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あれからセラの風邪もすっかり治った頃、学院では学院祭の準備が徐々に行われるようになった。
セラを変な輩から護りたかった僕は、周りを巻き込んでクラスの出し物にお化け屋敷を提案。
その結果がどうなったかと言うと、アニマルカフェを推奨する生徒達と意見が割れに割れて、結局ゴーストカフェを運営することになってしまった。
「ゴーストカフェってなんなの?意味が分からないんだけど」
「意見がまとまらなかった故、仕方のないことだと思うが」
「適当に合体させればいいってものじゃないと思うけどね」
「仕方ねーじゃん。アニマル屋敷の方が意味分からないだろ?」
「そうですよ。もう決まったことです。それに今日は役柄を決める日みたいですよ」
学院祭までまだ日数がある為、衣装はまだ手元にはない。
前回はカチューシャと尻尾以外は皆共通だったものの、今回は各々で衣装が違うから、くじ引きで担当ゴーストを決めるそうだ。
時間帯によって担当者が変わる為、一つのゴーストにつき数人ずつ割り振られるみたいだけど。
ゴーストって例えばどんなのがいたっけ。
『私、やるなら魔女がいいな』
「私も!でも道化師も気になるの」
セラと千ちゃんが楽しみにしながら、くじを引く為に席を立つ。
女子生徒と男子生徒で違うくじを引くから僕も平助達と並んで引いてみたけど、僕が引いたのは死神だった。
「え?死神ってどんな服着てるっけ」
「きっと真っ黒だと思いますよ。ほら、鎌を持っているイメージのあれですよ」
「ははっ、総司にぴったりじゃん!」
「それ失礼じゃない?皆は何だったの?」
「俺は狼男だ。あまり毛深い衣装は嫌なのだが……」
「ははっ、はじめ君は結局狼なんだね」
「結局とは?」
思わず口を滑らせたけど、前回のアニマルカフェでも狼になっていたはじめ君はゴーストになっても狼らしい。
「なんでもないよ」と誤魔化して、苦笑いをこぼした。
「僕はドラキュラです。定番ですが、衣装が楽しみではありますね」
「伊庭君が羨ましいんだけど、絶対格好良い衣装じゃん。俺なんかフランケンだぜ?」
「フランケンって何?」
「ほら、頭にネジが刺さった改造人間だよ。フランケンシュタイン」
「ああ、あれね」
他にもミイラやゾンビ、道化師やキュクロプスなど色々あったけど、よりにもよって死神。
まあ別にどうでもいいかと、くじの用紙に名前を書いて提出した。
「女子はどうだったんでしょうね」
クラスの中、今は完全男女別に分かれてわいわい担当役について話している。
セラと千ちゃんを見てみれば、二人はくじを見て何故か小首を傾げていた。
「ただいま。皆はどうだったの?」
暫くして二人は僕達の元に戻ってきて、笑顔で僕達を見上げた。
「おかえりなさい。僕はドラキュラでしたよ」
「俺はフランケン」
「俺は狼男だ」
「僕は死神だよ。二人はどうだったのさ」
「私達、偶然一緒のゴーストだったの」
「ね」と言って微笑み合う二人は見ていて微笑ましい。
『でも一緒ってことは同じ時間帯に給仕ないってことだよね、残念だな』
「確かにそうだわ……。しかも聞いたことのないゴーストだったから衣装も全然予想出来なくて」
「なんだったの?」
『サキュバス』
……サキュバス。
その名前を聞いて皆思うことは同じだったのか、四人無言で顔を見合わせてしまった。
「サキュバスってどんなゴーストなのかしら」
「さあ……、僕も詳しくはわかりませんね」
『やっぱりそうだよね。マイナーなのかな』
「いや、でも別になんでもいいじゃん!楽しめればさ!」
「でも衣装が心配なの。変なのだったら嫌よ」
「女子の衣装は皆可愛らしくすると言っていた、心配する必要はないだろう」
『そうなんだね。でもサキュバスってどんな衣装なのかな、楽しみ』
サキュバスは男の夢の中に現れ、相手を誘惑し、性行為の末に精気を奪う淫魔だ。
なんでそんなものを候補に入れたのかは知らないけど、衣装が手元に届くのが心配でならない僕がいる。
羊だろうがサキュバスだろうが、きっとまたセラは注目を集めてしまいそうだ。
『総司は死神だったんだね』
「そうだよ。誰の寝首を掻きに行こうかな」
