が初めてだしね」

『でも……手まで握られてたよ』

「え?見てたの?」

『しかも総司は嬉しそうにしてた……』

「いや、全然嬉しそうになんてしてないから。そもそも君の方から僕の顔なんて見えない筈でしょ?」

『後ろ姿が嬉しそうだったもん』


後ろ姿が嬉しそうって、一体どんな後ろ姿なのさと再び笑う。


「馬鹿だね、僕が他の女の子相手にどうこう思うわけないのに」

『総司のことは信じてるけど、そういうの関係なく心がもやもやしちゃうんだもん。。自分でも心が狭くて嫌だなって思うんだけど……総司を好きな限り、これはもう仕方ないことなの』


少し涙目で呟くようにそうこぼしたセラは、なんて言うかもう可愛すぎて、思わず身体を寄せて寝ているセラを抱き締めた。


「そんなに可愛いことを言ってくれるなら、たまにはやきもち焼いてもらうのも悪くないかもね」

『わざとやきもち焼かせようとするのはだめだよ、こっちは悲しいんだからね』

「分かってるよ。でもいくらセラが悲しくなってもやきもち焼いても大丈夫だよ。僕は君のことしか好きじゃないし、君のことしか考えてないんだから」

『本当?』

「当たり前じゃない。大好きだよ、セラ」


他愛ないことでも、こうして胸のうちを正直に話して貰えるのは嬉しかった。
腕の中のセラは頬を染めて嬉しそうに微笑んでくれるから、目の前の温もりを愛でながら、穏やかな午後の時間を過ごした僕達だった。

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