『ふふ、なんか似合ってる。総司にぴったりだね』
「平助と同じこと言うのやめてくれる?」
セラはくすくす笑っているけど、あと一ヶ月もすればこの子が攫われた学院祭当日がやってくる。
舞台裏にいたセラを攫った奴らが馬車の爆発で亡くなったことで、結局その目的すら分からないままだから、どう対処するべきか考えていた。
そもそもセラが舞台に上がらないことになったのは、音楽祭が始まる直前。
舞台上にも小さな爆弾は仕掛けられていたみたいだけど、もしセラが舞台に上がっていたらどのように連れ去るつもりだったのかと不思議に思う。
それにあの馬車の爆発も不可解だ。
セラは助かったから良かったものの、もし誘拐を企てた黒幕が他にいて、セラ諸共馬車を爆破する予定だったと考えると、なんとしてもセラを護らなければならないという気持ちがより大きくなる。
『楽しみだね、学院祭』
何度も学院祭を休ませようか悩んだ。
でも僕の目の前で当日を心待ちにしているセラを見たら、この子の楽しみを奪いたくはないと思う僕がいる。
僕が選ぶべき道は、この子をただ我慢させることではない。
この子が本来享受できる生活を支えながら、絶対に護ること、それだけなんだ。
「そうだね。それに学院祭では音楽会も開かれるし、それも楽しみかな」
『総司が選択科目で音楽を履修することにした時は驚いたけど、この前の声楽のテストでもっと驚いちゃった』
「え?どうして?」
『だって凄く上手だったよ?本当に習ってなかったの?』
「習ってるわけないじゃない。それに声楽なら君の方が上手だったよ」
本当にお世辞抜きで、声が透き通っていて綺麗だった。
周りも皆聞き惚れていたし、ずっと聞いていたくなる歌声だ。
『私はあんまり声楽には自信なくて。音楽会ではヴァイオリンかピアノを担当出来たらいいなって考えてるよ』
「分からないよ、声楽担当になるかもしれないじゃない」
『声楽はもう王女殿下が担当されるって決まってるみたいだよ。楽しみだよね』
王女だからという理由で声楽のソロを担当させるのもどうかと思うし、前回のように直前で気が変わられたらたまったものじゃない。
あの淡いグリーンのドレスを着て僕の為に歌うと言ってくれたあの日のセラを思い出すと僕の胸は痛むから、目の前のセラには絶対に同じような想いをさせたくないと思っていた。
「それでも僕は君の歌声が一番好きだから、君の歌が聞きたいよ」
攫われたセラが記憶を失くしてしまったことで、あの時のセラに伝えることが出来ていないままだった。
だから代わりに今伝えようと、素直な気持ちを口にした。
「声も可愛いくて綺麗だし、君の温かい人柄が歌から伝わってくるから凄く聞き心地がいいんだ。だから僕は絶対君がいいって思ってるよ」
僕を見上げて少し驚いた顔をしていたセラだけど、直ぐに照れくさそうにしながら口元を緩めた。
『ありがとう。そんな風に言って貰えると照れちゃうけど』
「本心だよ。だから君が選ばれるって勝手に期待してるからさ」
『やめてよ、それはないってば』
「分からないよ?あの王女は病弱みたいだしね」
もし代役でセラが選ばれたら、何がなんでもセラの役は相手が王女だろうが奪わせない。
先生にも事前に変更はしないことを約束して貰うし、それでも向こうが何か言ってくるようなら僕が絶対それを阻止してみせる。
そして舞台周辺には僕を含めアストリアの騎士団員を複数人配置させば、きっと大丈夫な筈だ。
『私はね、ただ総司と学院祭を楽しめたらいいなって思ってるよ。一緒に回ろうね』
当日のことを考えて気持ちに余裕がなくなりかけていたけど、セラの言葉を聞いてもう一つ大事なことを思い出す。
それはこの子と学院祭で楽しい思い出を作ることだ。
前回も良い思い出を作れたけど、今回だってそれに負けないくらいセラを笑顔にしてあげたい。
「勿論。僕も楽しみにしてるよ、良い一日にしようね」
『うん』
教室の片隅で、二人向かい合って他愛のない話をする午後のひと時に癒される。
不安は拭えないものの、未来を一度見ている僕は強い筈だと言い聞かせセラに微笑みを向けた。
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